いちばんになりたい

紗夏

文字の大きさ
12 / 63
第1話 夕希

しおりを挟む

「み、峰さんは…っ」
「俺は明日休みだから平気だけど、いとちゃん明日も早いのかな、って思って」

ネコの写真が可愛くて、衝動買いした自分のスケジュール帳に書いた予定を思い出す。
明日は法科院の講義が午前中から夕方まで入っている。けれど、逆に言えばそれだけだ。
講義は遅刻しても、欠席しても、自分が損をするだけで、誰かに迷惑が掛かるわけではない。

「あ…平気です。明日は講義も午後からなので」

初めて一緒に明かす夜なのだ。講義は自分で取返せるけれど、この時間は絶対に戻って来ない。夕希は嘘を吐く。

「そう。じゃあ、もうちょっと話しててもいい?」
「…はい」

言ってから、夕希はくすっと笑った。

「なんか、不思議です。峰さんとこんな風にしてるの?」
「…イヤ?」
「イヤじゃないです。そんなわけ、ないじゃないですか」

ぎゅっと淳弥のTシャツを掴んで、更に身体を密着させた。淳弥の鼓動はさっきよりテンポアップしている。

この先、どうするんだろ、どうなるんだろ。一瞬先も、一寸先も、どうなるかわかんなくって。
例えば、淳弥がさっき往来でしたみたいな激しさで、夕希にキスしてきたら、きっと夕希はもう淳弥のされるがままに流されてしまう予感はある。

けれど、淳弥の方にその気はないのか、夕希が近づいた以上に、身体を密着させてはこない。
そのことに、安心していいのか、もどかしく苛ついているのか。

「峰さん…」
「ん?」
「あの…」

(うー、私、何聞いてるんだろ。恥ずかし)

夕希の台詞は途中で消えてしまう。

(だってだって、『しないんですか?』なんて聞けない)

会ったばっかりだし、まだお互い良く知らないんだし、峰さんの対応の方が自然だよ。
自分はこんなに、お手軽に恋を始めて、進められるキャラでもない。
思いつめた夕希の声で、淳弥の方も夕希の心に引っかかってるわだかまりを理解したらしい。
夕希が恥ずかしさと後悔で悶絶していたら、暁闇の中で、淳弥の手が、夕希に伸びてきた。

「いとちゃん、可愛い」

まだ乾き切っていない前髪をかきあげて、淳弥は夕希の額にそっと唇を落とす。

「いとちゃん、俺…」

淳弥の言葉が闇の中に途切れてしまう。

「……峰、さん?」

夕希は下から彼の頬に手を伸ばす。褐色の艶のいい肌。スポーツ用品店勤務だと言っていたが、自分も何かスポーツをやっていたのだろうか、淳弥の肌は年齢よりも若々しいし、今こうして夕希の上にある四肢も引き締まってる。

淳弥に向けて手を伸ばすと、淳弥はその手を取って、頬に張り付かせる。限界まで細められた目は優しい。彼の愛情はひしひしと感じ取れるのに。

「お休み、いとちゃん」

淳弥はそんなセリフで、夕希とのこれ以上の接触は拒絶した。

「…おやすみなさい」

落ち込んだ低い声に、夕希は自分で驚いた。

(あれ、何で私、がっかりしてるんだろ)

ドキドキして損しちゃった。うん、それだけなんだから。抱いて欲しかったわけじゃなくて。

(求められたかった。さっきの言葉が嘘ではないと、確かめたかっただけ)

自分の感情をそう結論づけ、夕希は納得しようとする。淳弥にくっついて横向きになった体勢を仰向けに戻し、瞳を閉じて、夕希は眠ろうとした。けれど。

「いとちゃん」

突然、名を呼ばれ、布団の中で手を握られて、再び夕希の心臓は暴れだした。

「…は、はい」
「怒ってる?」
「え、怒るってどうしてですか?」

怒るというよ、落胆が正しい。

「あ、俺、自意識過剰だよね。ごめん。ん~。なんていうかごめんね、いとちゃん。俺、臆病なんだ」

夕希にとっては意外な一言を、淳弥は苦笑と一緒に吐き出した。
臆病。そうかなあ。ここまでの彼のアプローチは割と強引なものだったと、夕希が思い起こしていると、夕希の手に淳弥は手を重ねてきた。

「誰かと眠るの久しぶり。…手、握ってもいい?」
「…はい」
「俺、いっつも思うんだけど。いとちゃんの手って、あったかいよね」

布団の中で5本の指同士がしっかりと絡められる。

近づいてくると思うと、遠ざかって。拒否されたと思うと、また抱きしめられる。峰さんのことは、よくわかんないな…。

「臆病」なのだと淳弥は自分を評したが、それは正しくない気がする。寧ろ、積極的に線を引かれてるように思えてならない。
それでも、繋いだ手の温もりに、満足して、夕希はいつしか深く眠りに落ちていった――。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...