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第一曲:微睡ミノ幸セ

ー前半―

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 1397年にデンマークを上位国として、スウェーデン、ノルウェーの北欧連合であるカルマン同盟が結成してから70年以上が過ぎた1471年。
時のデンマーク王クリスチャン一世は、度重なるスウェーデンの反乱によりカルマン同盟が弱体化してしまうことを阻止するために、スウェーデンに出兵するもこの戦いに敗れることとなり、両国間で30年の平和な時代が訪れた。
 しかし、この平和は1518年をもって終わりを告げた。
スウェーデンの独立運動の指導者がデンマーク側に付いている僧侶を手荒く扱ったのである。
これを好機とみたクリスチャン二世はスウェーデンに出兵したが、反乱軍の攻防により、またもスウェーデンに敗れる結果となった。

 それから時が過ぎた1520年の秋―。

 スウェーデン南部のダーナラ地方のモーラ。
一際大きな屋敷であるエリクション家の庭から木製の打撃音が激しく響く。
銀髪の青年と金髪の少年が木刀で戦いをしていた。
「エドガー。重心が上がっているぞ!!
そんなんでは、二打、三打目は防ぎきれないだろ!!」
 銀髪の青年が、金髪の少年・エドガーを叱責する。
エドガーは青年の叱責を受けて重心を下げようと心掛けようとするも、上手に青年の剣を裁くことが出来ずに苦心する。
 そんな折に、青年の一打が甘くなった。
エドガーは攻めの好機と思い、青年との間合いを詰めようとしたその瞬間……

 ―世界が揺らめいたー

 何が起こったのか、理解した時にはもうエドガーの身体は地に着き、目の前には木刀が突きつけられていた。
完全なる敗北である。
「大丈夫か、エドガー?」
 銀髪の青年は、軽々と片手で倒れたエドガーを起こし、背中に付いた土を優しく払った。
「あぁ、悔しい!!
何度やっても兄上に勝てない!!
たまには手加減してくださいよ!!!!」
 エドガーは少し不貞腐れながら兄である銀髪の青年を見上げた。
「バーカ。
手加減なんてしたら、実際に戦場に赴いた時にすぐ殺されてしまうだろ。
今の内に、実戦の感覚を掴んでおかないと生きて帰ってこれないぞ」
 青年はエドガーの頭を撫でながら諭した。
そんな二人の様子を少し離れた所で見守っていた銀の髪をした女性が口を開く。
「スウェーデン国内でも1、2を争う剣術の実力者であるハーラント兄様に勝てるわけないでしょう、エドガー。
それよりも私は、練習に夢中になり過ぎて二人が怪我をしないか、ヒヤヒヤしました!!
気を付けてくださいね」
「すまない、ユリア」
「ユリア姉様、ごめん」
 二人の男は、自分達の間に入ってきた女性に率直に誤った。
その言葉を聞けて満足したのか、銀の髪をした女性・ユリアが微笑む。
 ハーラントと呼ばれた銀髪の青年はユリアを抱きしめて、おでこに口づけをした。

 スウェーデン国内でも指折りの貴族であるエリクション家。
騎士である家長フレデリクには自慢の子供が三人いた。
 長子であるハーラントは、武芸だけでなく学にも才のある青年で、北方の小国に留めておくのではなく、フランスやイタリアなどの華のある国で活躍して欲しいと願う位の逸材である。
 長女のユリアは外見の美しさもさることながら、気立ての良い内面を兼ね備えた女性へと成長を遂げた。そんな彼女がフランスの貴族の元に嫁ぐことが決まった時、父であるフレデリクは男泣きをした。
 末っ子であるエドガー。平和な時代に生まれた彼のためにも、スウェーデンを安定させねばならないと、そしてエドガーには幸せの中で持ち前の明るさでのびのびと育っていって欲しいと切に願っていた。
 この三人の自慢の子供達は他の貴族の子供達と違い、互いにとても仲が良かった。
特に、末っ子であるエドガーの兄への敬愛っぷりは見ていて微笑ましいものがある。お陰で、エリクション家はお家騒動とは無縁である……。
スウェーデンが平穏であれば……!!!

「俺も兄上みたいな騎士になりたい!!」
 エドガーはハーラントを見上げながら、いつもの決まり文句を言う。
そんな弟に対してハーラントは笑顔で答える。
「そーだな。エドガーには俺以上の立派な騎士になってもらわなくてはな」
 しかし、笑顔でいられたのもここまでだった。
次の瞬間には、険しい顔立ちになっていた。
「今はまだ、デンマークは大人しくしているが、それもいつまで保つか解らない。
だが、必ずまたデンマークは何かをしてくる。スウェーデンを独立させないために!!
しかし、俺たちはいつまでもデンマークに従順であってはいけないんだ。スウェーデンは独立しなければならないんだ!!
そして、独立という花を俺やエドガー、若い世代で咲かせて、父上にプレゼントしよう!!」
 ハーラントの熱い想いにエドガーは深く頷いた。
 ハーラントは1518年の戦争に騎士として初陣を勝利で飾るも、決して満足のいくものでは無かった。
スウェーデン自体はデンマークに勝ち切れず、未だにデンマークの支配下にあるからだ。
 今年で21歳になった彼は、口ではエドガーに騎士になって独立運動に参加するよう言うが、本音では戦場に赴いて欲しくはない。あの、明るく優しい末っ子が、戦場で人を殺せるのか、非情になれるのかが疑問でもあるし、ハーラント的にはなって欲しくはない。

『汚れた血なら、いくらでも俺が浴びる。
俺だけが浴びるから、ユリアやエドガーは平穏に暮らさせたい!!』

 長子として、ハーラントは結婚が決まった妹と、そして、自分をまっすぐ慕ってくれる弟を戦争から守ろうと改めて決心した。
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みんなの感想(1件)

堅他不願(かたほかふがん)

 はるか時代が下った16世紀頃からスウェーデンは隆盛し、18世紀にロシアに敗れるまで北欧の覇者になったのを考えると主人公達の言動にも大きな歴史の予兆を感じます。

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