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第2章 目には目を パンケーキには蜂蜜を
①
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誰が呼びかけてきたかは、もうわかっていた。
私はゆっくりと振り返る。
「…マスター…」
清潔感溢れる真っ白いシャツに黒いスラックス。
カウンターから飛び出してきたままのマスターが立ってた。
まだカフェは営業時間内なのに。いいのかな、出てきちゃって。
明らか、私を追っかけてきてるよね。
「…あ、お、お見苦しいものを」
「いいんです」
「あ、あとマスターが淹れてくれたコーヒー、私もったいないことしちゃって…」
「いいんですよ」
甘く包み込むような声で、マスターは言う。
「コーヒー淹れ直しますよ。戻りませんか?」
「え、でも」
まだ店内には透と美雪がいる。あの中におめおめ入っていくのは嫌だ。
「あの方たちなら、すぐに出ましたよ? あの恰好じゃあね…」
くくっとマスターは低く笑う。
そっか、私がコーヒーぶっかけたんだ。
マスターに導かれるままに、私は来た道を戻る。いつもカウンターの中にいて、腰から下を見たことなかったから、びっくりした。
マスターすごく、足長い。それに、前を歩く背中が、ピンと伸びて、より長身の背を高くスマートに見せてる。
どうして追いかけてきてくれたんだろう。
常連って言っても、マスターは私の名前くらいしか知らないはずだし、私に至っては彼の名前すら知らない。
でも、来てくれたのがこの人で良かった…そう思った。
店に入る前にマスターが裏の通用口から、取ってきた上着を貸してくれた。
「お店の裏側ってこんな風になってるんですね」
「ええ。あんまり手入れしてないので、見ないでくださいね。上着、イヤでなかったら着てください。それ着ていたら、誰も先程の女性だとは気づかないはずですから」
「……」
寒くないのにな、と思ってたんだけど、マスターの心遣いを知って、また一つ胸に刺さってた棘が取れたような気持になった。
「ありがとうございます」
大きめのブルゾンを、私は遠慮なく羽織った。ブルゾンを翻した時に、ふわりとコーヒーの匂いが鼻を掠めた。
透と美雪はマスターの言う通り、いなくなっていた。
「おかえりなさい」
とアルバイトの大学生の女の子が、にやにやしながらマスターを出迎える。
「ああ、お店番ありがと」
いろいろ問いたげな大学生の視線を、マスターは瞬殺して、手を洗い、すぐにコーヒーを淹れ始める。
私はテーブル席のお客さんに背を向けて、カウンターに座った。
さっきひそひそ話や興味本位たっぷりの視線を送ってきたお客さんたちも、まだ残っていたのに、出戻ってきた私には気が付いてないみたいだった。
「ちょっと服装とか変えるとね、気が付かないものですよ。人間の記憶力って、案外頼りない」
「そうなのかもしれないですね」
だって、もう。透のいいところが思い出せない。
優柔不断で煮え切らなくて、プライドだけはいっちょ前に高い。
それでもそんな欠点を補う長所だって、私は知っていたはずなのに。
目の前でこぽこぽと音を立てて、コーヒーが抽出されていく。
マスターは慣れた手際で、コーヒーをかき混ぜる。
「どうぞ」
とマスターはカウンター越しに、私にコーヒーを差し出し、続いてパンケーキも出してくれた。
私はゆっくりと振り返る。
「…マスター…」
清潔感溢れる真っ白いシャツに黒いスラックス。
カウンターから飛び出してきたままのマスターが立ってた。
まだカフェは営業時間内なのに。いいのかな、出てきちゃって。
明らか、私を追っかけてきてるよね。
「…あ、お、お見苦しいものを」
「いいんです」
「あ、あとマスターが淹れてくれたコーヒー、私もったいないことしちゃって…」
「いいんですよ」
甘く包み込むような声で、マスターは言う。
「コーヒー淹れ直しますよ。戻りませんか?」
「え、でも」
まだ店内には透と美雪がいる。あの中におめおめ入っていくのは嫌だ。
「あの方たちなら、すぐに出ましたよ? あの恰好じゃあね…」
くくっとマスターは低く笑う。
そっか、私がコーヒーぶっかけたんだ。
マスターに導かれるままに、私は来た道を戻る。いつもカウンターの中にいて、腰から下を見たことなかったから、びっくりした。
マスターすごく、足長い。それに、前を歩く背中が、ピンと伸びて、より長身の背を高くスマートに見せてる。
どうして追いかけてきてくれたんだろう。
常連って言っても、マスターは私の名前くらいしか知らないはずだし、私に至っては彼の名前すら知らない。
でも、来てくれたのがこの人で良かった…そう思った。
店に入る前にマスターが裏の通用口から、取ってきた上着を貸してくれた。
「お店の裏側ってこんな風になってるんですね」
「ええ。あんまり手入れしてないので、見ないでくださいね。上着、イヤでなかったら着てください。それ着ていたら、誰も先程の女性だとは気づかないはずですから」
「……」
寒くないのにな、と思ってたんだけど、マスターの心遣いを知って、また一つ胸に刺さってた棘が取れたような気持になった。
「ありがとうございます」
大きめのブルゾンを、私は遠慮なく羽織った。ブルゾンを翻した時に、ふわりとコーヒーの匂いが鼻を掠めた。
透と美雪はマスターの言う通り、いなくなっていた。
「おかえりなさい」
とアルバイトの大学生の女の子が、にやにやしながらマスターを出迎える。
「ああ、お店番ありがと」
いろいろ問いたげな大学生の視線を、マスターは瞬殺して、手を洗い、すぐにコーヒーを淹れ始める。
私はテーブル席のお客さんに背を向けて、カウンターに座った。
さっきひそひそ話や興味本位たっぷりの視線を送ってきたお客さんたちも、まだ残っていたのに、出戻ってきた私には気が付いてないみたいだった。
「ちょっと服装とか変えるとね、気が付かないものですよ。人間の記憶力って、案外頼りない」
「そうなのかもしれないですね」
だって、もう。透のいいところが思い出せない。
優柔不断で煮え切らなくて、プライドだけはいっちょ前に高い。
それでもそんな欠点を補う長所だって、私は知っていたはずなのに。
目の前でこぽこぽと音を立てて、コーヒーが抽出されていく。
マスターは慣れた手際で、コーヒーをかき混ぜる。
「どうぞ」
とマスターはカウンター越しに、私にコーヒーを差し出し、続いてパンケーキも出してくれた。
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