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第7章 運命の恋とか言われても、慰謝料は下げません
⑤
しおりを挟む金曜日、営業課での最後の日。
通常、営業から出て行く人がいる時は、最後の日に送別会を開くのが、うちの課の決まり。けれど、今回は送られる本人から「そういうのはいらない」という要望があって、送別会と言う名の飲み会はなくなり、最後の日に、みんなから集めたお金で買った花と記念の品を、女子社員から渡すに留まった。
「宮本さん、いなくなると寂しくなります」
「工場行ったときにはお土産沢山ください」
そんなことを口々に言われて、透は苦笑いする。――けれど、何処か生気のない笑顔だった。
「今回の異動は君には君にとっては希望してないものかもしれないが、花は咲く場所を選ばないという。プライベートでも変化があるみたいだし、身体に気を付けて頑張りなさい」
今回の婚約破棄の件では一番激怒していたという噂の部長だけど、送り出す時はあったかい言葉を、透に投げかけていた。
透は、餞別のお礼と、ここでお世話になったことを述べ、このフロアを後にした。
透との対決は2週間後に決まっている。本人たちと互いの弁護士が集まって、交渉をすることになった。私が希望したからか、美雪も来ることになっている。
お互い罵り合い、責任のなすり合いの泥仕合になるかなあ。これで決まらなかったら、調停、その次は裁判。
その日まで、出来たら透とは接触したくなかった。なのに――。
タイムカードを切って、ロッカーからバッグを取り出し、ビルを出て、右へ。いつものルートを通ろうとしたら、いきなり遮られた。
「咲良…」
私の目の前には、透が立っていた。
「待ち伏せしてたの?」
「もう一度話したくて」
「話だったら、調停の場でして? 私はあなたと二人きりになりたくない」
透の脇をすり抜けて、駅に向かう。
冴木さんにも同じように言われてる――下手に言質取られても嫌だから、あんまり接触しないでほしいと。対決するのは一度だけでいい。
「咲良、待って」
透を置き去りにして行こうとしたのに、透は私の肩を掴んできた。
「…触らないで」
「そんなこと言うなって。――悪かったと思ってる…」
今までと一転して、謝罪の言葉を透は口にした。
「……何なの、急に」
「なあ。調停とか裁判とかやめようぜ。時間も金も掛かるばっかりで、お互いいことないだろ? 咲良はさ、その弁護士に騙されてない? 向うは仕事欲しいから、そういう風に言うんだろ?」
私が足を止めたせいか、透は嵩にかかって身勝手な意見をほざき始める。手元にコーヒー持ってたら、またぶっかけてやったのに。
手は出しちゃだめだよね。きっとこっちが不利になる。
グーパンしてやりたいのを、ぐっとこらえてから言った。
「私が騙されてたのは、あなたの優柔不断て言う名前の優しさにだと思う。見栄っぱりで、プライドばっかり高くって――。今も、親切そうな顔して、本当は自分が負けそうだから、私の方から手を引かせたいだけだよね?」
「咲良…違うよ。本当に俺が悪かったって、思ってるだけだよ。それに…俺も騙されてただけなんだ」
「誰によ」
「美雪だよ! あいつ、俺と同時に経理の男とも付き合ってたみたいで…」
「…運命の恋とか私には言ってたけど?」
「俺も言われたよ! 腹の子は、絶対に俺の子に間違いないって。経理の男とは俺と付き合えないから、代わりにつき合ってただけだって…なあ、咲良。女って、妊娠した場合、どのタイミングでセックスした時に出来た赤ん坊かって、確信できるものなのか?」
「……」
呆れて言葉も出てこない。こんなばかと付き合ってた自分のばかさ加減にも腹が立ってくる。結婚しないで良かった。心からそう思う。
「知るかっ!」
そんな尻も頭も軽い女と一緒にしないでほしいわ。妊娠したこともない私に、どうしたら妊娠確定日がわかるんだ、っつーの。
「だよなあ。だから俺も被害者なんだって。咲良。美雪との結婚はもう決めちゃったし、しょうがないけど、せめて慰謝料だけでも減額…弁護士費用もさあ、親に泣きついて、やっと出してもらってるありさまで…俺が謝ってすむことだったら幾らでも…」
「悪いけど」
バン!と脇にあった街路樹に持ってた通勤バッグを叩きつけた。直接ぶつけはしなかたtけど、透の行く手を阻む格好にはなったから、透は一瞬ビビッて、歩みを止める。
「ごめんで済むんだったら、警察も弁護士もいらないの! 100万っていうお金が絶対に欲しいわけでもないけど、あなたとの対決は、一歩も引く気はないから、向うの弁護士さんにも言っておいて。宮本透と白井美雪、双方から合わせて100万の慰謝料と謝罪…。これ以外に、示談の成立条件なんてないから」
あー、もうなんか逆にせいせいしたかも。
早く家に帰って、冴木さんにこのばかのこと、話して愚痴って笑い飛ばしてもらいたい。
2
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