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第2話 淳弥
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週末と有給を利用して3日程、淳弥は広島に滞在したのち、またひとり単身赴任先に戻った。
「夏休みにはそっち行くね~」
夫の胸中に渦巻く感情を知ってか知らずか、麻衣香はにこにこと淳哉を送り出した。無論、離婚話などは持ちかけていない。夕希が司法試験に受かるまでは、変に麻衣香を刺激するようなことはしたくなかった。
毎日が会社と自宅の往復で潰れるルーティンワーク。同じような日々の中で、これまでと敢えて変えたこともあった。
仕事帰りに夕希の勤めるスーパーには寄らなくなった。やむなくコンビニで買う弁当は割高だし、バリエーションも少ないが、自業自得なのだから、仕方がない。それと、朝、家から出て行く時間を20分ほど早めた。夕希と鉢合わせないようにするためだ。
引っ越すとは言っていたが、いつ、とは聞いていないし、もう聞くことも出来ない。一度だけ、夕希のアパートに行き、ポストに現金を幾ばくか入れた封筒を忍ばせようと迷って迷って、結局投函せずに帰った。
こんなことをしても、淳弥の罪悪感がほんの一瞬、軽くなるだけで、夕希が喜ぶはずはない、そう思ったからだ。
踵を返して、自宅に帰ろうとした時、淳弥とは逆にこちらに向かってくる男がいた。目深に野球帽を被り、大きなリュックを右肩に提げた男は、淳弥の顔を見た瞬間、明らかに動揺し、歩調を早めた。
(……)
俯いてそそくさと歩く男とすれ違っても、淳弥の方は特に何も思わなかったのだが。
それから1週間ほど後、その日、淳哉は取引先との接待で遅くなり、終電の一本前という、いつもより遅い電車だった。ほろ酔い気分で電車から降り、改札を抜け、帰路を急ぐ。けれど、スーパーの前のベンチに座った男を見た瞬間、足が止まり、酔が醒めた。
先日すれ違った男がどっかりと座り込み、スマホを弄っている。同じ野球帽、同じリュック。間違いない、先日夕希のアパート近くですれ違った男だ。と、同時に、もうひとつの記憶が蘇った。
なぜ、忘れていたのかと、自分の後頭部を殴打したいくらい、重要な記憶。
(こいつ、夕希ちゃんを付け回してたやつじゃないか)
淳弥が追いかけて殴って、諦めたと思ったのに――。また夕希の近辺をうろついているのだろうか。
今度はスマホに熱中していて、男は淳弥の存在に気づかない。このまま帰れるわけなどなかった。淳弥は男に気づかれないように、スーパーの裏手に回りこむ。見慣れた夕希の自転車を見つけ、胸が熱くなった。
彼の目的が夕希なら、何らかの接触をしてくるだろう。今、脅かして引かせるよりもその方がいい。
警察沙汰にして、逮捕させ、二度と夕希の前に現れないでほしいくらいだ。
ちらりとスーツの袖の下の腕時計を見る。ちょうど、閉店コールが掛かる頃か。夕希が出てくるまではあと30分弱ある。
嫌な予感が淳弥を襲う。このまま何も見なかったことにしては、立ち去れなかった。
けれど、夕希に会って、この状況を伝えることも難しい。そもそも、淳弥の言葉を夕希が真に受けるとは思えなかった。
(…どうする?)
悩んだ挙句、淳弥も素知らぬふりをして、男には気づかれぬように、彼の行動を監視することにした。だが、夕希が仕事を終え、出てくる前に、男はその場を後にし、だらだらとした足取りで、坂道を降りていく。
淳弥の杞憂だったのだろうか。胸をほっと撫で下ろす。けれど、淳弥が帰る前に、夕希は店を出てきて、いつものように自転車で颯爽と坂道を降りていく。
夕希の背中を追うように、淳弥も家路を辿る。
坂の中腹まで降りた時だった。
ガッシャーンと自転車の倒れる音が、淳弥の耳に届いた。そして…「きゃあ…っ」と夕希の悲鳴が真夜中の静寂を切り裂き、そしてすぐに消えた。
「夏休みにはそっち行くね~」
夫の胸中に渦巻く感情を知ってか知らずか、麻衣香はにこにこと淳哉を送り出した。無論、離婚話などは持ちかけていない。夕希が司法試験に受かるまでは、変に麻衣香を刺激するようなことはしたくなかった。
毎日が会社と自宅の往復で潰れるルーティンワーク。同じような日々の中で、これまでと敢えて変えたこともあった。
仕事帰りに夕希の勤めるスーパーには寄らなくなった。やむなくコンビニで買う弁当は割高だし、バリエーションも少ないが、自業自得なのだから、仕方がない。それと、朝、家から出て行く時間を20分ほど早めた。夕希と鉢合わせないようにするためだ。
引っ越すとは言っていたが、いつ、とは聞いていないし、もう聞くことも出来ない。一度だけ、夕希のアパートに行き、ポストに現金を幾ばくか入れた封筒を忍ばせようと迷って迷って、結局投函せずに帰った。
こんなことをしても、淳弥の罪悪感がほんの一瞬、軽くなるだけで、夕希が喜ぶはずはない、そう思ったからだ。
踵を返して、自宅に帰ろうとした時、淳弥とは逆にこちらに向かってくる男がいた。目深に野球帽を被り、大きなリュックを右肩に提げた男は、淳弥の顔を見た瞬間、明らかに動揺し、歩調を早めた。
(……)
俯いてそそくさと歩く男とすれ違っても、淳弥の方は特に何も思わなかったのだが。
それから1週間ほど後、その日、淳哉は取引先との接待で遅くなり、終電の一本前という、いつもより遅い電車だった。ほろ酔い気分で電車から降り、改札を抜け、帰路を急ぐ。けれど、スーパーの前のベンチに座った男を見た瞬間、足が止まり、酔が醒めた。
先日すれ違った男がどっかりと座り込み、スマホを弄っている。同じ野球帽、同じリュック。間違いない、先日夕希のアパート近くですれ違った男だ。と、同時に、もうひとつの記憶が蘇った。
なぜ、忘れていたのかと、自分の後頭部を殴打したいくらい、重要な記憶。
(こいつ、夕希ちゃんを付け回してたやつじゃないか)
淳弥が追いかけて殴って、諦めたと思ったのに――。また夕希の近辺をうろついているのだろうか。
今度はスマホに熱中していて、男は淳弥の存在に気づかない。このまま帰れるわけなどなかった。淳弥は男に気づかれないように、スーパーの裏手に回りこむ。見慣れた夕希の自転車を見つけ、胸が熱くなった。
彼の目的が夕希なら、何らかの接触をしてくるだろう。今、脅かして引かせるよりもその方がいい。
警察沙汰にして、逮捕させ、二度と夕希の前に現れないでほしいくらいだ。
ちらりとスーツの袖の下の腕時計を見る。ちょうど、閉店コールが掛かる頃か。夕希が出てくるまではあと30分弱ある。
嫌な予感が淳弥を襲う。このまま何も見なかったことにしては、立ち去れなかった。
けれど、夕希に会って、この状況を伝えることも難しい。そもそも、淳弥の言葉を夕希が真に受けるとは思えなかった。
(…どうする?)
悩んだ挙句、淳弥も素知らぬふりをして、男には気づかれぬように、彼の行動を監視することにした。だが、夕希が仕事を終え、出てくる前に、男はその場を後にし、だらだらとした足取りで、坂道を降りていく。
淳弥の杞憂だったのだろうか。胸をほっと撫で下ろす。けれど、淳弥が帰る前に、夕希は店を出てきて、いつものように自転車で颯爽と坂道を降りていく。
夕希の背中を追うように、淳弥も家路を辿る。
坂の中腹まで降りた時だった。
ガッシャーンと自転車の倒れる音が、淳弥の耳に届いた。そして…「きゃあ…っ」と夕希の悲鳴が真夜中の静寂を切り裂き、そしてすぐに消えた。
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