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第2話 淳弥
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しおりを挟むいつもなら夕希がやってくる昼下がり。
「どーも」
と病室にはそぐわない挨拶と共に入ってきた男を見て、淳弥は思わず二度見してしまった。
「刺されたんだってね」
スカルマークのついたTシャツに紫色のパンツ。腕と指にジャラジャラ装飾物をつけた琢朗は、その出で立ちに全く不似合いな可憐な小さな花束を携えて現れた。
「ああ…」
「けど良かったですね。命に別状なくて。あ、飲みます?」
と缶コーヒーを缶のまま渡された。
「いや、今はいい」
混乱しつつ淳弥は答える。
(何で彼がここに?)
夕希が話したに決まっているが、では何故話したのか。淳弥が納得出来る答えはひとつしかなかった。
「…夕希ちゃんと付き合ってるの?」
それが自然だ、その方がいいに決まってる。特に琢朗の方は、前々から夕希に好意を抱いているのが見え見えだったのだから、こんなチャンスを逃すはずがない。
けれど、淳弥が尋ねると、琢朗は急に不機嫌な顔になった。
「なわけないでしょ。彼女、今たいへんな時なのに」
「司法試験前だもんな」
けれど、それが終わって晴れて合格したら…、きっと…。その想像が淳弥の胸を掻き毟る。こんな想像で嫉妬するくらいなら、何故昨日、「奥様と幸せに」と言った夕希に「離婚する」と言えないのか。
身勝手過ぎるとわかっていながら、しゃにむに強引に「君がほしい」と訴えることも出来ないくせに。
淳弥の乱れた心の内を知ってか知らずか、琢朗は蔑んだような視線を淳弥に送ってきた。
「…そうじゃねえよ」
「え?」
司法試験以外に彼女が優先すべき大変な事なんてあっただろうか。ストーカーの牟田については、一応彼が逮捕されてるのだし、問題はないだろう。あとは…もしや麻衣香が、また何か?
「どういう意味だ」
淳弥は琢朗に問いただす。
「糸井サンには絶対言うな、って言われてんだけど」
「…だから何をだ」
「フェアじゃないと思うから、言っとくわ。言ったからって、あんたに何が出来るとは思わねえけど」
散々もったいつけてから、琢朗は淳弥の想像を遥かに超えたことを言ってきた。
「――糸井さん、妊娠してるんだよ」
夕希の顔がやつれてたわけはこれか。
「……」
琢朗の衝撃発言を、淳弥は「嘘だ」などと反駁することはしなかった。「誰の子?」などと尋ねることも。
夕希が妊娠しているのなら、それは自分の子どもに決まっている。
まさか。けれど。見に覚えはあるのだ、ありすぎるくらい。
「…夕希ちゃんどうするって?」
「生む、って言ってるよ。この大事な時期にさ。妊娠しながら、勉強して仕事して。赤ん坊抱えて、試験受ける気だよ、あの人。あんなばかだとは思わなかった」
琢朗はそう言うと、大きく天を仰いで、ため息をつく。言葉使いは荒々しいが、それが夕希のことを憂いての言葉だというのは、淳弥にもひしひしと伝わってくる。
寝食を削り、おしゃれもレジャーも我慢して、ストイックに真摯に頑張ってた夕希の姿を、淳弥も見てきている。その彼女の目標なり生きがいを、自分が奪う結果になってしまうなんて。
これも自分にくだされた罰なのだろうか。
「…無理だろ。そんなの」
「あんたの言うことなら、糸井さん聞くだろ? 糸井さんに言ってよ。――堕ろせ、って。おもいっきり絶望させて、誰があんな男の子どもなんて生むもんか、って思うくらい憎まれてみせろよ」
夕希に堕胎を促す。残酷な要求を淳弥に突きつけて、琢朗は帰っていった。
自分と夕希の間に出来た子ども。不倫の末の命であっても、命は命だ。淳弥の都合だけで生めだの堕ろせだの言いたくない。
(夕希ちゃんに話をしなきゃ…)
麻衣香にもこのまま黙っているわけにも行かないだろう。――怪我のことも、夕希のことも。
夜、淳弥は久しぶりに麻衣香に連絡を入れた。淳弥の入院を伝えると、麻衣香は実家の両親に結衣を預けて、すぐに来てくれた。
「…もう、何やってんの、淳くん」
叱責しながらも、麻衣香はかいがいしく淳弥の身の回りのことをしてくれる。隣のベッドの人やナースステーションのへの手土産の差し入れまで。
けれど、麻衣香の看病が献身的であればあるだけ、淳弥は息苦しくなる。温度も水質も照明も、きちんと管理された水槽の中で飼われているような気分になるのはどうしてだろう。
そして、自分はその水槽の中から飛び出そうとしている金魚みたいなものかもしれない。
「麻衣…話があるんだけど、座ってくれないかな」
カーテンを閉めようと窓際に立っていた麻衣香に、淳弥は促す。言いたくない。けれど、事ここに及んで、もう隠したりは出来ない。
「なあに、淳くん」
丸い簡易な椅子に麻衣香は腰掛ける。
「…別れて、欲しいんだ」
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