AIに意識を移植されたのでちょっと異世界に行ってきます

鉛風船

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異世界へ

#7 異世界

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 エリシャはとてもいい子だった。礼儀も礼節も弁えている。獣の姿の俺に対しても払われる敬意に、彼女の育ちの良さが垣間見えた。
 暫く俺とエリシャは草原で話していた。
 エリシャは時々黙り込むことがある。それは決まって他の人の話をするときだった。そういうときエリシャは決まって眉間に皺を寄せ、頻りに唾を飲む。
 俺はエリシャに思い切って聞いてみることにした。

「やっぱり気になるか?」

「ううん…………ごめんなさい、やっぱり今のは嘘。本当は凄く気になるわ。ネモに悪いと思って聞かないでいたけれど、ねえ、そろそろ私、行くわ」

「戻るのか?」

「……うん。だってまだ私の部下が中に取り残されているもの」

「倒れる直前の記憶はないのか?」

「どうして? 私知っているわ。倒れていた私を助けてくれたんでしょう? 感謝しているのは本当よ。けれどそこまでしてもらう義理はないはずよ」

 やはり、覚えていないようだ。倒れていたのは事実だが、そんな生易しい言葉で片付けられるものじゃあなかった。もしかしたらエリシャの記憶がわざと思い出さないようにしているのかもしれない。

「覚えていないんだな」

「どういうこと?」

「本来ならば君はあそこで死んでいたんだ。腹部の銃創が原因でね。頭蓋の内出血もしていた。腹部の傷なんて君の子宮を破壊し、骨盤を粉砕していたんだぜ」

「そんな……でも私は生きているわ。若しそんな傷を負っていたならこんな風にお喋りも出来ないはずよ」

「俺が治したからな。危ないところだったけど、何とか治療できた」

「どうやって治療したの? 大体、それが本当なら私の部下たちも危ないじゃない。尚更助けにいかないと」

「死ぬかもしれないのに?」

「そうよ」

「死んでいるかもしれないのに?」

「ええ」

 エリシャは寝ているときも思ったが頑固な性格だ。こうなったら意地でも行くだろう。そして、あの場所へ辿り着き、部下が死んでいることを思い出す筈だ。俺はそれを止めるつもりはない。
 だが、折角蘇生させた命を再び死なすなど俺には出来ない。

「じゃあ行ってくるわ。助けてくれてありがとう」

 エリシャはダンジョンの入り口へ手をかけた。青々とした草原の真ん中、地面からにゅぅっと突き出たそれは酷くいびつで、無機質な白いタイルとエリシャの格好が相まり、未来からのタイムトラベラーに見えた。
 俺はその横に無言で立った。尤も、今は豹の姿なので四つ足でだが……。まあ兎に角、そもそも俺はエリシャを一人で行かせる気は毛頭なかった。

「俺はついていくだけだ。気にしなくていい」

「でも……」

「うるさい奴だな。黙って背中に乗れ」

 俺はエリシャ今にも駆け出していきそうなエリシャの股の間に顔を入れ、肩車の要領で背中に彼女を乗せた。

「きゃああ! 何をするの!? こらネモ!」

「付いていくと言ったじゃないか」

「これじゃあ連れていかれるじゃない! 下ろしなさい! 今すぐよ!」

「嫌だね。降ろすもんか。俺はあんたの命を助けたんだ。そいつがまた死にに行くとか抜かしやがるのなら、付いていって守るまでさ」

「……ネモ」

 こうして俺とエリシャは忌々しい謎の施設に戻ることになった。
 俺としては、こんな危険な所などおさらばしたいところなのだが、こればっかりは仕方がない。エリシャの自由も最大限に尊重しなければならないのが辛いところだ。
 ロープを辿り、何回も階段を下りる。
 俺の視界にあの惨状がフラッシュバックした。体が機械になったのにも関わらず、トラウマは健在なようで、吐き気を催す地獄がちかちかと俺の脳内を侵食する。
 おい、機巧核! 機械にもトラウマがあるってどういうことだ? 俺は完全無欠な存在になったんじゃないのか?

『それは違います、マイマスター。 トラウマ機能は寧ろ機械だからこそ付いている機能なのです。想像してみてください。若しマスターがトラウマもなしにあの場所へ行ったらどうなるとお思いで?』

「吐くかも」

「何か言った?」

 俺は無意識に声に出してしまっていたらしい。背後の視界ではエリシャが怪訝そうな顔で俺を見ている。俺は、何でもない、と頭を振った。

『そうならないために耐性をつける意味でこの機能を搭載しています』

 成る程な。だが、今はその機能をオフにしろ。エリシャが出来て俺に出来ないなんて格好が悪すぎる。自分の力だけで克服してやるさ。

『そう仰るのなら仕方ありません。トラウマ機能はオフにしましょう』

 話のわかる奴で助かった。俺はいよいよあの広場に続く階段を下りた。
 広場は相変わらず広い。向こうにある下り階段が豆粒に見える。そして、その間には乾燥して赤黒くなった大量の血痕と異臭を発する肉片が散らばっている。
 俺とエリシャはそれらの前で立ち止まった。

「お前の仲間たちはここにいる」

「……そんな! これが私の仲間だというの!? これがマルにモロ、ペト、トネ、キセだと言うの!?」

 そうか。これが草むらで話していた人たちか。俺は彼女が時々暗い顔をした理由を理解した。

「エリシャはこの光景を最初から見ているはずだ。だからこれをやった犯人もわかるはず。思い出せるか?」

 俺は我ながら鬼畜なことをしていると思う。これこそトラウマを掘り返す行為だ。彼女の一番脆い部分を壊しかねない。
 しかし、彼女は涙を一筋零しただけで凛とした姿勢で虐殺の現場を見ていた。その姿は俺なんかよりも強く、高尚で、近寄りがたい高貴さがあった。

「これは誰にやられた?」

「わからない。思い出せないわ」

 エリシャが頭を抱える。頭蓋の内出血のせいで記憶が飛んでいるのか。原因を究明するという意味では思い出して欲しいところだが、それは彼女に酷だ。自然に思い出すのを待った方がいい。
 俺の背中から降りたエリシャが汚れるのを厭わず、地獄の中に飛び込んだ。
 俺は思わず声を掛けようとした。それは血みどろになるエリシャの姿に抑えられる。
 エリシャにとって彼らはどのような存在だったのだろうか? 俺にはそれを推して測る度胸はない。知ってしまったらきっと彼女を哀れんだだろう。
 しかし、それはエリシャが最も嫌う行為だ。俺は彼女と話した短い間にその事を理解した。だから俺は彼女を哀れんだりなどしない。彼女の誇り高い意思をへし折ったりはしない。
 部下たちの遺品を抱えたエリシャが戻ってきた。

「これ、持ち帰ってあげないと彼らも浮かばれないわ」

 エリシャは笑って見せた。その笑顔はどんな笑顔よりも悲しく見えた。

「ここにいる人たちはね、私の部下だったの。今日は国を上げてのダンジョン攻略で、私の部隊の任務は敵の偵察。……まあ、失敗しちゃったんだけどね。ははは、私は何て報告したらいいのかな? 教えてよネモ」

 最後の方は嗚咽混じりになって、殆ど聞き取れなかった。だが、俺にはエリシャの懺悔がしっかりと聞こえた。

「誰にでも失敗はある、としか言いようがないな。…………済まない。何の解決にもならない言葉だ。若し俺がエリシャの立場だったのなら、俺はエリシャのように指揮官らしく振る舞える自信はない」

「そんなの答えになってない!」

 エリシャが叫んだ。

「…………ごめんなさい。ネモは優しいんだね…………私は人殺しの部隊長だよ…………ねえ、どうしてネモは私を助けたの?」

「エリシャが生きていたからだ」

「私じゃなく他の人だったらどうしてた?」

「その人を助けていたな」

「じゃあさ…………今ここで私を殺して他の人を助けてくれる? ほら…………さっき言っていたでしょう? 私は本来ならば死んでいたって。ネモが死者を甦らせることが出来るなら私の命を犠牲に出来ないかな? …………それとも私の命だけでは足りない?」

 俺はぶち切れた。ナノマシンのパワーで一瞬にしてエリシャの喉元に食らいつくと、エリシャを押し倒す。
 エリシャは抵抗しなかった。寧ろ自分の死を受け入れたかのように優しく俺の頭に手を添えた。
 人工音声を体全体から発し、俺は思い切り威圧した声を出した。

「俺はお前を死体の山の中から見つけた。どういうことかわかるか? お前を守るために、仲間が肉の盾になってお前を助けたんだ! それをお前は自分の死で仲間を生き返らせろと言う! 傲慢なのもいい加減にしろ! お前は生かされたんだ! 仲間の命で生かされたんだ! さも自分の命が高尚なように言うがな、お前の命はこの世で二番目に汚れた存在だ! それを自覚して、貰った命を大切にしろ!」

 エリシャは俺の頭から手を離し、泣きじゃくっていた。大声で泣き叫び、転がる骸が空しく彼女を慰める。俺はエリシャの首から離れた。
 しばしの時間が経った、

「……これがダンジョンなんだね。怖いよ」

「ダンジョン?」

「うん。ネモもダンジョンの守護者なんでしょ?」

 俺はエリシャの頬を伝う涙を前足で優しく拭う。
 何だそれは? エリシャの会話から何度か出てきていた単語だが、全く身に覚えがない。地球上にダンジョン何てものはないはずだ。それに守護者も良くわからない。守護霊か何かか?

「違う」

「嘘ばっか。でもネモみたいな守護者がいて嬉しいわ」

「さっきから何を言っているんだ? 俺は守護者ではないし、ダンジョンなんてものも知らない」

「じゃあネモは何なのよ?」

「俺は……ロボットだ」

「ロボット?」

「機械だってこと」

「でもネモは獣じゃない」

「人間にもなれる」

 俺はエリシャの姿に変形した。裸なのはエリシャの服をすぐに脱がしてしまい、よく覚えていないからだ。
 はあ、売り言葉に買い言葉で人間のそれも女性になってしまった。こうして触ってみると、色々と柔らかいな。癖になりそうだ。
 エリシャが上半身を起こし、俺の方へ詰め寄ってきた。

「何それ!? 凄いわ! 魔法? どんな属性魔法なのかしら?」

 エリシャの声を完全に模して俺は言う。

「これがロボットよ」

 そんなことより、今は守護者とかダンジョンだとかの方が大事な話だ。俺は逸れた話を戻すためにエリシャの姿のまま質問をした。

「ダンジョンっていうのは他にもあるの?」

「あるわ。今回の出現数も合わせれば三百箇所ね」

「今回ってことは前回もあったの?」

「前回も前々回もあったわ。今回は三回目のダンジョン出現よ。ネモは守護者なんだから知っているはずでしょう?」

 だから、俺は守護者ではない。しかし、これまでの会話を総合すると、どうやらここは俺の知っている地球ではないらしい。初めて見る人種、初めて聞く言語、初めて聞く言葉。俺と機巧核はあまりの情報量の多さにパンクしそうになった。
 ここまで来ればいい加減言い逃れはできない。俺はあえてそのことから目を瞑っていた。まさかそんなわけあるまい、と高を括り考えることすら避けていた。だが、それももう限界である。

「『ここは異世界だ!』」

 これで多くのことが解決する。はあー、今日は何だか大変な一日だなあ。後はゆっくりごろごろしていたいぜ。どうせ、これ以上何かが起こるわけないんだし。
 いや、待てよ? そうしたらどうして異世界の住人が海底二万マイルなんて知っていたんだ? 
 それはまたあとで考えればいいか。今日はもう疲れた。何処かでゆっくりと休めないかなあ。

『マスター。それは俗に言う、フラグ、というものではないでしょうか?』

 すると、機巧核の声に呼応するかのように、軍靴の音が行進曲に合わせて鳴り響いた。
 音の出所を見ると、広場の奥から数々の兵隊アンドロイドがこちらへ向かって行進してきた。
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