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18話:誘い
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「伯爵、そろそろモルヴェナの森に着きますよ」
アルバートは眠りこけていた伯爵の肩を揺すった。
ぱちぱちと目を開いたドラキュロルは、まだ夢心地の顔で上体を起こす。
「……モルヴェナの森が何だ?」
「お忘れですか? モルヴェナの森は余所者を拒むように、鋭い棘のある蔦が張り巡らされています。ここからは歩いて行かねばなりません」
「……何を言っておる」
「え?」
「誰がこんな、何が潜んでいるかも分からぬ小汚い森を歩くか! マントが汚れるわ!」
「で、では……どうするおつもりで?」
「どうもこうもあるか! 突っ切れーーーー!!」
その号令と同時に、伯爵の眷属の馬が耳をそばだて、甲高く嘶いた。
次の瞬間、車輪が軋みを上げながら、馬車は凄まじい速度で蔦の壁へと突っ込んでいく。
──ずるり。
目の前に迫った棘の蔦が、生き物のように蠢き、音を立てて左右に割れた。
無数の枝が道を譲るようにねじれ、棘の影が地面に鋭い模様を描く。
「なっ……バカな……!? 蔦が……避けている……?」
目を疑う光景に、アルバートは思わず息を呑んだ。
「ふはは! 我が馬の速さについてこれぬのだ!」
棺桶の中から、伯爵の自慢げな笑い声が響く。
しかしアルバートは笑えなかった。
開かれた道の先から吹き込む風は、湿った血の匂いと、どこか甘ったるい薬草の香りを運んでくる。
森の奥は、昼であるはずなのに夜のように薄暗い。
枝々が頭上で絡み合い、光を閉ざし、足元には濃い影が網のように張りついている。
時折、幹の割れ目や葉の隙間から、ぎょろりと光が反射する。──まるで無数の目が覗いているかのように。
その光がきらめくたび、棘の蔦は音を立てて身をよじり、まるで道案内でもするように道を開いていった。
──侵入者を拒むどころか、むしろ喜んで迎え入れているかのように。
「私に恐れを抱いておるのだろう!! フハハハ!」
棺桶の中から伯爵の笑い声が響いた。
アルバートは思わず目を伏せる。
(……伯爵に恐れを抱いている? いや、違う。これは──歓迎されている)
背筋に冷たいものが走り、胸の奥でひと嵐の予感がざわめいた。
空を見上げれば、重たげな暗雲が渦を巻き、森の奥へと流れ込んでいく。
木々のざわめきは風の音にしては不自然で、まるで誰かが笑っているように聞こえた。
(ひと嵐来るな……これは、嵐というより──)
思考を遮るように、馬車が蔦の門を抜けた瞬間、背後で轟音が響いた。
振り返る間もなく、棘の壁が元通りに絡み合い、闇に飲み込まれていく。
──逃げ道は、もうない。
伯爵は相変わらず得意げに胸を張っていたが、アルバートの胸中には重い予感だけがじっと居座り続けていた。
そして同時に、その不安の奥底に、誰にも触れさせたくない思いが芽生えていた。
──この方だけは、何があっても守らねば。
アルバートは眠りこけていた伯爵の肩を揺すった。
ぱちぱちと目を開いたドラキュロルは、まだ夢心地の顔で上体を起こす。
「……モルヴェナの森が何だ?」
「お忘れですか? モルヴェナの森は余所者を拒むように、鋭い棘のある蔦が張り巡らされています。ここからは歩いて行かねばなりません」
「……何を言っておる」
「え?」
「誰がこんな、何が潜んでいるかも分からぬ小汚い森を歩くか! マントが汚れるわ!」
「で、では……どうするおつもりで?」
「どうもこうもあるか! 突っ切れーーーー!!」
その号令と同時に、伯爵の眷属の馬が耳をそばだて、甲高く嘶いた。
次の瞬間、車輪が軋みを上げながら、馬車は凄まじい速度で蔦の壁へと突っ込んでいく。
──ずるり。
目の前に迫った棘の蔦が、生き物のように蠢き、音を立てて左右に割れた。
無数の枝が道を譲るようにねじれ、棘の影が地面に鋭い模様を描く。
「なっ……バカな……!? 蔦が……避けている……?」
目を疑う光景に、アルバートは思わず息を呑んだ。
「ふはは! 我が馬の速さについてこれぬのだ!」
棺桶の中から、伯爵の自慢げな笑い声が響く。
しかしアルバートは笑えなかった。
開かれた道の先から吹き込む風は、湿った血の匂いと、どこか甘ったるい薬草の香りを運んでくる。
森の奥は、昼であるはずなのに夜のように薄暗い。
枝々が頭上で絡み合い、光を閉ざし、足元には濃い影が網のように張りついている。
時折、幹の割れ目や葉の隙間から、ぎょろりと光が反射する。──まるで無数の目が覗いているかのように。
その光がきらめくたび、棘の蔦は音を立てて身をよじり、まるで道案内でもするように道を開いていった。
──侵入者を拒むどころか、むしろ喜んで迎え入れているかのように。
「私に恐れを抱いておるのだろう!! フハハハ!」
棺桶の中から伯爵の笑い声が響いた。
アルバートは思わず目を伏せる。
(……伯爵に恐れを抱いている? いや、違う。これは──歓迎されている)
背筋に冷たいものが走り、胸の奥でひと嵐の予感がざわめいた。
空を見上げれば、重たげな暗雲が渦を巻き、森の奥へと流れ込んでいく。
木々のざわめきは風の音にしては不自然で、まるで誰かが笑っているように聞こえた。
(ひと嵐来るな……これは、嵐というより──)
思考を遮るように、馬車が蔦の門を抜けた瞬間、背後で轟音が響いた。
振り返る間もなく、棘の壁が元通りに絡み合い、闇に飲み込まれていく。
──逃げ道は、もうない。
伯爵は相変わらず得意げに胸を張っていたが、アルバートの胸中には重い予感だけがじっと居座り続けていた。
そして同時に、その不安の奥底に、誰にも触れさせたくない思いが芽生えていた。
──この方だけは、何があっても守らねば。
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