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16.手伝ったら意外と楽しかった件
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牢屋の中まで大箱を持っていく。一匹のカッパがアスターを一瞥した。
左の壁から、コテで丁寧に塗っていく。マゼンタが左手に持っているコテ板に、カッパが珪藻土を補充する。もう一匹、脚立を用意している者もいた。
上から下へ、半分塗ったところで、未着手の部分と比較してみる。
「へー、こんなに違うモンなんだな。こっちは一気に滑らかになった感じがする」
「あっ、触ってはいけませんよ」
マゼンタの注意は間に合った。ついでに、原材料は外の瘴気が届かない場所にあったので、触れたからといって害はない。困ることといえば、服へのこびりつきぐらいだろうと、つけ加えた。
いくら広さがあれど、十数人(匹)が同じ場所にいては、窮屈で身動きがとりづらくなってしまう。カッパたちは、手伝いの二匹以外は通路側に出るよう、メイドに言われた。
アスターとクロエは、壁の印象がみるみるうちに変化いくのを目の当たりにして、心が躍るようだった。そのうちソワソワしだし、さりげなくマゼンタの気を向かせてみる。
「? もしかして……やってみたいですか?」
「やりたーい!」
二人の声が重なった。
まずはクロエから。マゼンタと同じように、右手でコテを、左手でコテ板の持ち手部分を持つが、緊張しているのか、少しだけ震えが見えた。
コテ板上の珪藻土をすくってみる。簡単そうに見えたが、少量しか取れなかったり、板を傾けすぎたりして焦ったり。マゼンタがコツを教えている時、アスターは神経を聴覚に捧げた。
厚さが均等になるよう、クロエは慎重に塗っていく。背後からプレッシャーを感じ、少しだけ首を動かすと、『まだか早くしろオーラ』を放出しているアスターがいた。
壁を一面塗り終え、クロエは額に浮かんだ汗を拭う。
マゼンタは、広い方は自分がやると言ったので、アスターは、塗り終えた方の対面の壁を任された。
「よっしゃ、待ってました! 俺にかかれば、こんなのチョチョイのチョイよ!」
腕まくりをして、道具一式をクロエから譲り受けた。
脚立の上で、珪藻土を適量コテですくい取り、初めてにしては良い手つきで、二人がやっていたように塗っていく。
「あら、意外と良い感じかもしれませんね」
マゼンタも感心を辞さない。
大きな壁を塗っていく過程が楽しくて、ここが魔王の城だということなど忘れてしまいそうになるくらいだった。
カタカタ……。
ふと、足元が不安定なことに気づき、下方に目を移すと、脚立を押さえている者は誰もいなかった。
「あ! おい、このクソ河童、サボってんじゃねーよ! 押さえてろよココ! 落ちたらどーすんだよ!」
マゼンタとクロエが作業している時に、脚立を押さえる係を買って出たカッパは、しかしアスターの番になると、コロッと態度を変えて怠惰になってしまった。
「そういや、補充も俺一人でやってるし! おいカッパども、差別は良くねーぜ、差別はよう」
「なんでこのオレ様が、人間ごときに……」
「お前らみたいな野郎に、人間が下等生物扱いされるいわれは、ないと思うけどな」
カッパは脚立を蹴飛ばそうとする前に、チラリとマゼンタの方を見た。彼女は指でバツ印を作った。
最初は緊張もあったが、コツがなんとなく掴めたようで、今度はもっと上手にできるかも、と思ったクロエ。また自分に代わってもらいたくて、その近道になるとでも思ったのか、新たな脚立係に立候補した。
「あぁ、悪いな」
足元が安定すると、アスターは安心して壁塗りを楽しんだ。
──そろそろ私の番だよね? う~、早く早く。そのコテを私に貸してくださいな──
しかし、クロエの胸中をアスターは察することはできなかった。
半分を過ぎても手を止めない。ならば三分の一でも、四分の一でもいい。クロエはもうひと塗りしたかった。
残りの幅がコテ一つ分といったところで、ようやくアスターが声をかけてくれた。
「あとは大丈夫だ、手ェ離していいぞ」
「へ?」
──いえいえ、そうじゃなくてですね──?
「下の方を、こうして…………できた!」
──全部塗られた──!
アスターが塗った部分は、マゼンタが見とれるほど出来栄えが良く、彼女との差異は近くで見ても感じられなかった。
「上手ですねアスターさん! もしかして、経験アリだったりして!?」
「いや、初めてやったけど……結構ハマるな、コレ」
「いやいやいや、良い感じですよ~。アスターさんって、壁塗りの才能があるのかもしれませんね」
「そんな才能……あっても喜んでいいのかわかんねーな」
そう言うものの、アスターは照れを隠せない。相手が魔族でも、技術を褒められるのは悪くないな、と思った。
少ししか塗りをやらせてもらえずに、ションボリしているクロエに二人がハッとなったのは、その数秒後のことだった。
「あ、あの、クロエ様。まだ残ってますから、こんなに! 次は……そうですね、鉄格子の両脇の、こちらとそちらと! アスターさんはもうお疲れのようなので、今度はクロエ様、どーぞ!」
すると、俯いていた少女の目がパッと輝いた。
「やる!」
手を動かすより見ている時間の方が長かったクロエ。それでもいい勉強にはなった。一回目よりもスムーズに始められ、塗り方もサマになってきた。
カッパたちは寝転がったりお喋りをしていたが、マゼンタの命令で二匹が作業の補助に入った。
「お前、人間より上手くやらないと、メンツが潰れるぞ」
脚立を押さえているカッパが、クロエに言った。
「こんなことで潰れたりしないよー。別に、アスターの方が上手でもいいじゃない」
クロエは壁と向き合う形で返す。
「こんなことが得意だからって、魔族が警戒することって、何もないじゃない」
「呑気な奴だな。こんな人間が何かのはずみで成り上がったら、どうするんだ?」
「大工仕事で?」
マゼンタが吹き出しそうになったが、一歩前でこらえた。
駆け出しの冒険者が、名のある武器を手にしたり、何かしらの能力に目覚めたりしてその地位を高めれば、警戒する者は現れるかもしれない。だがただの壁塗りでは、たかが知れている。その気になれば魔界だろうと乗り込む輩とは、わけが違う。ツッコミを入れたいが、あえて我慢するマゼンタだった。
「いっそ、この城全部の壁を塗ってもらおうかなー」
「そいつは勘弁願いたいな」
アスターが、手の加えられていない壁を背にして、即行で断った。
「……なんてね」
「なんだ、ジョークかよ」
──魔族の住居の壁塗り屋にでもなれと? そんな仕事は聞いたことがない。ましてや第一号にもなりたくない。今回は特別なんだ。このメイドに、うまい具合に誘われたんだ──
しかし、アスターが才能あると言われたのは、これが初めてだった。平均値に収まっていれば良いと思い、特別なことはせずに、ただの村人として、狭い範囲の中に染まっていた。
マゼンタが手がけた部分の良し悪しは、職人ではないから判断に困ってしまう。ただ、見かけによらず綺麗にできるものだな、と舌を巻くくらいである。
プロの職人なら、マゼンタの出来をどう評価するか。それによって、彼女の発言の真偽のほどがわかる。が、問題があった。
その『職人』が、この場には存在していないのだ。マゼンタがプロ並みと言っても、証明するものは何ひとつない。なのでアスターは、後になって思った。言いくるめられているのではないかと。
──褒められても油断するな。相手の意のままになるな──
魔族には悪のイメージしかないアスター。うっかり罠に落ちないよう、彼女たちの言葉には、常に目を光らせておかねばならない、と肝に銘じた。
マゼンタが、暇を持て余しているカッパに何か頼み事をしていた。
数分後、カッパは浅めのカゴを持って戻ってきた。カゴには、大人の手ほどの大きさのパンが四つ入っていた。
「お前のはないぞ」
カッパがアスターに言った。
「いらねーよ、何が入ってるかわかんねーからな」
クロエとマゼンタに二つずつだと思って、カッパは依頼を遂行したのだ。クロエが一つあげようとするも、アスターは同じ言葉で突っぱねた。
遅めの昼食は、手短に済ませた。カゴが空っぽになると、作業再開。クロエはカッパたちと何か話しているようだが、談笑というよりは、
「お前、親分の言うことちゃんと聞いてるか?」
「親分は絶対だからな、逆らったら出世できないぞ」
「親分はな……」
「……だからお前のような子供は、素直についていけばいいんだ」
説教に近いものだった。
吸血鬼のボスは、クロエのことを『姫』と言っていたのに、カッパ連中は『お前』呼ばわり。カッパの方が下としか思えないアスターは、誰にというわけでもなく訊ねてみた。
「おいおい、仮にもコイツはこの世界のお姫サマだろうが。お前ら風情がそんな口きいていいのかよ?」
アスターの心情とは裏腹に、クロエは寛容だった。
「このコたちのボスは、あくまでもマゼンタだから。私のことは、別にどう思ってたっていいの」
「いやいや、そこはケジメってヤツをだな……」
「うるさいぞ、人間!」
「お前に発言権はない!」
──そこまで言われる筋合いはないんですけど──
しかし、こんなことで頭の血管を切らせては、この先やっていけないだろう。アスターは、今言われた内容を脳内から排除するのに懸命になっていた。
カッパたちとクロエは、仲が悪いわけではない。一つの塊のようになって、誰かが何気なく出した話のお題に沿って、お喋りが繰り広げられる。
アスターは、その輪の中に入ることがはできなかった。壁ではなく鉄格子に寄りかかって、マゼンタの作業を見ていた。その方が気が楽だった。
壁全体を塗り終えた頃、アスターは珪藻土が入った箱とは別の、小さめの箱のことが気になっていた。中には石らしき物が入っている。
これも使うのか、何のために持ってきたのか、マゼンタに問う。
「あのさぁ、ちょっといいか?」
「何でしょう?」
「コレって……何? こんな石、何に使うんだ?」
「……あぁ、それですか」
マゼンタは作業を中断し、アスターが示した物を一つ手に取る。
それには弧を描いたような溝が彫られている。ただの石というより、何かの破片に見えた。いずれも大きさや形はバラバラだが、全てに溝、あるいは模様、文字とも言えるものがあった。
マゼンタによると、山の洞窟から持ってきた珪藻土の塊を、塗り材となるよう加工している際、その中から出てきたものらしい。
珍しいのことなので、それらが何なのかは、後ほど調べるというのだ。
「見てみてもいいか?」
「どうぞ」
アスターは石の一つ一つを凝視しては、床に並べてみた。
破片の数は全部で十二。ただ無造作に置いただけでは、何が何やら。
真剣な表情のアスターが視界に入ったクロエは、彼の側に行ってみた。
「何?」
「いや、コイツがさ、何なんだろうなーと思って。ただの石にしてもなんか……」
「う~ん……?」
クロエも、眉間にシワができるほど考える。
マゼンタが後でと言ったのだから、彼女に一任するか。それともある程度までは謎を解き明かすか。
「コレなんか、こっちのと合いそうだけど」
アスターは適当につまんだ物と、爪先に当たりそうな位置にある物の切り口を、試しに合わせてみた。
二つは確かにピッタリだった。
クロエはもしやと思い、他の破片も繋げてみた。
一分も経たないうちに、石のパズルは出来上がった。ただ一箇所を除いて。
左の壁から、コテで丁寧に塗っていく。マゼンタが左手に持っているコテ板に、カッパが珪藻土を補充する。もう一匹、脚立を用意している者もいた。
上から下へ、半分塗ったところで、未着手の部分と比較してみる。
「へー、こんなに違うモンなんだな。こっちは一気に滑らかになった感じがする」
「あっ、触ってはいけませんよ」
マゼンタの注意は間に合った。ついでに、原材料は外の瘴気が届かない場所にあったので、触れたからといって害はない。困ることといえば、服へのこびりつきぐらいだろうと、つけ加えた。
いくら広さがあれど、十数人(匹)が同じ場所にいては、窮屈で身動きがとりづらくなってしまう。カッパたちは、手伝いの二匹以外は通路側に出るよう、メイドに言われた。
アスターとクロエは、壁の印象がみるみるうちに変化いくのを目の当たりにして、心が躍るようだった。そのうちソワソワしだし、さりげなくマゼンタの気を向かせてみる。
「? もしかして……やってみたいですか?」
「やりたーい!」
二人の声が重なった。
まずはクロエから。マゼンタと同じように、右手でコテを、左手でコテ板の持ち手部分を持つが、緊張しているのか、少しだけ震えが見えた。
コテ板上の珪藻土をすくってみる。簡単そうに見えたが、少量しか取れなかったり、板を傾けすぎたりして焦ったり。マゼンタがコツを教えている時、アスターは神経を聴覚に捧げた。
厚さが均等になるよう、クロエは慎重に塗っていく。背後からプレッシャーを感じ、少しだけ首を動かすと、『まだか早くしろオーラ』を放出しているアスターがいた。
壁を一面塗り終え、クロエは額に浮かんだ汗を拭う。
マゼンタは、広い方は自分がやると言ったので、アスターは、塗り終えた方の対面の壁を任された。
「よっしゃ、待ってました! 俺にかかれば、こんなのチョチョイのチョイよ!」
腕まくりをして、道具一式をクロエから譲り受けた。
脚立の上で、珪藻土を適量コテですくい取り、初めてにしては良い手つきで、二人がやっていたように塗っていく。
「あら、意外と良い感じかもしれませんね」
マゼンタも感心を辞さない。
大きな壁を塗っていく過程が楽しくて、ここが魔王の城だということなど忘れてしまいそうになるくらいだった。
カタカタ……。
ふと、足元が不安定なことに気づき、下方に目を移すと、脚立を押さえている者は誰もいなかった。
「あ! おい、このクソ河童、サボってんじゃねーよ! 押さえてろよココ! 落ちたらどーすんだよ!」
マゼンタとクロエが作業している時に、脚立を押さえる係を買って出たカッパは、しかしアスターの番になると、コロッと態度を変えて怠惰になってしまった。
「そういや、補充も俺一人でやってるし! おいカッパども、差別は良くねーぜ、差別はよう」
「なんでこのオレ様が、人間ごときに……」
「お前らみたいな野郎に、人間が下等生物扱いされるいわれは、ないと思うけどな」
カッパは脚立を蹴飛ばそうとする前に、チラリとマゼンタの方を見た。彼女は指でバツ印を作った。
最初は緊張もあったが、コツがなんとなく掴めたようで、今度はもっと上手にできるかも、と思ったクロエ。また自分に代わってもらいたくて、その近道になるとでも思ったのか、新たな脚立係に立候補した。
「あぁ、悪いな」
足元が安定すると、アスターは安心して壁塗りを楽しんだ。
──そろそろ私の番だよね? う~、早く早く。そのコテを私に貸してくださいな──
しかし、クロエの胸中をアスターは察することはできなかった。
半分を過ぎても手を止めない。ならば三分の一でも、四分の一でもいい。クロエはもうひと塗りしたかった。
残りの幅がコテ一つ分といったところで、ようやくアスターが声をかけてくれた。
「あとは大丈夫だ、手ェ離していいぞ」
「へ?」
──いえいえ、そうじゃなくてですね──?
「下の方を、こうして…………できた!」
──全部塗られた──!
アスターが塗った部分は、マゼンタが見とれるほど出来栄えが良く、彼女との差異は近くで見ても感じられなかった。
「上手ですねアスターさん! もしかして、経験アリだったりして!?」
「いや、初めてやったけど……結構ハマるな、コレ」
「いやいやいや、良い感じですよ~。アスターさんって、壁塗りの才能があるのかもしれませんね」
「そんな才能……あっても喜んでいいのかわかんねーな」
そう言うものの、アスターは照れを隠せない。相手が魔族でも、技術を褒められるのは悪くないな、と思った。
少ししか塗りをやらせてもらえずに、ションボリしているクロエに二人がハッとなったのは、その数秒後のことだった。
「あ、あの、クロエ様。まだ残ってますから、こんなに! 次は……そうですね、鉄格子の両脇の、こちらとそちらと! アスターさんはもうお疲れのようなので、今度はクロエ様、どーぞ!」
すると、俯いていた少女の目がパッと輝いた。
「やる!」
手を動かすより見ている時間の方が長かったクロエ。それでもいい勉強にはなった。一回目よりもスムーズに始められ、塗り方もサマになってきた。
カッパたちは寝転がったりお喋りをしていたが、マゼンタの命令で二匹が作業の補助に入った。
「お前、人間より上手くやらないと、メンツが潰れるぞ」
脚立を押さえているカッパが、クロエに言った。
「こんなことで潰れたりしないよー。別に、アスターの方が上手でもいいじゃない」
クロエは壁と向き合う形で返す。
「こんなことが得意だからって、魔族が警戒することって、何もないじゃない」
「呑気な奴だな。こんな人間が何かのはずみで成り上がったら、どうするんだ?」
「大工仕事で?」
マゼンタが吹き出しそうになったが、一歩前でこらえた。
駆け出しの冒険者が、名のある武器を手にしたり、何かしらの能力に目覚めたりしてその地位を高めれば、警戒する者は現れるかもしれない。だがただの壁塗りでは、たかが知れている。その気になれば魔界だろうと乗り込む輩とは、わけが違う。ツッコミを入れたいが、あえて我慢するマゼンタだった。
「いっそ、この城全部の壁を塗ってもらおうかなー」
「そいつは勘弁願いたいな」
アスターが、手の加えられていない壁を背にして、即行で断った。
「……なんてね」
「なんだ、ジョークかよ」
──魔族の住居の壁塗り屋にでもなれと? そんな仕事は聞いたことがない。ましてや第一号にもなりたくない。今回は特別なんだ。このメイドに、うまい具合に誘われたんだ──
しかし、アスターが才能あると言われたのは、これが初めてだった。平均値に収まっていれば良いと思い、特別なことはせずに、ただの村人として、狭い範囲の中に染まっていた。
マゼンタが手がけた部分の良し悪しは、職人ではないから判断に困ってしまう。ただ、見かけによらず綺麗にできるものだな、と舌を巻くくらいである。
プロの職人なら、マゼンタの出来をどう評価するか。それによって、彼女の発言の真偽のほどがわかる。が、問題があった。
その『職人』が、この場には存在していないのだ。マゼンタがプロ並みと言っても、証明するものは何ひとつない。なのでアスターは、後になって思った。言いくるめられているのではないかと。
──褒められても油断するな。相手の意のままになるな──
魔族には悪のイメージしかないアスター。うっかり罠に落ちないよう、彼女たちの言葉には、常に目を光らせておかねばならない、と肝に銘じた。
マゼンタが、暇を持て余しているカッパに何か頼み事をしていた。
数分後、カッパは浅めのカゴを持って戻ってきた。カゴには、大人の手ほどの大きさのパンが四つ入っていた。
「お前のはないぞ」
カッパがアスターに言った。
「いらねーよ、何が入ってるかわかんねーからな」
クロエとマゼンタに二つずつだと思って、カッパは依頼を遂行したのだ。クロエが一つあげようとするも、アスターは同じ言葉で突っぱねた。
遅めの昼食は、手短に済ませた。カゴが空っぽになると、作業再開。クロエはカッパたちと何か話しているようだが、談笑というよりは、
「お前、親分の言うことちゃんと聞いてるか?」
「親分は絶対だからな、逆らったら出世できないぞ」
「親分はな……」
「……だからお前のような子供は、素直についていけばいいんだ」
説教に近いものだった。
吸血鬼のボスは、クロエのことを『姫』と言っていたのに、カッパ連中は『お前』呼ばわり。カッパの方が下としか思えないアスターは、誰にというわけでもなく訊ねてみた。
「おいおい、仮にもコイツはこの世界のお姫サマだろうが。お前ら風情がそんな口きいていいのかよ?」
アスターの心情とは裏腹に、クロエは寛容だった。
「このコたちのボスは、あくまでもマゼンタだから。私のことは、別にどう思ってたっていいの」
「いやいや、そこはケジメってヤツをだな……」
「うるさいぞ、人間!」
「お前に発言権はない!」
──そこまで言われる筋合いはないんですけど──
しかし、こんなことで頭の血管を切らせては、この先やっていけないだろう。アスターは、今言われた内容を脳内から排除するのに懸命になっていた。
カッパたちとクロエは、仲が悪いわけではない。一つの塊のようになって、誰かが何気なく出した話のお題に沿って、お喋りが繰り広げられる。
アスターは、その輪の中に入ることがはできなかった。壁ではなく鉄格子に寄りかかって、マゼンタの作業を見ていた。その方が気が楽だった。
壁全体を塗り終えた頃、アスターは珪藻土が入った箱とは別の、小さめの箱のことが気になっていた。中には石らしき物が入っている。
これも使うのか、何のために持ってきたのか、マゼンタに問う。
「あのさぁ、ちょっといいか?」
「何でしょう?」
「コレって……何? こんな石、何に使うんだ?」
「……あぁ、それですか」
マゼンタは作業を中断し、アスターが示した物を一つ手に取る。
それには弧を描いたような溝が彫られている。ただの石というより、何かの破片に見えた。いずれも大きさや形はバラバラだが、全てに溝、あるいは模様、文字とも言えるものがあった。
マゼンタによると、山の洞窟から持ってきた珪藻土の塊を、塗り材となるよう加工している際、その中から出てきたものらしい。
珍しいのことなので、それらが何なのかは、後ほど調べるというのだ。
「見てみてもいいか?」
「どうぞ」
アスターは石の一つ一つを凝視しては、床に並べてみた。
破片の数は全部で十二。ただ無造作に置いただけでは、何が何やら。
真剣な表情のアスターが視界に入ったクロエは、彼の側に行ってみた。
「何?」
「いや、コイツがさ、何なんだろうなーと思って。ただの石にしてもなんか……」
「う~ん……?」
クロエも、眉間にシワができるほど考える。
マゼンタが後でと言ったのだから、彼女に一任するか。それともある程度までは謎を解き明かすか。
「コレなんか、こっちのと合いそうだけど」
アスターは適当につまんだ物と、爪先に当たりそうな位置にある物の切り口を、試しに合わせてみた。
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