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第1話 夕希
⑬
しおりを挟むこんなにぐっすり眠って、爽快に目覚めたのは久しぶりだ
目が覚めると、淳弥はもう起きてたようで、隣でにっこりと微笑まれた。
「いとちゃん、おはよ」
うわ、寝顔見られてたんだ。恥ずかし。
「…おはようございます」
薄手の布団で顔を隠すようにして、夕希は挨拶を交わした。
「朝飯、シリアルくらいしかないけど、いい? それとも、どっか食べに行く?」
「峰さん、よく買ってますもんね。じゃあ、シリアルでいいです」
「良かった」
「キッチン借りていいなら、何か作りますけど」
「えー、材料あるかな。適当に見ていいよお」
顔を洗い、軽くメイクをして、夕希はキッチンに立った。淳弥が言うとおり、確かにろくな食材がない。使えそうなのは卵くらいか。…と見ていたら、チーズとハムも発見したので、オムレツを作ることにした。
フライパン、フライ返し。泡だて器まで。冷蔵庫の貧弱さとは裏腹に、キッチン道具は揃ってる。
(…しないだけで、料理が出来ないわけではないのかな)
ステンレスのボールに卵を溶きながら、夕希は勝手な推測を始める。淳弥は隣に立って、サラダボウルにシリアルを流し入れてた。
(なんか、新婚さんみたい)
そういえば、前の彼氏とは一緒にキッチンに立ったりしなかった。何気ないことが嬉しいのも、恋の始まりの特徴かもしれない。
「いとちゃん、これ牛乳掛ける?」
「え…はい」
「俺、掛けない派」
しなしなとさくさくはよく聞くが、全く掛けない人は初めて聞いた。夕希は淳弥の持ってるシリアルの袋をまじまじと見てしまう。
「何も掛けないで美味しいですか?」
「うん、美味しいよ。小腹が空いた時に、袋からスプーンですくってばりぼり食べちゃうからさ、よく怒られるんだよね」
「怒られる、って…峰さん、大人なのにオカシイ」
確かに淳弥の行動は行儀が悪いが、背も高くがっちりした体型の淳弥が、怒られてるところを想像したら、夕希はふと笑いがこみ上げてきた。
「え、あ~。そ、そう? うん。大人なのにね、俺、ダメだよね。でも、上手いんだよ?」
そう言うと、淳弥はスプーンに一匙掬って、夕希の口元に運ぶ。
これ、食べてってこと? フライパンに卵を丸めてた夕希は顔だけをスプーンに近づけて、ぱくっとした。
「…美味し」
「でしょ?」
淳弥はまるで子どもみたいに得意気に笑う。
シリアルと夕希の作ったオムレツとコーヒー。シンプルな朝食でも、ふたりで、しかも好きな人と食べる朝ごはんは、満足度が違う。
昨夜からの急開に戸惑いつつも、夕希は幸せを噛みしめるように、ドライフルーツを噛みしめる。
「ねえ、いとちゃん」
「はい」
「夕希ちゃんって呼んでもイイ?」
咄嗟に呼ばれて、夕希はわかりやすく固まった。
「俺のこともジュンとか淳弥でいいからさ」
「…は、はい」
「ジュンって呼んでみて」
「じゅ、んじゅん?」
「…なんか、場末のスナックみたい」
「そう言われましても~」
「あと、お店じゃないから、敬語も要らないからね、ね? 夕希ちゃん」
「は…じゃない、う、うんっ」
「あはは、可愛い~、夕希ちゃん」
からかうように笑って、淳弥はテーブル越しに身を乗り出すと、ちゅっと夕希の唇に触れる。
「…っ、淳さん?」
「ま、淳さんでもいっかあ」
よく出来ました。淳弥は更に顔を綻ばせる。
「今日さあ、夜はお仕事ないんだっけ」
「…うん」
「じゃ。どっかで飯でも一緒に食べない?」
「えっ」
「いや?」
「と、とんでもない」
「じゃあ、終わったらラインして。どっかで落ち会お?」
「了解です」
一緒に朝ごはんを食べて、「行ってらっしゃい」と淳弥の笑顔とキスに見送られて、夕希は淳弥のアパートを出た。
坂の入り口からはいつもと同じ道だ。けど、気持ちが違うだけでこうも景色は違って見えるものなのか。登り坂だって、今の夕希には楽勝だ。
今が幸せの絶頂なのだと、夕希は知らずにいた。
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