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ドンマイ
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水田永遠は中学3年生。明るい性格でくよくよしないため、友だちが集まってくる。そして仲間が上手くいかなかったら、
「ドンマイドンマイ」
と励まし、ポジティブな言葉で相手を盛り上げる。もちろん自分が失敗したら、
「ドンマイ永遠」
と言い聞かせる。
彼女にはすべてが上手くいく気にさせられてしまうほどの魅力があり、周りでは盛んに“ドンマイ”の声が自然と飛び交う。
永遠はテニスのクラブに入っている。テニスといっても中学校の部活にある軟式テニスでなく、放課後になって近所の硬式テニススクールに通っている。まだ初めて三か月しか経っておらず、今は素振りの仕方やラケットのボールの当て方など、基礎の基礎を習っている最中だ。
ネクストテニススクールというそのクラブは、上位者は全国大会を目指す者から、永遠のように全くの初心者まで幅広いスクール生が対象だ。
コーチ陣は華やかで、唐木田チーフはプロライセンスをもっており、本人も全日本大会の女子シングルのチャンピオンに2度なったほどの実力者。育成方針は昔よく見られたスパルタ指導で、ここぞと見込んだ選手はとことん鍛え上げるが、一度見込みがないと判断した者には声すら掛けない。だからこそ上位選手たちは、いつ自分が省かれるんじゃないか気が気でない。もし省かれてしまうと、それこそ“ハブ練”といわれるコート外の練習に回されてしまう。
スクールのジュニアコースには、小学五年生から中学3年生までの、男女合わせて16人がいて日々の練習に励んでいる。その中でもひときわ際目立つのが、山際愛里沙。幼稚園のときから習っていた彼女は、めきめき実力を付けてきて、年代別の大会を総なめするほどの実力者。その活躍ぶりは、地元の新聞にも度々取り上げられてきた有名人だ。実際、身長百175cmから繰り出されるサーブは、大学生相手に十分にエースが取れるほどの威力抜群。
そんな愛里沙には、唐木田コーチの指導も人一倍に力が入る。
「レシーブのときもう少し足の運びを考えて」
「はい」
「ボールを返すときもっと体重を乗せなきゃ」
「はい」
愛里沙の練習が始まると、他のスクール生たちは金網越しにコートを囲む。そして一挙手一投足を逃すまいと見入るが、むろん永遠も羨望の眼差しでその動きを追っかけ続ける。
『いつかは私もああなりたい』
愛里沙を見た後、永遠の練習はいつも以上に力が入る。
永遠が8時に練習が終わり、ロッカールームで帰り支度をしてたところ、初めて愛里沙が声を掛けてきた。
「水田さん?だよね」
「えっ何で私の名前知ってるの?」
互いは違う学校な上、まだ3か月しか通ってない永遠にとっては不思議に思えた。
「水田さんの学校に浅井君っていない?彼とは塾が一緒で、その彼から“ドンマイ永遠ちゃんて子がいて美人だよ”って聞いてたんだ」
知らないところで、自分のことが語られてたなんて永遠は驚いた。
偶然にも家が近所だと分かり、一緒に帰宅することにしたが、その間も永遠はいかに愛里沙に憧れてたかを熱っぽく語り続けた。
「時間があるときでいいんだけど、テニス教えてくんない?」
「いいよ、私でよければ。LINE交換しようか?」
この瞬間に二人の距離が一気に近づいた。
「凉太、あんたあたしのこと山際さんに話したでしょ」
学校に登校すると、永遠はさっそく浅井凉太を問い詰めた。
「いいじゃん、それに美人ってとこも合ってるんだし」
「まあ間違いではないけど」
「へえ~そこは認めるんだハハハ」
「からかわないで。他に変なこと言ってないでしょうね?」
「山際さんが言ってたけど、永遠はカワイさだけでなく最近テニスの技術も伸ばしてきたって。その伸びが半端ないってさ」
『へえ?私ってそう見られてたんだ』
永遠は、自分の技術が認められてたことを知り、急に嬉しくなった。確かに前よりも相手からのボールをスムーズに返せるようになってきていて、上達を実感していたのは事実だった。
「これじゃあ永遠の代名詞“ドンマイ”がいらなくなちゃうよな」
そういえば、永遠は最近“ドンマイ”を使わないことに気づいた。
技術が上がってくると、スクールに通うことも楽しくなり、練習が待ち遠しく毎日が過ぎていく。
そんなある日、永遠がいつものようにまとめの練習をしてたところ、唐木田コーチに呼び止められた。
「水田さん、明日からアドバンスで練習するように」
永遠は耳を疑った。アドバンストはその年代で最も上手い者が練習する場で、密かに愛里沙も憧れていた。
「えっ本当ですか?絶対がんばります」
舞い上がるような気分とはこのことだ。アドバンスから毎年全国大会を目指す選手が一人選ばれるので、これはとても名誉なこと。すぐに愛里沙にも伝えに行った。
「山際さん、私アドバンスに上がれたよ」
「それはおめでとう、これで私たちも正式なライバルね。手加減しないわよ」
「こちらこそお願い」
このときから、永遠と愛里沙のバトルが始まった。
「水田さん、腕上げてきたわね。特にあなたの持久力は必ず生きてくるから」
最近、唐木田コーチから声を掛けられることが多くなってきている。これもハブ練を抜けだせてアドバンスに参加してたからだと思っていたのだが・・・。
「今日練習が終わったら、撮影があるからコートに残っていなさい」
撮影という言葉に心当たりはなかったが、愛里沙もその場にやって来た。
「山際さんもいたんだ?コーチが撮影って言ってたけど何の撮影?」
「知らいの?スクールのホームページのトップ画面の写真」
「そうなんだ、でも私なんか下手くそなのに」
「きっとカワイイからじゃない、あなたって芸能事務所から声掛かるほどだし。見た目でじゃない?」
嫌みっぽく言い放たれた言葉には、どこか棘があり不満さが感じられた。
撮影は一時間ほどで終わり、永遠はいつものように愛里沙を誘った。
「遅くなっちゃったね、山際さん一緒に帰ろ」
「ううん、今日は用事があるから。他に寄ってく」
愛里沙の態度が急変したことに、そのときの永遠が気づくことはなかった。
「ねえ大変大変、見て!」
スクールでは、常に刺激を与えるため技術や将来の可能性を考えて毎月コース分けを行っている。掲示板にその結果である来月のコースメンバーが張り出されたのだ。
「愛里沙、ハブ練、あっごめん。スタンダードに落ちちゃったなんて驚き」
そこに愛里沙が通りかかると、スクール生たちは急に声を潜めた。
その結果を目にした愛里沙だったが、黙って過ぎ去って行った。
『何があったのかしら?私コーチに聞いてくる』
永遠は、唐木田コーチのところへ駆けて行った。
「コーチ、何で愛里沙が」
「そのこと?実は彼女、体が大きくなりすぎて肘に負担がかかる成長痛、テニスエルボーってやつ。かなり痛くて、もうテニスも無理かも。あっこれって本人には絶対に内緒よ」
それでも永遠は納得できず愛里沙を追っかけると、ロッカーのベンチに座り一人泣き崩れている愛里沙を見つけた。
「山際さん、テニス辞めないで!」
すると愛里沙はいきなり顔を上げ、鋭い眼光で永遠をにらみつけてきた。
「どうせ自分が自分が選手になれると思ってんでしょ。私からテニス取ったらいったい何が残るというのよ!」
そのとき永遠の口から“ドンマイ”の一言が出ることはなかった。
そして辛そうに肩を震わせながら立ち去る愛里沙を、ただただ見送ることしかできなかった。
「ドンマイドンマイ」
と励まし、ポジティブな言葉で相手を盛り上げる。もちろん自分が失敗したら、
「ドンマイ永遠」
と言い聞かせる。
彼女にはすべてが上手くいく気にさせられてしまうほどの魅力があり、周りでは盛んに“ドンマイ”の声が自然と飛び交う。
永遠はテニスのクラブに入っている。テニスといっても中学校の部活にある軟式テニスでなく、放課後になって近所の硬式テニススクールに通っている。まだ初めて三か月しか経っておらず、今は素振りの仕方やラケットのボールの当て方など、基礎の基礎を習っている最中だ。
ネクストテニススクールというそのクラブは、上位者は全国大会を目指す者から、永遠のように全くの初心者まで幅広いスクール生が対象だ。
コーチ陣は華やかで、唐木田チーフはプロライセンスをもっており、本人も全日本大会の女子シングルのチャンピオンに2度なったほどの実力者。育成方針は昔よく見られたスパルタ指導で、ここぞと見込んだ選手はとことん鍛え上げるが、一度見込みがないと判断した者には声すら掛けない。だからこそ上位選手たちは、いつ自分が省かれるんじゃないか気が気でない。もし省かれてしまうと、それこそ“ハブ練”といわれるコート外の練習に回されてしまう。
スクールのジュニアコースには、小学五年生から中学3年生までの、男女合わせて16人がいて日々の練習に励んでいる。その中でもひときわ際目立つのが、山際愛里沙。幼稚園のときから習っていた彼女は、めきめき実力を付けてきて、年代別の大会を総なめするほどの実力者。その活躍ぶりは、地元の新聞にも度々取り上げられてきた有名人だ。実際、身長百175cmから繰り出されるサーブは、大学生相手に十分にエースが取れるほどの威力抜群。
そんな愛里沙には、唐木田コーチの指導も人一倍に力が入る。
「レシーブのときもう少し足の運びを考えて」
「はい」
「ボールを返すときもっと体重を乗せなきゃ」
「はい」
愛里沙の練習が始まると、他のスクール生たちは金網越しにコートを囲む。そして一挙手一投足を逃すまいと見入るが、むろん永遠も羨望の眼差しでその動きを追っかけ続ける。
『いつかは私もああなりたい』
愛里沙を見た後、永遠の練習はいつも以上に力が入る。
永遠が8時に練習が終わり、ロッカールームで帰り支度をしてたところ、初めて愛里沙が声を掛けてきた。
「水田さん?だよね」
「えっ何で私の名前知ってるの?」
互いは違う学校な上、まだ3か月しか通ってない永遠にとっては不思議に思えた。
「水田さんの学校に浅井君っていない?彼とは塾が一緒で、その彼から“ドンマイ永遠ちゃんて子がいて美人だよ”って聞いてたんだ」
知らないところで、自分のことが語られてたなんて永遠は驚いた。
偶然にも家が近所だと分かり、一緒に帰宅することにしたが、その間も永遠はいかに愛里沙に憧れてたかを熱っぽく語り続けた。
「時間があるときでいいんだけど、テニス教えてくんない?」
「いいよ、私でよければ。LINE交換しようか?」
この瞬間に二人の距離が一気に近づいた。
「凉太、あんたあたしのこと山際さんに話したでしょ」
学校に登校すると、永遠はさっそく浅井凉太を問い詰めた。
「いいじゃん、それに美人ってとこも合ってるんだし」
「まあ間違いではないけど」
「へえ~そこは認めるんだハハハ」
「からかわないで。他に変なこと言ってないでしょうね?」
「山際さんが言ってたけど、永遠はカワイさだけでなく最近テニスの技術も伸ばしてきたって。その伸びが半端ないってさ」
『へえ?私ってそう見られてたんだ』
永遠は、自分の技術が認められてたことを知り、急に嬉しくなった。確かに前よりも相手からのボールをスムーズに返せるようになってきていて、上達を実感していたのは事実だった。
「これじゃあ永遠の代名詞“ドンマイ”がいらなくなちゃうよな」
そういえば、永遠は最近“ドンマイ”を使わないことに気づいた。
技術が上がってくると、スクールに通うことも楽しくなり、練習が待ち遠しく毎日が過ぎていく。
そんなある日、永遠がいつものようにまとめの練習をしてたところ、唐木田コーチに呼び止められた。
「水田さん、明日からアドバンスで練習するように」
永遠は耳を疑った。アドバンストはその年代で最も上手い者が練習する場で、密かに愛里沙も憧れていた。
「えっ本当ですか?絶対がんばります」
舞い上がるような気分とはこのことだ。アドバンスから毎年全国大会を目指す選手が一人選ばれるので、これはとても名誉なこと。すぐに愛里沙にも伝えに行った。
「山際さん、私アドバンスに上がれたよ」
「それはおめでとう、これで私たちも正式なライバルね。手加減しないわよ」
「こちらこそお願い」
このときから、永遠と愛里沙のバトルが始まった。
「水田さん、腕上げてきたわね。特にあなたの持久力は必ず生きてくるから」
最近、唐木田コーチから声を掛けられることが多くなってきている。これもハブ練を抜けだせてアドバンスに参加してたからだと思っていたのだが・・・。
「今日練習が終わったら、撮影があるからコートに残っていなさい」
撮影という言葉に心当たりはなかったが、愛里沙もその場にやって来た。
「山際さんもいたんだ?コーチが撮影って言ってたけど何の撮影?」
「知らいの?スクールのホームページのトップ画面の写真」
「そうなんだ、でも私なんか下手くそなのに」
「きっとカワイイからじゃない、あなたって芸能事務所から声掛かるほどだし。見た目でじゃない?」
嫌みっぽく言い放たれた言葉には、どこか棘があり不満さが感じられた。
撮影は一時間ほどで終わり、永遠はいつものように愛里沙を誘った。
「遅くなっちゃったね、山際さん一緒に帰ろ」
「ううん、今日は用事があるから。他に寄ってく」
愛里沙の態度が急変したことに、そのときの永遠が気づくことはなかった。
「ねえ大変大変、見て!」
スクールでは、常に刺激を与えるため技術や将来の可能性を考えて毎月コース分けを行っている。掲示板にその結果である来月のコースメンバーが張り出されたのだ。
「愛里沙、ハブ練、あっごめん。スタンダードに落ちちゃったなんて驚き」
そこに愛里沙が通りかかると、スクール生たちは急に声を潜めた。
その結果を目にした愛里沙だったが、黙って過ぎ去って行った。
『何があったのかしら?私コーチに聞いてくる』
永遠は、唐木田コーチのところへ駆けて行った。
「コーチ、何で愛里沙が」
「そのこと?実は彼女、体が大きくなりすぎて肘に負担がかかる成長痛、テニスエルボーってやつ。かなり痛くて、もうテニスも無理かも。あっこれって本人には絶対に内緒よ」
それでも永遠は納得できず愛里沙を追っかけると、ロッカーのベンチに座り一人泣き崩れている愛里沙を見つけた。
「山際さん、テニス辞めないで!」
すると愛里沙はいきなり顔を上げ、鋭い眼光で永遠をにらみつけてきた。
「どうせ自分が自分が選手になれると思ってんでしょ。私からテニス取ったらいったい何が残るというのよ!」
そのとき永遠の口から“ドンマイ”の一言が出ることはなかった。
そして辛そうに肩を震わせながら立ち去る愛里沙を、ただただ見送ることしかできなかった。
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