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32話:翌朝
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翌朝のことだった。
レベッカが忙しなく屋敷内を飛び回り、タルタンがキッチンで柘榴水をかき混ぜていると、そこへアルバートが現れた。
「おはよう、タルタン君」
「おはようございます! 朝から誰かが起きているのが新鮮ですね!」
「俺はほとんど人間と同じ生活リズムだからね。朝ごはんを食べなければ、一日が始まらないんだ」
そこへ、ぱたぱたと軽い羽音が近づく。
窓が開き、リリアルが両手で皿を抱えて飛び込んできた。
「今朝はベーグルを買ってまいりました~!」
「べ、ベーグルとは……?」
タルタンが目を丸くする。初めて見る人間の料理に、興味津々といった様子だ。
「パンの一種です~! アルバート様の好物でございます~!」
リリアルが胸を張って言うと、タルタンは目を輝かせ、香ばしい香りを嗅いだ。
「パンの一種……?! パンにも種類があるのですか!」
「はい~。こちらにパンの一覧が載ってございます~」
そう言いながらリリアルが、どこからか小さな料理本を引っ張り出した。
「これがベーグル……!? “焼く前に茹でる”!? なんという奇天烈な調理法……! これをリリアルが!?」
「私も作れたらいいのですが……残念ながら手先が器用ではなく、毎朝パン屋に買いに行くのでございます~」
夢中で読み始めたタルタンの手から、柘榴水の香りがほんのり焦げくさく変わる。
アルバートは小さく笑って、カウンターの端に腰を下ろした。
「タルタン、君が新しいことに興味を持つのは素晴らしいが──伯爵の好みに合わない味になっていないかい?」
「はっ、ドラキュロル様に怒られてしまう!!」
慌ててかき混ぜ直すタルタンの背後で、リリアルがくすくすと笑った。
「ところで──」
柘榴水の味を整えながら、タルタンがふと思いついたように顔を上げた。
「アルバート様、お昼は何を召し上がられますか?」
「お昼?」
アルバートが軽く首を傾げると、タルタンは誇らしげに胸を張る。
「はい! せっかくですから、私が腕を振るわせていただきます!
このバルトロメオ城のコックである私が! 久しぶりにドラキュロル様以外の料理をお作りできるとは、なんと光栄なことでしょう!」
その目は、まるで新しい素材を見つけた職人のように輝いていた。
「あぁ、それなら夕食をお願いできるかな?昼過ぎには一旦家に戻ろうと思っているんだ。夕方には戻ってくるから。食事は何でも食べるから何でもいいよ。君の入れるミント紅茶は美味しいからね。」
「承知いたしました!“人間料理”を研究するのも、なかなかできることではない仕事ですから存分に腕を振るいましょう!」
タルタンが次々と指を折りながら、候補を挙げていく。
「トマトのスープ、焼き林檎のパイ、血の代わりに赤ワインを使った煮込み料理もございます! あっ、柘榴のソースをかけたステーキも!」
目を輝かせるタルタンを見て、アルバートは小さく肩を竦めた。
やはり赤いものがメインなんだな、とは思ったが口にはしなかった。
「何でも食べるよ。君が伯爵に作る合間に作ってくれるなら、それでいいよ」
その言葉に、タルタンが羽をパタつかせた。
「お任せください!! 本気で作りましょう!!」
勢いよくクルリとその場で回転する姿を見ながら、アルバートはくすりと笑った。
夜の館に、ほんの少し“昼の気配”が差し込んだ瞬間だった。
だが、胸の奥にまだ微かに残る“噛み痕”が、昨夜の出来事を思い出させて離してくれなかった。
レベッカが忙しなく屋敷内を飛び回り、タルタンがキッチンで柘榴水をかき混ぜていると、そこへアルバートが現れた。
「おはよう、タルタン君」
「おはようございます! 朝から誰かが起きているのが新鮮ですね!」
「俺はほとんど人間と同じ生活リズムだからね。朝ごはんを食べなければ、一日が始まらないんだ」
そこへ、ぱたぱたと軽い羽音が近づく。
窓が開き、リリアルが両手で皿を抱えて飛び込んできた。
「今朝はベーグルを買ってまいりました~!」
「べ、ベーグルとは……?」
タルタンが目を丸くする。初めて見る人間の料理に、興味津々といった様子だ。
「パンの一種です~! アルバート様の好物でございます~!」
リリアルが胸を張って言うと、タルタンは目を輝かせ、香ばしい香りを嗅いだ。
「パンの一種……?! パンにも種類があるのですか!」
「はい~。こちらにパンの一覧が載ってございます~」
そう言いながらリリアルが、どこからか小さな料理本を引っ張り出した。
「これがベーグル……!? “焼く前に茹でる”!? なんという奇天烈な調理法……! これをリリアルが!?」
「私も作れたらいいのですが……残念ながら手先が器用ではなく、毎朝パン屋に買いに行くのでございます~」
夢中で読み始めたタルタンの手から、柘榴水の香りがほんのり焦げくさく変わる。
アルバートは小さく笑って、カウンターの端に腰を下ろした。
「タルタン、君が新しいことに興味を持つのは素晴らしいが──伯爵の好みに合わない味になっていないかい?」
「はっ、ドラキュロル様に怒られてしまう!!」
慌ててかき混ぜ直すタルタンの背後で、リリアルがくすくすと笑った。
「ところで──」
柘榴水の味を整えながら、タルタンがふと思いついたように顔を上げた。
「アルバート様、お昼は何を召し上がられますか?」
「お昼?」
アルバートが軽く首を傾げると、タルタンは誇らしげに胸を張る。
「はい! せっかくですから、私が腕を振るわせていただきます!
このバルトロメオ城のコックである私が! 久しぶりにドラキュロル様以外の料理をお作りできるとは、なんと光栄なことでしょう!」
その目は、まるで新しい素材を見つけた職人のように輝いていた。
「あぁ、それなら夕食をお願いできるかな?昼過ぎには一旦家に戻ろうと思っているんだ。夕方には戻ってくるから。食事は何でも食べるから何でもいいよ。君の入れるミント紅茶は美味しいからね。」
「承知いたしました!“人間料理”を研究するのも、なかなかできることではない仕事ですから存分に腕を振るいましょう!」
タルタンが次々と指を折りながら、候補を挙げていく。
「トマトのスープ、焼き林檎のパイ、血の代わりに赤ワインを使った煮込み料理もございます! あっ、柘榴のソースをかけたステーキも!」
目を輝かせるタルタンを見て、アルバートは小さく肩を竦めた。
やはり赤いものがメインなんだな、とは思ったが口にはしなかった。
「何でも食べるよ。君が伯爵に作る合間に作ってくれるなら、それでいいよ」
その言葉に、タルタンが羽をパタつかせた。
「お任せください!! 本気で作りましょう!!」
勢いよくクルリとその場で回転する姿を見ながら、アルバートはくすりと笑った。
夜の館に、ほんの少し“昼の気配”が差し込んだ瞬間だった。
だが、胸の奥にまだ微かに残る“噛み痕”が、昨夜の出来事を思い出させて離してくれなかった。
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