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17.謎すぎです、マジで
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「これで完成なのか?」
「でしょうね。……真ん中の窪み、何だろ? 目玉焼きをキレイに作るためのやつ?」
「ウズラの卵でならイケそうだな……って、コレはフライパンじゃねえ」
アスターたちは腑に落ちない。箱の中の破片は一つ残らず組み合わせた。魔法陣のようなものが描かれていることも、知ることができた。が──
そこから先には進めないでいた。
魔法陣はウンともスンとも言わない。
円の中には文字らしきものが書かれているが、
「ココんとこ、何て書いてあるんだ?」
「さあ……?」
二人とも読めなかった。
「ルーン文字に似てるけど、なんか違うっぽい……かなぁ。えーとコレがアレで……こっちがアレに近いか……けどそれじゃ繋がらないなー。コレはたぶん……。そんでコレは……」
思考を巡らせながら解読に挑むクロエ。しかしアスターが待つこと三分、まだ一文字も、知っている文字への置き換えができていない。
十二時の方向に位置する、最初のであろうと睨む文字。それを後回しにして、時計回りに見ていく。指で空中に書いてみても、つまづきを繰り返すだけ。
「どうだ? 何かわかったか?」
アスターが、何とも言えない表情のクロエに話しかける。
「……ダメ、さっぱりわかんない。こんな文字見たの、初めてだもん」
クロエがお手上げの仕草をした直後。
「あ! もしかして……私たちが勝手に思い込んでただけで、コレって文字じゃないのかも。そこで取り出しますのはポーズ辞典。ありとあらゆる表現が、この一冊に! 例えばコレなんか……似てない?」
アスターは、なぜ今それを持っているのか訊ねた。少しは体を動かさないとなまってしまうから、運動でもしようかな、と思って持ってきたと、クロエは答えた。
「内容的に、運動とは関係ない気がするんだが。だいたい、尻を強調して誘ってる絵と見比べてもなぁ……」
──いや待てよ、この形は──
「なんだなんだ、見れば見るほど似てるように思えてくる、この不思議さは」
「もしかして、当たってる? 他にも……でもこれは違う。……う~ん、あとは……ないなぁ」
その辞典に載っているポーズを線のみで表した。それならば解読に一歩近づいたことになる。だが実際は違うことが判明した。今発見したものは偶然形が近かっただけであって、他のページに掲載されているものと石板に彫られたそれとは、一致しなかった。
「なんだ、たまたま似てただけかよ。他にないのか? 辞書みたいな……」
「わかんない。そういうのはマゼンタでないと」
「調べるのも面倒臭くなってきたな。いっそ、身振り手振りはどうだ?コイツに書いてある通りの動きをすれば……」
「身振りって……怪しい踊りを踊ってるのしか想像できない」
「俺もそう思う。自分で話し振っておいてなんだけど、百パーセント伝わらないだろうな」
アスターは、文字らしきものが書かれている破片を一つ取って、わずかな時間眺める。クロエに読めないものが、自分に読めるわけがない。一度だけ首をかしげて、元に戻す。
「俺より長く生きてんなら、てっきり……なー」
「? 誰が?」
「お前だよ。魔族って、人間とは寿命が全然違うのな。あのメイドだって、あんな若く見えるのに俺の何十倍も生きてるって言ってたし。実際いくつなのかは聞かないけどさ。しかし天井なんてよく塗れるな。もうほとんど終わりじゃねーか」
破片の集まりのことでアスターたちが頭を悩ませている間に、マゼンタは天井も遜色なく塗り終わり、ムラがないか全体を確認し始めた。
「まぁ、あっちはともかく。だからさ、お前も俺よりたくさん生きてる分、物知りなんだろなって、期待してたんだけど……」
──期待外れだったよ──
「え? たくさんじゃないじゃん、同じでしょ?」
──んんん──?
「あー、いや、十七ってのは聞いたよ。けどそれって、見た目のことなんじゃないか?」
「クロエ様は正真正銘、あなたと同じですよ、アスターさん」
マゼンタが脚立を下りる。
魔族の寿命は、高位の者に限るが人間よりずっと長い。中でも人間の形を持つ者は、成長のし方に特徴がある。
誕生してから最初の十五年は、人間と同じように成長する。それ以降は十五年前後の周期で変化が起こるが、それは微々たるもの。その謎システムのおかげで、マゼンタは生を受けて数百年の時を迎えても、この若さでいられる。ありがたいことだと、マゼンタはコテの先端で塗布部分の細かな修正をしながら説明した。
そしてポケットから、一枚の写真を取り出した。笑っている赤ん坊の頃のクロエ。裏には十七年前の暦が書かれていた。
クロエが明かした自身の年齢に、偽りはなかったのだ。
「ガチで同年齢だったんだな。こりゃまた失礼しました」
アスターは手を後頭部で組み、反省の色のない謝り方だったが、思っていたほどクロエは気にしていなかった。
マゼンタは配下たちに後片付けを頼んで、アスターたちにまざった。
「一通り塗り終わりました。全体が乾くまでは……そうですね、長く見積もって一週間といったところでしょうか」
「そんなにかかるのか? それじゃその間、俺はどこで寝ろってんだよ!? まさか、今度こそ城の外に放り出すのか? ……そうか、遠回しに『死ね』ってことか。リノベーションだか何だか、俺の知らない言葉を使って工作してうまいこと追い出して、絶望に近づけさせるつもりだな!?」
捲したてるアスターにカッパたちの注目が集まるが、眼中にないようだ。彼を止める役は、マゼンタが買って出た。
「そのような策を練るくらいなら、もっと派手なことをしていると思います。ちょっと落ち着いて聞いてくれますか? 私が言いたいのは……」
マゼンタは左手で下を指差す。三人が立っている床の上でもある。
「廊下で寝てください。それだけです」
牢へと続く廊下は広く、幅が百八十センチメートルほどある。アスターの体格は標準的な十代後半のそれなので、横になれば寝返りがうてるくらいのゆとりはある。
「あー、そういうこと。どうせ寝心地は変わんないだろうし、この空間で寝かせてくれるんなら、それでいいや」
──願わくば俺ン家で寝たい──
アスターは、珪藻土が(床以外は)満遍なく塗られた牢屋を指して質問した。
「一週間、この中に入らなければいいんだろ?」
「ええ。あくまで目安なので、前後することはあるでしょうけれど」
ちょんちょんと、マゼンタの腰を突く手が。両手が空いているカッパが、もういつでも撤退できると彼女に伝えた。
「ご苦労様。帰って結構よ」
道具一式を担いだカッパたちは、来た時のようにえっさほいさと声を出し、地上への階段を上がっていった。
彼らのうちの一匹の、ズボンのポケットの中に、赤い宝石のようなものが入っていたが誰も気づくことはなかった。
「ところで、先程の石の破片のことですが……」
「コレな。組み合わせてみたんだけど、何か起きたワケでもねーし、それよりこの周りに書いてあるやつが読めねーし。もうね、俺らお手上げ」
アスターは並べた破片を一旦バラバラにして箱に入れ、マゼンタに渡した。
「私に謎が解けるかは、今は何とも言えませんが……いいんですか? アスターさんが後悔するような結果にならないとも限りませんよ?」
「そうなったら、お前らに責任を取ってもらうまでだ。コイツがただの石ころでないことは、俺らを見ててわかっただろ? あの先は本当に何もなくておしまいなのか、そうじゃないのか……見つけた以上は、他人任せにしてでも、やっぱ知りたいって思ってしまうんだ。それが俺の悪い癖なのかもしれないけどさ」
知りたいという欲が出たせいで、自分は不本意にもこんな所にいるのだと、アスターは自分の性分を幾許か憎んだ。
「悪いということはないと思いますよ。この石は私が預かります。調べがついたらお知らせしますね」
カッパたちが帰ってしばらく後、アスターたちも地下から出るべく長い廊下を歩いていた。三人かたまっていたはずが、クロエだけが歩幅を狭めて歩いていたため、距離が開いた。
「クロエ様……?」
考え事をしていたため、クロエの返事は少し遅れた。
「あ、ゴメン。何?」
どうしたのか、気分が悪いのかと、マゼンタが訊ねた。クロエの顔色に特別な変化はなかった。
そういうわけではないという返答のおかげで、場の空気が重くなることはなかった。
「あのね、その石の謎解き、自分でやってみたいなー、と思って」
「さっき降参してなかったか? 俺もだけど」
「こんなジメジメした所じゃ、いくら頭を回転させようとしてもロクに回るわけないわよ。研究とかってさ、それなりの環境がないと。ね?」
クロエはマゼンタに何かを言われる前に、箱を取った。
「最近、勉強サボってたせいか、なんかもーボケボケになっちゃって。コレはね……頭の体操にうってつけなんじゃなかろうかって、さっき思った! ね、アスターもやろうよ!」
「頭は使わねーと錆びるって聞いたことあるな。でも俺はいいよ。一人で気の済むまでやればいいじゃねーか」
「いいからいいから!」
アスターの身体がグイッと引き寄せられる。
「お前……つーか、魔族も勉強なんてするのか?」
「うん、マゼンタがいわゆる先生ってやつね。この世界の色んなこととか、違う世界のこととか。この一年で結構詰め込み直しをさせられて、ちょっと疲れてたところなんだけど……」
「……と、コイツは申しておりますが?」
「あはは……少々張り切りすぎたかしら。マンツーマンですから、配下たちの教育よりもずっとやりやすくて」
マゼンタは苦笑しながら、ついでに「アイツらバカだし」と毒を吐いた。
カッパたちの知能が如何ほどかなど、アスターは見当がつかない。マゼンタの配下とやらはあれだけなのか、それともまだいるのか。失礼ながら聡明には見えなかったので、きっと大変なんだろうと、中途半端な絵図を脳裏に浮かばせた。
「ですが……」
途端、今度は真顔になる。
「ボーッとしているというのでしたら、それには別の理由があります。今ここで言うことではありませんが」
「いいよ、その話はやめとこう。あんまり入り込んだら、俺が消されそうだ」
──そうだ。クロエに何か秘密があったとしても、俺が知る必要はないんだ──
階段を上りきり、城の一階の廊下で、アスターたちは一旦立ち止まった。
奥に書庫があるので、クロエはそこへ行くと言った。アスターは彼女に同行することに決めた。
「では私は、他にやることがありますので。これの調査は、今日の仕事が終わってからということで」
マゼンタは一礼して、アスターたちから離れていった。
彼女がこれから何をするのか、アスターは小声でクロエに訊ねてみた。
「洗濯、掃除、ご飯の準備……」
実に平凡すぎて、アスターは脱力しかけた。
まるで、人間のライフスタイルである。
人間の姿を模した、それはまだわかる。しかし、まるで人間のような生活をごく当たり前にしているかのような言い方だったため、アスターの思考が迷走しそうになる。
──きっと、コイツらだけなんだろうけど──
アスターの中にある魔族のイメージが、グラグラと大きく揺れだした。
「でしょうね。……真ん中の窪み、何だろ? 目玉焼きをキレイに作るためのやつ?」
「ウズラの卵でならイケそうだな……って、コレはフライパンじゃねえ」
アスターたちは腑に落ちない。箱の中の破片は一つ残らず組み合わせた。魔法陣のようなものが描かれていることも、知ることができた。が──
そこから先には進めないでいた。
魔法陣はウンともスンとも言わない。
円の中には文字らしきものが書かれているが、
「ココんとこ、何て書いてあるんだ?」
「さあ……?」
二人とも読めなかった。
「ルーン文字に似てるけど、なんか違うっぽい……かなぁ。えーとコレがアレで……こっちがアレに近いか……けどそれじゃ繋がらないなー。コレはたぶん……。そんでコレは……」
思考を巡らせながら解読に挑むクロエ。しかしアスターが待つこと三分、まだ一文字も、知っている文字への置き換えができていない。
十二時の方向に位置する、最初のであろうと睨む文字。それを後回しにして、時計回りに見ていく。指で空中に書いてみても、つまづきを繰り返すだけ。
「どうだ? 何かわかったか?」
アスターが、何とも言えない表情のクロエに話しかける。
「……ダメ、さっぱりわかんない。こんな文字見たの、初めてだもん」
クロエがお手上げの仕草をした直後。
「あ! もしかして……私たちが勝手に思い込んでただけで、コレって文字じゃないのかも。そこで取り出しますのはポーズ辞典。ありとあらゆる表現が、この一冊に! 例えばコレなんか……似てない?」
アスターは、なぜ今それを持っているのか訊ねた。少しは体を動かさないとなまってしまうから、運動でもしようかな、と思って持ってきたと、クロエは答えた。
「内容的に、運動とは関係ない気がするんだが。だいたい、尻を強調して誘ってる絵と見比べてもなぁ……」
──いや待てよ、この形は──
「なんだなんだ、見れば見るほど似てるように思えてくる、この不思議さは」
「もしかして、当たってる? 他にも……でもこれは違う。……う~ん、あとは……ないなぁ」
その辞典に載っているポーズを線のみで表した。それならば解読に一歩近づいたことになる。だが実際は違うことが判明した。今発見したものは偶然形が近かっただけであって、他のページに掲載されているものと石板に彫られたそれとは、一致しなかった。
「なんだ、たまたま似てただけかよ。他にないのか? 辞書みたいな……」
「わかんない。そういうのはマゼンタでないと」
「調べるのも面倒臭くなってきたな。いっそ、身振り手振りはどうだ?コイツに書いてある通りの動きをすれば……」
「身振りって……怪しい踊りを踊ってるのしか想像できない」
「俺もそう思う。自分で話し振っておいてなんだけど、百パーセント伝わらないだろうな」
アスターは、文字らしきものが書かれている破片を一つ取って、わずかな時間眺める。クロエに読めないものが、自分に読めるわけがない。一度だけ首をかしげて、元に戻す。
「俺より長く生きてんなら、てっきり……なー」
「? 誰が?」
「お前だよ。魔族って、人間とは寿命が全然違うのな。あのメイドだって、あんな若く見えるのに俺の何十倍も生きてるって言ってたし。実際いくつなのかは聞かないけどさ。しかし天井なんてよく塗れるな。もうほとんど終わりじゃねーか」
破片の集まりのことでアスターたちが頭を悩ませている間に、マゼンタは天井も遜色なく塗り終わり、ムラがないか全体を確認し始めた。
「まぁ、あっちはともかく。だからさ、お前も俺よりたくさん生きてる分、物知りなんだろなって、期待してたんだけど……」
──期待外れだったよ──
「え? たくさんじゃないじゃん、同じでしょ?」
──んんん──?
「あー、いや、十七ってのは聞いたよ。けどそれって、見た目のことなんじゃないか?」
「クロエ様は正真正銘、あなたと同じですよ、アスターさん」
マゼンタが脚立を下りる。
魔族の寿命は、高位の者に限るが人間よりずっと長い。中でも人間の形を持つ者は、成長のし方に特徴がある。
誕生してから最初の十五年は、人間と同じように成長する。それ以降は十五年前後の周期で変化が起こるが、それは微々たるもの。その謎システムのおかげで、マゼンタは生を受けて数百年の時を迎えても、この若さでいられる。ありがたいことだと、マゼンタはコテの先端で塗布部分の細かな修正をしながら説明した。
そしてポケットから、一枚の写真を取り出した。笑っている赤ん坊の頃のクロエ。裏には十七年前の暦が書かれていた。
クロエが明かした自身の年齢に、偽りはなかったのだ。
「ガチで同年齢だったんだな。こりゃまた失礼しました」
アスターは手を後頭部で組み、反省の色のない謝り方だったが、思っていたほどクロエは気にしていなかった。
マゼンタは配下たちに後片付けを頼んで、アスターたちにまざった。
「一通り塗り終わりました。全体が乾くまでは……そうですね、長く見積もって一週間といったところでしょうか」
「そんなにかかるのか? それじゃその間、俺はどこで寝ろってんだよ!? まさか、今度こそ城の外に放り出すのか? ……そうか、遠回しに『死ね』ってことか。リノベーションだか何だか、俺の知らない言葉を使って工作してうまいこと追い出して、絶望に近づけさせるつもりだな!?」
捲したてるアスターにカッパたちの注目が集まるが、眼中にないようだ。彼を止める役は、マゼンタが買って出た。
「そのような策を練るくらいなら、もっと派手なことをしていると思います。ちょっと落ち着いて聞いてくれますか? 私が言いたいのは……」
マゼンタは左手で下を指差す。三人が立っている床の上でもある。
「廊下で寝てください。それだけです」
牢へと続く廊下は広く、幅が百八十センチメートルほどある。アスターの体格は標準的な十代後半のそれなので、横になれば寝返りがうてるくらいのゆとりはある。
「あー、そういうこと。どうせ寝心地は変わんないだろうし、この空間で寝かせてくれるんなら、それでいいや」
──願わくば俺ン家で寝たい──
アスターは、珪藻土が(床以外は)満遍なく塗られた牢屋を指して質問した。
「一週間、この中に入らなければいいんだろ?」
「ええ。あくまで目安なので、前後することはあるでしょうけれど」
ちょんちょんと、マゼンタの腰を突く手が。両手が空いているカッパが、もういつでも撤退できると彼女に伝えた。
「ご苦労様。帰って結構よ」
道具一式を担いだカッパたちは、来た時のようにえっさほいさと声を出し、地上への階段を上がっていった。
彼らのうちの一匹の、ズボンのポケットの中に、赤い宝石のようなものが入っていたが誰も気づくことはなかった。
「ところで、先程の石の破片のことですが……」
「コレな。組み合わせてみたんだけど、何か起きたワケでもねーし、それよりこの周りに書いてあるやつが読めねーし。もうね、俺らお手上げ」
アスターは並べた破片を一旦バラバラにして箱に入れ、マゼンタに渡した。
「私に謎が解けるかは、今は何とも言えませんが……いいんですか? アスターさんが後悔するような結果にならないとも限りませんよ?」
「そうなったら、お前らに責任を取ってもらうまでだ。コイツがただの石ころでないことは、俺らを見ててわかっただろ? あの先は本当に何もなくておしまいなのか、そうじゃないのか……見つけた以上は、他人任せにしてでも、やっぱ知りたいって思ってしまうんだ。それが俺の悪い癖なのかもしれないけどさ」
知りたいという欲が出たせいで、自分は不本意にもこんな所にいるのだと、アスターは自分の性分を幾許か憎んだ。
「悪いということはないと思いますよ。この石は私が預かります。調べがついたらお知らせしますね」
カッパたちが帰ってしばらく後、アスターたちも地下から出るべく長い廊下を歩いていた。三人かたまっていたはずが、クロエだけが歩幅を狭めて歩いていたため、距離が開いた。
「クロエ様……?」
考え事をしていたため、クロエの返事は少し遅れた。
「あ、ゴメン。何?」
どうしたのか、気分が悪いのかと、マゼンタが訊ねた。クロエの顔色に特別な変化はなかった。
そういうわけではないという返答のおかげで、場の空気が重くなることはなかった。
「あのね、その石の謎解き、自分でやってみたいなー、と思って」
「さっき降参してなかったか? 俺もだけど」
「こんなジメジメした所じゃ、いくら頭を回転させようとしてもロクに回るわけないわよ。研究とかってさ、それなりの環境がないと。ね?」
クロエはマゼンタに何かを言われる前に、箱を取った。
「最近、勉強サボってたせいか、なんかもーボケボケになっちゃって。コレはね……頭の体操にうってつけなんじゃなかろうかって、さっき思った! ね、アスターもやろうよ!」
「頭は使わねーと錆びるって聞いたことあるな。でも俺はいいよ。一人で気の済むまでやればいいじゃねーか」
「いいからいいから!」
アスターの身体がグイッと引き寄せられる。
「お前……つーか、魔族も勉強なんてするのか?」
「うん、マゼンタがいわゆる先生ってやつね。この世界の色んなこととか、違う世界のこととか。この一年で結構詰め込み直しをさせられて、ちょっと疲れてたところなんだけど……」
「……と、コイツは申しておりますが?」
「あはは……少々張り切りすぎたかしら。マンツーマンですから、配下たちの教育よりもずっとやりやすくて」
マゼンタは苦笑しながら、ついでに「アイツらバカだし」と毒を吐いた。
カッパたちの知能が如何ほどかなど、アスターは見当がつかない。マゼンタの配下とやらはあれだけなのか、それともまだいるのか。失礼ながら聡明には見えなかったので、きっと大変なんだろうと、中途半端な絵図を脳裏に浮かばせた。
「ですが……」
途端、今度は真顔になる。
「ボーッとしているというのでしたら、それには別の理由があります。今ここで言うことではありませんが」
「いいよ、その話はやめとこう。あんまり入り込んだら、俺が消されそうだ」
──そうだ。クロエに何か秘密があったとしても、俺が知る必要はないんだ──
階段を上りきり、城の一階の廊下で、アスターたちは一旦立ち止まった。
奥に書庫があるので、クロエはそこへ行くと言った。アスターは彼女に同行することに決めた。
「では私は、他にやることがありますので。これの調査は、今日の仕事が終わってからということで」
マゼンタは一礼して、アスターたちから離れていった。
彼女がこれから何をするのか、アスターは小声でクロエに訊ねてみた。
「洗濯、掃除、ご飯の準備……」
実に平凡すぎて、アスターは脱力しかけた。
まるで、人間のライフスタイルである。
人間の姿を模した、それはまだわかる。しかし、まるで人間のような生活をごく当たり前にしているかのような言い方だったため、アスターの思考が迷走しそうになる。
──きっと、コイツらだけなんだろうけど──
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