いちばんになりたい

紗夏

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最終話 それぞれの選択

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父も母も何も言わない。彼女に噛みつくことが出来たのは、いちばんこの件から遠い存在の琢朗だった。

「養育費の前払いと手切れ金てことかよ…っ」
「いいえ。将来性のある有望なお嬢さんの未来を狂わせてしまったそのお詫びです。到底足りないでしょうが、どうぞ」
「受け取っちゃダメだよ、糸井さん」
「……」

夕希だって、受け取るつもりは毛頭ない。
 
 
無論夕希の両親も誰も手を伸ばさない。麻衣香には意外だったのか、彼女は困ったように一座を見回した。
 
「お約束いただけないんですか?」
「…約束なら、淳さんと交わしたいです」
「主人は優しいので、こういう場にいると、つい絆されてしまうんです。身内の恥を晒すようですが…初めてじゃないので。こんなこと」

恥だと言いながら、麻衣香は何処か勝ち誇ったように唇の両端を吊り上げた。
 
初めてじゃない? 私以外にも、淳さんの浮気相手はいたってこと? 麻衣香の言葉になんか、動揺したくないのに。
わなわなと震える手をぎゅっと握って、夕希は平静を保つ。
 

「じゃあ、今日ここに奥様がいらしてることを、淳さんもご存じなんですか?」

夕希の問いかけに、麻衣香は眉をピクリと上げた。まるで彼女の怒りの導火線が眉に乗り移ったみたいだった。その直後、彼女は豹変する。
 
「そんなこと貴女に関係ないでしょ? 答える義務なんて無いわ。流石に妻子ある男と付き合える女は図々しい」
「妻子あるのを黙って、学生と付き合う男だって、相当なものだと思いますよ。それにこれじゃ、正式な取引にならない。ご主人とよく相談の上、弁護士を通して話しをした方が、双方のためです。――前回の時に、そう学ばなかったんですか?」

麻衣香の怒りに、琢朗が痛切に皮肉を浴びせる。更に、怒りに震えるのかと危惧した眉は、だらしなく歪み、勝ち気そうな大きな瞳に、瞬く間に水泡が滲んだ。
居丈高な態度が一変して崩れ、まるで泣き出すのを我慢してる子どものような麻衣香に、夕希は驚いてしまう。広島で会った時には、堂々として、一分の隙さえないように見えたのに。
 
どうやら淳弥の名前が引き金になると、いち早く察した琢朗は、隣の夕希に尋ねる。

「糸井さん、峰さんの連絡先わかる?」
「…え」

以前に使っていたケータイはとっくに解約してしまった。淳弥からの連絡を一方的に遮断したかったからだ。でも、まだ捨てられずに取っておいてあるものもある。
初めて客と店員としてではなく言葉を交わした日に、淳弥から貰った名刺だ


「…ある」

夕希のもたらした小さな情報を元に、琢朗はこの場で、淳弥に連絡を取ろうと、スマホを取り出す。
けれど、もの凄い勢いで、麻衣香は琢朗に掴みかかってきた。
 
 
「ダメっ、淳くんには連絡しないで!! お願いっ!!!」
 
琢朗のスマホを奪おうとして、躱されると、今度は麻衣香はテーブルの上の名刺を、
ビリビリと破り始める。半狂乱になったその姿を、夕希も琢朗も、見守るしか出来なかった。
 
 
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