11 / 41
第3章 辞表は切り札に
④
しおりを挟む「…ああ、そうだね…それも言わないと…。部長になんて言おう」
…部長も主賓として招かれるの、楽しみにしてたからなあ。
ホント、透のやらかしたことの影響って絶大だわ。
けど、とりあえず透がまだ社内の人間には、漏らしてなくて一安心。
仕事はデキるけど、背も態度もデカくて男勝り。そんな私が、後輩に男寝取られた挙句に、婚約破棄されたなんて、会社にいられなくなる。
情報操作って大事。だから、絶対この件に関しては、私がイニシアチブを取りたい。先手必勝。
私の直属の上司は柏木一斗課長。
34才。独身。
頭は切れるし、部下にも優しい。屈託ない性格で、飲み会の席では下ネタなんかもバンバン言うけど、不思議と女子社員からも嫌がられない。
唯一の欠点は、営業のくせに、服装に全くこだわりのないところだ。
今日も皺の取れてないシャツに、擦り切れたスラックス。靴もいつから磨いてないんだろう…というくらい、光沢がない。…一応革ですよね、それ。
素材が悪くないだけに、もったいない。
「おう、おはよ、御園」
普段通り、気さくに挨拶してきた課長に、私は早速声を掛けた。
始業時間まではまだ10分ある。
「あの、課長に私事で相談があるんですが」
私はそう切り出した。
「どうした?」
私事。そう言ったから、気を遣ってくれたんだろう。
課長は、営業課の奥の取引先との商談に使う小部屋を開けてくれた。
ガラスで仕切られてるだけだから、中の様子は丸見えだけど、話の内容は外には漏れない。
オフィスの椅子より、遥かに座り心地のいいソファに腰掛けて、私は開口一番こう言った。
「…仕事やめようかと思ってるんです」
うちの会社は機能性食品を製造販売している。
国内の工場は1か所しかない小さな企業だけれど、昨今の健康志向で、売り上げも業績も右肩上がり。
本社も工場も人手が足りない状態だ。
そんな中で、退職の意向を、それも部下思いの柏木課長に伝えれば、まずは引き留めにかかるのは、目に見えてる。
そして、現在私が担当してるのは、スーパーやドラッグストア、大手の量販店がメインで、納品数も多い。逆に透は、コンビニがメイン。
別に、仕事が出来る出来ないで、人間の価値が決まるわけじゃないのはわかってる。
でも、多分、今、このフロアに置いて、私と透、どちらが必要かって言ったら、きっと私だ。
そんないやらしい計算もした上で、私はあえて、切り札を切った。
失敗したら、私は婚約者だけでなく、仕事すら失いかねない。
けれど、元フィアンセとその相手と、同じ会社でなんて、絶対嫌だ。どっちみち、どっちかがやめなきゃいけなくなるだろう。
今日はあえて、口紅もアイカラーも暗めのトーンで統一してきた。
ここで私が演ずべきは、何の非もないのに、突然婚約を解消された可哀想な女、だ。だから、透のことも彼女のことも、悪くは言わない。
あんな女だから、浮気された上に乗り換えられるんだよ。
そんな風に課長や他の社員に思われたら、全部水の泡だから。
自分の立場は守りつつ、じわじわと透と彼女の立場を追い詰める…そうでないと復讐の意味がない。
「なんだ、寿退社か? 御園らしくない」
「違います、逆の方向です」
「逆?ってーと…」
顎に手を当て、柏木課長は首を捻る。
「結婚の約束が反故になりました」
「何だってぇ?」
ガラスの仕切りを飛び越え、営業課のフロアにまで、届くんじゃないかと危ぶむような大声だった。
3
あなたにおすすめの小説
【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します
112
恋愛
伯爵令嬢エレオノールは、皇太子ジョンと結婚した。
三年に及ぶ結婚生活では一度も床を共にせず、ジョンは愛人ココットにうつつを抜かす。
やがて王が亡くなり、ジョンに王冠が回ってくる。
するとエレオノールの王妃は剥奪され、ココットが王妃となる。
王宮からも伯爵家からも追い出されたエレオノールは、娼婦となる道を選ぶ。
地味で無才な私を捨てたことを、どうぞ一生後悔してください。
有賀冬馬
恋愛
「お前のような雑用女、誰にでも代わりはいる」
そう言って私を捨てたディーン様。でも、彼は気づいていなかったのです。公爵家の繁栄を支えていたのは、私の事務作業と薬草の知識だったということに。
追放された辺境の地で、私はようやく自分らしく生きる道を見つけました。無口な辺境伯様に「君がいなければダメだ」と熱烈に求められ、凍っていた心が溶けていく。
やがて王都で居場所をなくし、惨めな姿で私を追いかけてきた元婚約者。
「もう、私の帰る場所はここしかありませんから」
絶望する彼を背に、私は最愛の人と共に歩み出します。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました
鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」
そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。
王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。
私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。
けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。
華やかな王宮。
厳しい王妃許育。
揺らぐ王家の威信。
そして――王子の重大な過ち。
王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。
離縁を望んでも叶わない義妹。
肩書きを失ってなお歩き直す王子。
そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。
ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。
婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる