遥かな宇宙 久遠の絆

藤原ゆう

文字の大きさ
5 / 10
1.瑠璃の章

3.元帥と中将

しおりを挟む
 カイルは城を出たその足で本営へと向かった。
 軍指令本部は、皇城から少し離れた場所にある、そこまでは車での移動となる。
 車窓から見る戦時中の首都は、どこか閑散として見える。
 平時に比べ、車通りは少なく、行き交う人の表情も曇って見えた。
 今年に入って年中行事である国を挙げての祭りも中止され、ますます賑やかさが失われつつあるようだった。
 「早く終わらせなければ……」
 車はゆっくりと、石造りの本部へと入って行った。

 その車止まりで、彼の到着を心待ちにしている者がいた。
 その姿は遠くからでもよく分かる程の巨漢で、まるで『熊』を思わせる。
 無精髭を生やし、とても異性受けするとは思えない風貌の彼は、しかし同姓にはすこぶる人気が高かった。齢25。
 カイルよりも3つ年上なだけの彼は、その姿から10は上に見られるが、彼自身はまったく気にしていないらしい。
 指摘されれば「これが俺のスタイルだし!」とかえって胸を張るという、愛すべき人物ではあった。

 中将である彼は一個師団を指揮しており、今現在は前線にいるはずだった。
 それがどうしてここにいるのか。
 カイルは車が停車するとすぐに自らドアを開け飛び降り、彼の元へ足早に近付いた。
「中将、何か変わったことでも?」
 足早に近づいてくる年下の若き元帥に、熊の中将は微笑みかけた。
 そして「グハハハ」と笑いながら片腕を伸ばし、ぐわしっとカイルの肩を抱いたのだ。
「ちゅ、中将?」
 熊の中将の難点は、スキンシップが濃厚なところ。
 勢いあまって首を絞められ、卒倒寸前に陥った将校もいるらしい。
「グレン中将!お手を離してください!」
 カイルも常日頃から鍛錬してはいるものの、いかんせん体格差がありすぎた。
「お?そうか、すまん、すまん」
 悪びれる様子もなく、熊の中将、もといゲルシュ・グレン中将は腕を解くと、また豪快に口を開けて笑っている。
「いったい、どうされたと言うのです?」
 カイルはそんな中将を尻目に表情を引き締め直すと、建物の入り口を目指して歩き始めたするとゲルシュ・グレンはぴたりと口をつぐんだかと思うと、上司の背に向かって囁くように言った。
「シド・フォーンに動きがある」
 カイルの胸がドクリと波打った。
 けれどゆっくりと振り向いたカイルの顔には、何の表情も浮かんではいなかった。
「ガルーダの旗艦に奴が乗り込んだと言う話だ」
「……その話をどこから?」
 まだ軍の諜報部も掴んでいない事を。
「まあ、俺にもいろいろツテがあるわけよ」
 ゲルシュ・グレンは事も無げに言って、今度はカイルと肩を並べて歩き始めた。
「奴は本気だって訳だ」
 本気でこの帝国をぶっ潰そうと考えている。
 苦虫を噛み潰したような顔でそう言うゲルシュ・グレンの横顔をちらりと見やってから、
「いずれにせよ、我々が選ぶ道はひとつしかありません」
 と、カイルは言い切った。
「まあ、そうなんだけど、さ」
 納得する素振りを見せながら、
「カイルっちはなんでも真剣に考え過ぎるから心配なんだ」
 と、口の中でごにょごにょ言い続けているのを聞き流しながら、カイルは(それでも心のどこかで信じていた)と思う。
(私は、それでも友だと思っていたかったのだ……)
 胸にぽっかりと空いた穴がある。親友である男が、こうも鮮やかに過去を切り捨てたことに対する哀愁の念が、その穴に満ちていく。
 それでいっぱいになっていく穴を、カイルはまるで他人事のようにじっと見つめていた。
「おい、カイル!カイルっちってばっ!!」
 ハッとして顔を上げると、ゲルシュ・グレンの心配そうな顔がそこにあった。
 その風貌に似合わぬ、澄んだ黒い瞳が、じっとカイルを捕らえている。
「グレン中将……」
 いつも沈着としている青年の、思わぬ動揺を目にして、ゲルシュ・グレンは内心哀れんだ。この若い元帥が実のところ非情になりきれない男であることをよく分かっていたからだ。
「まあ、なんだ。奴に対してお前さんがひとかたならぬ想いを抱いているっていうのは、俺も良く知っているつもりだ。だからって言うんじゃないが、ちょっと言わせてもらうとだな。奴には奴なりに思う所があってこんなことになったんだろうし、カイルっちにはカイルっちの思いがあるだろうし、こうやって目指す道が分かたれたっていうのも、運命って言やあ、運命だと俺は思う訳なんよ。だから、ここは仕方ないことだと諦めてだな」
「分かっていますよ」
 その声に笑いが含まれている事に気付いて、ゲルシュ・グレンは横を歩く青年を見下ろした。
「分かって……た?」
 熊のような風貌が見る間に柔らかくなっていく。
「はい。重々承知です」
「そっか、なら良かった……」
 心底ほっとしている様子の中将に微笑み返しながら、カイルはこの気の優しい熊が、なぜ許可も得ず前線を離れたのかを理解していた。
(いち早く、シドの情報を私に教えるため)
 彼は、彼らが親友であったことを知っている。だからこその気遣いだった。
「まあ、なんだな。いつかきっとお互い笑って肩を抱ける日が来ると思うしさ。だからあんま気に病まないで、素敵な未来を夢見てだな・・・」
 まだまだゲルシュ・グレンの独り言は続きそうである。


 指令本部室では、将校たちが慌しく動き回っていた。
 そこにカイルとゲルシュ・グレンが入って行くと、一人の高級士官がこちらに近付いて来て敬礼した。
「ハウレン少将」
 (なぜここに熊が?)と訝るような顔をしながらも、ハウレン少将はカイルに向かって
「先程、第5師団と敵軍が交戦し、村のひとつが壊滅、占拠されたとの報告が入りました
「あ~あ、ったく。ハンス大将も詰めがあめえんだよな」
 隣でぶちぶち言っている中将を残して、カイルは本部室の中央に据えられている円卓へと近付いていき、そこに映し出される立体映像に見入った。
 南部の村のひとつに敵軍の印が付けられている。
 その地域一帯は、帝国軍が要衝と位置づけている場所である。
 そこから一直線上に首都があり、その間には山岳などの障害もなく、容易に首都攻撃を窺える場所となっていた。
「さて、どうしたものかな、元帥閣下」
 ひとしきり愚痴を言い終えたゲルシュ・グレンが横に立った。
 カイルは映像を見つめたまま動かない。
 そこから情報を引き出すように、一心に見つめ続けている。
 ゲルシュ・グレンはそれを見守るようにして佇んでいた。
「グレン中将」
 ややしてカイルが固い声で呼んだ。
「はいよ」
「中将の師団をこの地域に移動するのに、どれくらいの時間が必要ですか?」
「え?ああ、そうだな、早くて2日」
「半日でどうにかなりませんか?」
「半日?!」
 う~んと考え込む中将を尻目に、カイルは傍らに控えていたハウレン少将に次の指示を与えている。
「ま、なんとかなっかな」
 と軽い調子で言って、手をパンと打ち合わせたかと思うと、
「じゃあ、俺早速帰るわ」
 と言う言葉を残して、さっそうと本部室を出て行った。
「相変わらず神出鬼没な方ですねえ」
 カイルが再び映像に目を移した時、ハウレン少将が感心しているというよりはむしろ、呆れたように呟くのが聞こえた。
「だが、あの人ならやってくれるだろう」
 普段は茶目っ気たっぷりのお調子者で通っているゲルシュ・グレンも、戦場に立つと、人が変わったように有能な指揮官となる。
 人としても、軍人としても、カイルがもっとも信頼を置いている人物なのだ。
「さて、半日でグレン中将の移動が完了し、敵軍と対峙する。そして第1師団が海上より展開。第6師団が右翼より敵側面を攻撃。第2・第4師団は引き続き東西の敵軍と交戦。」
机上では、これで中央突破を目論む敵の包囲網が完了する。
 あくまでも机上では。

『シド・フォーンが旗艦に乗りこんだという話だ』

「ふー」
 カイルは珍しく溜息をつき、皮製の椅子に倒れこむように座った。
「お疲れですね、閣下」
 そう言われ、部下の前で疲労の色を見せてしまったことに苦笑した。
「いや、大丈夫だ」
「あまりお休みではいらっしゃらないのでしょう。閣下にもしものことがあれば……」
 帝国は終わりです。
 少将の心の声が聞こえたような気がした。
 けれどカイルは頭を振って立ち上がる。
「心配は無用だ。休んでいられる時ではない。これから神殿に向かう。何かあればすぐに連絡するように」
「はっ」
 不満そうなハウレン少将を安心させるように微笑んで、カイルは指令本部室をあとにした。
 策が功を奏するか分かるまで、今少しの時間が必要だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...