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異世界へ

#14 ドラ司令官

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 いち早く気絶から復活したドラは早速使い魔であるインプを飛ばし、エリシャとネモの後をつけさせることに成功した。
 そして、彼らが、オドロの森に着地したことも突き止めた。

「よりにもよってオドロの森か……!」

 オドロの森は大変危険な場所である。それこそ、ドラでさえも五十人規模の編隊を組んで行かないと生存は保証できない。
 何が森を危険足らしめているのか……それは一つではない。幾つもの要因が絡まり合い、森の危険度を跳ね上げている。
 まずは、森の狩人であるマンティコアだ。彼らは一見すると髭を生やした老人のような顔をしており、木々からひょっこりと覗かれた程度では、人間かどうかの判別は難しい。とはいえ、マンティコアは獅子の体を持っているので、引っ掛かる者はそうそういないだろう。
 もし、気が付かなければ……諦めた方がいい。口を開けば見える鋭い牙に猛獣の瞳、体は強靭であり誤って近づいた人間を一飲みに出来るのだから。
 それだけではない。森にはお化けランタンがいる。お化けランタンは普段木の幹に止まっているが、獲物を見つけると、発光器官を光らせておびき出し、群れの元まで誘導すると、一気に強襲して骨まで残らず食べてしまう。
 これら森の住人たちは完全に人間を補食対象としている。群れで襲われたら五十人の編隊といえども、無事ではいられまい。その様な森に自分から入るなど、狂気の沙汰でしかない。例えそれが逃亡目的であったとしてもだ。寧ろ自身の生存率を下げてしまう。
 出会うのが肉食性の精霊ならまだいい。彼らは縄張りがあり、そこに近付かなければ襲われることはないからだ。だが、他の精霊たちはそうもいかない。
 水辺の近くに浮いているウィル・オー・ウィスプは底無し沼へと誘惑しようとし、迷い草は雑草に擬態しているので見分けがつかない。もし踏んでしまうと方向感覚を狂わせられ、自分の家の庭でさえ迷ってしまう。
 肉食の精霊だけでなく、これらの精霊にまで対処しようとなると、それこそ森を焼かねばなるまい。それは絶対に出来ないことだった。
 何故なら、森の最深部にはワイバーンが潜んでいるからだ。ワイバーンは森の統治者とも呼ばれており、生態系の頂点に位置する。目撃されれば軍が出動し、近隣の村は避難地域に認定され、ワイバーンの移動が確認されるまで立ち入り禁止になる。
 何を間違って竜の尻尾を踏みに行かねばならないのだろうか。いや、行くまい。
 故にドラは頭を抱えた。今は使い魔のインプに後を追わせているが、それもいつまで続くかは分からない。インプも又森の中では被捕食者なのだ。エリシャとスライムだけで森を抜けることは不可能であろうが、もしもの場合がある。その為に何としても監視の目は外せない。
 その折だった。使い魔からの連絡が突如として途絶えた。何度呼び掛けても応答しない。ドラは召喚主のみがわかる、使い魔の安否を確認する魔法陣の描かれたスクロールを取り出し、発動させる。魔法陣は使い魔が死んだことを示していた。
 ドラは胃に穴の開く思いでそれを眺めていた。エリシャの暗殺は失敗し、あまつさえ逃げられる始末。これで森を抜けられでもしたならば、エリシャにある事ないことを吹聴され、ドラの身の上が危うくなる。
 これらはすべてあの鋼色をしたスライムのせいだ。エリシャはロボットとかいう種族であると言っていた。そんな種族は聞いたことがない。一瞬ドラの頭にダンジョンの技術という言葉がよぎるが、すぐに頭を振った。
 大体ダンジョンの技術であるならば、現れるのはロボットとかいう魔族ではなく、人間のはずだ。これまでのダンジョンからはすべて”来訪者”と呼ばれる人間が出現している。来訪者は毒にも薬にもなる劇薬だ。彼らは人間であったからこそ交渉なり懐柔が出来たが、魔族の来訪者ともなると話が違う。隣の大陸に移住してくれればそれが一番いい。だが、生憎大陸間を結ぶ船は今の時代存在していない。故にそれは不可能だった。
 しかし、これはあくまで仮定の話だ。あのスライムが魔族の来訪者である可能性は限りなく低い。そもそも本当に魔族ならばエリシャという人間と仲良くなどしないであろう。更にドラが出した鎖にも触れるはずだ。それが出来ないということは、あのスライムは魔族でもないの可能性がある。
 魔素的適性のない魔族? 魔族とはその体が魔素で構成されており、知能を持つ生物のことだ。もし、あのスライムが魔族ならば、魔族の根底を揺るがす大発見になる。とは言え、ドラにはその様なことはどうでもよかった。ドラはネモというスライムを殺したかった。学者たちは泣いて悔しがるだろうが知ったことではない。そのような魔族は再び見つければいいのだ。
 ドラはネモが魔族であれ何であれどうでもよい。エリシャ暗殺を妨害した、ということだけで彼を殺害リストに載せておいた。今回は見失う羽目になったが、近いうち必ず見つけ出し、息の根を止めてやる、と心に誓うのだった。
 ドラは現状を顧みる。壊滅させられた軍は駐留地に夥しい程広がり、静寂の墓場と化していた。簡単に検分したところ死亡者はいなかったので、直に目を覚ますであろうと放置している。葉巻を取り出し火をつけた。
 今回のミスは間違いなく降格に繋がる。二度目の降格だ。これ以上の失敗は許されない。後から他の貴族連中にお小言を言われるに違いない。
 だが、これで第二盟主の提案した、黒の一族の解放は凍結される。一応本来の目的は達成出来たので、ドラは自身に及第点を付けた。完全な負け惜しみではある。が、それを認めようとはしないのがドラたる所以だった。
 彼は傍で気絶している一人の兵士を蹴飛ばした。目を覚ますことは無かった。それが彼に苛々を募らせ、葉巻を吸う速度が速くさせる。どかどかと兵隊たちを踏むことを厭わずドラは自身の天幕の中に引き返した。手配状をしたためるためだ。
 ドラは手配状の見出しを暫く考えていたが、いいものが思いついたようで、

『同胞殺しの極悪貴族、国内を逃亡中』

 とでかでかと書き著した。
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