スタンドバイミー

101の水輪

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 陽真、直輝、倶也、碧斗の4人は幼稚園からの幼なじみで、受験を控えた中学三年だ。4人が通う高原中学校は海辺にある。だから4人の遊び場は、小さいときからいつも決まって葉月海岸、テトラポットの隙間が彼らだけの秘密基地だった。
 これまでも、そこでいろいろなおもしろいことが決められてきた。そして今日も。
「夏休みっていうのに勉強か」
「直輝がそんなに勉強してるように見えないんだけど」
「俺だって悩んでるんだよ、倶也は?」
「推薦が決まりそう。だってそのためにサッカーやってたんだから。北海道の高校」
「いいなあ、碧斗は?」
「俺?アメリカ」
「え~、何それ!」
 みんな驚きの声を上げた。でも碧斗の父は、有名な経済ジャーナリストで碧斗も小さいころから海外生活を繰り返してきただけに、それも納得。
「ところで直輝は?」
「みんな決まってていいよなあ。俺は受験。神川高校受ける」
「すげっ、県一の進学校じゃん。直輝なら受かるよ」        
「さっきから陽真が黙ってるけど、どうなん?」
「あっ俺?高校行くよ」
「どこ狙ってんの?」
「だから高校って言ってんだろ」
 場の空気を察したのか、それ以上に突っ込む者はいない。
さて本題だ。今日彼らがこの秘密基地に集まってきたのには、大事な理由があるからだ。
「てなわけで、集まってもらったのはあることをしようと思ってんだ」
 みんなもこの場所が、どれほど大事かということをよく知っている。
「なあ家出しないか?」
 いきなり言われても、にわかにOKを出せるわけがない。
「もちろん本当の家出じゃないよ。プチ家出。というよりも冒険かな」
「別に今じゃなくても、今年の夏は勉強だぞ。夏を制する者は受験を制すってね」
「その逆。今年じゃなくちゃ意味なし。俺たち4人集まれるのも今年までだぞ、きっと。みんなバラバラになる。だから今」
 3人は変に納得してしまった。
「で、どこへ行く?」
「海、本当は無人島へでも行きたいところだけどそれは無理。だから隣の町の河島海岸。そこでキャンプするんだ。俺たちには海が似合う。なあそうだろ?夜通しででっかい夢語ろうぜ。もちろんみんな行くよな」
「えっおもしろそう、俺賛成。何か青春って感じ」
 まず倶也が話しに乗っかってきた。
「でも親に何て言うの?出してくれるわけないじゃん」
「ちゃんと作戦はある。碧斗お前んとこ軽井沢に別荘あったよな。そこで勉強合宿するって言えば親なんてチョロいもんよ」
「直輝、天才だなおまえ、さすが将来の大物ハハハ」
   直輝、倶也、碧斗がそろった。
「陽真、あとはお前だけ。どうする?」
「考えてみる。俺ん家なかなか厳しいから」
「分かった。答え待ってるぜ。でさ、持ってく物はまずテント。食料、バーベキューのやつ、それから・・・・・」 
   楽しそうに会話が進んでいくが、一人蚊帳の外の陽真。でも彼の気持ちはすでに決まっていた。

  その日は、朝から太陽が照りつけているまさに夏本番。家出いや冒険の当日になったが、やはり陽真は参加しなかった。
「陽真、残念だなあ。でもお前の分も楽しんでくっからさ。後でLINEするな」
「ありがとう。めっちゃ楽しめよ。」
 3人の笑顔は、弾けんばかりだ。
『でも行かない方が・・・』
 しかし陽馬はその言葉をグッと飲み込んだ。
 3人は大きな荷物を抱えて駅に向かう。その姿を見送りながら、3人を止められなかった陽真は、なぜか後悔の念でいっぱいになった。
「じゃあ行ってくる」
 4人が顔を合わすのがこれが最後となろうとは、そのときは誰も知ることはなかった。

 彼らの冒険が始まった。電車を乗り継いで2時間、3人は目的地に着いてた。
「よっしゃ、来たぞ。まずはテント建て。エンジョイ俺たちの最後の夏ってね。なあ思いっきり青春しようぜ!」
 学校での仕事ではお世辞にもがんばるタイプではない3人が、ここでは生き生きしながら働き、全てが計画通り進んでいった。
 残念なのは少し雲行きが怪しくなってきて、今にも雨が降り出しそうになってきたくらいだった。
「よ~し完成。えーと次は。そうそう泳ぎに行くんだった」
 先ほどよりも風が強くなってきた。
「直輝、風が強くなってきたぞ、止めないか」
「チキンか?じゃあいいや、倶也2人で行こうぜ」
 そういうと、直輝と倶也は浮き輪を持って海岸へ繰り出していった。
「おい、止めた方がいいぞ、直輝、倶也」
 そんな言葉も二人の耳には届かない。それどころか笑いながら駆けていった。
 そこに立てられた看板には。

  この海岸で泳ぐことを禁じる(遊泳禁止区域)

「碧斗、碧斗!」
 浜辺の方から、倶也が叫ぶ声が聞こえてきたので、碧斗は急いで向かった。
「直輝がおぼれた」
 そこには、ぼう然と立ち尽くす倶也と砂浜に横たわる直輝がいた。
「直輝~。おい何してんだすぐ救急車呼べっ!」
 我に返った倶也が119に電話する最中も、目の前の直輝は反応せず、顔から明らかに血の気が引いていくのがよく分かる。
「待っちゃいられない。倶也やるぞ」
「えっやるって何を?」
「救命救急だよ、人工呼吸。やらないよりも。いや、そんなこと言ってる場合か」
 2人は保健体育の時間に習った救命方法を、無理矢理にも思い出しながら始めた。
 そう、ここでは誰も助けてはくれない。
 救急車が着いたのは、それから五分後のことだった。

  
 ザー ザー ザー ザー

 あれから30年。葉月海岸では、以前と同じく波が寄せては引いていく。
 テトラポットで囲まれた主を失った秘密基地は、今でもそこにある。
 
 陽真が葉月海岸に立っていた。彼は中学校卒業後に定時制の工業高校に通い、地元の町工場で働いてた。そして結婚し、授かった1人息子の和真は、今年中学3年生となっている。あのときと同じ年齢になった和真に、ぜひ秘密基地を見せたくて、連れて来てたのだった。
「和真、ここが父さんたちの思いでの場所。いつも親友4人で集まっちゃ、夢を語ってたなあ。あの頃は本当に本当に楽しかった。1番輝いてたかも」
  陽真は、言葉を選びながら懐かしむように話している。
「4人って、だれ?一人は父さんの話によく出てくる倶也おじさん?」
「そう、今年も地元の北海道のサケ送ってきてくれただろ。サッカーのプロ目指してたんだけど、夢かなわず酪農家として牛飼ってる倶也」
「じゃああと2人は?」
「沢口碧斗って聞いたことあるか?」
「えっテレビにもよく出てる政治家?次期総理大臣候補ってこと俺でも知ってるよ」
「あれだけテレビに出てりゃ、さすがに知ってたか。本当は中学校卒業してからアメリカへ行くつもりだったけど、向こうの高校って9月入試とかで、別れを告げず夏休み中に行っちゃった。まあそれ以来会ってない」
「ラストは?」
「松川直輝、俺たちのリーダー。いつも彼が決めて父さんたちが付いて行く感じだった。あの日までは・・・」
「あの日って?」
「そうあの日。父さん以外の3人でキャンプに行ったんだ。父さんは一応止めたけど・・・・・そこで海に溺れて病院に運ばれ、意識不明の重体に。まあ応急処置がうまくいき、幸い一命は取り止められたが、都会の大病院へ搬送されそのまま転校。だから彼ともそれっきり」
   和真は、父の目が明らかに潤んでくのに気づいたが、それでも話す一言一言を聞き逃すまいと耳を傾け続けた。
「和真、お前をどうしてもここに連れてきたかったんだ。いつか大きな花を咲かせようと語り合った、ここにな。あ~あのころはほんとに楽しかった」
  言葉が途切れたそのときだ。陽真の携帯がいきなり鳴り出した。画面の文字は非通知たけど、陽真は思い切って出てみた。
「お~~っ。久しぶり。えっ~~何で、どうして?」
  驚くはずだ、紛れもなくその懐かしい電話の声の主は・・・・・松川直輝
  
  ザー ザー ザー ザー

 波は静かに、そして何もなかったように押し寄せては引いていく。
 
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