俺の思っていた魔界と違う

霜月りの

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19.俺が原因……?

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 次の日。石板を修復したのは良いものの、アスターとクロエは、ここから少なくとも、魔法陣の謎が解けるまでは、その呪縛から抜けられない。
 書庫を漁るも、無関係の書物ばかり。

「なあ、俺が学校に通ってる話って、たぶんまだしてなかったと思うんだけど」
「うん、聞いてない。どんな所?」

 アスターはさりげなく別の話題をふることで、張りつめた空気の流れをどうにかしたかった。

「学校ってさ、基本的に勉強をする所だから、俺結構いろんな本に手をつけてみたわけよ。その中には、魔法使いじゃない奴には縁のなさそうな魔導書なんてものあってさ。俺には当然関係ないんだけど、ちょいと読んでみたんだ。そしたら、わけのわからん文章と一緒に、魔法陣の絵もあって……魔法の使い方とか、そんなんだったけかな」

 そして彼は、棚から本を出しては、まるで何かを特定の物を探しているかのように、速いスピードでページをめくる。

「簡単そうなのを選んで、試しに書いてある通りに念じてみたんだ。けど、魔力なんて持ってない俺がやったところで、ダメに決まってるワケで。地面に描いてみたりもしたけど、何も起こらなくてつまんねーって思って、すぐやめちまった」
「魔法使いって、誰でもすぐになれるモンじゃないんでしょ? マゼンタが言ってたよ」

 机には、赤い色をした飲み物が入ったグラスが二つある。そのうちの一つに、クロエは立ったまま手を伸ばし、口に含む。

「まあな、素質がなきゃな。俺はどうせ性に合わないからって、その道には行かなかった。けど、魔導書だけは学校にある分はみんな読んだんだ」

 アスターは『魔法陣』という図形に心惹かれ、ひとつの芸術アートとして鑑賞していた。四大元素を始めとする様々な属性の魔術を発生させるためのもの、何かを召喚するもの、負傷した部位を治癒するものなど、多種多様な魔法陣のことを、学校の図書室で知ったのだ。そこに置いてあった中で最も難しい魔導書にも、件の石版に描かれているような魔法陣はなかったと言う。
 過去の記憶を引っ張り出すのが無駄なら、新しい場所へ赴く。魔王城の書庫という、過去に踏み入れた人間がいたかどうかも不明なこの場所に、アスターは入ることができた。どうして食指を伸ばさずにいられるか。
 アスターは訊ねた。魔王との決戦の場でもあるこの城に、なぜこのような部屋があるのかと。
 クロエは答えた。後世に生きる者が知識を得るためだと。人間だけにしかない考えだというのなら、それは違うと。
『本』という、脳味噌の栄養源とも言える紙の束の存在を、大昔に誰かが知った。生を受けている間に得た情報を形として残すのに、本は最適だった。
 この部屋にあるのは、先人が遺してくれた貴重な産物。これらを紐解くには、それなりの知能がなければならない。幸いにもクロエたちは、高い知能を以てして生きることを許された。

「難しいのも多いけどねー。昨日のやつなんか」
「アレは例外じゃないのか? ああいうのを描く神経が、俺にはわからんがな」

 魔族が本に手を出すというのも奇怪に思えるアスターだった。

「あんな変なの、もうないだろうな? なんか調子狂っちまうんだよ」
「……あった」

 ──二冊目だと──!?
 
 アスターは首を振った。男同士で裸でイチャついている絵が、自分の目に、脳にどれだけのダメージを与えるか。
 どうかそれを持ったまま来ないでほしい。今すぐその本を閉じて、元の場所に戻してほしい。そう願う彼だったが、

「ねえ、ここんとこって何してるの?」

 来てしまった。いくつかあるうち最も大きな四角い枠の中を、クロエが指した。アスターは絶句を通り越して、気を失いそうになった。

 ──口頭で説明させるくらいなら、いっそ殺して──

「悪い、わかんね」

 本当はわかっていた。だが純情さゆえに、同年代の少女に説明などできるはずがなかった。
 わざとそう振る舞っているのか、試しているのかとも思った。が、クロエの真面目に考える姿からは、そのような雰囲気は感じられない。

 ──コイツは本当に知らないみたいだな。だったらそのままでいてくれ。魔族とか関係ない。女子がけがれていく、歴史的とも言える瞬間を見るのはゴメンだ──

 いかがわしい本が出てくるのは、これで終わりだろうか。それともまだどこかに紛れ込んでいるのだろうか。これも先人の遺産なのだろうか。
 謎解きの合間に現れた過激な内容の薄い本のせいで、どっと疲れが出る。

「……で、そいつは誰の生き血だ?」

 話を無理矢理にでも変えようと、アスターはグラスに目をやる。一つは空っぽに近かった。

「血じゃないよ、ザクロのジュースだよ。さっぱりしてて美味しいよ~」
「誘惑すんな。何だろうと俺は遠慮する」

 グラスに触れもせずに、調査に戻った。

「生き血といえば……」

 クロエは思い出した。スッポンの生き血が、いつぞやの食卓に置かれたことを。炭酸水で割ったもので、滋養強壮に良いというので飲んでみたが、一口でギブアップしたことを。頭の中が赤で埋まり、凹んでしまった。
 アスターもスッポンについては聞いたことはあった。が、クロエほどの度胸は持ち合わせていないので、もし目の前にあっても、どんなに良い話を聞いても、おそらく顔を近づけることすらできないだろう。
それに比べれば、どれだけマシか。ただのジュースである。アスターはグラスを持った。甘い香りが彼を誘う。
 魔界産だから手をつけない、というのは、もう通じないかもしれない。彼は何日も前から、魔界で採れたリンゴを食しているから。
 食べたら病気になる、魔物になると怯えていたが、身体への悪い影響は、今のところ全く見られない。リンゴのみに限るが、偏見を捨てて、人間界にいた時のようにかぶりつくことができるようになっていた。
 
 ──言い訳はできない。俺はもう何度も……。だから──!

 ゴク、ゴク、ゴク。
 喉を鳴らしながら、グラスの中の飲み物を勢いよく胃に流し込む。
 喉が渇いていたのだろう。一口目で確かなものとわかってから、あとは一気に飲み干してしまった。

「っぷはー、飲んだぞコノヤロー!」

 ガラス製の食器にはやさしくない置き方をする。
 言葉や動作は粗暴だが、絶賛してくれた。
 そんなアスターを見て、クロエもグラスを取り、自分のジュースを飲みきった。

 それからすぐ後だった。別室で調査していると思われるマゼンタの進捗状況が知りたくなったクロエは、彼女の所へ行ってみようという話をアスターに持ちかける。
 二人はまだ、書庫の全ての本を調べたわけではない。が、少し歩くことで、知らないうちに溜まっていたストレスを追い出せるだろうと、アスターは二つ返事でOKした。

 二階の曲がり角で、クロエは顔だけをひょっこりと出す。マゼンタの部屋へと続く廊下には、誰もいない。アスターは面識のない者との遭遇はしたくなかったので、クロエに確認をさせていたのだ。

「うん、大丈夫」
「あそこだったよな。ドア開いてるみたいだけど……」

 足音を立てずに、ゴキブリ並みの速さで、二人はマゼンタの部屋の前まで移動する。
 クロエが前に出て覗いてみた。が、中には誰もいなかった。

「お邪魔しまーす」

 クロエが先に部屋に入った。
 机の上に、例の石板が置きっぱなしになっていた。

「この部屋にも結構本が置いてあるんだな。どこかにコイツの情報があるといいんだけど……って、なに持って行こうとしてんだよ!」
「えー、ちょっと借りるだけだよ」
「いない時に持ってっちゃマズいだろ!」

 クロエはしぶしぶ石板を戻した。
 
 その日の夜。一人になったクロエは再び、マゼンタの部屋へと向かっていた。
 またしてもドアが開けっぱなしで、案の定彼女は留守だったので、コッソリ入ってコッソリ石板を持ち出してしまった。
 書庫へ行く途中で、アスターとバッタリ出くわした。

「わ、ビックリした~」
「……お前、やっぱ持ってきたのか。いいのかよ、そんなドロボーみたいなマネして」
「そう言わずにさ。それより、寝てたんじゃなかったの?」
「あぁ、なんか眠れなくてな。……ちょっとそれ見てもいいか?」

 クロエは石板をアスターに渡した。

「アスターだって見たかったんじゃん」
「…………」

 本音を突かれて、彼はそっぽを向いてしまった。

 マゼンタが小走りで戻ってきた。

「! 石板が……!」

 あるはずの物がなくなっていたので、彼女は血相を変える。そして今持っている書物の、とあるページを開き、そこに記されている内容を凝視する。
「間違いないわ。この魔法陣は、あの石板のものと同じ。ココに置いたはずなのに、どこに行ったのかしら? ……まさか、クロエ様たちが……!?」
 埃が舞うほど荒く本を閉じ、何も持たずに廊下に出てピタッと止まる。

 ──いえ、まだ慌てる時ではないわ。もしあの本に書いてあることが真実だとしても、今の段階で『アレ』の復活はほぼありえない。要は、カギとなるアスターさんが石板に触れていなければ済むこと──

「……しょうがねえ。今日は徹夜したろか」
「一人でどうぞ。私は眠くなったら寝るからね」
「自分で持ってきておいて、人任せかよ」
「ちゃんと寝ないと、お肌に良くないんだって」

 歩きながらの会話中、アスターは石板ばかりに目が行っているので、視界の確保が充分とは言えなかった。

「そんなの知るかよ……っとっと!」

 ズデンッ!!
 アスターはうっかり躓き、石板を持ったまま前に転倒してしまった。その際、顔を強く打った。

「いって……」
「ちょっと、大丈夫? 派手な音したけど」

 アスターは、鼻を押さえながら起き上がる。水気を感じて手を離すと、血液が付着していた。

「やべ、鼻血か?」

 アスターが、ハンカチか何かなかったかな、とズボンのポケットを空いている手で漁っている時に、彼の血液が一滴、石板の中央の宝石の上にポタリと落ちた。
 クロエが自分の白いハンカチを手渡した。

「悪い、ちと借りる」

 途端、宝石が赤く光りだした。それに伴い、魔法陣も溝に沿って白い輝きを放つ。

「何だ? 急にコレおかしくなってね?」
「うん……」

 石板から熱を感じるようになってきた。持てなくなるほどではない。

「なんで急に……?」
「俺が知りてーよ」

 宝石部分が、強く三回光った。アスターたちはその眩しさに、目を閉じずにはいられなかった。
 ブワワワワッ!
 巨大化した魔法陣が、石板上に浮かんだ。

「うわ何だ何だ、どーすんだよコレ!」
「知らないよぉ~! アスターなんとかしてよ!」
「なんとかできるワケねーだろ! だから困ってんだろが! お前こそ、何かねーのかよ!?」

 騒々しくウロチョロしていると、裏口へのドアを見つけたというクロエが、急いで開ける。アスターを先に通して、彼女も城の外へ出る。

「熱ッ!」

 石板が更に高温になったので、アスターは前方に投げてしまった。
 表側を天にした石板から数センチ浮かぶ魔法陣は、直径がおよそ十メートルにも及んだ。そしてそこから、光の柱が紫色の空を突き刺すかのように、まっすぐ伸びていった。
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