トワイライト・イン・トーキョー

ミヤ

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第一話 未知との遭遇

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何者かになれるって信じていた。俺にはたいした才能もないし、努力することも苦手だけど、いつか人生を変える何かに出会えるんだって思ってた。だから俺は東京に来た。

 東京の大学に進学して、一人暮らしを始めもう3年近くになる。別に田舎の故郷が嫌いだったわけじゃない。子供のころから仲のいい友人もいたし、家族ともうまくやっていた。でも代わり映えのしない毎日が嫌だった。東京に行けば出会いがたくさんある、俺の人生を変える出会いがあるって信じて、必死に勉強して東京に来た。でも人生ってのは残酷で、待ってるだけじゃ何も起こらない。

 俺は気づいた。何も起こらないのは環境のせいじゃない、何かを変えたいと思いながらも、何も動かない自分のせいだってことに。


 10月24日、東京の秋は想像以上に寒い。日も沈みかけていたが、日曜日だからか池袋には多くの家族連れやカップルがいた。まるで自分が誰よりも孤独な存在にであるかのように感じられる。

 俺が今日重い腰を上げて街に繰り出したのは、アルバイトの面接を受けるためだった。今までいくつかの飲食店でアルバイトをしてきたが、どれも長続きしなかった。今回こそと一念発起して高校生を対象とした塾のアルバイトに応募したのだ。

 面接会場に到着すると、大学1年生らしき男女の集団がいた。大声で会話する彼らは、まるで周囲を威嚇するかのように会話の中で自らの通う大学名を強調していた。
「うちのサークルまじでヤバいの多いよ、未成年飲酒上等って感じw」
「うちのはインカレのヤリサー多いよ、俺も早く後輩喰いてぇ~」
 会話の節々に登場するのはどこも俺の通う大学とは比べものにならないような一流大学ばかりだった。何だか名指しで彼らに見下されてるような気持ちになり、俺は面接会場を足早にさった。

 こうした現実逃避の後、俺はいつも罪悪感に苛まれ、死ぬ勇気もないのに「死にたい…」と呟いてしまう。言葉には言霊という力があるというが、全ての始まりたる彼との出会いはこの言霊によるものだったのかもしれない。

 池袋からの帰り道、ただまっすぐ帰宅する気にもなれず、俺は川沿いをボーッと散歩していた。橋を渡り、ふと欄干に体を預けて川を眺めると、夕日がキラキラと水面に反射している。あまりの美しさにそのまま体ごと引きずり込まれそうになってしまう。
「まあ、死ぬ勇気なんてないけどな…」

 そう呟くや否や、俺の体はバランスを失い、気がつくと俺は宙を舞おうとしていた。横に目をやると、今まで全体重を支えていた欄干がまるで泥のように溶けている。あまりに突然の出来事に、俺の口から発された言葉はたった一言だった。
「死にたくない…」

瞬間、誰かが俺の襟首を掴む。
「あーあ、こりゃ心怪の仕業だな。完全に魅入られちゃってるよ」
男は今にも川に落ちようとする俺の全体重を片腕で支え、微動だにしない。
「どうする?お前、このまま落ちたいか?」
恐怖と動揺で息が震え、うまく声が出せない。なんとか取り込んだかすかな息を使い、か細い声を絞り出す。
「嫌だ…死にたくない…」

男はすぐに俺を強く引っ張り、反動で俺は道路に転がった。見上げると、そこには黒のジャケットに、ボサボサの金髪、無精髭を生やした20代後半と思われる男が立っていた。背丈は180cmほどで、細身だがしっかりと筋肉はついており、俺を簡単に引っ張りあげたのもうなずける。

「さっきまで完全に魅入られてたってのに、お前なかなか見込みあるな。生への執着の強さも立派な才能の一つだぜ?」
「あの、助けてくれてありがとうございます…なんか急に欄干が溶けて…」
俺は我に帰り、欄干に目をやる。そこには何ら変わりない欄干がたしかに存在した。
「そんなはずがない!あの欄干はたしかに…たしかに溶けたんだ!」
「ハハハ…そりゃあ認知の歪みってやつだよ。心怪はお前の心の認知を歪めちまったのさ。俺の目にはお前が身を乗り出してそのまま転落していくように見えたぜ?」
「ど、どういうことですか?」
「お前はなあ、魅入られちまったんだよ、怪異に。死にたいって願ったろ?そういう心の弱みってのに怪異は付け入るのさ。名もない低級心怪とはいえ、よく抵抗したもんだな。たいていの人間は怪異に取り憑かれたまま死んじまうんだ」
 
 どうやらこの男の話では俺は怪異なるものに取り憑かれているらしい。あまりに突拍子もない出来事だが、実際俺はその怪異とやらのために死にかけている。自分の身を持って体験したことだ、信じるほかない。
「ま、詳しい話は本部で聞けや。はやく除霊しないとまた怪異が悪さしちまうぜ?」
「え?今もまだその怪異が取り憑いているんですか?」
「俺の専門は除霊じゃないからな。怪異を倒すことはできても完全にあの世へ送ることはできねえ。今にまた認知の歪みが起き始めるだろうな」

 不気味な生暖かさを感じて下を見やると、俺が座りこんでいた地面が泥状に溶け、俺は地面に飲み込まれようとしていた。もがけばもがくほどに体は沈んでゆき、まるで底無し沼のように俺の体は完全に地面に飲み込まれた。妙に温かい泥が俺の全身をつつみ、口いっぱいにスライムのような粘性の高い泥が広がる。まるで泥と一体化しているような気分だった。息が詰まり、まともな思考ができなくなると、何だか泥につつまれるのが心地よくなってきた。この感覚には覚えがある。何もしていないのに動くことができないほど気怠く、ベッドから離れられないときと同じだ。
(怠惰な俺にぴったりな死に方だな…)
次第にもがく力を失い、俺は意識を失った。

「はあ、世話の焼けるやつだことよ。ま、これも道祖神様のお導きってやつか」

 これが俺の人生をよくも悪くも180度変えたある男との出会いだ。まあ、少なくとも彼のおかげで俺が退屈することはなくなった。
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