いちばんになりたい

紗夏

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第1話 夕希

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「……っ」

けれど、それは夕希にとって、肯定しにくい回答だった。
そんなわけない。けれど、論理的に反論出来ずに、夕希はもっとも子どもじみた行動に走る。

「私、先に帰る…」

足元のバスケットからショルダーを取って、五千円札を一枚置くと、夕希はカウンターから離れる。

「糸井さん」

背中を向けた夕希の腕を、琢朗が座ったまま掴んだ。

「…離して…」
「客観的になれない人は、うまく行かないよ? ――弁護も、恋愛も」
「…冷静だよ…」
「あんまりさ、失望させないでよ」
「何、それ…」

意味が分からない。失望ってどういうことだ。琢朗が自分に何を期待してると言うのか。

もう一方の手で琢朗の腕を制すると、琢朗はあっさりとその腕に込めた力を抜いた。夕希は「先に帰るね、ごめんね。多恵子」と多恵子にだけ謝って、店を後にした。


ほろ酔気分はとっくに冷めていて、怒りに任せた早足で駅までの道を急いだ。まだ終電には間に合うはずだ。


駅のホームでスマホを確かめる。
ラインの未読が5件もあった。ひとつは多恵子からで、夕希を気遣ったもの。もう3つはゼミの連絡のグループトーク。そして最後は…


(淳さんからだ)

――今日休み? レジ見たらいないから
と、ワンちゃんが滂沱の涙を流すイラストのスタンプつき。大げさな表現にくすっと笑う。

さっきまで波立ってた心が穏やかに凪いでいく。彼が好きだから、些細な言動でも微笑ましくなるのか、夕希の心を優しくさせてくれるから、彼が好きなのか、夕希にはよくわからない。
けれど、淳の存在に自分はいつも救われてる――何も知らない多恵子や琢朗に、ああだこうだと言われたくない。

――今日はお休み代わってもらったんです。友だちと飲んでました

レスを送ると、すぐに男?女?なんて、心配したようなメッセージが送られてくる。
電車はまだ来ないようだ。踏切故障で10分程遅れるとアナウンスが流れてる。スピーカーから遠ざかって、夕希は通話のボタンを押した。
夕希のメッセージを待ってたらしい淳弥はすぐに出た。

「夕希ちゃん? 飲み会は?」
「もう終わりました」
「あ、そうなんだ」
「男1、女2です。みんな法科の友達なんですけど――安心しました?」

精度のいいとは言えないスピーカーが淳弥のふうっというため息と、クスッという笑いを一緒に拾って、夕希の耳に届ける。

「…意地が悪いなあ、夕希ちゃん」
「そうですか?」
「うん。俺をハラハラさせて楽しい?」
「そんなつもりなかったんです」
それは本当だった。まさかあんな短いメッセージで、淳弥が自分を心配するなんて。
「…あ、もうすぐ電車来るんで、乗りますね。おやすみ…」
「待って」
「おやすみなさい」と別れの挨拶をして、切ろうとした夕希を淳弥が制す。
「…夕希ちゃん、今何処?」

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