王太子殿下に婚約破棄されたので、弟君と契約結婚します

紗夏

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①王太子殿下の婚約者

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アデリード・フォン・シュペーは今日18の誕生日を迎えた。この日のために設えてもらった淡いピンクのドレスは、胸元が大きめに開いている。
ふくよかではない胸に、厚底の下着を身に着け、どうにか格好をつけた。

金色の髪が窓からの陽の光に反射して、キラキラと輝いている。

「お綺麗ですわ、アデリード様」



最後に後ろのリボンをきゅっと締めて、ルミエールはにっこりと微笑んだ。彼女は、アデリード専用のメイドで、年は彼女よりも二つ上だ。

センスがよく、優しい彼女を、アデリードは姉のように慕い、信頼している。

「ありがとう、ルミエール。」

今日はこれから、内々で誕生日のパーティーが行われる予定だ。内々と言えど、アデリードの家は王室にも連なる侯爵家で、アデリード自身も王太子リヒトの婚約者だ。

本日は王太子も祝いに来ることになっている。
未来の国王と王妃に少しでも顔を売っておこうと、本日お祝いにかこつけて、エルマー家に訪れる客は、かなり多いらしい。

冷やかしで出したはずの招待状まで、出席の返事が来たと、執事が驚いていたし、厨房は朝からてんやわんやだ。

だが、そうした裏事情や人々の思惑などよそに、アデリードは一人ご機嫌だった。

もうすぐリヒトに会える。

よくある政略結婚だが、アデリードは本気でリヒト王太子のことが好きだった。

この国の貴族の女性は、18から二十歳の間に、結婚をするのが殆だ。それより早いと、何か不始末があったのかと噂されるし、それより遅いと、魅力がないのかと、これまた社交界の格好の話題の的となり、舞踏会にも行きにくくなる。

アデリードも18を越えたら、すぐにも王室に入ることになるだろう。プライドと上昇志向の高いアデリードにとって、ロイヤルファミリーの一員になれることは、何よりの名誉だし、それに何より子どものこ頃から憧れ続けた人の妃になれるのは、単純に嬉しく待ち遠しい。

だが、この日はアデリードの中で、生涯最悪の1日になることを、彼女はまだ知らない。



夕刻になると、シュペー家の居城、シュヴァイツェル城の門に、沢山の馬車が列を連ねた。訪問客の一人ひとりに、アデリードは挨拶をする。

美しいブロンドの髪、深い海のような吸い込まれて行きそうな碧い瞳、陶磁器のように滑らかで白い肌。

アデリードの美しさは、国の中でも、1、2を争う美しさと予てから評判だったが、今宵18の誕生日を迎え、きらびやかなドレスに身を包まれたアデリードは、更にうつくしく、訪れた人たちに感嘆のため息を漏らさせた。


「本当に艶やかでおうつくしい」
「女の私ですら、見惚れてしまいますわ」

そんな称賛の声を、恐縮です、と控えめに受け止めながら、扇で隠した口元は、喜びを禁じ得ないアデリードだった。

当たり前じゃない、私を誰だと思っているの?

美しさと身分は、アデリードの自信と誇りの全てだった。

列席者がまばらになってきて、ホールの入口に立っていたアデリードは、脇の長椅子に腰掛けた。1時間近く愛想笑いを続けていたのだ、疲れてしまった。近くにいたメイドに飲み物を所望し、ふぅと大きく息をつく。


肝心の待ち人リヒトはまだ来ていない。

(王太子殿下はどうなさったのかしら…)

やきもきしたその時、目の前に深紅の薔薇の花束が突きつけられた。


「アデル、おめでとう」

やっと来てくださった!

すぐに花束を受け取り、立ち上がる。

「ありがとうございます、王太子殿下…」

花束を手にしていない方の腕で、目の前の男に抱きつこうとして、はっとなった。

銀髪にエメラルドグリーンの瞳。アデリードが待っているリヒトとよく似た身体特徴を持っているが、リヒトその人ではない。


「クラウス…」

あからさまにがっかりした声で、アデリードは彼の名を呼んだ。

彼はクラウス・
この国の第二王子で、リヒトの弟だ。リヒトより3つ下、アデリードとは1つ違いの17歳。


「殿下はいかがいたしました?」

アデリードはクラウスに尋ねる。

「遅れるから、先に行ってろ、って…」

ぽつぽつとクラウスが喋る。リヒトは明るく華やかな男だが、クラウスは無口で話し方もゆっくりだ。要するに鈍い印象がある。

リヒトを通じての付き合いだが、クラウスのことは、アデリードも昔から知ってる。故に、アデリードは、ついクラウスを軽く扱ってしまう。既に己の身内のような。


「あらそう。つまらないの」

落胆の呟きをクラウスの前で、堂々と言ってしまう。

「でも、後から来るのよね」
「うん」
「そう、それなら良かったわ。クラウスも楽しんで行ってね。可愛らしい女の子も沢山いらしてよ」

そう言うとクラウスは少し顔を赤らめた。

「僕は…っ、そういうのは…」
「知ってる」

向きになるクラウスに、アデリードは意地悪く笑ってみせた。
人見知りで内向的なクラウスをからかってみただけなのだ。


「アデル」

クラウスに呼ばれた時、アデリードの足は、既にホールに向かいかけていた。そろそろパーティーが始まる時間だ。主役不在では始まらない。


「何?」
「いや…その…」

アデリードが振り返ると、クラウスは何かを言いかけて、口ごもる。


「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。――お誕生日おめでとう」
「さっきも言ったじゃない。変なクラウス」

くすくす笑って、アデリードは華やかな舞台に上がってしまう。

彼女の後ろ姿を、クラウスが心細げに見つめていたことなど、アデリードは知らない。




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