月下の妖

てぃあな・るー

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東ノ神 青龍

壱,東ノ地ヘ

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 旅に出る当日。千陰は何を入れてもまったく重くならなず、いくらでも入れられる霊力がかけられた小さな手提げをくれた。
 着替えも道具も全て突っ込んである。
 私が手提げを持っているのに対し、他三人、千雪、千凪、千雨はなんと手ぶら。

 わぉ。道中困っても知らんからな。

「さ、準備できた?じゃあこっちだよ」
 千陰はにこにこしながら私たちを手招いた。ほんと、いつも笑ってるよね。
 千陰が私たちを連れていったのは遊女妖狐の裏にある倉庫のようだ。引戸をあけ、中に入る。
 しかし、そこには何も無い。いや、普通の倉庫、と言うべきか。物がどさどさ置いてある。
 あちゃー、と言いたげに千凪が額に手を当てる。
「うっわ…何この散らかりよう…誰の店だよ」
「…お前だよ」
 見事皆さんシンクロ。てへっと舌を出す千凪。
 と、いつの間にか千陰が宙を撫でるように腕を動かしながらぶつぶつと何か言っていた。
「…異次元ノ歪ミヨ、我ノ力ヲ持ッテ、此処ニ陰ヲ現セ…」
 千陰が言い終わるとまるで待っていたかのようにぐぐぐ、と景色が歪んだ。いや、正確に言うと千陰が撫でていた場所だけが、歪んだ。
 その歪みはゆっくりとだが確実に形を作っていき、遂に円形になった。
 その穴から風が吹き出し、千陰の長い銀髪をたなびかせる。
 千陰はくるりと振り向いた。
「さあて、これから東の地、“蒼ノ泉”に行ってもらうよ。これは俺が作り出した次元と次元を繋ぐ穴、いわゆるわーぷぞーん!!これを通れば一気に東の地まで行けるんだ。ほら、行って行って!」 

※この時代にワープゾーンなどという言葉は存在しません!!

 私たちは聞いたことのない“わーぷぞーん”なるものとその穴の怪しげな濃い紫色を見て内心ぞくっとしていた。

 こえぇ。

 誰もが石像のように固まり、動かないのを見て千陰は眉をひそめた。
「そうか。見たことないのか。信用出来ないのなら、俺が先に行こうか?」
 千陰はそう言うなり“わーぷぞーん”に飛び込んだ。
「?!?!」
 私が絶句して穴に頭を入れ、のぞき込むと、紫色に視界が染まり…
 次の瞬間には目の前に緑色の景色が広がった。目の前には千陰もいる。
「わあ…」
 私は歓声をあげ、するりと“わーぷぞーん”を飛び出した。
「綺麗だろう?」
 千陰が得意そうに言った。
「…まじか」
 私を追って“わーぷぞーん”を通ってきた千凪がぼそっと呟いた。
 あとの2人も唖然としている。
「心配するほどでも無かっただろう?さ、このまま行けば“蒼ノ泉”に行ける。“蒼ノ泉”には東と春を司る青龍がいる。彼女は桜餅なんか…」
「…それを持っていけってことでしょ?」
 遠まわしに言う千陰をさえぎり、千雪が言う。
「そういう事さ。まあ、行ってらっしゃい!君たちの旅に神の御加護があります様に!」
 千陰はそう言い残すと“わーぷぞーん”に飛び込んだ。ついでにすうっと跡形もなく消える。
「…で」
 千雨が耐えきれぬように言った。
「…これからどうすんだ」
「とりあえず桜餅…?」
 と、私。
「着替え?」
 と、千凪。
「まず場所確認?」
 と、千雪。
「千雪の案が1番いいだろう。桜餅はいま買っても痛むだけだし、着替えは汚れる。よし、まず泉へ行こうか」
 冷静な千雨が的確に指示をする。

 すごい…

 私たちは“蒼ノ泉”に向かってもくもくと歩き始めた。
 千陰のわーぷぞーんの場所は適切だったようで、十分ほど歩くと大きい泉が現れた。何処までも澄み、何処までも青い泉。
 しかし、これが“蒼ノ泉”なのだろうか?入口らしき門などはない。
 千凪はにかっと笑った。
「今日も綺麗だな、“蒼ノ泉”は!」
「そうだね。僕は50年ぶりかな…千雨は?」
「…神籍剥奪されてから初めてだ」
 千雪の問に千雨が顔を顰める。
 ははは、と苦笑する千雪。

 千雨、すごいことやらかしたのかしら…


 その頃の千陰。
 一人“椿ノ間”でふさぎ込んでいた。
「大切なこと言い忘れちゃったなぁ……」
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