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第5話 ミイラ
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「どうせ風通しが良くなったんだ、このまま窓も開けて空気の入換でもするか!」
などと、ルーイが言ったもんなら綺麗好きなタリアは黙っちゃいない。
あれよあれよという間に散らばった魔導書や辞典を片付け、パパッと掃除を終わらせてしまう。
そもそもルーイの家には簡素なベッドに木のテーブル、それなりに大きな本棚に簡単な台所と、必要最低限の家具しかないので掃除も楽なのだ。
とりわけ几帳面でないルーイではあったが、散らかす方が難しいくらいの家なのである。
「それにしてもまーた派手に壊しちまったな」
「うぅ……ごめんなさい……」
「いいって、気にしてねぇよ。ヤロウさんに仕事も頼まれてたし、ついでに街に行って大工のゲンさ「あー!!」
唐突な叫び声に肩を震わせるルーイ。
タリアはそんなルーイの様子が一切目に入っていない。
「急にデカい声出してどうしたんだよ」
「思い出したの! お兄ちゃん、おばばが呼んでるよ!」
「ババアが?」
「もう! ババアって呼ぶのやめなよ! 島の領主さんなんだよ!」
「だってなぁ……ババアはババアだろ……」
「おばあちゃんなのは確かだけど、言い方の問題だよ。そうそう、それでね、そもそもお兄ちゃんの家に来たのも、おばばに呼んできてくれ、って頼まれたからなの。話があるって」
「ババアはダメで、おばばは良いのかよ……で、話があるって? ったく、まーた説教たれる気じゃねぇだろうな」
「そんな言い方しないの!」
「はいはい」
「もー! バカ!」
仲睦まじくじゃれ合う兄妹は早速とばかりに街へと向かう。
街までの道は舗装こそされていないが、平坦な道を歩いて少しだ。街の周囲は魔鉱石の採掘が盛んだった頃に、大陸随一の符術師の張り巡らした結界によって護られている。
ルーイの家は結界の端っこだった。この道もそうだ。
わざわざ結界の端っこにあるボロ屋へ住み着いたルーイを、多くの住民たちが奇異と心配の目で見ていたが、それも最初だけで何事もなく平然と過ごしている本人を見ている内に、何とも思わなくなっていた。
本人は静かで住み心地が良かったから、としか言っていなかったが、その本心は筒抜けであった。
結界内とはいえ小型の魔物たちは稀に結界をすり抜けてくることもある。
ブタやシカといった野獣が人を襲うことも稀にあるので、タリアにはなるべく来ないように伝えてはいるのだが、変なところで頑固で活発な妹は一向に聞く耳を持たない。
一方タリアの言い分は、街壁に囲われた安全な街の中でルーイに過ごしてほしい、といったものだ。
仲の良い兄妹ではあったが、変に頑固でお互いの意見を曲げようとはしない。
血の繋がった兄弟ではなかったが、こういうところはよく似ていた。
結果としてルーイはボロ屋からは引っ越さないし、タリアも通うのをやめず今に至っている、というわけだ。
他愛ない会話をしている内に二人は街の入口まで辿り着いていた。
十米ほどの高さの街壁で覆われており、その街壁に結界を施す符が貼られている。
小型の魔物が万が一にも街に入らない為の措置だった。
二人は肩を並べて門をくぐる。
朝から夕方までの時間は南側に唯一ある門が開門されていて、観光客や仕事人たちが行き交うのだ。
開拓当初は十数人程度だった住民も今では五十人以上に増えている。そこに島への観光客も入れれば、常時百人以上がこの小さな街で過ごしていることになる。
「おー、ルーイ! 久しぶりだな! 元気してたか?」
「相変わらずだよ」
「そうか! いつもありがとうな!」
馴染みの門番と軽く挨拶を交わし、数日ぶりに街を訪れたルーイは辺りを見回してみる。
プイスの街は賑やかだ。
あちこちで子どもたちの笑い声が聞こえ、住民たちは船からの荷をせっせと運んだり、露店では声を上げて呼込みをしていたりと、各々が仕事に精を出している。
観光客と思しき身なりの者たちは、呼込みに釣られて露店で買い食いを楽しんだり、島の名産品を買い物したりと、こちらもとても楽しそうにしている。
そう。
皆が皆、とても良い笑顔だ。
大陸から離れた小さな島で暮らすのは、何だかんだ不便が多い。
自給自足するには人口が増えてきているので、食料を始めとした物資は大陸からの船便に頼るところが多く、海が時化て船が出せない日が続けば、いくら備蓄があっても不安になる。
島にはまだ未開拓の土地が広く残っていて、そこを畑や牧場にすればもっと生活が楽にはなるのだが、思うように開拓が進んでいないのが現状だ。
理由は様々あるが、一番はやはり魔物の問題だ。
未開拓の土地は必然として魔物が多く住む土地でもある。自然との共生は大事だが、人に害をなす魔物に遠慮する理屈はどこにもない。
とはいえ、魔物たちを討伐するギルドこそあれ人ど員は多くない。
珍しい魔獣が出るわけでも、金になる魔蟲がいるわけでもないプイスに、わざわざ出向くギルド要員など多くはおらず、観光に来たついでに仕事をする程度の者たちが大半だからだ。
だが、そんな問題を抱えながらも住民たちは皆、笑顔を絶やさない。
問題を蔑ろにしているわけでも先延ばしで考えているわけでもない。我関せずの傍観者というわけでもない。
それらを受け入れた上で、皆が強く生きているのだ。
皆、この島での、街での暮らしが気に入っているのだ。
「お兄ちゃん、どうしたの? 何か珍しいものでもあった?」
思わず立ち止まり、感慨《かんがい》に浸っていたルーイを追い越したタリアが、振り向いて声をかけた。
真っ直ぐこちらを見る栗色の瞳には、何の憂いも浮かんでいない。
タリアはこの島で生まれ育った。先の問題のことは当然タリアも当事者だ。
タリアは賢い子だ。
それら島の問題を、自身の問題としてきちんと捉えている。
だからといって、毎日を悲観して暮らしても仕方がない。
いつ発生するかも分からない自然災害に怯えていては暮らしていけない。
割り切って生活する。
それが住民たちの総意だった。
「……なんでもない」
ルーイは優しく微笑みかける。
ルーイの内心など知るよしもないはずだったが、それを見たタリアも穏やかに微笑んだ。
「行くか。あんまりほっとくとババアが木乃伊になっちまうからな!」
「もう! お兄ちゃん、なんてこと言うの!」
またぷりぷり怒るタリアを追い越して駆け出すルーイ。
タリアは両手を振り回しながら後を追った。
などと、ルーイが言ったもんなら綺麗好きなタリアは黙っちゃいない。
あれよあれよという間に散らばった魔導書や辞典を片付け、パパッと掃除を終わらせてしまう。
そもそもルーイの家には簡素なベッドに木のテーブル、それなりに大きな本棚に簡単な台所と、必要最低限の家具しかないので掃除も楽なのだ。
とりわけ几帳面でないルーイではあったが、散らかす方が難しいくらいの家なのである。
「それにしてもまーた派手に壊しちまったな」
「うぅ……ごめんなさい……」
「いいって、気にしてねぇよ。ヤロウさんに仕事も頼まれてたし、ついでに街に行って大工のゲンさ「あー!!」
唐突な叫び声に肩を震わせるルーイ。
タリアはそんなルーイの様子が一切目に入っていない。
「急にデカい声出してどうしたんだよ」
「思い出したの! お兄ちゃん、おばばが呼んでるよ!」
「ババアが?」
「もう! ババアって呼ぶのやめなよ! 島の領主さんなんだよ!」
「だってなぁ……ババアはババアだろ……」
「おばあちゃんなのは確かだけど、言い方の問題だよ。そうそう、それでね、そもそもお兄ちゃんの家に来たのも、おばばに呼んできてくれ、って頼まれたからなの。話があるって」
「ババアはダメで、おばばは良いのかよ……で、話があるって? ったく、まーた説教たれる気じゃねぇだろうな」
「そんな言い方しないの!」
「はいはい」
「もー! バカ!」
仲睦まじくじゃれ合う兄妹は早速とばかりに街へと向かう。
街までの道は舗装こそされていないが、平坦な道を歩いて少しだ。街の周囲は魔鉱石の採掘が盛んだった頃に、大陸随一の符術師の張り巡らした結界によって護られている。
ルーイの家は結界の端っこだった。この道もそうだ。
わざわざ結界の端っこにあるボロ屋へ住み着いたルーイを、多くの住民たちが奇異と心配の目で見ていたが、それも最初だけで何事もなく平然と過ごしている本人を見ている内に、何とも思わなくなっていた。
本人は静かで住み心地が良かったから、としか言っていなかったが、その本心は筒抜けであった。
結界内とはいえ小型の魔物たちは稀に結界をすり抜けてくることもある。
ブタやシカといった野獣が人を襲うことも稀にあるので、タリアにはなるべく来ないように伝えてはいるのだが、変なところで頑固で活発な妹は一向に聞く耳を持たない。
一方タリアの言い分は、街壁に囲われた安全な街の中でルーイに過ごしてほしい、といったものだ。
仲の良い兄妹ではあったが、変に頑固でお互いの意見を曲げようとはしない。
血の繋がった兄弟ではなかったが、こういうところはよく似ていた。
結果としてルーイはボロ屋からは引っ越さないし、タリアも通うのをやめず今に至っている、というわけだ。
他愛ない会話をしている内に二人は街の入口まで辿り着いていた。
十米ほどの高さの街壁で覆われており、その街壁に結界を施す符が貼られている。
小型の魔物が万が一にも街に入らない為の措置だった。
二人は肩を並べて門をくぐる。
朝から夕方までの時間は南側に唯一ある門が開門されていて、観光客や仕事人たちが行き交うのだ。
開拓当初は十数人程度だった住民も今では五十人以上に増えている。そこに島への観光客も入れれば、常時百人以上がこの小さな街で過ごしていることになる。
「おー、ルーイ! 久しぶりだな! 元気してたか?」
「相変わらずだよ」
「そうか! いつもありがとうな!」
馴染みの門番と軽く挨拶を交わし、数日ぶりに街を訪れたルーイは辺りを見回してみる。
プイスの街は賑やかだ。
あちこちで子どもたちの笑い声が聞こえ、住民たちは船からの荷をせっせと運んだり、露店では声を上げて呼込みをしていたりと、各々が仕事に精を出している。
観光客と思しき身なりの者たちは、呼込みに釣られて露店で買い食いを楽しんだり、島の名産品を買い物したりと、こちらもとても楽しそうにしている。
そう。
皆が皆、とても良い笑顔だ。
大陸から離れた小さな島で暮らすのは、何だかんだ不便が多い。
自給自足するには人口が増えてきているので、食料を始めとした物資は大陸からの船便に頼るところが多く、海が時化て船が出せない日が続けば、いくら備蓄があっても不安になる。
島にはまだ未開拓の土地が広く残っていて、そこを畑や牧場にすればもっと生活が楽にはなるのだが、思うように開拓が進んでいないのが現状だ。
理由は様々あるが、一番はやはり魔物の問題だ。
未開拓の土地は必然として魔物が多く住む土地でもある。自然との共生は大事だが、人に害をなす魔物に遠慮する理屈はどこにもない。
とはいえ、魔物たちを討伐するギルドこそあれ人ど員は多くない。
珍しい魔獣が出るわけでも、金になる魔蟲がいるわけでもないプイスに、わざわざ出向くギルド要員など多くはおらず、観光に来たついでに仕事をする程度の者たちが大半だからだ。
だが、そんな問題を抱えながらも住民たちは皆、笑顔を絶やさない。
問題を蔑ろにしているわけでも先延ばしで考えているわけでもない。我関せずの傍観者というわけでもない。
それらを受け入れた上で、皆が強く生きているのだ。
皆、この島での、街での暮らしが気に入っているのだ。
「お兄ちゃん、どうしたの? 何か珍しいものでもあった?」
思わず立ち止まり、感慨《かんがい》に浸っていたルーイを追い越したタリアが、振り向いて声をかけた。
真っ直ぐこちらを見る栗色の瞳には、何の憂いも浮かんでいない。
タリアはこの島で生まれ育った。先の問題のことは当然タリアも当事者だ。
タリアは賢い子だ。
それら島の問題を、自身の問題としてきちんと捉えている。
だからといって、毎日を悲観して暮らしても仕方がない。
いつ発生するかも分からない自然災害に怯えていては暮らしていけない。
割り切って生活する。
それが住民たちの総意だった。
「……なんでもない」
ルーイは優しく微笑みかける。
ルーイの内心など知るよしもないはずだったが、それを見たタリアも穏やかに微笑んだ。
「行くか。あんまりほっとくとババアが木乃伊になっちまうからな!」
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