60 / 63
最終話 それぞれの選択
②
しおりを挟む父も母も何も言わない。彼女に噛みつくことが出来たのは、いちばんこの件から遠い存在の琢朗だった。
「養育費の前払いと手切れ金てことかよ…っ」
「いいえ。将来性のある有望なお嬢さんの未来を狂わせてしまったそのお詫びです。到底足りないでしょうが、どうぞ」
「受け取っちゃダメだよ、糸井さん」
「……」
夕希だって、受け取るつもりは毛頭ない。
無論夕希の両親も誰も手を伸ばさない。麻衣香には意外だったのか、彼女は困ったように一座を見回した。
「お約束いただけないんですか?」
「…約束なら、淳さんと交わしたいです」
「主人は優しいので、こういう場にいると、つい絆されてしまうんです。身内の恥を晒すようですが…初めてじゃないので。こんなこと」
恥だと言いながら、麻衣香は何処か勝ち誇ったように唇の両端を吊り上げた。
初めてじゃない? 私以外にも、淳さんの浮気相手はいたってこと? 麻衣香の言葉になんか、動揺したくないのに。
わなわなと震える手をぎゅっと握って、夕希は平静を保つ。
「じゃあ、今日ここに奥様がいらしてることを、淳さんもご存じなんですか?」
夕希の問いかけに、麻衣香は眉をピクリと上げた。まるで彼女の怒りの導火線が眉に乗り移ったみたいだった。その直後、彼女は豹変する。
「そんなこと貴女に関係ないでしょ? 答える義務なんて無いわ。流石に妻子ある男と付き合える女は図々しい」
「妻子あるのを黙って、学生と付き合う男だって、相当なものだと思いますよ。それにこれじゃ、正式な取引にならない。ご主人とよく相談の上、弁護士を通して話しをした方が、双方のためです。――前回の時に、そう学ばなかったんですか?」
麻衣香の怒りに、琢朗が痛切に皮肉を浴びせる。更に、怒りに震えるのかと危惧した眉は、だらしなく歪み、勝ち気そうな大きな瞳に、瞬く間に水泡が滲んだ。
居丈高な態度が一変して崩れ、まるで泣き出すのを我慢してる子どものような麻衣香に、夕希は驚いてしまう。広島で会った時には、堂々として、一分の隙さえないように見えたのに。
どうやら淳弥の名前が引き金になると、いち早く察した琢朗は、隣の夕希に尋ねる。
「糸井さん、峰さんの連絡先わかる?」
「…え」
以前に使っていたケータイはとっくに解約してしまった。淳弥からの連絡を一方的に遮断したかったからだ。でも、まだ捨てられずに取っておいてあるものもある。
初めて客と店員としてではなく言葉を交わした日に、淳弥から貰った名刺だ
「…ある」
夕希のもたらした小さな情報を元に、琢朗はこの場で、淳弥に連絡を取ろうと、スマホを取り出す。
けれど、もの凄い勢いで、麻衣香は琢朗に掴みかかってきた。
「ダメっ、淳くんには連絡しないで!! お願いっ!!!」
琢朗のスマホを奪おうとして、躱されると、今度は麻衣香はテーブルの上の名刺を、
ビリビリと破り始める。半狂乱になったその姿を、夕希も琢朗も、見守るしか出来なかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる