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27話
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「お前ら、ついてこいよ。ここじゃ落ち着かねぇからよ」
パソコンを携えた月島が戻ってきて声を掛けられるのに、ロロと2人、勢い良く立ち上がる。
「……っ、はい!」
「なんでも教えてやるわけじゃねぇからな。まずはお前らの話を聞くだけ聞いてやるってだけだぞ」
念を押すように繰り返した月島さんの背中を、俺は慌てて追いかける。
ちらりと横を見ると、ロロは少し緊張したような顔でリュックの紐を掴んでいた。
――かつて、ロロを救った“東雲”という少年が、もうどこにもいないのなら。
その事実を知ったうえで、俺は東雲と、もう一度向き合いたかった。
────
案内されたのは、新聞社の一角にある小さな喫茶スペースだった。
月島は腰を下ろし、慣れた調子でコーヒーとオレンジジュースを2個頼む。
「──で?さっきの話だけどよ。東雲は、今どうしてんの」
「あ……えっと、今は高校2年で」
「いや、年齢ぐらい知ってるよ。どんな感じで過ごしてんの?」
「あー…、、浮いてます」
取り繕おうか迷ったけど、それじゃ意味がないと思って、俺は正直に言った。
「クラスでは誰とも話さない、笑わない。背がデカいから熊みたいだって怖がられてて……。
喧嘩しまくってるとか、柄の良くない奴らとつるんでるとか、そういう噂があって……」
「ふぅん。それで?」
「でも、話してみたら案外いい奴で……。けど、何か……俺らが知らない何かを、ずっと隠してる気がするんです。
それで……それを知りたくて、月島さんに会いに来ました」
「んで? そっちのは?」
促されて、俺は隣のロロに視線を向ける。
「ロロ…シャルロットくんは……昔、フランスで東雲に会ったことがあって、泣いてたところを慰めてもらったらしくて。
そのときの“アズサ”に、もう一度会いたくて、日本語の勉強をして、うちの学校に留学してきたら、そこに東雲がいて、それで……」
ロロは小さくうなずき、ぎこちない日本語で続けた。
「……アズサは、ボクにピアノ…くれて…Mh…」
月島はロロをちらりと見て、カップを置いた。
「いいよ。俺もフランス語は分かる。……お前の話したい言葉で話せよ。
一番言いたいことは、自分の言葉で言ったほうが伝わる」
その一言に、ロロの肩がふるふる震えて……
次の瞬間、堰を切ったようにフランス語が溢れ出した。
「Je voulais juste lui dire merci…!
Même s’il a changé… je voulais le revoir…
Et… je voulais réentendre la chanson qu’il a jouée ce jour-là…」
早くて震えているせいで、何を言っているのか俺には分からなかった。
けど、泣きそうな顔で必死に言葉を吐き出すロロを見てると、胸が熱くなった。
月島は静かにうなずきながら、フランス語で短く返事をして、それから俺に向き直った。
「なるほどな。あいつが変わってても“ありがとう“って言いたかったか。
あの時弾いてくれた曲を、もう一度ねぇ…」
低くつぶやいたその声には、どこか複雑な響きがあった。
月島が、髭の生えた顎を撫で擦りながら、そっと視線を伏せた。
「残念だが、そいつは難しいかもしれない」
その言葉に、ロロが息を詰めた。
「お前らが真実を知ったからと言って、あいつが「ありがとう、これで昔の俺に戻れるよ」なんて、おとぎ話みたいな魔法が隠されてるってことは無いからな」
「──はい」
「ただ、あいつに何があっただけは、話してやれるけど。」
月島は古びたUSBメモリをポケットから取り出し、ノートパソコンに差し込んだ。
画面に、小さなウィンドウが開く。
「これが、あいつの記事の元になった素材の一部だ」
再生ボタンが押されると、少し粗い映像が映し出された。
そこには──10歳の東雲梓真がいた。
平均的な背丈に、不釣り合いなほど大きな手。
緊張したような、それでも人懐っこい笑顔。
『──月島さん?』
『そう、今日から取材させてもらうからよろしくな』
『よろしくお願いします』
映像の中の少年が、にっと笑った瞬間──
場面はゆっくりと、あの頃のフランスへと溶けていった。
「フランス初めてなんだろ?」
「──海外旅行も初めて」
「両親も来れないんだな」
「うん。うち、お母さん体強くないし、弟がまだちっちゃいから」
成田の搭乗ゲートを抜けたあと、初めての長時間フライトを前に、東雲は少し落ち着かない様子だった。
10歳にして単身フランスに向かう──その大役に付き添うのが、俺の役目だった。
成田を飛び立ち、しばらくして機体が安定飛行に入ったころ。
窓の外には、果てまで続く白い雲のじゅうたんが広がっていた。
CAが飲み物を配り始めるのを横目に、俺は膝に置いたビデオカメラの録画ボタンを押す。
時間つぶしも兼ねて、インタビューでもしてみようと思った。
「──ピアノを始めたきっかけって何だったの?」
カメラの小さな液晶越しに、東雲が首を傾げる。
「うーん…家におもちゃのピアノがあって、それが好きだったのが始まり? なのかな」
「本格的に始めたのは5歳ぐらいって聞いてたけど」
「うん、先生に教えてもらうようになったのは小学校に入る前だった」
窓から差し込む光を受け、彼の髪がやわらかく透ける。
機内の薄いブランケットを羽織ったまま、東雲は少し考えるように視線を落とした。
「じゃあ、目標は?」
「目標…?」
「こんな人になりたいとか、そういう系」
「そうだな…この人っていうのはないんだけど…」
「うん」
一瞬だけ視線を落とし、そして真っすぐカメラを見た。
瞳の奥が、強い光を帯びている。
「──誰かの心を動かせるようなピアニストになりたい」
機内の低いエンジン音の中、その言葉がはっきりと残る。
モニター越しでも、彼の声は不思議と澄んで響いていた。
パソコンを携えた月島が戻ってきて声を掛けられるのに、ロロと2人、勢い良く立ち上がる。
「……っ、はい!」
「なんでも教えてやるわけじゃねぇからな。まずはお前らの話を聞くだけ聞いてやるってだけだぞ」
念を押すように繰り返した月島さんの背中を、俺は慌てて追いかける。
ちらりと横を見ると、ロロは少し緊張したような顔でリュックの紐を掴んでいた。
――かつて、ロロを救った“東雲”という少年が、もうどこにもいないのなら。
その事実を知ったうえで、俺は東雲と、もう一度向き合いたかった。
────
案内されたのは、新聞社の一角にある小さな喫茶スペースだった。
月島は腰を下ろし、慣れた調子でコーヒーとオレンジジュースを2個頼む。
「──で?さっきの話だけどよ。東雲は、今どうしてんの」
「あ……えっと、今は高校2年で」
「いや、年齢ぐらい知ってるよ。どんな感じで過ごしてんの?」
「あー…、、浮いてます」
取り繕おうか迷ったけど、それじゃ意味がないと思って、俺は正直に言った。
「クラスでは誰とも話さない、笑わない。背がデカいから熊みたいだって怖がられてて……。
喧嘩しまくってるとか、柄の良くない奴らとつるんでるとか、そういう噂があって……」
「ふぅん。それで?」
「でも、話してみたら案外いい奴で……。けど、何か……俺らが知らない何かを、ずっと隠してる気がするんです。
それで……それを知りたくて、月島さんに会いに来ました」
「んで? そっちのは?」
促されて、俺は隣のロロに視線を向ける。
「ロロ…シャルロットくんは……昔、フランスで東雲に会ったことがあって、泣いてたところを慰めてもらったらしくて。
そのときの“アズサ”に、もう一度会いたくて、日本語の勉強をして、うちの学校に留学してきたら、そこに東雲がいて、それで……」
ロロは小さくうなずき、ぎこちない日本語で続けた。
「……アズサは、ボクにピアノ…くれて…Mh…」
月島はロロをちらりと見て、カップを置いた。
「いいよ。俺もフランス語は分かる。……お前の話したい言葉で話せよ。
一番言いたいことは、自分の言葉で言ったほうが伝わる」
その一言に、ロロの肩がふるふる震えて……
次の瞬間、堰を切ったようにフランス語が溢れ出した。
「Je voulais juste lui dire merci…!
Même s’il a changé… je voulais le revoir…
Et… je voulais réentendre la chanson qu’il a jouée ce jour-là…」
早くて震えているせいで、何を言っているのか俺には分からなかった。
けど、泣きそうな顔で必死に言葉を吐き出すロロを見てると、胸が熱くなった。
月島は静かにうなずきながら、フランス語で短く返事をして、それから俺に向き直った。
「なるほどな。あいつが変わってても“ありがとう“って言いたかったか。
あの時弾いてくれた曲を、もう一度ねぇ…」
低くつぶやいたその声には、どこか複雑な響きがあった。
月島が、髭の生えた顎を撫で擦りながら、そっと視線を伏せた。
「残念だが、そいつは難しいかもしれない」
その言葉に、ロロが息を詰めた。
「お前らが真実を知ったからと言って、あいつが「ありがとう、これで昔の俺に戻れるよ」なんて、おとぎ話みたいな魔法が隠されてるってことは無いからな」
「──はい」
「ただ、あいつに何があっただけは、話してやれるけど。」
月島は古びたUSBメモリをポケットから取り出し、ノートパソコンに差し込んだ。
画面に、小さなウィンドウが開く。
「これが、あいつの記事の元になった素材の一部だ」
再生ボタンが押されると、少し粗い映像が映し出された。
そこには──10歳の東雲梓真がいた。
平均的な背丈に、不釣り合いなほど大きな手。
緊張したような、それでも人懐っこい笑顔。
『──月島さん?』
『そう、今日から取材させてもらうからよろしくな』
『よろしくお願いします』
映像の中の少年が、にっと笑った瞬間──
場面はゆっくりと、あの頃のフランスへと溶けていった。
「フランス初めてなんだろ?」
「──海外旅行も初めて」
「両親も来れないんだな」
「うん。うち、お母さん体強くないし、弟がまだちっちゃいから」
成田の搭乗ゲートを抜けたあと、初めての長時間フライトを前に、東雲は少し落ち着かない様子だった。
10歳にして単身フランスに向かう──その大役に付き添うのが、俺の役目だった。
成田を飛び立ち、しばらくして機体が安定飛行に入ったころ。
窓の外には、果てまで続く白い雲のじゅうたんが広がっていた。
CAが飲み物を配り始めるのを横目に、俺は膝に置いたビデオカメラの録画ボタンを押す。
時間つぶしも兼ねて、インタビューでもしてみようと思った。
「──ピアノを始めたきっかけって何だったの?」
カメラの小さな液晶越しに、東雲が首を傾げる。
「うーん…家におもちゃのピアノがあって、それが好きだったのが始まり? なのかな」
「本格的に始めたのは5歳ぐらいって聞いてたけど」
「うん、先生に教えてもらうようになったのは小学校に入る前だった」
窓から差し込む光を受け、彼の髪がやわらかく透ける。
機内の薄いブランケットを羽織ったまま、東雲は少し考えるように視線を落とした。
「じゃあ、目標は?」
「目標…?」
「こんな人になりたいとか、そういう系」
「そうだな…この人っていうのはないんだけど…」
「うん」
一瞬だけ視線を落とし、そして真っすぐカメラを見た。
瞳の奥が、強い光を帯びている。
「──誰かの心を動かせるようなピアニストになりたい」
機内の低いエンジン音の中、その言葉がはっきりと残る。
モニター越しでも、彼の声は不思議と澄んで響いていた。
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