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第1章 神官になった少女
国教歴史研究所(1)
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神殿のすぐ隣にある中央神殿府。
これは神官たちが行政的な仕事を執り行う施設であり、地方神殿を管理する部署や、その他神殿と神官に関わる諸々の部署が存在している。
ユリアは、その中でも、さまざまな歴史書や古文書から、国教を体系的に取り纏めようと研究している部へ配属されていた。
行政府の一階。
とは言え、この辺りは総務部や財政部と言った花形の部署から外れているせいか人が少ない。石畳の廊下を歩いていても、徐々に人に会わなくなってきた。その上明かりも少ないのか、昼間だというのに暗い。
その廊下を恐る恐る歩いていると、前を行く人影が見えた。ホッとして、その人物の後ろをついて行くことに。
前を行く人と、何度か曲がり角を同じ方向に曲がって(とは言え、廊下は一本道なので、同じ方向に行くしかないのだが)、とうとうその長い廊下のどん詰まりに行き当たったようだ。
「やっと着いた……」
緊張のせいもあるのか、凄く疲労を感じながら、ユリアは息をつく。
そしてあることに思い至った。
(同じ廊下を同じ部屋までやって来たということは、彼は私と同じ部署なのかしら)
その人は突き当りの扉をノックして開けると、不意に後ろを振り返った。
今まで一度もこちらを見なかった黒縁眼鏡越しの双眸に見つめられ、ユリアはびくりとして体を硬くした。
「入らないのか?」
薄暗い廊下に響く、良く通る声。
「あ、はい。いえ、入ります!」
慌てて近寄ると、その人は無表情のまま扉を開け放って、ユリアを中に招き入れた。
「まあ、ユリア・タズハ。よく来たわね」
部屋に入るなり、ユリアは温かく柔らかい胸に抱きしめられた。
「マ、マリー様。苦しいです……」
「あらら、ごめんなさい。嬉しくて、つい」
解かれた腕の間から見上げれば、ユリアよりも頭一つ分高い所に少し皺の刻まれた顔があった。
マリー・レーヴェニヒ司教。
国教歴史研究所の所長であり、神学校では臨時講師として歴史を教えたりもしている。その為、ユリアたちとは顔なじみ。
今回の研究所配属はそれとは無関係だろうが、知っている人の下で働くことができるのは有難いことだと思う。
「ふふ。アランが迎えに行ってくれたから心配はしていなかったけれど、長い廊下だったでしょう?」
「え、迎え?」
ああ、そうか。
この時初めて、ユリアは合点が行った。
ユリアとマリー所長が話している間にもう書類を広げ始めている彼、アランは、彼女を迎えに来てくれていたのだと。
「あ、えっと、そうだったんですね。私、一緒の配属とは知らず失礼しました」
「……いや」
お辞儀するユリアの方を見ることなく、短い返事を返したアラン。
それだけのやり取りで、マリー所長はある程度のことを察したらしい。
「ふふ。彼、無愛想だけど、ほんとはいい人なのよ。ここに来て5年になるかしら。しっかりした先輩だから、分からないことがあれば教えてもらってね」
「はあ……」
無愛想というなら、これほど無愛想な人もめったにいないだろうと言うほどに、このアランという人は無愛想だった。
先ほど長い廊下を先に立って歩いていたのも、彼にとっては『案内していた』ということになるのだろうが。
(分かりにくいです。先輩)
「ここの研究所は私たち3人だけなの。仲良くやって行きましょうね」
「……3人、ですか?」
「ええ、そう、3人。アランが主に研究をしてくれているわ。私は主に渉外役。もちろん時には古文書を紐解くこともありますけどね。そしてユリア、あなたは……」
そこまで言って、マリー所長はちらりとアランを見た。
その視線に釣られたように顔を上げたアランは、秀麗な顔に乗せた黒縁眼鏡をくいっと直すと、
「俺の言った資料を図書室から借りてくる。その資料や報告書の整理。掃除に、お茶汲み、その他諸々の必要と思われることを一番に気付いてやってくれ」
と事もなげに言い放った。
「ふふ。何事もアランに聞いてやってちょうだいね」
無愛想な先輩が並べ立てた如何にもな雑用の数々を、マリー所長も容認しているのか。
抗議の隙すらユリアには与えられず。
しかし彼女には持ち前の順応性があり、それが下っ端の仕事なら仕方がないと、数分後には受け入れたようだった。
その後、アランに言われた資料をファイル綴じしながら、
(マリー様もやっぱり優しいだけの先生ってだけではなかったってことねえ)
と、ここに来る前の同期との会話を思い出して、しみじみと思った。
(まあ、でも、仕事自体は面白そうだもの。何とかやれそうな気がするわ)
ちらりと前を見れば、真剣に資料を読み込むアランの姿。
(先輩は無愛想だけど、真面目っぽいし)
環境としてはそれほど悪くはないだろう。
「なんだ?」
「い、いえ。なんでもありません!」
「ぼけっとしないで仕事しろ」
「はいー。すいませーん」
それでも何となく波乱含み。
ついついそう思ってしまう神官第一日目だった。
これは神官たちが行政的な仕事を執り行う施設であり、地方神殿を管理する部署や、その他神殿と神官に関わる諸々の部署が存在している。
ユリアは、その中でも、さまざまな歴史書や古文書から、国教を体系的に取り纏めようと研究している部へ配属されていた。
行政府の一階。
とは言え、この辺りは総務部や財政部と言った花形の部署から外れているせいか人が少ない。石畳の廊下を歩いていても、徐々に人に会わなくなってきた。その上明かりも少ないのか、昼間だというのに暗い。
その廊下を恐る恐る歩いていると、前を行く人影が見えた。ホッとして、その人物の後ろをついて行くことに。
前を行く人と、何度か曲がり角を同じ方向に曲がって(とは言え、廊下は一本道なので、同じ方向に行くしかないのだが)、とうとうその長い廊下のどん詰まりに行き当たったようだ。
「やっと着いた……」
緊張のせいもあるのか、凄く疲労を感じながら、ユリアは息をつく。
そしてあることに思い至った。
(同じ廊下を同じ部屋までやって来たということは、彼は私と同じ部署なのかしら)
その人は突き当りの扉をノックして開けると、不意に後ろを振り返った。
今まで一度もこちらを見なかった黒縁眼鏡越しの双眸に見つめられ、ユリアはびくりとして体を硬くした。
「入らないのか?」
薄暗い廊下に響く、良く通る声。
「あ、はい。いえ、入ります!」
慌てて近寄ると、その人は無表情のまま扉を開け放って、ユリアを中に招き入れた。
「まあ、ユリア・タズハ。よく来たわね」
部屋に入るなり、ユリアは温かく柔らかい胸に抱きしめられた。
「マ、マリー様。苦しいです……」
「あらら、ごめんなさい。嬉しくて、つい」
解かれた腕の間から見上げれば、ユリアよりも頭一つ分高い所に少し皺の刻まれた顔があった。
マリー・レーヴェニヒ司教。
国教歴史研究所の所長であり、神学校では臨時講師として歴史を教えたりもしている。その為、ユリアたちとは顔なじみ。
今回の研究所配属はそれとは無関係だろうが、知っている人の下で働くことができるのは有難いことだと思う。
「ふふ。アランが迎えに行ってくれたから心配はしていなかったけれど、長い廊下だったでしょう?」
「え、迎え?」
ああ、そうか。
この時初めて、ユリアは合点が行った。
ユリアとマリー所長が話している間にもう書類を広げ始めている彼、アランは、彼女を迎えに来てくれていたのだと。
「あ、えっと、そうだったんですね。私、一緒の配属とは知らず失礼しました」
「……いや」
お辞儀するユリアの方を見ることなく、短い返事を返したアラン。
それだけのやり取りで、マリー所長はある程度のことを察したらしい。
「ふふ。彼、無愛想だけど、ほんとはいい人なのよ。ここに来て5年になるかしら。しっかりした先輩だから、分からないことがあれば教えてもらってね」
「はあ……」
無愛想というなら、これほど無愛想な人もめったにいないだろうと言うほどに、このアランという人は無愛想だった。
先ほど長い廊下を先に立って歩いていたのも、彼にとっては『案内していた』ということになるのだろうが。
(分かりにくいです。先輩)
「ここの研究所は私たち3人だけなの。仲良くやって行きましょうね」
「……3人、ですか?」
「ええ、そう、3人。アランが主に研究をしてくれているわ。私は主に渉外役。もちろん時には古文書を紐解くこともありますけどね。そしてユリア、あなたは……」
そこまで言って、マリー所長はちらりとアランを見た。
その視線に釣られたように顔を上げたアランは、秀麗な顔に乗せた黒縁眼鏡をくいっと直すと、
「俺の言った資料を図書室から借りてくる。その資料や報告書の整理。掃除に、お茶汲み、その他諸々の必要と思われることを一番に気付いてやってくれ」
と事もなげに言い放った。
「ふふ。何事もアランに聞いてやってちょうだいね」
無愛想な先輩が並べ立てた如何にもな雑用の数々を、マリー所長も容認しているのか。
抗議の隙すらユリアには与えられず。
しかし彼女には持ち前の順応性があり、それが下っ端の仕事なら仕方がないと、数分後には受け入れたようだった。
その後、アランに言われた資料をファイル綴じしながら、
(マリー様もやっぱり優しいだけの先生ってだけではなかったってことねえ)
と、ここに来る前の同期との会話を思い出して、しみじみと思った。
(まあ、でも、仕事自体は面白そうだもの。何とかやれそうな気がするわ)
ちらりと前を見れば、真剣に資料を読み込むアランの姿。
(先輩は無愛想だけど、真面目っぽいし)
環境としてはそれほど悪くはないだろう。
「なんだ?」
「い、いえ。なんでもありません!」
「ぼけっとしないで仕事しろ」
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それでも何となく波乱含み。
ついついそう思ってしまう神官第一日目だった。
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