【完結】Reste, mon étoile. −君にもう一度会いたくて−

豊川夢久

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41話

その足で職員室に向かうと、担任は席にいた。

「シャルロットくんなら、事情があってしばらく別の場所で過ごすそうだ」
「別の場所…?」
「親戚がこっちにいるらしくて、あちこち案内してもらうって言ってたな」

それ以上は知らないらしい。
それでも食い下がる。
「……いつ、帰国するんですか?」

担任は一拍置き、静かに答えた。
「一週間後だよ」

胸がざわめく。まだ間に合う──そう思った瞬間、
「じゃあ、何時の便で?」
「それは、本人から誰にも言わないでほしいって言われててな」

会いに来るな、と遠回しに告げられたようで、足元が揺れた。



廊下に出ると、窓の向こうの景色は変わらないはずなのに、ガラスの向こうの遠い国のようだった。
残されたのは七日という期限と、閉ざされた連絡手段だけ。

「なぁ東雲、どうする?」
スマホを見つめていた田中が口を開く。

「帰国の日は分かってる。フランス直行の便なんて限られてるし、大体の時間は予想できる」

「……それで?」
「お前、何千人もいる空港で“シャルロット~!”って叫べるか?」
「それは……止められるだろ」
「だろうな。──なら、ロロに見つけてもらうしかない」

田中がスマホの画面をこちらに向ける。
そこには『夏限定・空港にストリートピアノ登場』の文字と写真が並んでいた。

「これだよ」
田中がスマホ画面を指さし、ぐっと顔を近づけてきた。

「賭けだけど、弾けば気づいてくれるかもしれない。……お前、またピアノを弾く気になったって、ロロに言いたかったんだろ?」

その言葉に、東雲の手がわずかに止まる。
田中はさらに身を乗り出し、にやりと笑った。

「だったらさ、ロロと初めて出会った時に弾いた曲、弾けよ!
きっとロロなら、絶対気づいてくれる!」

その瞬間、東雲の脳裏に、あの日の空気と音色が蘇る。
フランスの街角、ストリートピアノ、泣いていたあの横顔──。
胸の奥が熱くなり、指先がじわりと汗ばんだ。


「1%の希望でも──賭けるしかない。」
そう告げると、田中は「そうこなくっちゃな!」と笑った。

けれど、その笑顔はすぐに消え、低く押し殺した声が耳に届く。

「それで……お前、本当にピアノ弾けそうなのか?」

その問いに、東雲の視線がゆっくりと手のひらに落ちた。

「──正直、自信はない」

脳裏に焼きつくのは、あの舞台。
鍵盤の上で、指が一本も動かなくなった瞬間の息苦しさ。
悪夢の中に閉じ込められたようで、目の前の光景が現実だと認めたくなかった。

自分の手が、自分のものじゃないみたいだった。
どう動かせばいいのか分からない。
何度も繰り返し弾き込んだはずの旋律が、頭の中から音も形も消えていく。

耳に残るのは、暴れる心臓の鼓動と、遠くから押し寄せる観客のざわめきだけ。
額を伝う汗の不快さと、じわじわと狭まっていく視界──
あの感覚が、今も鮮明に指先を縛っていた。


「それに──お前、バイトもあるんだろ? そんなに時間、取れないんじゃないか?」

現実を突きつけられたようで、胸の奥が重く沈む。

学校では、ピアノを自由に使わせてもらえない。
すでに練習時間は、ほかの生徒たちが組んだ時間割で埋まっている。
隙間を縫って弾くことなんて、とてもできそうになかった。

じゃあ、どこで練習すればいい──?
暗い考えがじわじわ広がっていく中、田中が不敵に口角を上げた。

「……まぁ、俺に任せろって」

その力強い頷きは、閉ざされかけた視界に差し込む一筋の光みたいだった。
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