須崎先生奮闘記3(思い出の修学旅行)

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須崎先生奮闘記3(思い出の修学旅行)

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 修学旅行出発の朝となった。数名の当日欠席者は出たが、あれほど文句を言い散らかしていた男子生徒たちも、全員参加となった。何せ彼らには、この3日間がお祭りになる。 
 一行はクラスごとのバスに乗り、目的地〝熊崎〟へ向かった。
 乗ること4時間、山間地を抜けていくと、そこには大海原が広がっていた。
「お~すげ~」
 はるか彼方までが見えないくらいの日本海を目前にし、生徒たちからは図らずも歓声が上がった。
「映える~」
 彼方までが見えないくらいの日本海を目前にし、生徒たちからは興奮したのか、図らずも歓声が上がった。
「映える~」
 スマホを手にし、一斉にシャッターを切る。都会育ちの彼らからしたら、高層ビルなどの人工物でのさえぎりがない光景は、まさに新鮮な驚きそのもだった。
 生徒たちのあまりにもの喜びを見て、須崎もホッとした。
 
 目的地の熊崎まであと2時間にして、高速道路のPAに立ち寄った。生徒それぞれが、思い思いにトイレや売店に向かったが、バス内では座席から立ち上がろうとしない亜美がいた。
 須崎は亜美が心配になり、そっと声を掛けてみる。
「橋本さん、どう?楽しい?」
「・・・・・」
「田代さんと道下さんと一緒に行動しないの?・・・あっそっか、班が違ってるからか」
『えっそれってイヤミ?あ~楓と木葉は、2人で楽しそうでいいなあ。私なんて話す相手もいないし』
「いいえ大丈夫です。別に気にしてませんので」
 亜美にとって、本当は参加するのも嫌だっただけに、そう答えるのが精一杯だった。
 楓と木葉と一緒になれなかった亜美は、結局は大人しく存在感が薄い水口満里奈、クラス一の暴れん坊の林啓太、これまで一度も話したことがない野口淳也の4人とで、班を組むことになっていた。そのためバス移動中の隣の座席は、無口な満里奈とっている。
 しばらくして、楓と木葉がバスに戻って来ると、通りすがりに亜美に声を掛けてきた。
「どう亜美。楽しんでる?」
『そんな、楽しいわけないじゃない』
「え~まあ。ぼちぼちかな?」
「あっそう。じゃあまた後でね」
 そう言い笑いながら最後列の席へ着く2人を、亜美は惨めさ一杯で眺めていた。

 さらに2時間バスに乗り、ようやく目的地の熊崎村役場に駐車場に着くと、そこには横断幕をもった地元住民たちが生徒たちを待っていてくれた。まさに熱烈歓迎。
「3班さ~ん。こっちやぜ」
 3班は亜美の班で、そう叫んでいた男性は、どうやら世話になる家の主人のようだ。
「何だあの野暮ったいオヤジは」
 啓太の口の悪さは、場の空気を悪くしてしまう。
「初めまして、名前は浅井なが。あんたらも疲れたけ?」
 ここから浅井勝という男性の家に、お世話になることになった。
「えっ浅井ながさん?疲れた毛?どんな毛?」
 4人は、いきなり異次元に放り込まれてしまったような感覚だ。
 そして荷物を自分たちで運ぼうとしたらまたまた呼び止められた。
「これながけ?なら、運んであげっちゃ」
「これ長家?運んで上げるお茶?それも奈良のお茶のことかな?」
 勝は面食らってる4人を気に掛けることもなくミニバンに乗せ、役場から家へ戻って行った。
 
 途中、海岸線を走るうちに、どんどんと山の中へ進んで行く。そして道がと途切れた奥にたたずむ一軒家、それがらどうやら勝の家らしい。家の周りを見渡しても畑だけ。街頭一本立っていないその一帯は、大都会から来た4人にとっては、未知の世界そのもの。
 玄関先では、妻の信子と犬、それに鶏が出迎えてくれていた。
「いらっしゃい。よう来られたね」 
 4人は、学校で事前に練習してきた通り、土産となる江戸絞りの手ぬぐいを渡した。
「あれ~、きのどくな。何~んもないとこながやけど、ゆっくりしてかれま」
 亜美たちには、話している内容が全く通じない。
 そのとき、淳也は緊張してしまったのか、急にトイレを使いたいと言い出した。
「かわやけ?つかえんちゃ」
「つかえんちゃ???・・・。それって使用禁止ってこと?それにお茶までつくの?」
 そんなお国なまりに戸惑ってしまった4人は、これから始まる3日間が、どれほど大変なことになろうかと、容易に想像ができた。
「もう帰りたい。だからこんなとこなんかに来たくなかったんだ!」
 いつもは威勢がいい啓太さえも、このときばかりは泣き言となってしまった。

 部屋に荷物を置くと、休む暇もなく、運動できる服装に着替え、最初の活動だ。
 勝は4人を家近くの畑に連れて行き、本格的な農作業をさせることにしていた。
「大根と白菜を収穫するかなな。こうやって、こうやって」
 勝の手本を、4人は真剣に見入る。
 大都会のまずもって土に縁遠い亜美たちは、理科の授業では習ったかも知れないが、生まれてこの方、直に土を触ったことがなかった。ましてや大根や白菜は、スーパーでしか見たことがなく、きれいに洗われて袋詰めされてるのが当たり前の中での生活だった。
「めんどくせ~。俺様の手が汚れる」
  案の定、啓太の泣き言が飛び出したが、他の3人がスルーしていまうので、仲間に入っていくしか仕方なかった。そして昼の2時から陽が落ちるまで、彼らは黙々と働き続けた。すると、
「啓太君、なかなか手つきがいいないか」
と、学校ではいつも叱られてばかりいる啓太に、初めてのお誉めの言葉がかかった。
「だろ?俺って農業に向いてんのかもハハハ」
 今までに見せたことがない啓太の屈託のない笑い顔は、亜美や満里奈、淳也との距離を縮めるには、十分な効果を果たした。
「みんなありがとう、とても助かったちゃ。さあ帰らんまいけ」
 浅井を先頭に、4人の生徒たちは疲れた素振りも見せず、鼻歌を交じりで帰宅していった。

 部屋に戻った亜美は、さっそくスマホでメールのチェックをしようとしたが・・・
『えっネットがつながんない』
 ここは山奥過ぎて、スマホが繋がらなかい所だった。生まれたときからネット環境で育ってきた生徒たちにとって、ある意味新鮮で未体験な場所でもあった。 
『考えようには、雑音に惑わされないのもいいかも』
 そう亜美は自分に言い聞かせ、みんなが待つ食卓へ急いだ。
 そこには信子の手料理が、所狭しと並んでいる。
「お腹すいたやろ。これがみんなが採ってきた白菜と大根の煮付けなが。これはやまごぼうとタラの芽のおひたし。あとこれは」
 ここまで聞いていた啓太が、素朴な疑問を尋ねてみた。
「あの~肉はないんですか?ハンバーグとか」
「そうやねえ。でもここじゃ地のもので作るが。やっぱり都会の人の口には合わんけ?」
「ねえそれって失礼よ」
 それまで大人しかった満里奈が、初めて口を開いた。
「いいがいちゃ。啓太君、堪忍ねえ~」
 啓太がそれから話さなくなったのを気遣った勝が、みんなに提案してきた。
「ごはん食べたら、外にでも行かんまいけ」
 1日過ぎて、亜美たちも方言を少しずつ理解できるようになっていた。
「やった~。うれしい」
 啓太にも笑顔が戻って来た。さっき泣いたカラスがもう笑ってる。

 夜9時になった。勝と亜美たち5人は、懐中電灯を片手に目的地に向かい歩き出した。
「どこへ行くんですか?」
 恐る恐る淳也が聞いてみた。
「心配知られんな。ちょっこ、着いてこられ」
 その後も、ただただ山中を歩いて歩いて突き進んでいくと、いきなり頂上近くの開けた場所に出た。
「ここなが。ほら、頭の上を見てみられま」
 言われるままに夜空を見上げた4人は、その絶景に言葉を失った。そこにには満天の星が宝石箱をひっくり返したように散りばめられている。
「・・・・・」
 人は本当に感動したときに言葉が出ないとは、まさにこのことかも知れない。それは時間にしてわずか数分だったが、4人の心を鷲づかみにするには十分な時間であった。

 田舎の朝は早い。まだ6時前だというのに、すでに啓太は目が覚めていた。というより興奮して眠られなかったという方が、正しいかも知れない。
 午前中は、前日のような農作業を行った。
「浅井さん、この採った大根をどこへ持ってけばいいですか?」
 今朝の啓太は、どこか楽しそうだ。その雰囲気は当然のように亜美たちにも広がり、昨日以上に作業がはかどっていき、予定より早く作業を終えることができた。
「はいお疲れ。お陰でもう終われたわ。ご褒美に午後は海へでも行っか?」
 勝は農業だけでなく漁師もしていて、近くの海で素潜りによる漁をしている。
「漁協にも了解とってあるかるから、あんたたちも潜られっから」
 
 そんなわけで、午後は急きょ近くの海岸で素潜りをすることになった。
 そこは岩だらけの場所で、水深はそほどではない。海水も腰辺りまでしかこないため、危険さも感じられない。
「この水中めがね着けて海の中でも見てみられ」
 さすがに亜美と満里奈は海へは入らず岸から見ることにした。一方で啓太と淳也の興奮は、すでにMAXに達している。
「いいけ。ここから見える所だけにしとかれ。勝手に離れられんな」
 その注意を聞くか聞かないかのうちに、われ先と啓太と淳也は、海の中へ入っていった。

「え!林君がおぼれてる!」 
  岸辺で見ていた亜美が、海中に沈んでいく啓太を見つけ、金切り声を上げた。浅井が少し目を離したすきに、啓太が足を滑らせ転倒し、深みにはまってしまったみたいだった。すぐに勝が海中に飛び込み助けに向かったが、岩場に足がはさまり身動きが取れてない状態になっている。その間も海水を飲み続けてる啓太の意識は、次第に遠のいていった。

「救急車、救急車を呼んでくれ~」

 5分も経たぬうちに救急車とパトカーが到着した。レスキュー隊員の迅速で的確な処置により、幸いなことに啓太は息を吹き返した。
「俺、助かったんだ!」
 大粒の涙が頬を伝っていく啓太を、勝はぎゅっと抱きしめた。
「啓太君、堪忍しられ」
 謝罪と後悔の気持ちが入り交じって、勝の瞳からも涙があふれ出てきた。
 
 その日の夕げは、本来は2日間の思い出話に花が咲くはずだったが、まるでお通夜のような静けさとなってしまった。誰ひとり言を声を出すことなく、黙々と箸を進めている。
 さすがにこれではマズいと感じた勝が、声を出した。
「なら、今日も星でも見に行こまい」
 4人は賛成とも反対とも意思表示がされぬまま懐中電灯を片手にあの場所へ向かったが、なぜか昨日よりも遠く感じてしまったのは、気のせいだったのだろうか?

「着いたちゃ。なごなって見んまいけ」
 言われたとおり、5人は大の字になった。星空を見上げている4人に対して、勝は話を続けた。
「あの星の光っていつの光か知っとるけ?何か、数年前から数百万年前という遠い昔に出て、ようやく地球に届くがやって」
  そんな何気ない話を聞きながら、亜美は人間の存在が小さく感じさせられてしまい、ましてや今抱えてる悩みなんて、取るに足らないと思えてきてしまった。
 すると隣で寝転んでいた満里奈が、そっと亜美にささやき掛けてきた。
「ねえ橋本さん、私と友だちになってくれないかなあ?」
 改めて言われると、亜美はどう返事していいのか困ってしまった。
『どうしたの?急に』
「私、1年のときにイジメられてから、人とほとんど話さなくなっちゃた。まあそれも気楽でいいかなあって、そのときは思ってたけど。でもこの2日間、みんなと一緒にいると、もう少し人を信じてもいいかなってね。だって私の悩みなんて、この大自然の中では、ほんとにちっぽけだし・・・というより何か自然に生かされてるって気持ちになってきたのかも」
 まさに亜美も、同じ事を考えていたことに驚かされた。
「もちろんいいわよ。こちらこそお願いね」
 楓と木葉にこだわっていた亜美が、初めて親友と呼べる人物に出会えた気がした。

 早いもので、あっという間に農村体験の終了のときがやってきた。
 いよいよお別れとなる。連日の奥さんによる地元の山菜料理。ご主人がたく五右衛門風呂。真っ暗な夜空に瞬く満点の星。そして啓太の事故は、余計だったかもしれないが。
 おそらくこれらの体験は、忘れがたき思い出として、亜美たち4人の心にしっかりと刻まれていくだろう。

 4人の生徒たちだけでなく、勝や信子の目からも涙があふれ出してきて止まらない。
 亜美は、この4人で、そしてどこでもない勝の家で良かったと心から思った。さらにここでの土の香りは、一生忘れないだろうと。
 別れが迫ってきて、亜美が代表してお礼を言う。
「3日間ありがとうございました。毎日が楽しかったです。初めは何てとこに来たのかと、後悔だらけでしたがフフフ・・・にここに来られて本当に本当に良かったです」
 笑顔一杯で挨拶をし、まさにその顔からは、充実感がにじみあふれてる。
 それでも、最後まで勝の方言は分かりにくい。
「気兼ねやったね。言葉なかなか通じんかったがやろ。でもさすがに熊崎弁に慣れたやろ?」
 すると4人は口をそろえ、覚えたての方言を使い、ジョークで返した。

「な~ん。なかなか慣れんがいちゃ!」
  
 # おいおい使えるんかいそれとも使えないんかい。いったいどっちなんだい? #

 熊崎役場前に各家庭での別れをした生徒たちを乗せたバスが着いた。するとバスの中から須崎が降りてきて、心配そうに亜美に声を掛けてきた。
「橋本さん、どうだった?みんなと仲良くやれた?」
 でも今は、亜美も自信をもって答えることができる。
「最高の3日間でした」
    
  人との出会い。その後の人生が大きく変わることもある。

 須崎級、卒業まであと289日

  注 文中の方言は、ある地域で使われているお国言葉の数々である  
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