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第1話 夕希
⑯
しおりを挟む「ちょ、ちょ、多恵子、どういうこと?」
上條くんに恋愛相談とか嫌過ぎるんだけど。
「いや、夕希と約束したあと、たまたま上條からもライン貰って。私、今自社の法務部所属で、一般の社員の法律に関わる相談みたいのやってるのね。つっても、ちゃんと顧問弁護士はいて、私は窓口アシスタントなんだけど。で、まあ、どんな感じ?みたいに聞かれて。
じゃ、夕希もいるし、皆で飲もうよ、みたいな流れになったの」
見た目に反して、相変わらず上條は、法律に関しては勉強熱心な男だ。と言うか多恵子もそんな話が持ち上がってたのなら、最初から言ってくれればいいのに。
「じゃ、じゃあ私は帰るよ…ふたりで法律談義してれば…」
夕希が立ち上がったその時だった。ギイっと今どきレトロな木の扉が開く。薄暗い店内に、琢朗の赤茶色い髪は尚更際立つ。長い前髪の下の瞳を細め、艶艶した赤い口角を上げる。
「糸井サン、麻生さん、こんばんは」
多恵子が「こっちこっち」と手招きしてる横で、夕希は渋い顔で「こんばんは」と挨拶し返した。
「ロコツにイヤな顔しなくても」
琢朗は夕希をからかいながら、多恵子の隣に腰掛ける。
「別に嫌な顔なんて…ただ、上條くんでもこういうとこ来るんだ~って思っただけ」
「麻生さんの誘いなら断れないからね」
夕希の嫌味もさらっと流して、琢朗はシルバーブレスのついた左手を挙げて、ジントニックをオーダーする。
3人で「乾杯」とグラスを合わせてみたけれど、何のための乾杯なのか、夕希には理解不能だ。
「上條ってさあ、今、彼女いた?」
本気で琢朗に相談するつもりなのか、多恵子はそんな質問を琢朗に投げる。
「いないよ」
ただの炭酸水のように琢朗はぐいと三分の一くらい飲んでしまう。…そういえば、お酒強いんだった。
「今、そんな色恋に気ぃ取られてるわけ行かないし」
「だよねえ」
多恵子も同調して、ぐいっとモスコミュールを煽る。ふたりはがっつり飲みモードだ。法曹について語るんじゃなかったのか? 夕希も自棄になって、最初の一杯を空にした。
すぐにお代わりをして、二杯目も無くなって、おかわりをどうしようか夕希が悩み出した時だった。
「ねえねえ、上條。夕希彼氏出来たらしいよ、知ってた?」
完全にデキ上がってる多恵子がそんなことを言い出した。
「え、そうなの?」
琢朗はすぐに夕希の裏を取る。しかし、夕希もすでにアルコールに脳みそが侵食されてる。やたらハイテンションになっていて、ゴキゲンに言う。
「そうだよお。淳さんって言って、超やっさし~の」
普段だったら、上條相手になんて絶対言わないような惚気全開になってしまう。
「ふーん、そうなんだ」
琢朗だけは冷静に夕希の言葉に頷いて、ジントニックを静かに飲んだ。
「でねでね。付き合って1ヶ月経つのに、未だ最後までしてないんだって。そういうのって、どう思う? 上條」
酒の席とは言え、いや、だからなのか、あけすけな相談を多恵子は琢朗にする。琢朗の方が、寧ろ一瞬照れて頬を赤くした。
「どうって…」
「男性心理的にはどうなの? 大事にしたいとか、あんまり好みじゃないとか…」
酔った多恵子は触れにくい話題を、がんがん琢朗に迫り、琢朗はその勢いと内容に苦笑いしてる。
「も、もういいよお、多恵子」
夕希の方が多恵子の袖を引っ張って止めに入った時だった。
「――深入りしたくない、責任を負いたくない――とか?」
ぽつっと琢朗が言った言葉に、アルコールの靄に包まれてた夕希の脳内は、水を浴びせられたかのように、一気に冷めた。
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