俺の思っていた魔界と違う

霜月りの

文字の大きさ
20 / 25

20.兎にも角にも戦闘開始!

しおりを挟む
 幾らかの時間をかけて、光が収縮した。アスターたちは空を見上げる。

「何だ……?」
「…………」

 上空に留まったままの巨大生物の姿に、かける言葉が見つからない。
 翼だけでも相当な大きさである。ただ羽ばたかせているだけなのに、それも遠い距離からなのに、吹き飛ばされそうなほどの強烈な風が生まれる。

「どういうことなんだ? 俺ら何もしてないはずのに、なんで突然、あんなデカブツが出てきたんだ?」

 アスターは、巨大生物と石板を交互に見ながら言う。

「グオオオオォォォォ!!」

 耳を塞いでも意味のないほどの咆哮が、二人を襲う。物理的なダメージは受けていないのに、全身がビリビリする。

「おい、ありゃ一体何なんだよ!?」
「私に聞かれてもねー」
「あーもう! 肝心な時にコレだ! しかもなに冷静になってんだよ!」

 アスターが当たり散らしている間に、巨大生物は、息をゆっくり吸い込み始めた。

「クロエ様! 今の声……というか音というか、何事ですか!?」

 マゼンタが駆けつけた。そして、咆哮の主を見て青ざめた。

「遅かった……」

 今にも膝が崩れ落ちそうだった。

「急に石板から出てきた。お前、アイツが何なのか知ってんのか?」

 マゼンタは、巨大なそれを仰ぎ見ながら説明した。
 今から一万年ほど前、彼女が生を受ける前でもあったが、絶大な能力を持つ超巨大ドラゴンの存在が明らかになり、当時の王の側近が、あらゆる手を使ってそれを調教した。対人間用兵器として利用するためだ。
 しかし思惑通りに事が運んだわけではなかった。
 ドラゴンは人間だけでなく、魔族をも襲い始めた。調教が足りなかったか、それとも最初からされてなどいなかったのか。
 圧倒的優勢に立っていたはずの魔王軍は方針を変え、ドラゴンを味方にするのはやめ、討伐の対象とした。
 だが、体長数十メートルにも及ぶ巨体に傷をつけても、すぐに塞がってしまう。ドラゴン──竜族は自然回復能力が、どの種族よりも段違いなのである。
 心臓を跡形もなく砕けば、さすがに死は免れない。が、その周囲にすら辿り着けずに、破壊の限りを尽くす暴君を相手に、次々と軍は弱体化していった。
 ある者は言った。倒せないのなら封印してしまえばいい、と。

「それで、あの石板が出てきたってことか?」
「そうです。そして……」

 ドラゴンをうまく誘い込み、封印に成功した。が、その者は自身の魔力どころか生命力をも使い果たし、静かになった大地の上で息を引き取った。

「暴竜は人間の血を以て甦る──彼の遺言です。この本に書いてありました」
 マゼンタの持つ書物を、クロエは見せてもらった。石板の魔法陣との一致、封印されているものと、そこに至るまでの経緯、解除の方法。それらがこの一冊に記されていた。

 ──俺のせいじゃないか──!

「待て! 転んだのは偶々たまたまだ! こんな大ごとにまでなるなんて、誰が予測できたよ!? 石の中であんなのが眠ってたなんて……。何なんだよ、人間の血って! なんでそんなのを鍵にしたんだよ!? わかってたら、あんなヘマしねーよ!」
「あまり詳しいことは書かれていませんが、石板の処理や執筆を担当した者からすれば、今回の事態は…………想定外でしょうね」

 口内に魔力を蓄えた竜が、首を伸ばした。

「伏せてください!」

 マゼンタが叫ぶと、アスターはダンゴムシのように丸まった。
 ゴォォッ!
 竜は口から太い光線のようなものを吐き出した。
 マゼンタは両腕を斜め上に伸ばし、側にいる者たちを守れる範囲の、半球状のバリアを発生させた。
 ドン!! という爆音の後、数秒間の押し合いの末、光線は消えた。

「お怪我はありませんか?」
「ないよ」

 アスターは返事もせずに、何かを呟きながらまだ少し震えていた。

「あ~あ、やっちゃった……」
 クロエがまずそうな顔をする。三人は無事だったが、城はそうではなかった。竜の攻撃によって、右側(調理場、食堂がある)が破壊されてしまったのだ。

「あらら~。ああなったら直すのに結構な時間がかかりますね。このままでは、お城そのものが破壊される可能性があります。場所を変えましょう」

 マゼンタに続き、クロエが外の階段を下り始める。

「まだ死にたくない、まだ死にたく…………? あ、おい! 待てよ、俺を置いてくなって!」

 城を離れて広い場所に出た三人に合わせるかのように、竜は身体の向きを変える。そして──地上に下り、接近する。

「お、おい、こっち来てんぞ。……って、お前ら石板は!? アレがないと封印できないんだろ!?」

 マゼンタは首を左右に振った。

「いえ、石板を持っているだけでは意味がありません。あの竜に限らず何にでも当てはまることですが、封印には呪文を唱える必要があります。一字一句、完璧に唱えることによって、初めてできることなのです」
「それなら、早くその呪文ってのを……」
「ダメです」
「何でだよ!? アレは結局、味方でも何でもないんだろ? お前らの言うことすら聞いてくれないんだろ? だったら、前の奴がやったみたいに…………ああ、そうか。そいつは命と引き換えにしたんだっけ。ならできねーよな。自分の命は、そりゃ守りたいもんな」

 ──こんなことのために死なれたら、俺がクロエに殺されてしまうかもしれないじゃないか──

「いえ、そうではなく……封印の呪文を知らないので、やりようがないんです」
「え? その本に書いてあるんじゃないのか?」
「どこにも。おそらく、万が一のことを考えて書かなかったのか。それとも、唱えた本人以外は知らなかったのか。……残念ですが、奴を再び封印することは、私たちには不可能です」

 竜を封印できないのなら、どうしたら良いのか。野放しは絶対にできない。魔王の部下が束になっても歯が立たなかったのに、たった三人で何ができようか。ましてや自分は戦力に数えられないと、アスターは強く目を閉じて奥歯を噛む。

「だったらさ……」

 クロエが動き出す。風が、ポニーテールの髪と黒いマントを揺らす。

「倒せばいいんだよ」

 いつになく鋭い目つきで、対象を睨む。アスターには、彼女が本気のように見えた。

 ──言うだけなら誰にだってできるだろうけどよ──

「おい!」

 アスターは止めようとするが、逆にマゼンタが防いだ。

「私たちは見守っていましょう。私も戦闘能力はそこそこあると自負していますが、アレを相手にするのは、正直言って荷が重いです。どこかでサポートにまわれたら、その役目に徹するでしょう」

 クロエと竜が対峙する。全長三十メートルはありそうな竜からしてみれば、身長百五十七センチメートルの彼女など、まるで蟻のようである。
 助走をつけて、クロエが走る。右の拳に黒い電気を纏わせて。
 ダンッ!
 思い切り踏み込み、跳躍する。彼女の狙いは膝。そこに衝撃を与えて、バランスを崩すことを試みる。
 ドォン!
 素手での攻撃とは思えないほどの音が、周囲に響く。クロエは着地し、様子を見るが──
 竜は動かない。攻撃を受けた箇所には、早々にあざができた。が、数秒で完治してしまった。
 何かしたか? とでも言ってきそうである。
 クロエの方は、右手に生じた痺れが取れるのを待っている。思っていたほど、ダメージを与えることはできなかった。

「マジになってブン殴っても、アレじゃなー……」
「本気ではありませんよ」
「え……」

 アスターは別の意味で青ざめる。

 ──あれで手加減してるだと!? あんなのくらったら、俺だったら一発でダウン確実だぞ。じゃあ、本当に本気出したらどうなるんだ──?

「実は私も、よくわからないんですよ。一度見せてもらったことはあるんですけど……。確か途中で私が、もういいって言って止めたんです、怖くなって。もし最後まで見ていれば、クロエ様の実力が計り知れたかもしれませんが……。私、こう見えて魔族の中では高位の方なんですよ。なのにらしくないことをしたものです。もったいなかったな~、あんなにビクビクするなんて」
「……知るかよ」
 なぜ、止めてしまったのだろう? マゼンタが恐ろしさを感じるほどの力を、あのクロエは持っているのか。
 誰でも、本気を出す時は気合を入れたり、精神を統一してそれらしきオーラを発生させたりする。通常の狩りで雑魚を一発で葬るクロエの姿は、どう見ても本気ではない。だからと言って、何割分の力を出しているのかなど、アスターが知るはずもない。
 
 ──さしずめ、俺がわかったのは、その高位の魔族がビビり散らすほど、アイツはずーっと強いってこと……か──

「それじゃ、本気になったところを見せるように頼んでみるか? いい機会じゃねーか」
「実験台としては……申し分ありませんね。では、クロエ様が戦いやすい環境をこちらが作らなければ。タダで見せてもらうのは、いくらなんでも図々しいですからね」

 マゼンタは短剣を鞘から引き抜き、臨戦態勢に入る。
 竜の身体はデコボコしているので、場所によっては、手で掴めたり足をかけることができる。その特徴を利用して、クロエは数回に分けて飛び移り、竜の腹部を攻撃できる位置に来た。
 またも激しい音と共に、クロエの拳が左脇腹にヒットした。
 通常なら大ダメージのはずが、この無表情の竜には効いているのかすら疑問である。
 ゴォッ!
 竜の胸の辺りを、炎が包む。
 クロエが振り向くと、それがマゼンタによるものだとわかり、表情がわずかに緩む。

「微力ながら、私もお手伝いします」

 これで二対一となった。
 
 もう何度も打撃を与えている。しかし手応えが感じられない。
 奴の身体は、硬い鱗で覆われている。竜とはそういうものであるが、奴のそれは、普通の何倍もの強度を誇っていた。
 マゼンタの炎は、鉄を溶かすほどの力を持っている。が、それを浴びた部分は既に回復が終わっていた。

  ──二人がかりなら、なんとかなるのだろうか──?

 アスターには逃げるという選択肢もあったが、この戦いを見届けたい気持ちの方が上回った。
 マゼンタが反時計回りに走る。そして竜の脚、腕の順に跳び、空中で顔面に向けて炎を放つ。
 竜の視界が赤に染まる。うつ伏せのようになってひるんだ隙に、反対方向にいるクロエが、顎を砕きにかかる。

「グウッ!」

 渾身の一撃が、効いたように見えた。しかし直後にぬか喜びに変わる。
 竜は身体を起こし、長く太い尻尾をブン! と振り回す。クロエたちは、容易にこれをかわした。
 すると竜は、二人とは別の目標へと向かっていった。

「うわわわ! なんでこっち来るんだよ!?」

 奴が目をつけた相手はは、アスターだった。武器を取ろうともしない少年は、追ってくるものに背中を向けて猛ダッシュ。

 ──俺何もしてねーだろ! あっち行けよ! やべーよ、こんなの相手にできるわけねーだろ! 死ぬ死ぬ! あーもう、アイツら何やってるんだ。早く何とかしてくれよ。本気でやってくれよ──!

 人間の走る速度よりも、竜の吐く光線状のブレスが地表にぶつかるまでの速度の方が上回っている。二度目のそれは、アスターに命中──するはずだった。実はそれよりも速く、クロエが動いていた。
 彼女はアスターを、ギリギリのところで光線の軌道の外へ押し出した。彼女はというと間に合わず、右の大腿部に、炎にも匹敵するほどの熱い衝撃を受けてしまった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

グレート・プロデュース  〜密かに国をコントロールする最強のエージェントは、恋に落ちた王女を大帝王に即位させることができるのか?〜

青波良夜
ファンタジー
魔法と、魔導科学が進んだ強大な国、グランダメリス大帝国。 俺は、この国を陰からコントロールする秘密組織でエージェントとして働いている。 今回の任務は、豪華客船で行われる密売の現場を探ることだった。 その任務の途中、俺は第三継王家の王女『メリーナ・サンダーブロンド』と出会うことになる。 メリーナ王女は婚約しようとしていたのだが、俺の軽はずみな行動が彼女の運命を変えてしまった。 その後、なんやかんやあり、俺はメリーナ王女に惚れられることに……。 こんなことは、エージェントとしては絶対にあってはならないことだ。 というわけで、俺はメリーナ王女と別れ、二度と会わないよう工作をした。 それなのに、まさか再び出会うハメになるなんて……。 しかも次の任務は、メリーナを大帝王に即位させることだって!? ――これは最強のエージェントが、乙女の恋心に翻弄されながら、過去最難関のミッションに挑む物語である。 ※『ノベルアップ+』、『ネオページ』にも投稿してます。 ※『小説家になろう』『カクヨム』に投稿し、一度完結済みとなった作品です。

処理中です...