40年目の親父

咲都

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HOSPITAL

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三週間が過ぎまた病院から連絡がきた。
転院先が精神内科病棟のある少し遠い大学病院に決まり、手術の為の検査を行ったこと。
思ったより手術が難しく、高齢と言うこもあり手術に立ち会って欲しいと言うことだった。
手術は10時から。家から大学病院まで三時間かかる。朝の渋滞を考えると家を6時に出ることにした。
妻の仕事はしばらくはオフと言うことで二人で出かけた。
天気も良くてドライブ日和。
そう言いながら鼻歌を歌う妻がうらやましい。
「そんなに気負ってどうする!病院でも会わないんだし、輸血や投薬が必要になった時にサインがいるから付き添うだけじゃん」
それもそうなんだけどさ、お前の性格が羨ましいよ。

9時15分病院に到着。
受付に今日の手術のことをいうと精神病棟のラウンジに案内された。
ラウンジの横に暗証番号つきのドアがあった。
カチャ
ドアが開きストレッチャーが運ばれてきた。
人が乗っているようだ。
制服の違う看護士が一人いる。
俺たちを見て頭を下げた。
内海病院の看護士だった。
俺たちも頭を下げた。
妻は立ち上がり、ストレッチャーの側に行くと親父に話かけた。
「手術頑張って下さいね。私?私は邦雄お義父さんの親戚の者だよ。手術が終わるまでここで待ってるからね」
親父も何か言ってるようだ。妻の手を両手で握っていた。
妻は手を振りながら「行ってらっしゃい」と言っている。
俺にはできない行動だ。全く驚かされるようちの奥さんには。

無事手術も終わり、眠ったままの親父が病棟に入るのを見届けて俺達も帰路についた。

「チョコレートが好きなんだよ」
「知ってるよ。お前のおやつに必ずチョコあるじゃん」
「違うし!いや、違わないけど、お義父さんが一番好きな食べ物はミルクチョコなんだって」
「………」
「胃癌はさ、胃の切除するじゃない。半分以上取られると沢山食べれないし、消化不良の原因にもなるんだよね。そしたら、高カロリーの物がいいんだよ。チョコはいいと思う」
「…………親父ってどんな感じだった?」
「顔かたちは康義兄ちゃんに似てた。優しい感じだったよ。姉弟さんって四国にいるって医師が言ってたでしょ?滅多に会いに来れないんじゃん。きっと寂しかったんだと思うよ。会いに来てくれてありがとうって言われた」
「そうか」
「うん」

朝は三時間かけた道のりは、あちこち買い物に付き合わされ五時間もかかってやっと帰りついた。
帰った早々キッチンに立つ妻。元気だなぁと感心する。
「ただいまー!おー!久しぶりにカレーだ!」
仕事から帰って来るなり玄関で叫ぶ息子。
そのままキッチンに入ったのだろう。
妻から手を洗いなさいと怒られている。この息子はいくつになっても怒られている。
テーブルに付くと凍ったビアジョッキとビールが、息子にはレモン酎ハイが出される。
「お疲れー」
息子の言葉に(確かに疲れた)と思いながら「お疲れ」と返した。
つまみに刺身が出され、それを肴に飲む。
「で?どうだった?」
「無事に手術は終わった」
「オヤジは合ったのか?」
「いや、お母さんが話をしてた」
「母さんらしいね」
「合わないの?」
「うーん、どうすればいいかわからん」
「俺からは何とも言えないけど後悔はしないように」
「そうだな。お母さんが羨ましいよ」
「アハハ、母さんには『ネガティブ』と言う単語がないんだよ」
「そうかもな」
「なぁに?私の悪口?」
サラダと唐揚げを持ってきた妻はそう言った。
「母さんはいい性格してるってオヤジと言ってたの」
「悪口じゃん。アゴだし唐揚げって珍しいのがあったから買ってきたけど悪口言う人には食べさせません」
「うわぁ、ごめんって、悪口じゃないって、誉めてるって」言い訳を並べる息子とそれをからかう妻、しんみりと真面目な話が台無しになった。
まぁ、いいか。






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