いちばんになりたい

紗夏

文字の大きさ
42 / 63
第2話 淳弥

12

しおりを挟む


いつもなら夕希がやってくる昼下がり。


「どーも」
と病室にはそぐわない挨拶と共に入ってきた男を見て、淳弥は思わず二度見してしまった。
「刺されたんだってね」
スカルマークのついたTシャツに紫色のパンツ。腕と指にジャラジャラ装飾物をつけた琢朗は、その出で立ちに全く不似合いな可憐な小さな花束を携えて現れた。
「ああ…」
「けど良かったですね。命に別状なくて。あ、飲みます?」
と缶コーヒーを缶のまま渡された。

「いや、今はいい」
混乱しつつ淳弥は答える。
(何で彼がここに?)
夕希が話したに決まっているが、では何故話したのか。淳弥が納得出来る答えはひとつしかなかった。


「…夕希ちゃんと付き合ってるの?」
それが自然だ、その方がいいに決まってる。特に琢朗の方は、前々から夕希に好意を抱いているのが見え見えだったのだから、こんなチャンスを逃すはずがない。
けれど、淳弥が尋ねると、琢朗は急に不機嫌な顔になった。


「なわけないでしょ。彼女、今たいへんな時なのに」
「司法試験前だもんな」

けれど、それが終わって晴れて合格したら…、きっと…。その想像が淳弥の胸を掻き毟る。こんな想像で嫉妬するくらいなら、何故昨日、「奥様と幸せに」と言った夕希に「離婚する」と言えないのか。
身勝手過ぎるとわかっていながら、しゃにむに強引に「君がほしい」と訴えることも出来ないくせに。


淳弥の乱れた心の内を知ってか知らずか、琢朗は蔑んだような視線を淳弥に送ってきた。

「…そうじゃねえよ」
「え?」

司法試験以外に彼女が優先すべき大変な事なんてあっただろうか。ストーカーの牟田については、一応彼が逮捕されてるのだし、問題はないだろう。あとは…もしや麻衣香が、また何か?


「どういう意味だ」

淳弥は琢朗に問いただす。

「糸井サンには絶対言うな、って言われてんだけど」
「…だから何をだ」
「フェアじゃないと思うから、言っとくわ。言ったからって、あんたに何が出来るとは思わねえけど」

散々もったいつけてから、琢朗は淳弥の想像を遥かに超えたことを言ってきた。


「――糸井さん、妊娠してるんだよ」



夕希の顔がやつれてたわけはこれか。


「……」

琢朗の衝撃発言を、淳弥は「嘘だ」などと反駁することはしなかった。「誰の子?」などと尋ねることも。
夕希が妊娠しているのなら、それは自分の子どもに決まっている。
まさか。けれど。見に覚えはあるのだ、ありすぎるくらい。

「…夕希ちゃんどうするって?」
「生む、って言ってるよ。この大事な時期にさ。妊娠しながら、勉強して仕事して。赤ん坊抱えて、試験受ける気だよ、あの人。あんなばかだとは思わなかった」

琢朗はそう言うと、大きく天を仰いで、ため息をつく。言葉使いは荒々しいが、それが夕希のことを憂いての言葉だというのは、淳弥にもひしひしと伝わってくる。


寝食を削り、おしゃれもレジャーも我慢して、ストイックに真摯に頑張ってた夕希の姿を、淳弥も見てきている。その彼女の目標なり生きがいを、自分が奪う結果になってしまうなんて。
これも自分にくだされた罰なのだろうか。

「…無理だろ。そんなの」
「あんたの言うことなら、糸井さん聞くだろ? 糸井さんに言ってよ。――堕ろせ、って。おもいっきり絶望させて、誰があんな男の子どもなんて生むもんか、って思うくらい憎まれてみせろよ」
夕希に堕胎を促す。残酷な要求を淳弥に突きつけて、琢朗は帰っていった。


自分と夕希の間に出来た子ども。不倫の末の命であっても、命は命だ。淳弥の都合だけで生めだの堕ろせだの言いたくない。

(夕希ちゃんに話をしなきゃ…)
麻衣香にもこのまま黙っているわけにも行かないだろう。――怪我のことも、夕希のことも。


夜、淳弥は久しぶりに麻衣香に連絡を入れた。淳弥の入院を伝えると、麻衣香は実家の両親に結衣を預けて、すぐに来てくれた。


「…もう、何やってんの、淳くん」

叱責しながらも、麻衣香はかいがいしく淳弥の身の回りのことをしてくれる。隣のベッドの人やナースステーションのへの手土産の差し入れまで。
けれど、麻衣香の看病が献身的であればあるだけ、淳弥は息苦しくなる。温度も水質も照明も、きちんと管理された水槽の中で飼われているような気分になるのはどうしてだろう。
そして、自分はその水槽の中から飛び出そうとしている金魚みたいなものかもしれない。


「麻衣…話があるんだけど、座ってくれないかな」

カーテンを閉めようと窓際に立っていた麻衣香に、淳弥は促す。言いたくない。けれど、事ここに及んで、もう隠したりは出来ない。

「なあに、淳くん」

丸い簡易な椅子に麻衣香は腰掛ける。

「…別れて、欲しいんだ」


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...