俺の思っていた魔界と違う

霜月りの

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24.終わる時

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 クロエに近づけなかった理由が判明した。
 彼女は準備をしていたのだ。おそらくは切り札。最終手段かもしれない。二色の稲妻のようなものの前で、側近のメイドですら、その目に怯えの色を見せていた。

「一年前、私がお願いして、あの力を出してもらったことがあります。体は起きていても、脳が出遅れている状態が何日も続いたので、喝を入れさせるためにも。
 実は、クロエ様はあの力を完璧に使いこなせるわけではないんです。昔、先代の魔王様から話を聞いてその存在を知って、是非ともこの目で見てみたいと申し出たのですが、心身ともに幼いクロエ様では制御しきれず、暴走の恐れもあり得ると言われて……」

『暴走』の一言で、アスターは一度だけゾクッとした。

「アスターさん、さっきからの様子からして……本当はクロエ様に話しかけたかったんでしょう? けれどあなたは躊躇を重ね、結局は私の所で止まってしまった。当然……と言ってもいいでしょう。並の人間が、むしろ逃げずによくここに踏み止まったままでいられたな、と感心してもいいくらいです」
「逃げていいんだったら、俺は迷わず背を向けてただろうな。けど、今となっては遅い。そんな自分から損するようなことはしねーよ。
 そりゃさ、見てるだけでも怖いよ。俺に向けられてるんじゃないってのに。敵はあのデカブツだ。これから何が始まるかなんてこたぁ、サルでもわかる。
 今だって……俺はこんなにも恐ろしい気持ちでいっぱいだっていうのに、この続きを見たくてしょうがないんだ。いや、ココにいるんなら見届けるべきなんだって思うようになっちまったんだ」

 アスターの体は小刻みに震えているが、顔は笑っていた。

「応援ってのは、デカい声張り上げればいいってワケでもねーだろ?」

 ──ああ、これが『武者震い』ってやつなのかもな──

 膨れ上がるクロエの闘気に、地上の砂粒さえも蜘蛛の子を散らすように流れていく。

「中身が、という意味でちょっと強くなりました? でなければ、そんなことは言えませんよ。
 クロエ様に直接話しかける必要は、今はありません。かえって集中力を途切れさせてしまいます。何か言っておきたいことがあったら、どうぞ私に」
「そんじゃさ……」

 一年前はどうだったのか、話せる範囲でいいから聞かせてほしいと、アスターは願い出た。

「あの時は急でしたから、クロエ様も上手くできたとは思っていなかったようです。敵の殲滅ではなく、私が見てみたかっただけという、実にくだらない理由だったのがいけなかったんですけどね。
 けど私もアスターさんと同じ。その名を聞いただけで体も心もゾワッとするものを、見たい……というよりは、私の場合は見るべき、ちゃんと知っておくべきと言った方がいいですね、側近として」

 アスターはクロエの部下でも上司でもない。友達になったわけでもなく、敵という位置付けが近いものの、クロエがそれを否定するような言動をとっている。
 
 ──俺はアイツの何なんだ? アイツは俺からして見れば、命の恩人くらいなら思ってもいいかもしれない。けど、たったそれだけの関係だろう? マゼンタに比べたら、実に薄っぺらい。赤の他人も同然。なのに、いつから俺は、とうとう本気出してきたアイツを見守りたいって思うようになったんだ? それも最後まで。
 ……いや、違う。見守りたいんじゃない。俺は……今だから離れたくないんだ。見られなくなってしまうじゃないか、大事な瞬間を。
 これは勘だが、次にアイツの攻撃がヒットした時が…………最期だ──

「例えば手のひらから少し、となれば、周囲への影響はわずかでしょうけれど、全身から放出させるとなると、そのエネルギーだけで城の壁や天井が崩れてしてしまう恐れがあると見て、外で試させました。どうせなら派手なのを見たいと思いまして。私も、言ってみれば服を着た欲の塊ですからね」

 マゼンタが苦笑いを交えて話している時でも、アスターは巨竜とクロエを見つめたまま、表情をほとんど変えられなかった。

「……うんうん、あの時よりは見れてます。この私ですら、おっかなびっくりですよ。この距離からでも体がピリピリしそうです」

 巨竜もたじろいでいる。クロエはその場から動いていないので、攻撃のチャンスはあったはずなのに、向かい合っている巨体は何も仕掛けてこない。

「でっかい力ってのは、制御が難しいんだろ? 大丈夫なのか? ……いっぱい練習したとか?」

 マゼンタは否定の仕草をした。

「汗水垂らして特訓という概念があるのは、人間ぐらいでは? クロエ様は理由がない限り、あの力をお見せすることはありません。剣も然りです。クロエ様が今、どんなことを考えておられるのかはわかりませんが、ひとつ、予想できることがあります」
「何だ?」
「この戦いは……間もなく終わるでしょう。見てください」

 マゼンタが指さした先には、クロエに炎を浴びせんとする竜の姿があった。
 ゴオオォォ!!
 凄まじい熱量が、なお不動の少女を襲う。

「おい!」

 避けろ、とアスターが言いかけるも、マゼンタに止められた。

「ご心配なく」

 炎が稲妻の壁にぶつかった。それはクロエの体に届くことはなく、あらゆる方向に拡散した。
 アスターの肩の力が抜けた。
 続いて竜は、数歩前進して右の翼を振り回した。
 ブンッ! という空を切る音が、アスターたちにもよく聞こえる。
 クロエはそれでも動こうとしないので、アスターに余計な緊張が走る。
 バチィッ!
 弾け飛んだのは、竜の翼の方だった。よく見ると、稲妻が触れた部分に傷がついている。しかし、それはものの数秒で高速回復した。
 竜は体を宙に浮かせた。その距離数十メートル。別の攻撃方法を思いついたのだろう。アスターたちも、それに合わせて顔を動かす。
 竜の胸元に、赤い魔法陣が出現した。
 直後、その声を聞いただけで吹き飛ばされそうなほどの咆哮を上げる。
 魔法陣が光り、赤い電気を帯びた同色の炎が、クロエに向かって放たれた。
 目を閉じて耳を塞ぎたくなるほどの衝撃音。地面が抉れてしまうのではないかというほどのエネルギー。それをクロエは、剣一本で受け止めた。この時も片手だった。
 ガリガリガリ、という音と共にがれているのは、黒か赤か。
 クロエは自分から見て横になっている刃の向きを変えるべく、腕を引く。そこから両手持ちに切り替え、口で息を吸う。

「…………」

 彼女が竜に向けて呟いた言葉は、アスターたちは残念ながら聞き取れなかった。
 そして──
 剣を介して放たれた黒と銀の力は、いとも簡単に炎を穿ちつつ、竜へと到達。奴が次の呼吸をする間もなく、胸部を貫いていった。
 大穴を開けられた竜が、ちる。建物が崩れるような轟音と同時に、大地が振動。多量の砂埃が低く舞う。
 まるで世界の時間か止まったかのように、全員が静止していた。
 何があったのか、わかっているのかいないのか、それすらもアスターはわからないでいた。
 自然回復能力にこの中では最も優れているはずの竜が、まだ動きを見せない。

「!」

 突如、マゼンタが走り出した。竜の傷を見て、適当な箇所に触れて確認する。
 アスターも、今なら大丈夫だろうかと、歩いて近づき、指先だけでちょん、と突く。動いていた時はあったツヤはなくなり、ザラザラしていた。

「アスターさん、遠慮なく触って構いませんよ。それこそ、指紋が目立つくらいベッタベタと」
「いや、そこまでする気ねーから。いくらやっつけたっつっても……」

 ──んん──?

 マゼンタは微笑み頷き、クロエは剣を鞘に収めている。
 アスターはもう一度、今度は手のひらを竜の上に置く。鱗がポロリと剥がれた。それをつまんだ指に少し力を入れると、粉々になってしまった。
 アスターの右側から吹いてきた風が持っていった細かいものは、砂埃ではなく竜の体の表面だった。

 ──ああ、そうか──

 何ということはない。何の疑問も持たなくていい。
 この巨体はもう、永遠に動くことはない。それが、今ここにある真実。
 竜は死んだのだ。一人の少女の手によって。
 それ以外は、何もなかった。

 ──終わったんだ、本当に──

 アスターは嬉しくなった。嬉しすぎて腰が抜けた。口が開いていても言葉が出てこないので、そっと閉じた。
 クロエの周囲にあった冷たい空気は、今となってはどこへやら。彼女がアスターのいる所へと歩き始めたが、もう恐怖はない。アスターを襲うものは何もないはずだったのだが。

「な、なあ、アイツ大丈夫だろうな? 俺らに何かしたり……しないだろうな!?」
 マゼンタはクスクス笑って言った。

「しませんよ。クロエ様が我々に手をくだす理由がありまして?」
「いや、何つーか……」

 アスターは、クロエの瞳が銀色に変わったことを気にしていた。本気を出すとああなるのだろうと思って、戦いの行方を見ていたが、もしもまだ正気に戻っていなかったら、と危惧していた。

「たいしたことじゃないんだ。単に俺がビビりなだけかもしんねー。新しい火種なんて、あるワケねーんだ」

 目をそらしながら話すアスターが、今になって何を気にしているのか。マゼンタはたやすく察することができた。

「ええ、ありませんよ、何も」

 クロエの歩みが止まると、アスターと目が合った。
 いつも通りの、黒い瞳の少女がそこにいた。

「……ああ」

 ──俺の思い過ごしか──

「お見事でした、クロエ様」
「うん」

 ──まぁ、こっちが勝手に危険物認定してただけなんだけど──

 クロエは右腕を押さえている。
 エネルギーを一時的にそこへ集めたせいで、かなりの負荷がかかってしまったようだ。疲労によるものと、痛みが事由となっているもの、二種の汗が額に混在している。
 痛いと言っているわりには、喋りに余裕があるクロエ。文句も飛び出している。アスターが不安がっても、放っておけばそのうち治ると、まるで真剣さがないマゼンタ。
 
 ──うん、本当にそうだ──

「……ですから、再生の余地がなかったんですよ。そうなれば、あとは滅びるしかありませんかたね」

 心臓を粉々に砕く、否、粉──微粒子すらも残らないようにするのが正解だった。クロエとマゼンタは、その話をしていた。

「だったら、昔の人もそうすればよかったのに。封印なんて、聞こえはいいかもだけど、結局は逃げただけじゃない。別の時代に丸投げしてさ」
「それ以上の方法が存在していなかったんですから、仕方ありませんよ。答えを実現させた『黒銀の雷』は、誰にでも与えられる能力ではありませんし。
 その、数千年に一度レベルの特別な力を持って産まれてこられたクロエ様だからこそ、この件に終止符を打つことができたワケでして」
「……そうかもね」

 クロエは、弱い風でゆっくりと崩れていく憐れな巨体を一瞥してから、左手を解放する。痛みがやわらいだようだった。
 
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