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④運命の夜 Ⅱ

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ノルム国の王城はノルエン城と言う。湖畔に佇む白い外壁の美しい城で、晴れた日には湖面が鏡のようになって、城の姿を映し出す。

優美な城だが、今や城内は上を下への大騒ぎとなっていた。日付が変わる頃、アデリードたち4人は、ノルエン城に辿り着く。リヒトなどは城内を駆ける勢いで、王の眠る奥の間に入っていった。天蓋のついた立派なベッドの中で、国王ラファエルは安らかに眠っている。寝顔だと言われれば信じてしまいそうな、死に顔だった。

苦悶の表情もなく、口元は心持ち笑みを浮かべてさえいるように見える。

「ああ、リヒト、クラウス。おかえりなさい」

王妃であり、リヒトとクラウスの母でもあるカルムは、泣きながら二人の息子に縋りつく。日頃は気丈な凛とした女性なのに、やはり突然の伴侶の死で、気弱になってるように、アデリードには見受けられた。

「シュペー侯爵令嬢。あなたも来てくださったのね」

二人の後ろにいたアデリードとヘルガに気づき、カルムはアデリードだけに挨拶をしてから、厳しい目でヘルガを睨みつけた。

「あなたは何故、こんなところにいるの。分を弁えなさい。ここは今、王に近しい人たちだけのための別れの場です」
「けれど、王太子殿下が…」

叱責されて、ヘルガは王太子が勝手に連れてきたのだと言わんばかりだ。

「母上! ヘルガにつらく当たるのはやめていただきたい。彼女は僕の妻になる女性です」

リヒトがヘルガの肩を抱き、彼女を庇うと、霊前だって言うのに、カルムは柳眉を逆立てて怒り出した。

「あなた、まだそんなことを言ってるの? いい加減目を覚まして! 王位継承権第一位はあなたなのよ。国王亡き今、あなたが国を背負っていかなければならないのに…そんな卑しい女と。我が国の法律では、王族は子爵以上の令嬢から妃を迎えねばならないのです。侍女上がりの女なんて認められるわけないでしょう」


(そうだそうだ、王妃様、もっと言って。殿下に相応しい妃はここにいるんだから!)

アデリードは心の中で、王妃を全力応援する。けれど、リヒトは全く意に介さない。

「僕はヘルガ以外の女性とは結婚しません。ヘルガと結婚したら、国王になれないというのなら、僕はならなくて一向に構いません。それだけは知っておいてください。ヘルガがここにいてはいけないというのなら、僕も退室します」

十字架を切り、祈りを捧げ、リヒトはヘルガを連れて部屋を出る。

(なんで? なんで? リヒト殿下…)

生まれて以来、アデリードはこんなに屈辱を覚えたことはない。悔しい。どうしてあんな女がいいのだろう。美貌も教養も知恵も、アデリードの足元にも及ばなさそうな愚鈍な女のくせに。

ぎりっと奥歯をかみしめる。目を大きく瞠っていないと、涙が零れ落ちそうだった。


「シュペー令嬢、クラウス、こちらに」

カルムは二人を寝室の脇にある小さな小部屋に通した。小さいと言っても、ソファもテーブルもある。ちょっとした雑談が出来る部屋だ。

「リヒトは恐らくあの女と別れないでしょう。国王の目の黒いうちに別れさせることが出来なかったのは、こちらの落ち度です。シュペー令嬢、本当に申し訳ありません」

頭を垂れて、カルムに謝罪され、アデリードの方が困ってしまう。王妃に頭を下げられても、恐縮してしまうばかりだ。まして、今回のことは偏にリヒトのせいで、カルムはひとつも悪くない。

「お、王妃様、おやめください。私のような者に頭を下げるなど…」
「リヒトがあそこまで愚かだとは…全て、母親である私の責任です。引いてはシュペー令嬢に頼みがあります。あなたにしかできぬことです」
「え」

なんとなく嫌な予感がする。アデリードの勘は、見事なまでに的中した。真剣そのものの顔で、カルムはこう言ったのだ。


「ヘルガと別れない以上、リヒトに国を継がせるわけにはいきません。シュベー令嬢、クラウスと婚姻し、この国の王妃として、私とクラウスを助けてくださいませんか? もともとあなたはリヒトの王妃となるべく、日夜努力していたのを知っています。このノルム王国の王妃となるのは、あなたしかいません!」
「――!!」

やっぱ、そう来たかーーーーー!

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