俺の思っていた魔界と違う

霜月りの

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18.石板修復のカギ

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 数時間後。アスターたちは書庫にいた。
 壁一面に、高さ二メートルほどの本棚が所狭しと立ち並び、数え切れないほどの本が収められている。
 大きめの机の上に、石板の破片を正確に並べる。その横には数冊の本が積んである。
 クロエは椅子に座って、適当に取った書物をパラパラとめくっている。椅子は一脚しかないので、アスターは立ったままだ。
 アスターは入って左側の棚から、クロエはその反対から本を探している。その大半が、背表紙に何も書かれていないので、一冊一冊手に取って、表表紙おもてびょうしから内容の凡そを確認する。それができなければ中身を開き、簡単に目を通す。
 見慣れない言語で書かれているものも時折見かける。そういったものに出くわすと、アスターは早々に諦めて次に行く。
 一つ目の棚の、最上段をチェックし終えたクロエが、アスターの方はどうか訊いてきたが、彼は首を左右に振るだけだった。

「何がなんだかサッパリだ」

 異世界の本に触れるのは初めてのアスター。描かれている魔法陣の手がかりとして、同じものが描かれた本はないか。それっぽい解説本はないか。左から順番に取り、全ページ見ているが、絵入りの本がそもそも出てこない。
 無言の状態がしばらく続く。本の出し入れとページをめくる音だけが、耳に入る。

 一時間後。本を閉じたクロエは、座ったまま伸びをする。身体の力が抜け、机にペタリと、顔と両腕をつける。

「あ~、なんか面倒くさくなってきた~」
「まだ始めたばかりだろうが。まぁ、俺もそんなに人のことは言えんがな。これだけあるんだ。近いうちに飽きるかもしれないっつーのは、あるかもな」

 蔵書の多さに、目が回りそうになるクロエ。割れた石板の謎を早急に解明したくとも、どうやら考えが甘かったらしい。

「今日中に、って思ってた私が間違ってた……」

 クロエは未読の本に手を伸ばす。その薄さに、こんなのあったっけ、と思いつつ開いてみた。中身は絵だらけだった。

「…………何コレ?」

 何か新たな発見があったのかと、アスターが素早く歩み寄る。が、彼もまた形容しがたい表情で、描かれているものに疑問を呈する。

「何だよコレ?」
「私が知りたい。いや、コレは……知ったらいけないことなのかもしれない」

 二人の魔族の男が、ベッドの上で全裸で抱き合っている絵があった。誰が描いたのかは、どこにも記されていない。

「え……どういうこと?」

 男同士で手を繋いでいる、抱き合っている、口づけをしている、一線を超えてしまっているなど、刺激的なモノクロのイラストが、少ないページの中にいくつも描かれている。アスターは耳まで赤くなる。

「俺に聞かれても困る」
「男の人って、こういうこともするの?」
「するワケねーだろ、普通! 男同士でやってたら気色悪いって! 俺の中ではまずありえねー! コレはな、妄想! 虚構! 非現実的! 誰がコレ描いたのか知らねーけど、明らかにフィクションだから!」

 クロエが誤解しないよう、赤面しつつも懸命に否定するアスターだった。

「うん、わかった」

 熱意は伝わったようだ。
 クロエは薄い本を再び開く。

「本当かよ? ……いや、それはもういいから! 石と全然関係ないだろうが!」
「はいはい」

 しまっておくようにアスターがうるさく言うので、クロエは生返事でいかがわしい本を棚に戻した。

 地下牢の石壁に珪藻土が塗られてから、三日後。マゼンタは自分の部屋で、本を読んでいた。ただの読書ではない。彼女も陰ながら、解読の手伝いをしていたのだ。
 誰かが部屋のドアを四回ノックした。マゼンタはすぐに返事をし、本に栞を挟んでから席を離れた。

「……どうも」

 そこに立っていたのは、地下牢改装の際に手伝いに来ていたカッパだった。
 どういった用件で来たのか、マゼンタが訊ねると、カッパはモジモジしながら、ポケットの中の物を出して、彼女に見せた。

「コレは……宝石かしら?」

 カッパは頷いたが、視線を戻したのは、次にマゼンタが声をかけてからだった。

「どうしたの?」
「あの……実は……」

 マゼンタはカッパを部屋に入れ、予備の椅子に座らせてから、続きの話をさせた。
 カッパが持ってきた赤い宝石は、珪藻土の塊の一つから出てきたものだった。模様つきの石とは別に出てきたそれについて、初めは皆に知らせようと思っていた。
 だがすぐに欲が出てしまい、誰にも気づかれないうちに、ポケットの中に隠してしまった。
 一人になった時にそれを眺めていたら、中に目が浮かんできて、カッパをギロッと睨んだ。もう一度見たら何事もなかったので、ただの幻覚だということにしておいた。
 しかし今日になって急に気になったので、ボスであるマゼンタに調べてもらおうと思い、一人で城まで来たというのだ。

「うーん……」

 赤い宝石と聞いてパッと思い浮かぶのは、ルビー、ガーネット、レッドベリル。マゼンタは宝石を目の高さまで持ってきて、数秒見つめてみた。

「おそらくはルビーのたぐいでしょうね。睨まれたというのは……不思議な話ね。誰かがこの中に封印されていることを匂わすような言い方に聞こるけれど?」
「そういうのは、オイラにはよくわかんないッス」
「封印の媒体にしては、この石は小さすぎるわね。これでは、できてせいぜい小動物まででしょうね」
「あんな恐ろしい目をした動物なんて、いましたっけ?」

 この世の終わりすら感じたと、カッパは言い足した。
  自分も見てみればわかるだろうかと、マゼンタは宝石とのにらめっこに集中してみることにした。
 静寂がカッパに重くのしかかる。
 まばたきの回数が百回近くに上った。それだけ見つめても、何の進展もない。

「やっぱり、オイラの見間違いだったんスかね?」
「そうね……実際、この石からはたいした魔力は感じられないので、やはり気のせい……」
 マゼンタが突然、黙ってしまった。
「どうかしたんスか?」

 カッパは椅子から立ち上がり、不安げに上司の顔を見上げる。

「たしかあの石板、真ん中に窪みが……。この形、もしかして……!」

 何を言っているのかわからなくて、カッパは戸惑う。
 マゼンタは彼に頼んだ。書庫にいるはずのアスターたちを、この部屋に連れてきてほしいと。

「石板を忘れずにってね」
「は、はいっ!」

「……?」

 しかし、書庫には誰もいなかった。
 アスターとクロエはどこへ行ったのか。しばらく考えた後、クロエがいそうな場所を片っ端から探し始めた。
 彼女の部屋、玉座の間、厨房、シャワー室、トイレなど、生活空間は一通り見た。しかしどこももぬけのからだった。

「あのガキんちょども、どこにいるんスかねー……。あ!」

 彼は一箇所見落としていた。地下である。こんなに探してもいないということは、牢屋の様子を見に行っているに違いない。そう思ったカッパは、走って階下へと向かった。

 案の定、アスターたちはそこにいた。

「壁が白い……なにこの異空間」
「大袈裟だな。けど凄い変わりようだ。なんか、部屋が全体的に明るくなった気もするし」

 早く壁に触ってみたいが、まだ一週間経っていないからいけないということ、家具の配置、ドアまで新調するのは贅沢だろうか。
 生まれ変わろうとしている部屋への期待を膨らませつつ、二人が踵を返すと、ゼエゼエと息を切らせたカッパが立っていた。

「やっと……見つけたッス! お前たち、ボスがお呼びだ。オイラと一緒に来てもらうッス!」
「ボス? ……あぁ、あのメイドか」

 三人はまず書庫へ。石板の破片を箱に入れて、アスターが持つ。
 ドアを閉めるとすぐに、カッパの愚痴が始まった。

「まったく、ボスの言うことを無視してあんな所にいるなんて、とんでもないッス。ハッキリ言って、人間の住処なんてどうでもいいッス。けどボスの命令だから、仕方なく来てやったッス。だいたい、人間なんてとっくに絶滅したと思ってたのに、まさか生き残りがいるとは思わなかったッス」
「スースーうるせーな。カッパごときが人間なめんな。誰から聞いたんだよ。絶滅なんて、そう簡単にしてたまるか」
「ムムム……人間のくせに生意気ッスね! お前なんかな、オイラでもケチョンケチョンにできるッスよ!」
「おー、おもしれぇ。やってもらおうじゃん!」

 アスターとカッパが睨み合う。まずは互いの悪口から始まる。子供の喧嘩のような陳腐な内容から、徐々にエスカレート。クロエが初めて聞く単語が出てきたので、後でマゼンタに聞いてみようかな、と彼女は呑気に傍観する。
 箱をクロエに渡したアスターが、いよいよ腕まくりをした。

「テメエの皿割ったろかコラ」
「やってみろ、童貞野郎」
「人のこと言えんのかよ」

 二階に上がると、人間とカッパの取っ組み合いにまで発展した。
 クロエはあえて、手も口も出さなかった。男とは、人間とはこういう生き物なのだろうかとしみじみ感じながら、二人の沈静化を待っていた。

「何の騒ぎ?」

 声や音が部屋の中にまで伝わったのか、マゼンタがドアを開けて顔を出した。
 同時にアスターたちの手が止まった。
 女性の部屋の前で醜い争いを行った二人に、座る椅子はなかった。
 石板を机の上で組み上げると、真ん中の窪みに注目するよう、マゼンタが言った。

「この宝石が、もしこちらに当てはまったとしたら……。私も調べている途中なので、何が起こるかはわかりません。是非とも慎重にいきたいものです……」

 赤い宝石を親指と人差し指でしっかりつまみ、そっと石板の窪みに近づける。
 大きさ、深さともに当たりだった。

「あ、見てください!」

 石板の繋ぎ目が白く光った。そしてなんと、破片同士がくっついて、本来の姿として蘇ったのだ。

「直ったのか?」

 アスターは、クロエとマゼンタの間に割り込んで見せてもらった。縦三十センチメートル、横二十二センチメートル、厚さは七ミリメートル。その表面に謎の魔法陣が刻まれた一枚の石板を、彼らは手に入れたのだ。

「コイツが……」

 光り輝いてすら見える石板に、一同は感動したが、

「何? まさかこれっきりってこたぁねーよな?」

 これ以降は変化を見せない石板。しかしこれがゴールだとはとても思えないアスターは、次は何をすれば良いのか、マゼンタに訊ねる。

 「今度は、魔法陣そのものについてちゃんと調べなければいけませんね。今はめ込んだ石は、石板の中心にあると同時に、魔法陣の中心部にも該当します。これがどう関係しているのか……。それにこの文字、以前たまたま目にした古代文字に似ているのも気になります。これはちょっと時間がかかるかもしれません。石板は私がお預かりしてもいいでしょうか?」

 アスターとクロエは顔を見合わせ、同時に頷いた。

「いいよ、任せる。俺ちょっと疲れた」
「私も。久しぶりに頭動かせたし。休憩休憩」
「では……」

 部屋にはマゼンタだけが残った。
 先ほどの喧嘩が再開しそうな空気になった。アスターが右の拳を振り上げた直後に、クロエが彼の手首を掴んで言った。

「もう、やめときなよ」
 カッパへの憎しみより、大型の魔物を一撃で死に追いやった手に掴まれた恐怖感の方が勝った。アスターは素直に従うしかなかった。
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