俺の思っていた魔界と違う

霜月りの

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22.参加してみた!

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 一体どこまでが『普通』なのか、基準が曖昧になりつつある。
 例えば、柄を握った時。その辺に落ちている木の枝を掴んでも何事もないように、自由に、自分の意思で手を緩められるか。
 その刀身を外気にさらした時、その目で見つめた時、木の枝で地面に落書きをしようとする瞬間のような、穏やかな気持ちを保てるか。
 行動しなければ答えは出ない。
 皆、戦っている。竜の視点で考えてもそうだ。アレも言ってみれば、二人の魔族と戦っているのだ。
 アスターだけが、何もしていなかった。
 不慮の事故とはいえ、竜を復活させてしまったのは、彼だった。
 大昔の魔族は、そいつを倒すことを諦めた。並の人間ならば、出会ったら絶望しか許されないと言われるほどの存在である魔族。それが封印までしかできなかったという、あの巨大な竜。
 倒す方法はあり、誰もが同じことを考えていた。
 どんな生き物も、心臓が止まれば命が終わる。この臓器さえ潰してしまえば、いかに巨漢であろうと結果は同じ。葬る方法は至って簡単なのに、誰もできなかった。人間を凌駕する力を持つ種族でさえも、あの鋼鉄にも勝るとも劣らない鱗の鎧を突き破ることはできなかったのだ。
 それだけ、あの竜は強いのだ。
 
 ──俺に何ができるってんだ。いや、きっと何も……。けれどこのまま突っ立ってて良いワケがない。やるんだ。ちょっとだけ触れてみるんだ。遠くから見ているだけが許される時間は、とっくに過ぎていると思うんだ──

 一、敵に背を向けて逃げる。
 二、戦闘に参加はせずに、クロエたちを応援する。
 三、自分も戦う。

 この三つの中から選ぶタイムリミットは無いようで、有る。
 アスターは一番目を強く希望したかったが、三番目がやけにチラついて、ついには押しのけてしまっている。
 もしもこの剣に何か仕掛けなどがしてあるのなら、それに賭けてみてもいいかもしれない。自身に何かが起こっても、あの二人が何とかしてくれるかもしれない。勢い余って殺されてしまう可能性も、ゼロとは言い切れない。
 この剣を鞘から抜くことが、アスターにとってどれほど重労働か。
 あれほど疑っていたのに、どうして。

 ──どうして俺は今、剣をとってしまったんだ──

 アスターは右手で、マゼンタからもらった剣をしっかり握る。
 そのままの状態で、十秒、二十秒、三十秒……。
 時間は確かに経過しているのに、彼の身体は異変とは無縁のようだった。

 ──何ともない──!?

 声にならない驚きを見せる。
 剣を少し持ち上げ、先端から柄のお尻の所までチェックする。どう見ても、ごく普通の剣としか言いようがなかった。呪いのオーラなどは、剣の方から『無理です』と言っているかのようだった。

 ただの剣とわかれば、ありがたく使わせてもらうしかないと、手のひらを返すアスター。

「うおおおおおお!!」

 中段の構えで、気合の声と共に、戦いの輪の中に突入する。

「アスターさん!?」

 先に驚いたのはマゼンタだった。
 ただの平凡な人間であるアスターが剣を握っても、世界が変わるわけではない。万が一彼女たちに刃が向けられたとしても、それは食事中に一匹の蟻が入ってくるのと同じくらい、どうでもいいこととして処理される。この延長上にあるのは、繰り返しやってくる日常。それでも、

「アスターさん、やっとそれを使ってくれるんですね。私、待ってた甲斐がありましたよぉ~」

 このメイドにとっては、嬉し泣きするくらいの出来事だった。

「お前を喜ばせるためじゃねーよ、勘違いすんな。まったく何もしないってのも胸糞悪い。そんでそのストレスがずっと俺にまとわりつく。そんなんじゃ生きづらいから、仕方なくちょっとだけ、ほんっとーにちょっとだけな。うん、一回だけ。軽くチクッと刺したら俺のターン終了な」
「あら、加勢してくださるとは頼もしい。それじゃ、ここは任せてみようかしら♪」

 二人のどちらかが動くよりも早く、周りが薄暗くなった。

「…………へ?」

 アスターの頭上に影が迫る。竜が、光線ではなく今度は炎を吐いた。
 ゴオォーーーー!! と激しい音と共に、炎が右から左に広がる。

「のわーーーーーーッ!!」

 アスターは剣を持ったまま、全力で先程までいた場所まで逃げ帰ってしまった。
 
 ──ああもう、本当に何やってんだ、俺! それじゃダメだろう。ほんの一発でいいから、攻撃を当てる。そのためにあそこまで近づいたんだろうが──

 アスターは時を追うごとに、この戦いに参加する義務を感じていた。手柄は、クロエやマゼンタにくれてもいいと思っている。ただ、何もしなかった以外の結果が欲しかった。
 もらった剣が、良い意味で何の変哲もないものだったのは幸いだった。彼はもうそれを、自分の所有物に入れることを決めていた。
 剣の腕は並以下でも、立ち向かって知りたかった。あの竜の硬さを、自分自身が直接攻撃することで。
 竜が自分の正面を向いていないことを確認した上で、彼はもう一度構え、突進する。
 距離が縮むにつれて恐怖感が強くなる。尻尾が下を向いているので、しめた、とばかりにそこに斬りかかる。
 ガギッ。
 鈍い音がした。むしろ刃の方にダメージが行っているのではないかと思ったが、幸い刃こぼれはしていなかった。
 
 ──なんて硬いんだ。竜ってのはこういうモンなのか? それともコイツが特別なのか? ……そうだよな。でなきゃ封印なんてケチくさいことしないで、普通にやっつけちまうよな──

 アスターは、竜が気づかないうちにもう一振りしたかった。尻尾の真ん中辺りが狙いやすかったので、剣を思い切り振り下ろす。
 ガィィイイン!

「あ……」

 ピリピリした痛みが、両手に広がる。刃と鱗がぶつかり合った衝撃で一時的に麻痺してしまったのだ。剣がポロリと落ちる。

「危ね、コレがないと……」

 急いで武器を拾い上げ、竜との距離をある程度開ける。
 マゼンタの声なら届きそうだった。

「アスターさん、無理はしないで! コイツがただの魔物でないことは、わかっているでしょう!?」

 唸り声を出す竜にかき消されないよう、マゼンタは少し大きめの声で話しかける。
 もちろん、アスターにもわかっていた。傷の治りが魔族の何倍も早いだけでなく、切断された部分が何もせずに再生されたという、生物学上あり得ない、しかし三人の眼前で行われた真実。これのせいで、マゼンタの攻撃は、相手を潰すというより、自身を守るための行動でしかなくなっていた。

「わかってるよ。こんなデタラメな奴、聞いたことすらねーよ。けど……!」

 倒すしかないと、クロエも言っていた。肝心の彼女はというと、そういえば斬撃の音が耳に入ってこない。
 竜はクロエを潰すつもりで、右の前脚を上げた。彼女は察したのか、少ない動きでかわすことができた。
 視覚を奪って惑わせるつもりで、断続的に放たれるマゼンタの火による攻撃。しかし眼球とその周囲の回復力も、他の部位と差はなく、ものの数秒で竜は本来の視力を取り戻してしまう。
 いたちごっこはタダでは終わらない。術者の魔力が無駄に持っていかれるだけである。埒があかないので、術に頼るのを一旦やめて、赤髪のメイドは短剣を握り直す。
 黒いマントの少女は、竜の左脚を斬り落としてからは、特に大きな動きは見せていない。相手の動作を凝視して、避けられそうな攻撃は避け、不可能だと判断すれば、持っている剣で打ち払っている。
 彼女には何か考えがあるのだろうか。マゼンタと違って何も仕掛けてこないし、アスターのように事あるごとに逃げ腰になったりもしない。
 アスターは、しかしそんな彼女に近づくことができなかった。
 鬼のような形相をしていたわけではない。もしも、竜がアスターには一切触れないという条件が発生したならば、クロエの表情の観察ほど簡単な仕事はない。
 ──遠くから見ているのならば。
 一定の距離以上近づくと、アスターの体が自動的に停止してしまうのだ。この原因は彼にはわからない。
 彼女自身、竜の気をアスターに向かせるつもりは毛頭ない。干渉もしていない。自分の世界で躍る彼女は、まるで何かを待っているかのようにも見える。
 クロエとマゼンタ。アスターにとってどちらも恐怖の対象であるのに、どうして今、二人を同等に見られないのか。どうして彼は、マゼンタの方にばかり行かなければならないのか。
 クロエとも何か話をしたい。他愛のないお喋りは以ての外だと重々承知している。そうではない。目の前の敵の話題一色でいい。言葉がブツ切りになっても構わない。余裕のある会話などという贅沢は、これっぽっちも望んでいないというのに。
 氷よりも冷たい空気が、行く手を阻む。目には見えない例えようのない圧力が、アスターの中の危険信号を勝手に灯す。
 なぜ今、アスターの意思とは裏腹に、体がクロエとの接近を拒むのか。やはりマゼンタに訊ねるしかないのかと、彼はメイド服に話しかける。喉に余計な力が入る。

「俺も何かしないといけない気がして……」
「お気持ちは既に受け取っています。その剣、似合ってますよ」

 世の中、武器は剣だけではない。槍、弓、ハンマーなど、幾多もの種類が存在している。
 アスターは昔から、剣を最も好んでいた。平和な農村で暮らしていく上では必要ないかもしれないが、何かひとつ持つとすれば、剣一択だった。だから物置小屋のそれを見て、他を欲しがることはなかった。
 マゼンタから片手でも持てるほどの軽い剣を受け取ったのは、偶然だったのかもしれない。が、実際に扱ってみて彼は知ってしまった。恐ろしいほど自分にピッタリだということを。
 だから言われて嬉しかった。平凡な奴には平凡な武器を、という皮肉も頭の中にあったかといえばあったが、それも許せた。
 けれど、別の問題があった。
 その『平凡な武器』ではどうすることもできない存在を、視界いっぱいに入れていることだった。
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