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第7章 運命の恋とか言われても、慰謝料は下げません

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最初に私と会った時と同じように、次の日、彼女は始業前の営業課に乗り込んできた。


「御園さん、お話があるんですけど」

最初っから挑戦的に呼び出された。もう何人か出社して来てるから、総務の女の子の出撃に、みんな「え?」と驚いてから、次の瞬間に「ああ…あの子か」と納得したような顔つきになる。

もうこれ以上私を会社にいづらくしないでほしいんだけどな。

でも彼女の希望を叶えないと、また何をしてくるかわからないから、「始業までには戻ります」と声を掛けて、席を立った。


「透くん、異動になるって聞いたんですけど」
「…そうみたいだね。ねえ、幾ら結婚の約束していても(透を彼女の婚約者とは呼びたくない)、社内で『透くん』はどうなのかな。宮本さん、って呼ぶべきだと思うんだけど」
「そんなことどうでもいいんですっ! あなたが営業の課長と枕して、元カレ左遷させたって、専らの評判ですよ? 大体これ!」

水戸黄門の印籠よろしく美雪が、私の眼前につきつけてきたのは、私が透に私が慰謝料の請求書だった。どうやらコピーらしいけど。


「枕って…」
「みんな言ってますよ。課長にうまいこと吹き込んだって…」

みんなって誰だよ、大方あんたのインスタのフォロワーとか、社内でのランチ仲間とかそういうせまーいエリアのせまーい見解だろうけど。


ふざけんなよ。みんながみんな、あんたみたいに頭も尻も軽いと思うな。


「はあ? いつ私が課長と寝たっていうの? そういう根も葉もないこと、言ってると名誉棄損でも訴えられるよ?」
「…でも?」

おばかな頭でも、流石に私が言葉に込めた意味は理解したつもりだった。


「これね」

私は美雪の手から、慰謝料コピーの用紙を奪う。


「これは飽くまで、私が透に当てた慰謝料の請求書で、私はあなたにも請求する権利があるの」
「は?」

美雪は怪訝そうな顔になる。


「なんであたしがあなたなんかに、慰謝料払わなきゃいけないんですか。妻でもないくせに」
「妻になるはずだったから――よ。その権利をあなたが壊した」
「そんな約束関係ない。私と透くんは運命なの!」
「運命?」

やけに大げさな言葉が出てきたな。


「最初から結ばれる運命だったんだから。だから、神様も祝福してくれて、赤ちゃん授けてくださったのに」
「……」

考え方も価値観も違い過ぎて、突っ込みすら出来ない。


私の中では、避妊もされずにヤリ逃げするつもりだったのが、運悪く子ども出来ちゃって、透は責任とらされた――って印象だったのに、彼女の中では、それが『運命』ってことになっちゃうのか。

お花畑思想も、そこまで行くと凄い。


「だから、慰謝料なんて払いませんから!」

運命の恋で、神様も認めてくれたから、人間が決めた法律は知ったことないってこと?

うーわー、透! 目ぇ覚ました方がいいって。
この子絶対いろいろ変。



朝から疲れた…もんのすごーく疲れた。化粧室の鏡に映る顔は、有給明けの火曜だってのに、終電で帰る日が続いた金曜日の夕方みたいなお疲れモードだ。

軽くチークをはたいてから、お気に入りのミントタブレットをポンと口に投げ入れて、頭の中リフレッシュさせる。
プライベートで何があっても、仕事はきっちりやりたいから。



そして、夜になってから、冴木さんから連絡があった。
透が依頼した弁護士事務所から、連絡が来たらしい。


「…結構めんどくさいことになるかも」

はきはき喋る冴木さんなのに、今日は口が重たい。
いいことじゃないんだと、その口調だけで察せてしまう。


「何て言ってきたんですか?」
「慰謝料には応じる――だけど、婚約を破棄した原因と理由は、そちらにもある――だから、減額を要求する、って」




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