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14.見せつけられているような気がしないでもない
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マゼンタが、悪魔の形を模したドアノッカーを三回叩く。
「何者だ?」
中に誰かがいる。声からして男性。アスターはゴクリと息を飲んだ。
「私よ。入っていいかしら?」
「ああ、なんだ貴様か。構わんぞ」
吸血鬼のボスとはどんな奴なのか。アスターはこっそりと、クロエの後ろから顔を覗かせてみた。
その光景に、目が点になった。
十坪ほどの四角い部屋。美しい装飾の豪華が家具が立ち並び、天井にはシャンデリアが吊るされている(ただし、光量はごくわずか)。並大抵の衝撃では割れなさそうなガラスでできたテーブルの上には、ワインボトルが一本置かれていた。
革製の黒いソファーに、灰色がかった短髪の、黒服の男が足を組んで座っていた。手に赤ワインの入ったグラスを持っていたが、五体の女吸血鬼が彼を取り囲んでいる様子が、何よりも目立っていた。
「こんにちは、オーキッド」
「久しいな、マゼンタよ。……といっても、魔王様が亡くなられて以来か。フン、あれから暇すぎて、時の感じ方がおかしくなりそうだ。
そこの娘は……ああ、誰かと思えば姫君ではないか。フッ、変わるところは変わっても、まだまだ小童であることに違いはないか。おい、茶を用意しろ」
オーキッドという名の男が、女の一人に命ずる。
──姫? クロエのことか? ……そうか、そうなんだよな──
メイドのマゼンタもコウモリのモリ君も、クロエのことをいつも名前で呼んでいるので、間違いではなくとも妙な感じがしたアスターだった。
「して、今日は何用だ?」
女が三人分の紅茶をテーブルに置く。別の女が座布団を用意してくれた。クロエとマゼンタは同時に、アスターはやや遅れて座った。
「ちょっとね、城の壁を手直ししようと思いまして。この人間が過ごしやすいようにね。この辺の土、いくらか貰っていきますわ」
「ほう、人間を生かしておくなど、どういう風の吹き回しだ? 飼い慣らすにしても、てんで役立ちそうにない風貌だがな」
オーキッドはワイングラスを置いた。アスターが前に出るが、それでもマゼンタよりは後ろだった。
「俺は飼われてるワケじゃねーぞ。ペットじゃあるまいし」
「そうか、そいつは失礼。言っておくがな小僧、私の前に姿を晒して無傷で済んだ人間は、ほぼいない。もうすぐ貴様も、この牙の餌食になることを、覚悟しておくんだな」
擦り寄る女吸血鬼の頭を撫でながら言ったせいか、やや迫力に欠ける。それでもアスターには充分伝わったが。
「わわわ、ココで戦んのかよ!?」
アスターは慌てて腰の剣に触れるが、二秒静止して、柄から手を離して下がってしまった。
「やっぱヤダ!」
扉にしがみついて、カタカタ震える。それを見てクロエは、「情けないなー」と言葉には出さないが、表情でそう言っているような印象を、アスターに与える。
「まあまあ、この人間のことは、私たちに全面的に委ねてもらえないかしら? その辺の虫も同然の彼を痛めつけたところで、欲求が少しでも満たされると思って?」
──俺は虫並みかよ──
「仮に、アスターさんが吸血鬼になってとしても…………弱そ」
最後は小声で言った。
──悪口続けて言うのやめれ~!──
アスターは心の中で涙を流す。
「うむ、それには同意せざるを得ないな」
踏み留まってくれたオーキッドの言葉さえも、心無いものに聞こえてしまう。
ただ一人、何も言わないクロエの心情はどのようなものか。アスターのことをどう思っているか、一瞬気にはなったが、ロクでもない答えが返ってきそうな気がしたので、アスターは彼女に何かを求めるようなことはしなかった。
「ん? ……あぁ、奴には手は出さんことにした。お前たちも我慢するのだぞ」
オーキッドが、取り巻きの者たちに言う。
「本当に……大丈夫なんだろうな?」
アスターがクロエに問う。
「ああ言ってるから……たぶんね」
それならばと、アスターはここに来るまでの違和感を、オーキッドに話してみた。
「なぁ、ちょっといいか?」
「なんだ? 小僧」
「この洞窟の吸血鬼は……元々人間だった奴をあんな風にしたのは、お前なのか?」
「そうだ。正確には私の他にもいたが、人間どもに討たれおったわ。嘆かわしい」
と言っているわりには、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えなかった。
「この山は私の領域でな。おそらく、名を上げるためだろう。私を倒そうという愚かな考えを持った人間どもが、分をわきまえずに次から次へと来たものだ。
情けで、殺しはせずに我が同胞に仕立て上げたところ、雑魚を排除するのに奴らが役に立った。おかげで私の仕事が減ったよ、ククク……」
「ここに来るまでに、何人か倒したけどな。コイツらまで敵扱いだったから」
「そうか。奴らは使い捨てだ。誰がどうしようが勝手だがな」
オーキッドの冷酷な言葉に、アスターの胸が締めつけられる。
「それにしても、気に食わぬ」
オーキッドはワインを一口飲んだ。
「なぜだ! なぜ男ばかりが来るのだ!? 女はどうした! 人間の女は、吸血鬼に興味はないのか!?」
顔を紅潮させ、立ち上がり、わけのわからぬことを叫び出した。
「人間の女は、私が思っているほどに、吸血鬼に幻想を抱かぬものなのか!? 私を見ろ、どう見てもイケメンの部類に入っているだろう!? 返事は!?」
「え、ええ……」
マゼンタはかろうじで返事ができたが、アスターたちは、口を半開きにするまでにしか至らなかった。
「人間どもはどういう情報を流していたのだ! イケメンと聞けば、女は飛びついてくるものだととばかり……。しかし、来るのはどいつもこいつも男、男。私は男になんぞ興味はないのだぞ!」
「急にどうしたんだ? 話が変な方向に行ってんだけど……」
「オーキッド、これで何杯目?」
ワイングラスを目で指して、マゼンタが問う。
「今のが今日の一口目だ!」
「……あぁ、そういえばあなた、お酒とことん弱いんでしたわね。それなのに格好つけて」
「ええい、そのような話、どうでもよかろう! 本題に入る! 女はなぜ、この山に来ない!?」
──本題って、それじゃないような気がしするんですけど──!?
「女じゃなくてもよくね?」
「愚か者がぁ! 小僧、貴様も男なら夢見たことはあるだろう。ないとは言わさんぞ!」
「な、何をだよ……?」
「この状況を見てもわからぬか。ならば教えてやろう! 私はな、ハーレムを作りたいのだ!」
短髪の吸血鬼は、裏地が赤いマントをバサッと広げて言った。
「は!? ……あー、なんとなくわかったような気がする」
オーキッドの側には、吸血鬼だが女が五人もいる。女に囲まれて暮らしてみたいというのなら、アスターも男性なので、彼の気持ちが幾分かは理解ができる。
「そのために私は、デキる男であることを証明するために、住処であるこの山に自室を設け、誰もが目移りしそうな調度品をそこかしこに並べ、多くの部下を従えた!」
──派手すぎる物ばかりなのは、そのためか──?
「そして、私に関する情報を流させたのだが……残念なことに、ここまで辿りついた女はいなかった。ここにいる此奴らは、私が手を下したのではない。ここに来る途中、部下にやられた者たちなのだ。
できれば私はこの場で、自らの手で女をモノにしたかった。部下の土産などいらん! 面構えがどうも今ひとつだ。どうせならもっと美人が良い! だがこの数百年、この山に来た女は両手で数えられるほどのみ! なぜだ……」
「顔に文句がある割には、すっかり侍らせてますねぇ」
「いないよりはマシだからな。二つの世界を繋ぐ門が消え、人間界から女が来なくなってしまっては、贅沢など言ってられん」
ここで最初の一口をつけたクロエが、小さく「苦い」と漏らした。これを聞き逃さなかったアスターは、カップを持つことすらやめた。
「洞窟暮らしってのがネックだったんじゃねーの? やっぱちょっとダサいんだよな。俺が昔読んだ作り話に出てきた吸血鬼は、城に住んでたな、それも古そうな」
「城だと!? ならん! 私はこの山の環境が、この洞窟が大のお気に入りなのだ。適度な温度、湿度、どれも捨てがたい! 確かに、城で暮らせば見栄えはするだろうがな」
「どこに住もうが一緒じゃん」
クロエが二口目をすする。
「一緒だと? ほう……ならば今日からこの山を根城にするがよい!」
「それはヤダ」
「ぬ……」
オーキッドはソファーに座り、更に酔うこと必至でワインをガブリと飲む。
「あーつまりアレか。……ヒック。ツタで覆われた古城、そこに住まう吸血鬼。そいつを倒すべく現れた女戦士。まぁ戦士でなくても良いが。吸血鬼は女に、自分のものになれと甘い囁きをかける。女は抵抗するも、完膚なきままに痛めつけられ、やがてその強さに魅せられ、堕ちていく……。
こうだな? 人間の女はこれを望んでいたというんだな? どうなんだ小僧!? ……ヒック」
「知らねーよ。酔っ払いながらよくそんな話思いつくな。……そんで、堕ちた女を集めてハーレム状態にするってか? なるほどね。もしココがイメージ通りの城だったとしても、条件が充分に整ってたとしても、そんなバッドエンド目的で来る奴はいねーから。イケメンだろうが関係ねえよ。いや、意外とOKだと言う腐った奴も、いないと言い切って良いのやら。世界は俺が思っているより広いからなー。女って何考えてるかわかんねーし。まぁ、創作としてはアリなんじゃねーの?」
クロエとマゼンタは、念のため言った。自分は『腐った奴』には該当しないと。
「う~ん……」
アスターが渋い顔をしているので、クロエがそっと声をかける。
「どうしたの? お腹でも痛い?」
「いや、そうじゃないんだ」
アスターには、オーキッドに対して言いたいことがあった。だが、人間と吸血鬼という相違点から、これはわざわざ声に出す必要があるのだろうかと考えた。
アスターという人間が来たというのにまるで無関心で、オーキッドという主にベッタリくっついている女たち。元は人間だったのが、不運なことに魔物になってしまった。
彼女たちの人間だった頃の顔など、アスターたちは知る由もない。だが、オーキッドが言うほどルックスに難があるわけでもない。アスターから言わせれば、五体とも中の上だった。
アスターはこの部屋に入った途中から、実は何度も唸っていた。今回はたまたま、声がクロエに届いてしまったのだ。
女に囲まれて悦びを感じているオーキッド(一部不満もあるようだが)、すまし顔で紅茶をすするマゼンタ、その味に慣れないクロエ。
ここはこの山のボスの部屋で間違いないはずなのに、なぜこんなにも和やかな空気が流れているのか。それは間違いなく、この目に映っている平和的なもの全てが現実として、そこにいる者たちの目に焼きつかれているからだ。
そんな中で、今の自分の気持ちを出したら、場の空気はどうなるか。なんとなく想像はできるが、その後立ち直れるかどうか。
アスターがオーキッドに勝てる要素など、ないも同然。けれど言いたかった。吸血鬼のボスを、彼に群がる女たちを見て、我慢できなくなった。
「あー! クッソ羨ましいぃーー!!」
アスター以外の全員が、ピタリと動きを止めた。
「何者だ?」
中に誰かがいる。声からして男性。アスターはゴクリと息を飲んだ。
「私よ。入っていいかしら?」
「ああ、なんだ貴様か。構わんぞ」
吸血鬼のボスとはどんな奴なのか。アスターはこっそりと、クロエの後ろから顔を覗かせてみた。
その光景に、目が点になった。
十坪ほどの四角い部屋。美しい装飾の豪華が家具が立ち並び、天井にはシャンデリアが吊るされている(ただし、光量はごくわずか)。並大抵の衝撃では割れなさそうなガラスでできたテーブルの上には、ワインボトルが一本置かれていた。
革製の黒いソファーに、灰色がかった短髪の、黒服の男が足を組んで座っていた。手に赤ワインの入ったグラスを持っていたが、五体の女吸血鬼が彼を取り囲んでいる様子が、何よりも目立っていた。
「こんにちは、オーキッド」
「久しいな、マゼンタよ。……といっても、魔王様が亡くなられて以来か。フン、あれから暇すぎて、時の感じ方がおかしくなりそうだ。
そこの娘は……ああ、誰かと思えば姫君ではないか。フッ、変わるところは変わっても、まだまだ小童であることに違いはないか。おい、茶を用意しろ」
オーキッドという名の男が、女の一人に命ずる。
──姫? クロエのことか? ……そうか、そうなんだよな──
メイドのマゼンタもコウモリのモリ君も、クロエのことをいつも名前で呼んでいるので、間違いではなくとも妙な感じがしたアスターだった。
「して、今日は何用だ?」
女が三人分の紅茶をテーブルに置く。別の女が座布団を用意してくれた。クロエとマゼンタは同時に、アスターはやや遅れて座った。
「ちょっとね、城の壁を手直ししようと思いまして。この人間が過ごしやすいようにね。この辺の土、いくらか貰っていきますわ」
「ほう、人間を生かしておくなど、どういう風の吹き回しだ? 飼い慣らすにしても、てんで役立ちそうにない風貌だがな」
オーキッドはワイングラスを置いた。アスターが前に出るが、それでもマゼンタよりは後ろだった。
「俺は飼われてるワケじゃねーぞ。ペットじゃあるまいし」
「そうか、そいつは失礼。言っておくがな小僧、私の前に姿を晒して無傷で済んだ人間は、ほぼいない。もうすぐ貴様も、この牙の餌食になることを、覚悟しておくんだな」
擦り寄る女吸血鬼の頭を撫でながら言ったせいか、やや迫力に欠ける。それでもアスターには充分伝わったが。
「わわわ、ココで戦んのかよ!?」
アスターは慌てて腰の剣に触れるが、二秒静止して、柄から手を離して下がってしまった。
「やっぱヤダ!」
扉にしがみついて、カタカタ震える。それを見てクロエは、「情けないなー」と言葉には出さないが、表情でそう言っているような印象を、アスターに与える。
「まあまあ、この人間のことは、私たちに全面的に委ねてもらえないかしら? その辺の虫も同然の彼を痛めつけたところで、欲求が少しでも満たされると思って?」
──俺は虫並みかよ──
「仮に、アスターさんが吸血鬼になってとしても…………弱そ」
最後は小声で言った。
──悪口続けて言うのやめれ~!──
アスターは心の中で涙を流す。
「うむ、それには同意せざるを得ないな」
踏み留まってくれたオーキッドの言葉さえも、心無いものに聞こえてしまう。
ただ一人、何も言わないクロエの心情はどのようなものか。アスターのことをどう思っているか、一瞬気にはなったが、ロクでもない答えが返ってきそうな気がしたので、アスターは彼女に何かを求めるようなことはしなかった。
「ん? ……あぁ、奴には手は出さんことにした。お前たちも我慢するのだぞ」
オーキッドが、取り巻きの者たちに言う。
「本当に……大丈夫なんだろうな?」
アスターがクロエに問う。
「ああ言ってるから……たぶんね」
それならばと、アスターはここに来るまでの違和感を、オーキッドに話してみた。
「なぁ、ちょっといいか?」
「なんだ? 小僧」
「この洞窟の吸血鬼は……元々人間だった奴をあんな風にしたのは、お前なのか?」
「そうだ。正確には私の他にもいたが、人間どもに討たれおったわ。嘆かわしい」
と言っているわりには、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えなかった。
「この山は私の領域でな。おそらく、名を上げるためだろう。私を倒そうという愚かな考えを持った人間どもが、分をわきまえずに次から次へと来たものだ。
情けで、殺しはせずに我が同胞に仕立て上げたところ、雑魚を排除するのに奴らが役に立った。おかげで私の仕事が減ったよ、ククク……」
「ここに来るまでに、何人か倒したけどな。コイツらまで敵扱いだったから」
「そうか。奴らは使い捨てだ。誰がどうしようが勝手だがな」
オーキッドの冷酷な言葉に、アスターの胸が締めつけられる。
「それにしても、気に食わぬ」
オーキッドはワインを一口飲んだ。
「なぜだ! なぜ男ばかりが来るのだ!? 女はどうした! 人間の女は、吸血鬼に興味はないのか!?」
顔を紅潮させ、立ち上がり、わけのわからぬことを叫び出した。
「人間の女は、私が思っているほどに、吸血鬼に幻想を抱かぬものなのか!? 私を見ろ、どう見てもイケメンの部類に入っているだろう!? 返事は!?」
「え、ええ……」
マゼンタはかろうじで返事ができたが、アスターたちは、口を半開きにするまでにしか至らなかった。
「人間どもはどういう情報を流していたのだ! イケメンと聞けば、女は飛びついてくるものだととばかり……。しかし、来るのはどいつもこいつも男、男。私は男になんぞ興味はないのだぞ!」
「急にどうしたんだ? 話が変な方向に行ってんだけど……」
「オーキッド、これで何杯目?」
ワイングラスを目で指して、マゼンタが問う。
「今のが今日の一口目だ!」
「……あぁ、そういえばあなた、お酒とことん弱いんでしたわね。それなのに格好つけて」
「ええい、そのような話、どうでもよかろう! 本題に入る! 女はなぜ、この山に来ない!?」
──本題って、それじゃないような気がしするんですけど──!?
「女じゃなくてもよくね?」
「愚か者がぁ! 小僧、貴様も男なら夢見たことはあるだろう。ないとは言わさんぞ!」
「な、何をだよ……?」
「この状況を見てもわからぬか。ならば教えてやろう! 私はな、ハーレムを作りたいのだ!」
短髪の吸血鬼は、裏地が赤いマントをバサッと広げて言った。
「は!? ……あー、なんとなくわかったような気がする」
オーキッドの側には、吸血鬼だが女が五人もいる。女に囲まれて暮らしてみたいというのなら、アスターも男性なので、彼の気持ちが幾分かは理解ができる。
「そのために私は、デキる男であることを証明するために、住処であるこの山に自室を設け、誰もが目移りしそうな調度品をそこかしこに並べ、多くの部下を従えた!」
──派手すぎる物ばかりなのは、そのためか──?
「そして、私に関する情報を流させたのだが……残念なことに、ここまで辿りついた女はいなかった。ここにいる此奴らは、私が手を下したのではない。ここに来る途中、部下にやられた者たちなのだ。
できれば私はこの場で、自らの手で女をモノにしたかった。部下の土産などいらん! 面構えがどうも今ひとつだ。どうせならもっと美人が良い! だがこの数百年、この山に来た女は両手で数えられるほどのみ! なぜだ……」
「顔に文句がある割には、すっかり侍らせてますねぇ」
「いないよりはマシだからな。二つの世界を繋ぐ門が消え、人間界から女が来なくなってしまっては、贅沢など言ってられん」
ここで最初の一口をつけたクロエが、小さく「苦い」と漏らした。これを聞き逃さなかったアスターは、カップを持つことすらやめた。
「洞窟暮らしってのがネックだったんじゃねーの? やっぱちょっとダサいんだよな。俺が昔読んだ作り話に出てきた吸血鬼は、城に住んでたな、それも古そうな」
「城だと!? ならん! 私はこの山の環境が、この洞窟が大のお気に入りなのだ。適度な温度、湿度、どれも捨てがたい! 確かに、城で暮らせば見栄えはするだろうがな」
「どこに住もうが一緒じゃん」
クロエが二口目をすする。
「一緒だと? ほう……ならば今日からこの山を根城にするがよい!」
「それはヤダ」
「ぬ……」
オーキッドはソファーに座り、更に酔うこと必至でワインをガブリと飲む。
「あーつまりアレか。……ヒック。ツタで覆われた古城、そこに住まう吸血鬼。そいつを倒すべく現れた女戦士。まぁ戦士でなくても良いが。吸血鬼は女に、自分のものになれと甘い囁きをかける。女は抵抗するも、完膚なきままに痛めつけられ、やがてその強さに魅せられ、堕ちていく……。
こうだな? 人間の女はこれを望んでいたというんだな? どうなんだ小僧!? ……ヒック」
「知らねーよ。酔っ払いながらよくそんな話思いつくな。……そんで、堕ちた女を集めてハーレム状態にするってか? なるほどね。もしココがイメージ通りの城だったとしても、条件が充分に整ってたとしても、そんなバッドエンド目的で来る奴はいねーから。イケメンだろうが関係ねえよ。いや、意外とOKだと言う腐った奴も、いないと言い切って良いのやら。世界は俺が思っているより広いからなー。女って何考えてるかわかんねーし。まぁ、創作としてはアリなんじゃねーの?」
クロエとマゼンタは、念のため言った。自分は『腐った奴』には該当しないと。
「う~ん……」
アスターが渋い顔をしているので、クロエがそっと声をかける。
「どうしたの? お腹でも痛い?」
「いや、そうじゃないんだ」
アスターには、オーキッドに対して言いたいことがあった。だが、人間と吸血鬼という相違点から、これはわざわざ声に出す必要があるのだろうかと考えた。
アスターという人間が来たというのにまるで無関心で、オーキッドという主にベッタリくっついている女たち。元は人間だったのが、不運なことに魔物になってしまった。
彼女たちの人間だった頃の顔など、アスターたちは知る由もない。だが、オーキッドが言うほどルックスに難があるわけでもない。アスターから言わせれば、五体とも中の上だった。
アスターはこの部屋に入った途中から、実は何度も唸っていた。今回はたまたま、声がクロエに届いてしまったのだ。
女に囲まれて悦びを感じているオーキッド(一部不満もあるようだが)、すまし顔で紅茶をすするマゼンタ、その味に慣れないクロエ。
ここはこの山のボスの部屋で間違いないはずなのに、なぜこんなにも和やかな空気が流れているのか。それは間違いなく、この目に映っている平和的なもの全てが現実として、そこにいる者たちの目に焼きつかれているからだ。
そんな中で、今の自分の気持ちを出したら、場の空気はどうなるか。なんとなく想像はできるが、その後立ち直れるかどうか。
アスターがオーキッドに勝てる要素など、ないも同然。けれど言いたかった。吸血鬼のボスを、彼に群がる女たちを見て、我慢できなくなった。
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