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余談的挿話Ⅱ

マスターの場合 前編

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「あはは。それで結局玄関先で帰しちゃったの?」

僕の情けない話を、想像通り光さんは笑い飛ばした。

まだ身体中怠いし、熱のせいか眠気も半端ない。そういう人間の家にあさイチで押しかけてきて、「昨日、あの後どうした?」もないもんだと思うけれど。


「当然じゃないですか。未婚の若いお嬢さんを、一人暮らしの男の家になんて、招き入れられないでしょう」

そう言いながら、僕は冷蔵庫から、昨日彼女がくれたビタミンゼリーを取り出した。

昨日の夜も結局食欲がなくて、だけど、薬を飲まなきゃいけなくて、どうしよう…と困った時に、思い出したのが、御園さんがくれたコンビニの袋だった。

中味をロクに確かめもせず、ビニル袋ごと冷蔵庫に突っ込まれてた。その中から、めぼしいものを探した時に見つけたのだ。

味の違いか三つのカラーのパウチが入ってた。適当の手にしたパックを口にする。飲むと食べる、中間くらいの食感のそれは、冷たくて喉越しが良くて、発熱中の人間にはありがたい食べ物だった。


今朝も、これを食してから、薬を飲もうと思って、手にしたのだが、すぐに光さんに見つかった。


「あら、気の利いたもの持ってるわね。昨日買ったの?」
「…御園さんがくれたんです。彼女の会社の商品らしい」

ミネラルウォーターのボトルとぜリーを手に、ソファに座り込んだ。

脇に挟んだ体温計を取り出してみる…38.5度。あーあ。


昔は熱なんて一晩で下がったものだが。そもそも滅多に風邪なんて
引かなかったのに。そんな愚痴を言おうものなら、4つ上の光さんに、
「免疫力と抵抗力が落ちてるのよ~、やあね~、年は取りたくないわね」なんて言われるのがオチだから、黙ってる。


「あら、咲良ちゃん、素敵。そういう着回し出来る子って、ポイント高いわよね」
「……」

光さんの言葉は無視して、ゼリーを吸う。冷たい喉越しが心地良い。

今日も店は、休まざるを得ないかもしれない。

アルバイトの星野さんが今日は、出勤予定だったから、連絡して、休んでもらわないと…。
あ、でも廃棄になってしまう食材があったから、とりあえず出勤してもらって、掃除と冷蔵庫の整理だけはしてもらおうか。

靄がかった頭で考えるのは、自店の切り盛りだ。


「貴方、咲良ちゃんのこと、気に入ってるんでしょ? せーっかく私が気を利かせて、2人きりにしてあげたのに。玄関先で帰しちゃうなんてもったいな~い。ま、押し倒せとは言わないけど」

…とても弁護士とは思えない過激なセリフを、光さんは平気で言う。
けれど。
誰にも言ったことのない感情を見抜いていたのは、流石だった。


ただし、気に入ってる――というと、語弊がある。
客と店主…踏み込めないラインがあるのは覚悟の上で、なお、僕にとって彼女は『気にかかる』存在だ。


「そんなこと出来るわけないじゃないですか」

彼女は失恋したばかりだし、今、その相手の男への復讐に燃えてるわけだし。


「そうねえ。カフェの名前baumだけど、あれ、まんま智ちゃんのことみたいだもんね。ドイツ語で『木』 ぼーっと、鳥や虫が寄ってくるのを待って立ってるだけ」
「……」

体調悪い人間に、わざわざケンカ売りに来たのか、この人は。
普段なら一言二言返すけれど、ちょっと応戦できそうにない。億劫だし、頭、回ってない。


「たまには積極的に追いかけてみればいいのに」

しましたよ。自分にしては、滅茶苦茶画期的積極的に。
光さんの知らないシーンを、自然に思い出していた。


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