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あたしらが事件を起こしてどうすんだ!?編

第11話「変身! カバさんパニック!? その6

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 ユイったら、どこに行ったのかしら?
 ざわつくみんなをなだめながら私――近衛綾奈は思った。
 カバを見た、カバはいた、と衝撃的な発言をしてから、
「まだきっと近くにいるはずだから、あたしが探してくる!」
 と、教室を飛び出して行ってしまった。
 学校の中にカバがいるなんて……と思うけれど、ユイが証言する以上、それが事実なんだと信じたい。
 でも……ほんとうに、こんなところにカバがいるの……?
 まともに考えれば、動物園でもないのに、カバがいるわけないのよね。
 ユイを信じたいけれど、うう~~ん……。
 ……お願いよユイ。
 ほんとうに、カバがいるのなら、その証拠を見せて。
「みんなああああ!! カバがいたよおおおお!!」
 え!? な、なに!? いまの校舎を揺らすほどの迫力の大声は!?
「ユイちゃんの声だ!!」
「ああ、間違いない!」
 ユウとタクヤも気が付いた。
 そう、いまの大きな声はユイの声だ。
 いったい、なにごとなのよ。
 カバがいたって、どういうこと!?
「カバさん!! また会えるんだ!!」
 リンが真っ先に教室の外に飛び出した。
「外から聞こえてきたぞ! 友永が、カバを見つけたんだ!」
 それに続いてタクヤも教室を出ていく。
 クラスメイトの子も、続々と教室の外へ。
「ボクたちも行こう!」
「ええ!」
 ユウと私も走り出した。
 ダダダダダダッ!!
 学校中の生徒が、なんだなんだと大急ぎで校舎の外を目指しながら走って行く。
「って、ダメよ! 廊下は走っちゃダメ!!」
 そうだった! 私は委員長であり風紀委員だわ!
 廊下を走っちゃいけないっていう校則をみんなに守らせ自らも守らなければならない立場だった!
「みんな! 廊下を走らないで! 転倒したら大変よ!」
 そう注意するもののお祭り騒ぎみたいな状態のみんなは、まるで聞いちゃくれない。
 私の言う事を無視して、どんどん走って行ってしまう。
「ああ、もう!! 全員、校則違反よ!!」
「はは……。風紀委員も形無しだね」
 となりのユウが苦笑する。
 ユウも廊下を走っていたけれど、私が注意を呼び掛けると、それを聞いてくれて止まってくれた。
「はぁ……いま風紀委員の言うことを聞いてくれるのは、ユウくらいなものね」
「まあ、しかたないよ。みんな頭の中は、さっきの大声のことでいっぱいなんだよ」
「……ねえ? ほんとうに、カバがいたと思う?」
「ふつうに考えたら、そんなわけないと思うけど……でもユイちゃんが言うんだから」
「信じるしかないわよね。限りなく非常識な話しだけど」
「ともかく、外に出てみよう。まずは、それからだよ」
「そうね」
 私は急ぎつつも走らないように気をつけながら、校舎の外を目指した。
 その途中――、
「か、カバだぁぁぁぁ!?」
「カバがいるぞぉぉぉぉ!?」
「ほ、ほんものなの!?」
 グラウンドの方から、みんなの驚く声が聞こえてきた。
「「ええ!?」」
 ユウと私は顔を見合わせた。
 ま、まさか!? ほんとうに!?
「急ごう!!」
「急ぎましょう!!」
 もう風紀委員だとか校則だとか言っていられない。
 ほんとうに、カバがいたとしたら大変な事件だもの。
 事実を確認しなきゃ! ていうか、ほんとなら私もカバが見たい!
 ダダダダッ!!
 急いで靴を履き替えると、玄関からグラウンドへと飛び込むように走る。
 もうすでに、たくさんの生徒たちがグラウンドに集まっていた。
 ???
 みんな上を見上げてるわ。
 私もつられて、みんなが見ている方向に視線を向ける。
「ええ!? あれって、カバ!?」
 正直、信じられないことだけど、カバらしきものが、たしかに校舎のてっぺんに立っていた。
「ユウ! あれって、カバよね!?」
「た、たぶん!! あの色と形はカバだよ!」
「そ、そうよね……カバよね」
 ユイの言うことは真実だった。
 ほんとうに、学校の中にカバがいたなんて……。
「か、カバさん……かわいい!」
 群衆の中で、リンが目をキラッキラに輝かせている。
 大のカバ好きのリンがこれだけ感動しているのだから、あれはきっと本物のカバに違いないわね!
「おい! 口を大きく開けたぞ!」
 と、タクヤ。
 なにかするつもりかしら?
 みんなの注目が、いっそうカバの方に向けられた。
「ぐおおおおおおおおおおおお!!」
 か、カバがほえた!?
 なんてすごい迫力なの!?
 まるで空気が震えるようだわ!?
 あまりの音量に、私も周りの子たちも、思わず手で耳をふさいでしまうほど。
 そんな中、この子だけはちがった。
「す、すごい! なんてかわいい鳴き声!!」
 り、リンってば……。
 カバの声をあますところなく味わおうって感じで、耳をすましてる……。
 ほんと、カバが大好きなのねぇ。
「がおおおおおおおお!!」
 わわ!? またカバが大声でほえた!?
 これ学校どころが、学校の外にまで聞こえてるわよ、きっと!
「な、なんなんですかねぇ!? いまの音は!?」
 あ、教頭先生だ。
 わたわたとした足取りで、グラウンドまで走ってくる。
「教頭先生!! あれを見て! やっぱりカバはいたのよ! ユカリの見間違いじゃなかった!! ほら、あれ! あれ!!」
 校舎のてっぺんにいるカバを指さす村野さん。
 あの子も、いつの間にかグラウンドに来ていたのね。
「また、うそをつくんですかねぇ……カバなんているわけな――」
 村野さんが指さすところを見た教頭先生が、固まってしまった。
 ほんのすこしの沈黙のあと、
「か、カバですねぇぇぇぇぇぇ!?」
 教頭先生がおどろきのあまりに腰を抜かしてしまった。
「ああ!? 教頭! 大丈夫ですか!?」
 グラウンドまでやってきていた他の先生たちが、教頭先生のそばまでやってくる。
「ま、まさかカバがほんとうにぃ……」
「だ、ダメだ……教頭先生は目を回してしまわれた」
「む、無理もないですよ」
 先生たちが教頭先生の介抱を始める。
 だ、大丈夫かしら……教頭先生。
「見て! 保科先生! やっぱりカバはいたよ!」
「よかったですね! 村野さん!」
 村野さんは、最後まで信じてくれていた保科先生に抱きついている。
 ほんと、よかったわね。村野さん。
 それにしても、ユイはどこに行ったのかしら?
 グラウンドのどこかにいるのかな?
 きょろきょろと周囲に目を向けるけど、すぐには見つけることができなかった。
 まあ、これだけのひとだかりだものね。
 そのときだった。
「あっ!? カバが!?」
 ユウがおどろいた様子で声を上げた。
「えっ!?」
 視線をカバの方に戻した瞬間、
「きゃーーーー!?」
「飛び降りたぞ!?」
「うわっ!? だいじょうぶか!?」
 みんなが悲鳴を上げた。
 う、うそでしょ!?
 いま、カバが校舎のてっぺんから飛び降りたわ!?
 グラウンドの方向ではなく、その反対側!
 中庭のある方向に、その大きな体を投げ出した!
 あんな高さから落ちたら、いくら丈夫なカバでも……。
「か、カバさぁぁぁぁん!?」
 リン!?
 カバ大好きのリンが、お尻に火が付いたみたいな勢いで走り出した。
 なんてすごい早さ!
 さすが『韋駄天のリン』の異名は伊達じゃないわね。
「俺たちも行こうぜ!」
 タクヤも中庭の方に向かって走って行く。
 他の子たちも、カバがどうなってしまったのか確認しようと、次々に駆け出していく。
 その中には、村野さんや保科先生の姿もある。
 ど、どうしよう……。
 私も行くべきかしら。
 カバがどうなったのか見に行きたい気持ちはあるけれど……。
 絶対、あれ死んじゃってるわよね……。
 そんなところを見たくないわ……。
 で、でも! やっぱり行ってみよう!!
 これが、怖いもの見たさというものなのかしら……。
 タッタッタッタ!
 ぜぇぜぇ……忘れてたわ。
 私って、運動がめちゃくちゃ苦手なんだったわ。
 私は息を切らしてふらふらになりながら中庭に到着した。
 みんなからだいぶ遅れてしまったわね。
 カバは、どうなったのかしら。
「ユウ! カバはどうなったの?」
 ちょうど、目の前をユウが歩いていた。
「あっ、姉さ――じゃなかった近衛さん。だいじょうぶ? ふらふらしてるよ?」
「運動が苦手なクセに無理して走ったからね……。それで、カバは?」
「それが……どこにも姿が見当たらないんだ」
「え? どういうこと? 中庭に飛び降りたわよね?」
「そのはずなんだけど、ボクたちが中庭に来た時には、もうどこにもカバはいなくてさ。いま、みんなで手分けして探してるんだ」
 あたりに目を向けると、学校のみんなが中庭じゅうをうろうろしているのに気がついた。
 あの子たちは、カバを探しているらしい。
 植え込みの中をのぞいてみたり、側溝のふたを開けてみたりする子なんかもいる。
 いや、そんなとこにカバは隠れられないでしょ。
 ていうか、それよりも……。
「あの高さから落ちたんだから、いくらカバでもひとたまりもなかったはずよね」
「実は、ボクもそう思うんだ。あの高さから落ちたら、いくらカバでもきっと……」
「そうよね。まともに考えたら、いくら頑丈な身体をしてても、ぺしゃんこになっちゃってるはずよね」
「でも、カバの亡がらはどこにもないんだ」
「まさか、生きてるっていうの?」
 常識では考えられないけれど……。
「カバさんは生きてる!!」
「うわ!? 急にどうしたのよリン!!」
 リンが目を真っ赤に充血させている。
 ほおには、涙のあとまであるじゃない。
 カバさんが死んじゃったかと思って、泣いちゃったのね。
「カバさんは無事! きっとうまく着地して、どこかに行ったの!」
「そ、そうよね」
「そ、そうにちがいないよ」
 リンの剣幕に私やユウも気圧されちゃった。
「カバさん、まだどこかにいるかもしれない! 一緒に、探して!!」
「わ、わかったわ」
 私も行方不明のカバを探すことになってしまった。
 行方不明と言えば、ユイってばどこにいったのかしら。
 そんなことを考えながら、カバを探して学校中を歩き回っているとき、
「あら! ユイじゃないの!?」
 しれっとした顔で歩いているユイを見つけた。
「アヤちゃん! やっほ!」
「やっほ! じゃないわよ! いままで、どこにいたの?」
「グラウンドまでは、アヤちゃんのそばにいたよ?」
「え? うそ!」
「うそじゃないよ。グラウンドでカバを見上げてるときも、アヤちゃんの近くに立ってたんだけど、気がつかなかった?」
「そ、そうなの? ぜんぜん、気がつかなかったわ」
「たくさん人が集まってたもん。あたしを見つけられなくても仕方ないよ。あと、ごめんね。カバさんが落下したとき、あたしも驚いてみんなと一緒に中庭に走って行っちゃったんだ。アヤちゃんのことすっかり忘れちゃってて、ほんとごめん」
「別に謝る必要ないわよ。運動音痴の私に付き合ってたら中庭に駆けつけるのが遅くなっていただろうしね。それにしてもおどろいたわよ。ほんとうに、カバがいたなんて」
「あたしも発見したときは、おどろいたよ。あんな高いところにカバがいるんだもん。しかも、またどこかに行っちゃったし!」
「ほんと、どこ行っちゃったのかしらね。リンなんて血眼になって探してるわよ」
「そ、そっか……。リンちゃんにはあとで、うまく言っとかないと」
「言うってなにを?」
「ああ、なんでもないよ。こっちの話!」
「???」
「それより、これでみんなカバがいたって信じてくれるよね?」
「そうでしょうね。学校のみんなが目撃してるんだもの。いなかったって主張する方が難しいわよ」
「よかった……。これでユカリちゃんがうそつき呼ばわりされずにすむや」
「それは良いことだけど、どうして学校にカバがいるのかしら。さっぱりわからないわ」
「そ、そうだよね! あたしも、さっぱりだよ! あはははは!」
 なんだかユイの笑い方が不自然な気もするけれど、なにかしら?
「ほら、一緒にもうすこし探してみようよ」
 ユイが私の手をにぎって歩き出す。
 結局、日が暮れるまでカバの捜索が続いたけれど、カバは見つからなかった。
 いったい、どこに行ってしまったのかしら。
 そして、なぜカバが学校なんて場所にいたのかしら。
 わからないことばっかりだわ。
 ただ、ひとつたしかなのは、カバが学校にいたという事実だ。
 あれが本物のカバだったとするならば、だけど。

 
 
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