誰もが見落とす日常の何処かで

鉛風船

文字の大きさ
12 / 14

ポケット学会会長及びポケット調査団団長の手記

しおりを挟む
 ある博士が死んだ。博士の遺品はノート一冊だけであった。そして、以下がそのノートである。

 未知……と言えば宇宙だの深海だの生物だの、人を惹き付けるものばかりを想像するだろうが、私はそうは思わない。いや、何も宇宙や深海生物の未知を否定するつもりはない。宇宙に広がる暗黒物質のことを考えて夜を明かしたこともあるし、深海に棲む巨大な生き物を考えて恐怖したこともある。生物の多様性の源泉を考えたこともある

 私が言いたいのはそういうことではない。科学は学問体系として成立して以来、指数関数的に発展してきた。そして、その他の学問体系も伴って発展してきた。幾つの未知が既知に変わっただろうか? 誰もその答えは知らない。私も知らないし、エジソンもアインシュタインも知らないだろう。だが、私は思うのだ。こうして数多くの未知が消えてきた現代に於いて、未来になってもきっと解明されないだろう未知の存在は一体あるのだろうか……と。

 実は、その答えこそが私の言いたかったことであったりする。宇宙よりも深海よりも生物よりも、私が心惹かれる未知とは――

 ――ポケットの中身だ。

 今、町を歩いていたとして、何人の人間とすれ違うだろうか……一人、二人、三人……大きな町だと何百人もの人間とすれ違うだろう。では、考えてみよう。今すれ違った人間のポケットには何が入っているのだろう……。家の鍵? 携帯電話? 財布? お菓子? 通常、尋常普通平凡まともな人間ならばこう答えるはずだ。だが、私はこう答える。

 ――君のポケットには未知が入っている。

 きっと誰もが私のことを笑い飛ばすであろう。君は馬鹿かと言われるかもしれない。私はその評価を受け入れる。誰しも他人に馬鹿と言う権利は有しているからだ。そして、私はそっと心の内でほくそ笑む。ポケットの真理に気が付かない皆を思い切り笑い飛ばしてやるのだ。

 薄い布越しの未知にここまで心踊るとは、私自身大きく戸惑っているといっても過言ではない。しかし、私を魅了した未知はこれ以上ない。ああ、こうしている今もポケット調査団を結成して、他人のポケットというポケットをすべて調査してやりたい衝動にどうしようもなく駈られる。

 きっとポケットには金銀財宝が埋まっているはずだ。私のポケットにはない何かが埋まっているはずなのだ。例えば未知なる宇宙を探索する研究者にとって、暗黒物質の解明は大きな課題であろう。それと同じくポケット調査団の課題はビスケットが出てくるポケットの発見である。この世界の何処かに存在するビスケットが出てくるポケットの発見は、私のポケット学会に於いて早急に解決しなくてはならない課題である。

 とはいえ、この調査は非常に難しいものであると言わざるを得ない。何せ、宇宙や深海と違い、ポケットの持ち主には意思がある。いきなり人のポケットに手を突っ込むなど、下手をしたら警察の御用になるかもしれない。その限りに於いて私の調査は難航している。被験者を募りたいところだが、今現在、ポケット学会は非常にマイナーな学会であり、一万人に訊いて一人知っていたら御の字というくらいの知名度しかない。故に、私がこの状況を打破するためにこうして筆を執ったわけであるが、上手く書けているかどうか不安であることは言うまでもない。

 何せ、いきなり人のポケットが気になりますと言われて――私もだ――などと賛同出来た方がおかしい。私も驚く。だが、一度は言われてみたものだ。一緒にポケットを調査する団員は常に欲しい。

 ポケットに広がる未知には想像もつかないものがあるだろう。ポケットにブラックホールを入れている人間もいるかもしれない。土星や、シーラカンスが入っているかもしれない。

 ここで、私が特別に人のポケットに何が入っているのか、外から見て推測する術を伝授しよう。これはポケット理論に基づいて提唱されたものであるからある程度の精度があることを保証する。

 まず、ポケットに膨らみがあるかどうかを見るのだ。膨らみがあれば、それは次元紐によって構築された亜空間であるので、それに入るものを絞ることが出来る。因みに次元紐の亜空間には板チョコ、電子辞書、リュックサック、包丁、車、が入る。それ以外はもちろん入ることは出来るが、色々と条件があるので、ここでは割愛させてもらう。

 次に、膨らみがない場合――膨らみがないということは次元紐ではなく、代わりに四次斥力カラーコーンが眠っているということなので、扇風機、ダイヤモンド、ポプラ、新聞、が入っていると見て間違いない。

 これが外れていたらきっとまだ要素があるはずなので、それをきちんと考慮してみること。そうすればポケットに入っている物の特定は容易になるだろう。因みに私が一番驚いたポケットの中身は、ビッグベンだ。普通の何処にでもいそうな女性だったのだが、開けてびっくり、中身はビッグベンだったのだ。

 人間は皆自分のポケットの中身しか知らない。それはつまり、全人類七十億分の一ということだ。宇宙は四パーセント探索済みらしいから、それよりも探索が進んでいないことになる。つまり、ポケットの方が広がる未知は広いのである。そう考えると、少しはポケットの未知に興味が湧いてこないだろうか。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...