15 / 25
15.やって来たのは、緑色の……
しおりを挟む
アスターの予想通り、場の空気は見事に凍りついた。
「魔物の分際で……いや、魔物ですらハーレムが作れる世の中だったなんて、まったくもって知らなかった! 俺のイメージの中の魔物は、よくよく思い返してみれば、色恋沙汰とは無縁のブッサイクな奴ばかりだ。だからココに来て衝撃を受けた! 腐った女の歪んだ妄想の産物でしかないような、顔だけは無駄にいい奴が実在していて、それも白い歯をこれまた無駄にキラキラさせながら、何人もの女を抱えちゃったりして! モテない男からしてみりゃ、魔物だろう何だろうと、そういうのを見ると自然に羨ましくなってしまうんだよ。はぁー、俺も一度でいいから、ハーレム作ってみたいなー……」
アスターは溜め息をつきつつ、テーブルに伏せる。
「む? そうか、私が羨ましいか、小僧」
「えー、アスターって、そんなに女の人とイチャイチャしたいの?」
「んー……それにはまず、自分を磨かないといけませんねぇ、いろんな方向から」
──俺自身を磨く? ……面倒臭そう──
「アスターさん、顔は良い方だと思うんですが、中身が……。出会った魔物は何であろうと、問答無用でサクッと倒してしまうくらいの、腕前と度量を持ち合わせていないと。ええ、別に構いませんから。そこら辺にいるのは、先の魔王様や私たちの配下とか、そういうのとは違いますから恨みはしません」
「『俺に任せろ、ズバーン!』って展開もね、あったら面白かっただろうけど、期待しなくてよかったかも。スライムに苦戦してるような人だもんね。アレ一番弱い部類じゃなかったっけ?」
クロエが想像した、先頭に立って敵を次々と斬り伏せていくアスターの姿は、まさに『絵に描いた餅』でしかないものだった。
スライムとは一応途中まで善戦だったのだから、話を蒸し返すのは勘弁してほしいと、心の中で願うアスターだった。
「……フ」
吸血鬼のボスの口元が緩んだ。
「フハハハハ!! なんだ、貴様はまともな戦闘すらできないのか! そんな軟弱者が、ハーレム作りという私と同じ土俵に立ちたいと言うのか? ハッ、貴様は人を笑わせる才能はあるようだな。いいか、此奴らのこの姿はな、私の強さに屈服し、ひれ伏したが故のもの。私の手となり足となり、忠実に任務をこなす、優秀な下僕として、常に私の側にあるのだ」
左右の女の方をポンポン叩きながら、高笑いをするオーキッド。
アスターは悔しいながらも考えてみた。
──弱い男についていくような女が、現実にいるだろうか? もし一緒に歩いていたのなら、それは女の方が引っ張っているんだろうな、きっと。
この男のように、何人も従えるようになるには……顔はもちろんだけど、あとは……冒険者なら装備品? 個人の能力?
一定以上の強さを披露した者は、自然と人に注目されるだろう。顔が良ければ女性人気も狙えなくはない。ブサメンには群がらないからな。
顔は悪くない、とあのメイド女が言ってくれたのはちょっと嬉しかったかな。けれど、外見だけって意味あるか? 中身だって大事だろう。じゃあ女が求める『中身』とは──
「そう言っている割には、たったこれだけしかいないんですね~。ちょっと寂しいって思ったことはなくて?」
「う……うるさい! さっきも言ったろう、元々山に来る女が少ないのだ! この部屋に辿り着いた分だけで算出してみたところ、男女比は百対一だ。しかしこれは昔の話。今では人間も魔族も、互いの世界を行き来できないが故に、増やすことも気分に合わせて取っ替え引っ替えもできなくなってしまった」
アスターは、女性の冒険者は意外とたくさんいることも、兄・アズールから聞いたことがあった。
この吸血鬼には敵わないと見たのか、妄想が現実に押しつぶされたのか。単純に山に登るのがイヤだったのか。この場に女性冒険者がいないので、実際の気持ちを聞き出すことはできない。
洞窟暮らしの吸血鬼はダサい、というのは、なんとなくだが同意できた。
「だから、雰囲気づくりのためだけでいいから、頂上にお城でも建てたら? って言ったのに」
──打診したことあるのか──!
「私は山が好きなのだ。少しでも形が変わるようなことはしたくない。中は少しばかりいじったが、外観に影響が出ないほどにはしてある。人間の馬鹿げた妄想になど、つき合うつもりはない」
一国一城の主になろうと思えばなれたのに、話を蹴るなんて変わった奴だと、アスターは苦笑いした。
そしてアスターは、マゼンタから知らされた。
この洞窟にいる吸血鬼──元冒険者は、服や鎧の材質からして相当な実力者と見受けられると。
着衣がボロボロで、あまりそのような面影は感じられないが、門番の鎧の光り具合といい、室内の一人が着ているローブに刺繍されているルーン文字の列といい。数々の冒険者を見てきたマゼンタは、長年の経験もあって推測できた。
「そんだけ強い人でも、コイツには勝てなかったのか。どれくらい強ければ、このオッサンに一泡吹かせられるんだ?」
「小僧、今何と言った?」
オーキッドの睨みに、アスターの息づかいが一瞬止まるが、今の彼は一人ではない。怖いという感情を一旦置いて、取り持ってくれる者がいるから大丈夫、という気持ちで、普段の口調で普段通りに言葉を投げる。
「アンタを倒すには、どれくらいの強さが必要かって」
オーキッドはワインに口をつけた。しかしグラスの中身は一ミリも減っていない。本当に口をつけただけで、中に含みはしなかったのだ。
「そうではない! いいかよく聞け、私はまだ千二百歳だ! この世界ではまだ若者に属することのできる年齢だ! 貴様のような赤子も同然の小僧に、オッサンなどと言われる筋合いはない!」
立ち上がって、若者アピールをする吸血鬼。肩で荒く息をすることで、必死さがアスターたちに伝わった。
「……これだから老け顔は損なのだ」
吸血鬼は座ってから呟き、こうつけ足した。
「あー、つまりだ。小僧、貴様には無理。諦めろ。はい、この話は終わり! さっさと持ってくモノ持ってって、出てってくれ。なんだか疲れた。飲みすぎたかもしれん」
下戸なのが玉に瑕な吸血鬼のボス・オーキッドは、アスターたちに手で帰宅を促した。
「では、そろそろおいとましますね。次に会うのは何年後かしらね?」
マゼンタの言葉に、オーキッドはただ鼻で息を鳴らした。返答に期待はせずに、アスターたち三人は、無駄に豪華な部屋を静かに出た。
オーキッドの部屋から幾分か離れた所の壁に、切り取られたような跡が数え切れないほどある。この辺りが、目的の物の採取に適していると、マゼンタが言った。
短剣を握った彼女が珪藻土の採掘を手早く行い、ポケットから取り出した大きな麻袋をアスターとクロエに一枚ずつ持たせ、中に四角形に切り取った土を入れていく。ドサッという音からして、かなりの重さがあるものだ。
洞窟に入って随分経つが、時間を知る手段を、誰も持ち合わせていない。特にアスターは、まだ育ち盛りであるにも関わらず、リンゴ一つしか食していないので、空腹になるのが三人のうちで最も早かった。
魔族は人間よりも力が強い。そのためマゼンタにかかれば、硬い土の壁でも柔らかい豆腐のように切れてしまう。洞窟に影響が出ないよう、注意はしているが、作業をしている本人は楽しそうである。
二つの袋が満杯になると、マゼンタはもう一枚取り出し、足元に置く。
アスターは壁に触れてみる。手に伝わる冷たさが心地よい。
魔物は現れない。おかげで採掘はスムーズだ。代わりに妙な音が響いたが、それはアスターのお腹が鳴る音だった。
三つ目の袋も中身で満たされた。ようやく一行は、洞窟を出ることになる。
珪藻土の詰まった大袋を、クロエとマゼンタは肩に担ぎ、アスターはズルズル引きずって(重すぎて持ち上げられなかった)進み、襲ってきたコウモリの首をはね、外の空気にありつけた。
クロエが指笛でモリ君を呼び、三人はその背に乗る。
かなりの重さが加わっても、モリ君はそのことには触れなかった。その必要がなかったからだ。
行きと変わらないスピードで、怪力のコウモリは三人を城まで送っていった。
マゼンタが某所で珪藻土を塗材に加工している間、アスターとクロエは地下にいた。
アスターが今後寝泊まりする部屋を、今の状態からどう変えていくか、イメージを膨らませていた。
「床はこのままでもいいかもしれない。とすれば、塗るのは壁と天井か。俺ン家くらいには明るくなるのかな……?」
今は天井に放られた球状の光のおかげで、周囲が見えている。
「あとは何を置くかだな。これだけ広いと、大きなベッドも余裕だろうけど……ココでそれは贅沢かな。机は……この辺。本棚は……あーでも読む本がねーか」
アスターの故郷の家にも、彼の部屋はある。それを参考にするも、この牢屋は倍以上の広さを持っているので、家具を二つ三つ置いただけでは寂しい。
クロエの部屋はどうなっているのか。アスターは、女性の個室を見せてもらうのは失礼かと思い、耳だけで知るようにした。
「なあ、魔族ってさ、部屋にヤバいモン置いてたりとかしてるのか?」
「何それ。私の部屋には何も置いてないよ。机とベッドだけ。広さはココとおなじくらいだよ」
意外だった。細かいことは聞かなかったが、アスターの実家の自室が思い浮かんだ。
アスターは魔族の日常は知らずとも、クロエが人間の姿をしているからだろうか、勝手に想像してしまった。やはり人間のように机に座って勉強をしていたり、ベッドに寝転がって趣味の本を読んでいる姿を。
「えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ」
マゼンタが変わったかけ声で、階下へやって来た。箱を抱えていた。
「えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ」
直後、複数人による同じかけ声が。作ったような可愛い声が、何重にもなって次第にハッキリ聞こえてくる。
「何だコイツらーーーー!?」
マゼンタの後ろの者たちの容姿に、アスターは平静でいられなくなった。
体長は一メートルほど。緑色の肌をしており、頭の上には丸い皿のようなもの。背中には亀のそれに似た甲羅。全員がお揃いのベージュ色の半ズボンをはいていた。
「か、かっ……カッ……!」
空想の生き物だとばかり思っていた輩が、現実にいた。それらが何という名前なのかも、アスターは知っていた。
『カッパ』と言いたかった。が、うまく言葉にできなかった。
「お待たせしました。一人では大変なので、配下たちに手伝ってもらいました」
「ご苦労さまー」
「カッパ…………はわわわ……………」
──カッパって、本当にいたんだ。マゼンタの配下って……そうだったんだ──
アスターは腰を抜かした。突然やって来た異形の集まりを、頭のてっぺんから爪先まで、まじまじと見つめていた。そして、マゼンタのカチューシャが、カッパの皿の形と一致していることに気づいた。
マゼンタとカッパたちは、箱を丁寧に床の上に置く。中には白くドロリとしたものが、たっぷり入っていた。
クロエが、あの塊からどうやってこのようにしたのかマゼンタに訊ねたが、企業秘密だと言われた。
「あ、コイツ人間だ!」
「本当だ! それッ、かかれー!」
「わーーーー!」
カッパたちは、アスターが人間だと気づくと、襲いたくてたまらなくなり、一斉に飛びかかってきた。
「はい、ストップ!」
が、マゼンタが止めてくれたので、この場で要らぬ騒ぎを起こさずに済んだ。
「魔物の分際で……いや、魔物ですらハーレムが作れる世の中だったなんて、まったくもって知らなかった! 俺のイメージの中の魔物は、よくよく思い返してみれば、色恋沙汰とは無縁のブッサイクな奴ばかりだ。だからココに来て衝撃を受けた! 腐った女の歪んだ妄想の産物でしかないような、顔だけは無駄にいい奴が実在していて、それも白い歯をこれまた無駄にキラキラさせながら、何人もの女を抱えちゃったりして! モテない男からしてみりゃ、魔物だろう何だろうと、そういうのを見ると自然に羨ましくなってしまうんだよ。はぁー、俺も一度でいいから、ハーレム作ってみたいなー……」
アスターは溜め息をつきつつ、テーブルに伏せる。
「む? そうか、私が羨ましいか、小僧」
「えー、アスターって、そんなに女の人とイチャイチャしたいの?」
「んー……それにはまず、自分を磨かないといけませんねぇ、いろんな方向から」
──俺自身を磨く? ……面倒臭そう──
「アスターさん、顔は良い方だと思うんですが、中身が……。出会った魔物は何であろうと、問答無用でサクッと倒してしまうくらいの、腕前と度量を持ち合わせていないと。ええ、別に構いませんから。そこら辺にいるのは、先の魔王様や私たちの配下とか、そういうのとは違いますから恨みはしません」
「『俺に任せろ、ズバーン!』って展開もね、あったら面白かっただろうけど、期待しなくてよかったかも。スライムに苦戦してるような人だもんね。アレ一番弱い部類じゃなかったっけ?」
クロエが想像した、先頭に立って敵を次々と斬り伏せていくアスターの姿は、まさに『絵に描いた餅』でしかないものだった。
スライムとは一応途中まで善戦だったのだから、話を蒸し返すのは勘弁してほしいと、心の中で願うアスターだった。
「……フ」
吸血鬼のボスの口元が緩んだ。
「フハハハハ!! なんだ、貴様はまともな戦闘すらできないのか! そんな軟弱者が、ハーレム作りという私と同じ土俵に立ちたいと言うのか? ハッ、貴様は人を笑わせる才能はあるようだな。いいか、此奴らのこの姿はな、私の強さに屈服し、ひれ伏したが故のもの。私の手となり足となり、忠実に任務をこなす、優秀な下僕として、常に私の側にあるのだ」
左右の女の方をポンポン叩きながら、高笑いをするオーキッド。
アスターは悔しいながらも考えてみた。
──弱い男についていくような女が、現実にいるだろうか? もし一緒に歩いていたのなら、それは女の方が引っ張っているんだろうな、きっと。
この男のように、何人も従えるようになるには……顔はもちろんだけど、あとは……冒険者なら装備品? 個人の能力?
一定以上の強さを披露した者は、自然と人に注目されるだろう。顔が良ければ女性人気も狙えなくはない。ブサメンには群がらないからな。
顔は悪くない、とあのメイド女が言ってくれたのはちょっと嬉しかったかな。けれど、外見だけって意味あるか? 中身だって大事だろう。じゃあ女が求める『中身』とは──
「そう言っている割には、たったこれだけしかいないんですね~。ちょっと寂しいって思ったことはなくて?」
「う……うるさい! さっきも言ったろう、元々山に来る女が少ないのだ! この部屋に辿り着いた分だけで算出してみたところ、男女比は百対一だ。しかしこれは昔の話。今では人間も魔族も、互いの世界を行き来できないが故に、増やすことも気分に合わせて取っ替え引っ替えもできなくなってしまった」
アスターは、女性の冒険者は意外とたくさんいることも、兄・アズールから聞いたことがあった。
この吸血鬼には敵わないと見たのか、妄想が現実に押しつぶされたのか。単純に山に登るのがイヤだったのか。この場に女性冒険者がいないので、実際の気持ちを聞き出すことはできない。
洞窟暮らしの吸血鬼はダサい、というのは、なんとなくだが同意できた。
「だから、雰囲気づくりのためだけでいいから、頂上にお城でも建てたら? って言ったのに」
──打診したことあるのか──!
「私は山が好きなのだ。少しでも形が変わるようなことはしたくない。中は少しばかりいじったが、外観に影響が出ないほどにはしてある。人間の馬鹿げた妄想になど、つき合うつもりはない」
一国一城の主になろうと思えばなれたのに、話を蹴るなんて変わった奴だと、アスターは苦笑いした。
そしてアスターは、マゼンタから知らされた。
この洞窟にいる吸血鬼──元冒険者は、服や鎧の材質からして相当な実力者と見受けられると。
着衣がボロボロで、あまりそのような面影は感じられないが、門番の鎧の光り具合といい、室内の一人が着ているローブに刺繍されているルーン文字の列といい。数々の冒険者を見てきたマゼンタは、長年の経験もあって推測できた。
「そんだけ強い人でも、コイツには勝てなかったのか。どれくらい強ければ、このオッサンに一泡吹かせられるんだ?」
「小僧、今何と言った?」
オーキッドの睨みに、アスターの息づかいが一瞬止まるが、今の彼は一人ではない。怖いという感情を一旦置いて、取り持ってくれる者がいるから大丈夫、という気持ちで、普段の口調で普段通りに言葉を投げる。
「アンタを倒すには、どれくらいの強さが必要かって」
オーキッドはワインに口をつけた。しかしグラスの中身は一ミリも減っていない。本当に口をつけただけで、中に含みはしなかったのだ。
「そうではない! いいかよく聞け、私はまだ千二百歳だ! この世界ではまだ若者に属することのできる年齢だ! 貴様のような赤子も同然の小僧に、オッサンなどと言われる筋合いはない!」
立ち上がって、若者アピールをする吸血鬼。肩で荒く息をすることで、必死さがアスターたちに伝わった。
「……これだから老け顔は損なのだ」
吸血鬼は座ってから呟き、こうつけ足した。
「あー、つまりだ。小僧、貴様には無理。諦めろ。はい、この話は終わり! さっさと持ってくモノ持ってって、出てってくれ。なんだか疲れた。飲みすぎたかもしれん」
下戸なのが玉に瑕な吸血鬼のボス・オーキッドは、アスターたちに手で帰宅を促した。
「では、そろそろおいとましますね。次に会うのは何年後かしらね?」
マゼンタの言葉に、オーキッドはただ鼻で息を鳴らした。返答に期待はせずに、アスターたち三人は、無駄に豪華な部屋を静かに出た。
オーキッドの部屋から幾分か離れた所の壁に、切り取られたような跡が数え切れないほどある。この辺りが、目的の物の採取に適していると、マゼンタが言った。
短剣を握った彼女が珪藻土の採掘を手早く行い、ポケットから取り出した大きな麻袋をアスターとクロエに一枚ずつ持たせ、中に四角形に切り取った土を入れていく。ドサッという音からして、かなりの重さがあるものだ。
洞窟に入って随分経つが、時間を知る手段を、誰も持ち合わせていない。特にアスターは、まだ育ち盛りであるにも関わらず、リンゴ一つしか食していないので、空腹になるのが三人のうちで最も早かった。
魔族は人間よりも力が強い。そのためマゼンタにかかれば、硬い土の壁でも柔らかい豆腐のように切れてしまう。洞窟に影響が出ないよう、注意はしているが、作業をしている本人は楽しそうである。
二つの袋が満杯になると、マゼンタはもう一枚取り出し、足元に置く。
アスターは壁に触れてみる。手に伝わる冷たさが心地よい。
魔物は現れない。おかげで採掘はスムーズだ。代わりに妙な音が響いたが、それはアスターのお腹が鳴る音だった。
三つ目の袋も中身で満たされた。ようやく一行は、洞窟を出ることになる。
珪藻土の詰まった大袋を、クロエとマゼンタは肩に担ぎ、アスターはズルズル引きずって(重すぎて持ち上げられなかった)進み、襲ってきたコウモリの首をはね、外の空気にありつけた。
クロエが指笛でモリ君を呼び、三人はその背に乗る。
かなりの重さが加わっても、モリ君はそのことには触れなかった。その必要がなかったからだ。
行きと変わらないスピードで、怪力のコウモリは三人を城まで送っていった。
マゼンタが某所で珪藻土を塗材に加工している間、アスターとクロエは地下にいた。
アスターが今後寝泊まりする部屋を、今の状態からどう変えていくか、イメージを膨らませていた。
「床はこのままでもいいかもしれない。とすれば、塗るのは壁と天井か。俺ン家くらいには明るくなるのかな……?」
今は天井に放られた球状の光のおかげで、周囲が見えている。
「あとは何を置くかだな。これだけ広いと、大きなベッドも余裕だろうけど……ココでそれは贅沢かな。机は……この辺。本棚は……あーでも読む本がねーか」
アスターの故郷の家にも、彼の部屋はある。それを参考にするも、この牢屋は倍以上の広さを持っているので、家具を二つ三つ置いただけでは寂しい。
クロエの部屋はどうなっているのか。アスターは、女性の個室を見せてもらうのは失礼かと思い、耳だけで知るようにした。
「なあ、魔族ってさ、部屋にヤバいモン置いてたりとかしてるのか?」
「何それ。私の部屋には何も置いてないよ。机とベッドだけ。広さはココとおなじくらいだよ」
意外だった。細かいことは聞かなかったが、アスターの実家の自室が思い浮かんだ。
アスターは魔族の日常は知らずとも、クロエが人間の姿をしているからだろうか、勝手に想像してしまった。やはり人間のように机に座って勉強をしていたり、ベッドに寝転がって趣味の本を読んでいる姿を。
「えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ」
マゼンタが変わったかけ声で、階下へやって来た。箱を抱えていた。
「えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ」
直後、複数人による同じかけ声が。作ったような可愛い声が、何重にもなって次第にハッキリ聞こえてくる。
「何だコイツらーーーー!?」
マゼンタの後ろの者たちの容姿に、アスターは平静でいられなくなった。
体長は一メートルほど。緑色の肌をしており、頭の上には丸い皿のようなもの。背中には亀のそれに似た甲羅。全員がお揃いのベージュ色の半ズボンをはいていた。
「か、かっ……カッ……!」
空想の生き物だとばかり思っていた輩が、現実にいた。それらが何という名前なのかも、アスターは知っていた。
『カッパ』と言いたかった。が、うまく言葉にできなかった。
「お待たせしました。一人では大変なので、配下たちに手伝ってもらいました」
「ご苦労さまー」
「カッパ…………はわわわ……………」
──カッパって、本当にいたんだ。マゼンタの配下って……そうだったんだ──
アスターは腰を抜かした。突然やって来た異形の集まりを、頭のてっぺんから爪先まで、まじまじと見つめていた。そして、マゼンタのカチューシャが、カッパの皿の形と一致していることに気づいた。
マゼンタとカッパたちは、箱を丁寧に床の上に置く。中には白くドロリとしたものが、たっぷり入っていた。
クロエが、あの塊からどうやってこのようにしたのかマゼンタに訊ねたが、企業秘密だと言われた。
「あ、コイツ人間だ!」
「本当だ! それッ、かかれー!」
「わーーーー!」
カッパたちは、アスターが人間だと気づくと、襲いたくてたまらなくなり、一斉に飛びかかってきた。
「はい、ストップ!」
が、マゼンタが止めてくれたので、この場で要らぬ騒ぎを起こさずに済んだ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
グレート・プロデュース 〜密かに国をコントロールする最強のエージェントは、恋に落ちた王女を大帝王に即位させることができるのか?〜
青波良夜
ファンタジー
魔法と、魔導科学が進んだ強大な国、グランダメリス大帝国。
俺は、この国を陰からコントロールする秘密組織でエージェントとして働いている。
今回の任務は、豪華客船で行われる密売の現場を探ることだった。
その任務の途中、俺は第三継王家の王女『メリーナ・サンダーブロンド』と出会うことになる。
メリーナ王女は婚約しようとしていたのだが、俺の軽はずみな行動が彼女の運命を変えてしまった。
その後、なんやかんやあり、俺はメリーナ王女に惚れられることに……。
こんなことは、エージェントとしては絶対にあってはならないことだ。
というわけで、俺はメリーナ王女と別れ、二度と会わないよう工作をした。
それなのに、まさか再び出会うハメになるなんて……。
しかも次の任務は、メリーナを大帝王に即位させることだって!?
――これは最強のエージェントが、乙女の恋心に翻弄されながら、過去最難関のミッションに挑む物語である。
※『ノベルアップ+』、『ネオページ』にも投稿してます。
※『小説家になろう』『カクヨム』に投稿し、一度完結済みとなった作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる