神様の後始末

まるす

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第17話 「イエス、マム!」

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 そうこうして森の奥へと進む二人の目の前に、見覚えのある光景が広がった。

 上空から森をスプーンでくり抜いたかのようにぽっかりと開けた空間。そしてその中央にはこじんまりとした泉があった。
 先ほどまでの陰湿な雰囲気とは打って変わって、静謐な泉の周りには魔物たちの気配がまるでない。
 
 本人は頑なに否定していたが、此処は昨日ルーイがクレハと出会った泉に他ならなかった。
 
「………………」

 ルーイの脳裏に浮かぶのは、昨日泉で見たクレハのしなやかな肢「」「ひゃい!」

 先程まで隣にいたはずのクレハが音も立てず背後に回り込んでいた。
 立ち尽くすルーイの股下を、アダマスの大鎌が通されている。

「私とルーイ様は先ほどがはじめまして、でしたね?」
「イエス、マム」
「貴方の頭の中に浮かんでいるであろう映像は、全て妄想、幻想の類に間違いありませんね?」
「アイ、マム」
「しかし、それは私にとって些か不愉快な映像のようです。即刻削除してください。さもなければ……」

 つつっ、と大鎌がルーイのズボンを妖艶に撫でた。
 頬を汗がダバダバと伝う。
 夏場に暑さで掻くようなカラッとしたものではなく、恐怖や焦りから来るネバっとした汗だ。

「よろしいですね?」
「イエス、マム!」

 ルーイは最敬礼した。無論、下半身は一切動かさず、上半身のみで。
 スッと大鎌が股下から抜けた。その切っ先がでズボンに擦れ、一ミリほどの穴が空いてしまっていたが、ルーイは一生そのことをクレハに言及しないだろう。

 ルーイが恐る恐るクレハを流し見る。
 その時にはもう、先ほどの絶対零度の氷結を感じさせる雰囲気は霧散していた。

 ともかく。
 
「……少し休憩しよう。ここから〝魔女の庭〟までは目と鼻の先だ」
「そうですね」
 
 休息を提案するルーイ。
 クレハは頷き、泉まで歩いていき跪いて顔を洗う。
 対してルーイは、泉から遠ざかり倒れていた巨木に腰掛けた。
 その様子に疑問を抱いたクレハが声を掛ける。
 
「こちらに来ないのですか? この泉の水は清潔ですし、冷たくて気持ちいいですよ」
「水が苦手なんだ」
「ここは深くないので、溺れる心配はないかと思いますが」
「そういう話じゃないんだ」

 クレハが首を傾げる。
 
「……別に隠すことでもなんでもないんだが、オレは孤児で、ババアに拾われてこの島で育ったんだ。それ以前の記憶はないんだが、どうも昔なんかあったんだろうな。水が怖いんだ」

 ルーイにも理由が分からなかった。

 物心ついた頃には、もう水が怖かった。
 記憶もない頃に溺れた経験でもあるのか、雨の中に何日も放置されていたのか。
 幼い頃は風呂の度に大泣きするので、カトレアは大変な苦労をしたのだという。

「今はある程度平気になったけど、昔はシャワーですら身体が震えてたもんだ」
「そうだったのですか。それであんなに……」
「……昨日は悪かったな」
「いえ、気にしていませんから」

 自然と昨日の邂逅について話す二人。
 そこでルーイは、疑問に思っていたことを聞いてみた。

「昨日もここに来てただろ。もしかして、一人で〝封印の祠〟へと向かっていたのか」
「……えぇ、そうです」

 クレハが頷く。
 立ち上がってルーイの傍まで歩くと、対面にあった平らな岩に腰掛けた。

「カトレア様のご自宅でもお話したように、そもそも私は一人で〝封印の祠〟へと向かう予定でした。昨日プイスに着いた私は、街に滞在もせず早速向かったのですが……」

 クレハの表情を見れば、その先の言葉など聞くまでもなかった。

「そりゃ初見で辿り着けるほど甘くねぇな」
「おっしゃる通りです。〝魔女の庭〟のことは調べてはいましたが、想定以上でした。一時間と進めずに諦めた私は引き返し、こちらで今と同じように休んでいたのです」
「そこにオレが現れた、っと」
「最初は貴方もろとも焼き尽くしてやろうかと本気で考えました」

 ギロリ、と睨まれる。はは、と乾いた笑顔でルーイは頭を掻いた。
 クレハは一息ついて続ける。

「引き上げた私はカトレア様に相談しました。どなたか頼れそうな者はいないか、と。そこでカトレア様が提案してくれたのが貴方、というわけです」
「なるほどな……ってあれ? じゃあ、オレを街まで運んでくれたのもクレハなのか?」
「どれだけ捨て置こうと葛藤したことか」

 また睨まれる。へへ、と乾いた笑顔でルーイは頭を掻いた。
 そこでルーイは、新たに浮かんだ疑問を投げ掛けた。

「オレを担いで森を抜けたのか?」
「そんなわけないでしょう。転移魔術を使いました」
「ほーん……すげぇな、アレって上級魔術だろ」
「……魔術にはほんの少し馴染みがありましたので」

 どことなく誤魔化しの雰囲気を感じたが、特に気にすることなくルーイは続ける。

「なら、どうして学者なんてやってるんだ? 国王近衛隊ロイヤル⁠・⁠ガードにだって、良い待遇で入れそうなものだと思うが」
「御冗談を。私では末席を汚すことすら叶いません。何より私には……」

 そこで口を閉ざすクレハ。
 顔に浮かんだ表情は、固い決意をした者だけが浮かべられるようなものだったが、島以外の世界を知らないルーイにはどういった感情かまでは読み取れなかった。 

「……いえ。私は魔術よりも学問に興味があったので」
「へぇー」

 さして気にした風もなく答えたルーイだったが、それよりも気になることがあった。

(それにしては実戦慣れし過ぎているんだよなぁ……)

 いくら普段から様々な場所を探索をしているとはいっても、一介の学者風情がここまで実戦慣れするものだろうか。
 疑問が脳裏に浮かぶが、先ほど出会ったばかりの自分に言えることのほうが少ないのだろう。

 ルーイは何も聞かないことにした。

 それにあくまで自分は依頼として同行するだけだ。
 目の前の少女の事情を深く検索する必要もないだろう。

「……まぁ、アレだ。とにかく昨日は助かったよ、ありがとうな」
「お気になさらず」
「けど、門に捨てるくらいなら、もう少し手厚く扱ってくれても良かったんじゃないか?」
「焚き火の燃料にしても良かったのですが?」

 ルーイは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 ジト目だったクレハが瞑目する。そして、目を開いた時には真剣な表情を浮かべていた。

「そろそろ行きましょうか。暗くなる前に着いておきたいですし」
「そうだな。行くか」

 二人は泉を後にし、更に奥地へと進んでいく。
〝魔女の庭〟は目と鼻の先だ。
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