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4話
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プライベートルームの呼び鈴を鳴らす。
(……反応が無いな)
ゴンゴンゴン、とノックをしても反応が無い。扉の下からは光が漏れているので、中にいる筈なのだが。
「おーい、居留守か?おーい」
それでも反応が返って来ない。
(……あ、死んだのか)
ガチャッとドアノブを回して入る。
……そこには、ある意味で目を覆わないといけない光景が広がっていた。
「な、な……な……」
そこには、顔を真っ赤にして胸元を隠すリボの姿が。シャワーでも浴びていたのか、身体からは湯気が立ち昇っている。玉のような肌には、まだ拭き取れていない水滴が浮かんでおり、髪の毛は未だ乾き切っておらず、きめ細やかな肌に張り付いている。
涙目でこちらを伺う彼女からは、あの傲慢で幼稚な態度は一才感じられず、ただただ恥じらう乙女がそこにいた。
「おっと、生きてて何よりだ」
バタンと後ろ手に扉を閉める。すると、彼女の下半身を覆っていたバスタオルがバサリと床に落ちた。
「……ッッ!?!?」
リボは反射的にバッと両手で身体を隠す。悲鳴を噛み殺し、臨戦態勢の表情でこちらを睨みつける。
上と下を片手づつで隠す事になり、徐々にその姿勢は前かがみになっていく。
恥じらい、憤り、そして困惑あたりだろうか。恐らくその全てがブレンドされたであろう表情を浮かべていた。
「なに、俺に綺麗で高価なガラス細工を壊す趣味は無いさ。目を引くのは別として」
両手をあげて降参のポーズをするが、乙女の柔肌は見るだけでも借金モノらしい。
「えっちぃぃぃぃッッ!!!」
しばらくリボは暴れていたが、体力が無くなってきたあたりで落ち着いた。
「な、なんの用よ……」
部屋に備え付きのシャツを着て強がるリボ。腕を組んで、プイッとそっぽを向いているが、シャツのサイズがダボダボすぎて、威厳もなにも無い。
「ダミオを知らないかと思ってな」
「は、はぁ?そんな事聞きに来た訳?」
リボは信じられないような顔をする。
「自分で探しなさいよ!なんでアタシに聞く訳!?」
「いいや、手下にでもしてそうだなって思ったんだが」
ベッドに腰掛けたリボの、反対側の椅子に座る。
「それより!何で入ってきたのよ!」
「返事が無かったからな」
「なおさらよ!!」
ゼェゼェと肩を揺らすリボ。
「そんなに見られるのが嫌だったか?」
「当たり前でしょ!!し、しかも……あ、あんな……ほ、ほとんど丸見えな……」
「大丈夫だ、ミロのヴィーナスの方が欲情できる。ま、そんな事より……」
「そ、そんなことですって!?」
荒ぶるリボは無視して、ドアの方へ視線を向ける。そこには、投げつけられてバキバキに折れたレコードディスクの無惨な姿が。
「これ掃除しとけよ。踏むと危ない」
「原因は勝手に入ってきたアンタでしょ!!」
「ノックしても反応が無かったからな」
「そんな事が理由にッ……」
「死体は話せないぞ」
ブツリと言葉を切る。わざとらしく、淡々と。
「な、にっ……を……」
先程までの勢いが消え、彼女の言葉が尻すぼみに細くなる。
「…………」
反論されるとすぐに黙る所を見るに、相当な箱入りだ。
(……部屋に鍵を掛けない警戒心の無さ。着替えも無いな。計画的ではない、衝動的な遠出か)
蝶よ花よと育てられたご令嬢は、どうやら外の世界に興味を抱くのが定型らしい。
「家出するなら近場にしないと、パパに見つけて貰えないぞ?」
「……なっ」
分かり易くて大変結構。
「着替えの無いお嬢ちゃんは、備え付けのシャツを着るしか無かった」
視線で、扉を指す。
「部屋に鍵をかけないのは、そうする必要が無い環境だったから。旅先での警戒心の無さは、外の世界に不慣れな証拠だ」
「……べ、別に関係ないでしょ」
シャツの裾をギュッと握り、肩を揺らしている。ダミオが居たから保てていたが、この状況なら、ちょっと押せば崩れる。
……主導権を握るのは容易い。
「……そうだな」
椅子から立ち上がる。
「長い髪は乾かしておけ。風邪を引くぞ」
「え、あの……」
「今度は鍵を掛けておけ、じゃあな。もしお嬢ちゃんが髪を梳かし方を知らなくても、俺には関係無いからな」
「……あ、あの……ちょ……まっ……」
「風邪を引いて弱った所をスワンプマンに狙われたら……いや、俺には関係無いか、済まんな」
わざと靴底を鳴らして歩く。
「ま、待って!!」
「……」
「待ってってば!!」
ギュゥゥ……と、両手でしっかりと服を掴まれる。
「……お、お願い……」
彼女の目に涙が浮かんでいた。
「か、髪……乾かして……」
普段からそれぐらい素直にしていれば、もう少し可愛げがあるのだろうに。ベーグルを見習え。
「パパが勝手に結婚相手を決めてきて……」
「それで家出?随分大胆だな」
ドライヤーと櫛で、綺麗なブロンドの髪をすく。
「別にパパが嫌いって訳じゃないの……でも、勝手に決められたのがイヤで……」
「ちょっと困らせれば、言う事聞いてくれると思ったか?」
「…………うん」
それにしたって旅客機で家出とは、世間知らず極まれりだ。
「もう14歳だから……知ってたけど……でも、それでもパパは、アタシの好きにさせてくれると思ってた」
ちょうど大人と子供の境界線にいる彼女は、そろそろ世界の中心が自分じゃない事に気が付き始める頃合いだ。
自分と世界に折り合いを付ける。それは子供である自分を失う事になる第一歩だ。自由が無責任に変わる苦しさは、誰しもが通る道だろう。
「大抵の事は、お金を渡せば解決したから。アタシは自由なんだって思ってた」
「そうだな。大人は案外不自由なもんだ」
金に縛られた不自由な大人はごまんといる。逆に金さえあれば、いつまでも自由な子供のままでいられる。
「そういや、聞いてなかったが、お前のパパって何の仕事をしてるんだ?」
「アンタが聞こうとしなかったんでしょ……」
ボソッと呟いた後に、言葉を続ける。
「パパは『ナータ・シンジケート』っていう会社の偉い人なの」
「……そうかい」
『ナータ・シンジケート』
創設者『リオン・ナータ・ヴァルトシュタイン』によって創られた、さまざま分野の複合企業だ。
中でも、強化人間の可能性にいち早く気が付き、業界の先頭に立ち研究を続け、当時どれだけ研究しても成功率が30%未満だった強化人間手術を、95%以上にまで引き上げた功績はあまりにも有名。
そのブランド力たるや、ユニオンラインでも随一である。
(……何の因果か、その名前をここで聞くとはな)
最後にさらりと髪をすいて、終わらせる。
「ほら、終わりだ。今度から家出は計画的にするんだな」
「……うん。うん?」
振り返ったリボは、なにやら顔を見つめてきた。
「おっと、俺の顔に何かついてるかい?それとも一目惚れか?」
「……アンタの顔……どこかで」
「いやいや、俺はお嬢ちゃんに会った事ないぜ?見間違いじゃないか?」
マジマジと見つめていたリボは、ふっと視線を逸らすとまた太々しく笑う。
「そうね。そうかも、良くいる顔だわ」
「……知ってるか?スワンプマンは一番弱いやつから襲うんだぜ?」
「お、驚かせたって無駄よ!!それならあの犯罪者が一番弱いじゃない!」
「そうかいそうかい。じゃあな」
「……あ……ま、待って……」
扉に手をかけたら、背後から呼び止められる。
「何かなプリンセス」
振り返ると、綺麗になった髪を両手で絞るように持って、伏目がちに呟いた。
「その……あ、ありが……と」
生まれて初めて感謝を口にしたような、そんなぎこちなさを感じる。だが正しい言葉には、正しい言葉を返すべきだ。
「どういたしまして」
シンプルで、誰もが一度は言う筈なのに、大人になる程難しくなるそれを。
(さて、ダミオを探すか)
当初の目的を果たす為、ダミオを探す。
「お、いたいた……って」
ダミオは、できる限り背もたれを倒した座席に転がっていた。
「なにしてんだお前」
「いや、なんか誰もいないなら良いかなって……やりたくなったから……」
「ガキか。ま、良いちょっと付き合ってくれないか?」
「え?なに?」
例の件を伝えると、ビビり散らしてワタワタと両手を振る。
「む、無理無理!オレ嘘下手なんだって!」
「安心しろ。お前は聞くだけで良い。別に嘘をつけって言ってる訳じゃないんだ」
「でもよぉ……あ、あの整備士が怪しいって……」
「あぁ、本当に姉と会話してたのか、怪しいところだ」
「……でも、もし本当にスワンプマンだったら……」
プルプル震えるダミオの、懐を指差す。
「『違法ツール』持ってるだろ?もしそうだったら使えば良い」
ダミオが握りしめているそれは、ぱっと見SFチックな拳銃のようだった。
「ついでに気になったんだが、それはどういうモンなんだ?」
「こ、これか?あぁ確か『フリーズガン』っていうモンで……」
「待て待て、そいつはSSSの収容監視官とかが持ってる銃だ。横流し品か?」
「た、多分……で、どんな効果なんだ?」
「何でお前が知らないんだ……」
エレカベーターの元に向かいながら説明した。
「そいつに撃たれると、身体が重くなって止まる。主に制圧用の銃だ」
「え?それだけか?」
「人を傷付けず、人を安全に制圧出来る武器だ。理屈は言っても分からんだろ」
「と、とにかく相手の動きを止める銃って事か?」
「そうだな」
ダミオが持っていた物は『違法ツール』では無かった。そもそも『違法ツール』とは、偶然か故意かはさておき、ユニオンライン社会の公序良俗を著しく侵犯する可能性のあるツールを言う。『遺物』がバグストーム産とするなら、『違法ツール』は人に造られた物だ。
『フリーズガン』は、国家機関であるSSSの警備、それも階級の高い連中が持つ装備だ。
(……まぁ、身体にダミー情報を大量に注入して、処理落ちみたいに意識を切れる。そんなモン無闇に使えば違法ツールと大差ないか)
「しかし、随分危険な橋を渡るもんだ。軍にでも行けば良かっただろう」
「と、とんでもねぇ!零号なんて死んでも嫌だ!」
軍なら、強化人間手術に補助が出る。バグストーム耐性がない人間が適応するには、強化人間化かサイボーグへの改造しかないからだ。
「強化人間なら、とりあえず食うには困らんと思うぞ。空腹には困るかもだが」
人より頑丈で代謝が高い強化人間は、ちょっとした怪我ならすぐに治る。代わりに空腹になりやすいデメリットもあるが。
「そんな度胸あったら……こんな事してねぇよぅ……」
「それもそうだな。忘れてくれ」
人は大きな力の流れに従うものだ。抗う方が、何倍もしんどいのだから。
「さてと、良いか?お前は会話を聞くだけで良い」
「わ、分かった」
コックピットの扉を叩くと、中からエレカベーターが出てきた。
「あれ?何か用事?ダミオさんも一緒じゃないか」
「あぁ、コイツは聞き役だ。話があってな。入っても良いか?」
「……?あぁ、勿論良いよ」
そこまで広くないコックピットに、男三人が入れば狭苦しく感じるのは当然だ。
「それで、どうしたの?ボクが何か力になれるかな」
「あぁ、アンタについて聞きに来たんだ」
副機長と機長の席で、向かい合って座る。ダミオは冷たい床で、落ち着かなそうに正座していた。
「ん?ボク?」
「あぁ」
視線を下げて、肩を落とす。
「アンタ、あの時電話してたよな?」
「ん?あぁ姉さんとね。それがどうかし……」
「本当か?」
「……ん?」
エレカベーターが、笑顔のまま聞き返してきた。
「……どういう事かな?
「アンタ、本当に姉と会話してたのか?」
エレベーターの表情が笑顔のまま固まり、影が入る。まるで貼り付けた笑みのような、気味の悪さが滲み出た。
「デバイスの電源が切れてたよな?通話できる訳がない」
「……見間違いだろう?」
「まさか、俺はしっかり……」
「あ、アンタ怪しいぞ!!す、素直に話せ!!」
途端にダミオが立ち上がって、フリーズガンをエレカベーターに向けていた。
(……思ったより、耐えられ無かったな)
分かってはいたが、ため息が出る。
「……何の真似かな?彼は聞き役なんじゃないのかい?」
「お、おい!これが見えっ……」
ダミオの顔、そのすぐ横にドライバーがぶつかり、キィンと金属音が響く。
「ひ、ヒィ!?」
ドタンと尻餅をつき、カタカタと震えだした。
(余計な事をするからそうなる)
「……ボクは彼に聞いているんだ。黙っていてくれないか」
表情はこちらを向いたまま、鋭利な言葉でダミオを刺す。
「お、お前がスワンプマンなんだろ!?聞いたぞ!」
カンッと、今度はダミオの足の隙間に釘が刺さる。
「……うるさいな」
「~~ッッ!!?」
エレカベーターの片手には、ネイルガンが握られていた。
「……それで?どういうつもりかな?」
片手をひらひら動かし、言葉を返す。
「なに、落ち着けよ。俺はアンタがスワンプマンだなんて言ってないぜ?」
「……彼は君から聞いたみたいだけど?」
会話の矛先が向いて、ダミオの肩がビクンと震える。
「ま、待てよ!確かにお前はコイツを怪しいって……」
「あぁ、確かに言ったな。本当に姉と会話してたのかが怪しいって。誰もスワンプマンだなんて言ってないんだが……あぁ、それとも」
一呼吸おいて、突き放すように言う。
「お前は、スワンプマンだと思ったのか?」
手にしたドライバーの先端を向けながら、エレカベーターは笑顔をダミオに差し向ける。
「……そうなのかい?ダミオさん」
「……ち、ちが……そんな……」
ふるふると震えるダミオを一瞥すると、エレカベーターは息を吐き出した。
「……はぁ、まぁ良いさ。これから姉さんと通話するんだ」
手にしたドライバーで、出入り口を指す。
「だが、正直気分が悪い。出ていってくれないか」
言われるがまま、コックピットを後にする。
「な、何で見捨てるような事言うんだ!アイツめちゃくちゃ怒ってたじゃないか!!」
(元凶は、言われた通りにしなかったお前にあるんだが)
ヘイトはダミオに向いたろうが、矛先は俺にも向いているだろう。
「ま、付き合わせて悪かったな。コイツをやるから許せ」
「あん?何だこれ……鉄のカードか?こんなモンが何の役に……」
「プリペイド式のメタルカードだ。額は忘れたが、まぁ1ヶ月は遊んで暮らせるだろうよ。おっと、いらなかったか?」
途端にダミオは両手でしっかりとそれを握りしめ、ブンブンと首を振る。
「い、いや何かあればいつでも呼んでくれ!アンタ良いやつだ!良い奴だよホント!!アレもほら……何かの罠だったんだろ……なんとかコウメーみたいな。あ、頭良さそうだもんなアンタ!じゃ、じゃあな!」
スタコラとその場から離れていくダミオ。単純な奴はとても助かる。
「『大抵の事は、金を渡せば解決する』、まさしくその通りだな。人が人である限り、不変的な世の真理だ」
その点で言えば、彼女は世の中の仕組みを少しばかり早く理解しているとも取れる。
プライベートルームへ戻りつつ、情報を整理する。
(……エレカベーターはスワンプマンよりも、姉について触れられたく無いみたいだ)
ダミオを使って正解だった。エレカベーターの闇が露呈した瞬間の目撃者に出来た。それに脅迫まがいな事も直接されている。
……俺が何かしなくとも、ダミオは勝手にエレカベーターを疑うだろう。
ゴロンと横になり、目をつぶる。
(もう一度聞くのは難しそうだが、まぁ何かあれば、命を賭ければ済む話だ)
大抵の事は金を渡せば解決する。そして、大抵の要求は命を賭ければ通るものだ。
命を奪うと言う行為は、普通なら忌避すべき行為だ。賭けられた所で、いざその時になれば臆して奪えない人が殆どだろう。
なのに、『命を賭ける』という言葉には、万人がそこに史上の価値を見出す。
(分からないね。人間ってのは……)
明日生きるか死ぬかも、所詮は5割の賭けだと言うのに。
(……反応が無いな)
ゴンゴンゴン、とノックをしても反応が無い。扉の下からは光が漏れているので、中にいる筈なのだが。
「おーい、居留守か?おーい」
それでも反応が返って来ない。
(……あ、死んだのか)
ガチャッとドアノブを回して入る。
……そこには、ある意味で目を覆わないといけない光景が広がっていた。
「な、な……な……」
そこには、顔を真っ赤にして胸元を隠すリボの姿が。シャワーでも浴びていたのか、身体からは湯気が立ち昇っている。玉のような肌には、まだ拭き取れていない水滴が浮かんでおり、髪の毛は未だ乾き切っておらず、きめ細やかな肌に張り付いている。
涙目でこちらを伺う彼女からは、あの傲慢で幼稚な態度は一才感じられず、ただただ恥じらう乙女がそこにいた。
「おっと、生きてて何よりだ」
バタンと後ろ手に扉を閉める。すると、彼女の下半身を覆っていたバスタオルがバサリと床に落ちた。
「……ッッ!?!?」
リボは反射的にバッと両手で身体を隠す。悲鳴を噛み殺し、臨戦態勢の表情でこちらを睨みつける。
上と下を片手づつで隠す事になり、徐々にその姿勢は前かがみになっていく。
恥じらい、憤り、そして困惑あたりだろうか。恐らくその全てがブレンドされたであろう表情を浮かべていた。
「なに、俺に綺麗で高価なガラス細工を壊す趣味は無いさ。目を引くのは別として」
両手をあげて降参のポーズをするが、乙女の柔肌は見るだけでも借金モノらしい。
「えっちぃぃぃぃッッ!!!」
しばらくリボは暴れていたが、体力が無くなってきたあたりで落ち着いた。
「な、なんの用よ……」
部屋に備え付きのシャツを着て強がるリボ。腕を組んで、プイッとそっぽを向いているが、シャツのサイズがダボダボすぎて、威厳もなにも無い。
「ダミオを知らないかと思ってな」
「は、はぁ?そんな事聞きに来た訳?」
リボは信じられないような顔をする。
「自分で探しなさいよ!なんでアタシに聞く訳!?」
「いいや、手下にでもしてそうだなって思ったんだが」
ベッドに腰掛けたリボの、反対側の椅子に座る。
「それより!何で入ってきたのよ!」
「返事が無かったからな」
「なおさらよ!!」
ゼェゼェと肩を揺らすリボ。
「そんなに見られるのが嫌だったか?」
「当たり前でしょ!!し、しかも……あ、あんな……ほ、ほとんど丸見えな……」
「大丈夫だ、ミロのヴィーナスの方が欲情できる。ま、そんな事より……」
「そ、そんなことですって!?」
荒ぶるリボは無視して、ドアの方へ視線を向ける。そこには、投げつけられてバキバキに折れたレコードディスクの無惨な姿が。
「これ掃除しとけよ。踏むと危ない」
「原因は勝手に入ってきたアンタでしょ!!」
「ノックしても反応が無かったからな」
「そんな事が理由にッ……」
「死体は話せないぞ」
ブツリと言葉を切る。わざとらしく、淡々と。
「な、にっ……を……」
先程までの勢いが消え、彼女の言葉が尻すぼみに細くなる。
「…………」
反論されるとすぐに黙る所を見るに、相当な箱入りだ。
(……部屋に鍵を掛けない警戒心の無さ。着替えも無いな。計画的ではない、衝動的な遠出か)
蝶よ花よと育てられたご令嬢は、どうやら外の世界に興味を抱くのが定型らしい。
「家出するなら近場にしないと、パパに見つけて貰えないぞ?」
「……なっ」
分かり易くて大変結構。
「着替えの無いお嬢ちゃんは、備え付けのシャツを着るしか無かった」
視線で、扉を指す。
「部屋に鍵をかけないのは、そうする必要が無い環境だったから。旅先での警戒心の無さは、外の世界に不慣れな証拠だ」
「……べ、別に関係ないでしょ」
シャツの裾をギュッと握り、肩を揺らしている。ダミオが居たから保てていたが、この状況なら、ちょっと押せば崩れる。
……主導権を握るのは容易い。
「……そうだな」
椅子から立ち上がる。
「長い髪は乾かしておけ。風邪を引くぞ」
「え、あの……」
「今度は鍵を掛けておけ、じゃあな。もしお嬢ちゃんが髪を梳かし方を知らなくても、俺には関係無いからな」
「……あ、あの……ちょ……まっ……」
「風邪を引いて弱った所をスワンプマンに狙われたら……いや、俺には関係無いか、済まんな」
わざと靴底を鳴らして歩く。
「ま、待って!!」
「……」
「待ってってば!!」
ギュゥゥ……と、両手でしっかりと服を掴まれる。
「……お、お願い……」
彼女の目に涙が浮かんでいた。
「か、髪……乾かして……」
普段からそれぐらい素直にしていれば、もう少し可愛げがあるのだろうに。ベーグルを見習え。
「パパが勝手に結婚相手を決めてきて……」
「それで家出?随分大胆だな」
ドライヤーと櫛で、綺麗なブロンドの髪をすく。
「別にパパが嫌いって訳じゃないの……でも、勝手に決められたのがイヤで……」
「ちょっと困らせれば、言う事聞いてくれると思ったか?」
「…………うん」
それにしたって旅客機で家出とは、世間知らず極まれりだ。
「もう14歳だから……知ってたけど……でも、それでもパパは、アタシの好きにさせてくれると思ってた」
ちょうど大人と子供の境界線にいる彼女は、そろそろ世界の中心が自分じゃない事に気が付き始める頃合いだ。
自分と世界に折り合いを付ける。それは子供である自分を失う事になる第一歩だ。自由が無責任に変わる苦しさは、誰しもが通る道だろう。
「大抵の事は、お金を渡せば解決したから。アタシは自由なんだって思ってた」
「そうだな。大人は案外不自由なもんだ」
金に縛られた不自由な大人はごまんといる。逆に金さえあれば、いつまでも自由な子供のままでいられる。
「そういや、聞いてなかったが、お前のパパって何の仕事をしてるんだ?」
「アンタが聞こうとしなかったんでしょ……」
ボソッと呟いた後に、言葉を続ける。
「パパは『ナータ・シンジケート』っていう会社の偉い人なの」
「……そうかい」
『ナータ・シンジケート』
創設者『リオン・ナータ・ヴァルトシュタイン』によって創られた、さまざま分野の複合企業だ。
中でも、強化人間の可能性にいち早く気が付き、業界の先頭に立ち研究を続け、当時どれだけ研究しても成功率が30%未満だった強化人間手術を、95%以上にまで引き上げた功績はあまりにも有名。
そのブランド力たるや、ユニオンラインでも随一である。
(……何の因果か、その名前をここで聞くとはな)
最後にさらりと髪をすいて、終わらせる。
「ほら、終わりだ。今度から家出は計画的にするんだな」
「……うん。うん?」
振り返ったリボは、なにやら顔を見つめてきた。
「おっと、俺の顔に何かついてるかい?それとも一目惚れか?」
「……アンタの顔……どこかで」
「いやいや、俺はお嬢ちゃんに会った事ないぜ?見間違いじゃないか?」
マジマジと見つめていたリボは、ふっと視線を逸らすとまた太々しく笑う。
「そうね。そうかも、良くいる顔だわ」
「……知ってるか?スワンプマンは一番弱いやつから襲うんだぜ?」
「お、驚かせたって無駄よ!!それならあの犯罪者が一番弱いじゃない!」
「そうかいそうかい。じゃあな」
「……あ……ま、待って……」
扉に手をかけたら、背後から呼び止められる。
「何かなプリンセス」
振り返ると、綺麗になった髪を両手で絞るように持って、伏目がちに呟いた。
「その……あ、ありが……と」
生まれて初めて感謝を口にしたような、そんなぎこちなさを感じる。だが正しい言葉には、正しい言葉を返すべきだ。
「どういたしまして」
シンプルで、誰もが一度は言う筈なのに、大人になる程難しくなるそれを。
(さて、ダミオを探すか)
当初の目的を果たす為、ダミオを探す。
「お、いたいた……って」
ダミオは、できる限り背もたれを倒した座席に転がっていた。
「なにしてんだお前」
「いや、なんか誰もいないなら良いかなって……やりたくなったから……」
「ガキか。ま、良いちょっと付き合ってくれないか?」
「え?なに?」
例の件を伝えると、ビビり散らしてワタワタと両手を振る。
「む、無理無理!オレ嘘下手なんだって!」
「安心しろ。お前は聞くだけで良い。別に嘘をつけって言ってる訳じゃないんだ」
「でもよぉ……あ、あの整備士が怪しいって……」
「あぁ、本当に姉と会話してたのか、怪しいところだ」
「……でも、もし本当にスワンプマンだったら……」
プルプル震えるダミオの、懐を指差す。
「『違法ツール』持ってるだろ?もしそうだったら使えば良い」
ダミオが握りしめているそれは、ぱっと見SFチックな拳銃のようだった。
「ついでに気になったんだが、それはどういうモンなんだ?」
「こ、これか?あぁ確か『フリーズガン』っていうモンで……」
「待て待て、そいつはSSSの収容監視官とかが持ってる銃だ。横流し品か?」
「た、多分……で、どんな効果なんだ?」
「何でお前が知らないんだ……」
エレカベーターの元に向かいながら説明した。
「そいつに撃たれると、身体が重くなって止まる。主に制圧用の銃だ」
「え?それだけか?」
「人を傷付けず、人を安全に制圧出来る武器だ。理屈は言っても分からんだろ」
「と、とにかく相手の動きを止める銃って事か?」
「そうだな」
ダミオが持っていた物は『違法ツール』では無かった。そもそも『違法ツール』とは、偶然か故意かはさておき、ユニオンライン社会の公序良俗を著しく侵犯する可能性のあるツールを言う。『遺物』がバグストーム産とするなら、『違法ツール』は人に造られた物だ。
『フリーズガン』は、国家機関であるSSSの警備、それも階級の高い連中が持つ装備だ。
(……まぁ、身体にダミー情報を大量に注入して、処理落ちみたいに意識を切れる。そんなモン無闇に使えば違法ツールと大差ないか)
「しかし、随分危険な橋を渡るもんだ。軍にでも行けば良かっただろう」
「と、とんでもねぇ!零号なんて死んでも嫌だ!」
軍なら、強化人間手術に補助が出る。バグストーム耐性がない人間が適応するには、強化人間化かサイボーグへの改造しかないからだ。
「強化人間なら、とりあえず食うには困らんと思うぞ。空腹には困るかもだが」
人より頑丈で代謝が高い強化人間は、ちょっとした怪我ならすぐに治る。代わりに空腹になりやすいデメリットもあるが。
「そんな度胸あったら……こんな事してねぇよぅ……」
「それもそうだな。忘れてくれ」
人は大きな力の流れに従うものだ。抗う方が、何倍もしんどいのだから。
「さてと、良いか?お前は会話を聞くだけで良い」
「わ、分かった」
コックピットの扉を叩くと、中からエレカベーターが出てきた。
「あれ?何か用事?ダミオさんも一緒じゃないか」
「あぁ、コイツは聞き役だ。話があってな。入っても良いか?」
「……?あぁ、勿論良いよ」
そこまで広くないコックピットに、男三人が入れば狭苦しく感じるのは当然だ。
「それで、どうしたの?ボクが何か力になれるかな」
「あぁ、アンタについて聞きに来たんだ」
副機長と機長の席で、向かい合って座る。ダミオは冷たい床で、落ち着かなそうに正座していた。
「ん?ボク?」
「あぁ」
視線を下げて、肩を落とす。
「アンタ、あの時電話してたよな?」
「ん?あぁ姉さんとね。それがどうかし……」
「本当か?」
「……ん?」
エレカベーターが、笑顔のまま聞き返してきた。
「……どういう事かな?
「アンタ、本当に姉と会話してたのか?」
エレベーターの表情が笑顔のまま固まり、影が入る。まるで貼り付けた笑みのような、気味の悪さが滲み出た。
「デバイスの電源が切れてたよな?通話できる訳がない」
「……見間違いだろう?」
「まさか、俺はしっかり……」
「あ、アンタ怪しいぞ!!す、素直に話せ!!」
途端にダミオが立ち上がって、フリーズガンをエレカベーターに向けていた。
(……思ったより、耐えられ無かったな)
分かってはいたが、ため息が出る。
「……何の真似かな?彼は聞き役なんじゃないのかい?」
「お、おい!これが見えっ……」
ダミオの顔、そのすぐ横にドライバーがぶつかり、キィンと金属音が響く。
「ひ、ヒィ!?」
ドタンと尻餅をつき、カタカタと震えだした。
(余計な事をするからそうなる)
「……ボクは彼に聞いているんだ。黙っていてくれないか」
表情はこちらを向いたまま、鋭利な言葉でダミオを刺す。
「お、お前がスワンプマンなんだろ!?聞いたぞ!」
カンッと、今度はダミオの足の隙間に釘が刺さる。
「……うるさいな」
「~~ッッ!!?」
エレカベーターの片手には、ネイルガンが握られていた。
「……それで?どういうつもりかな?」
片手をひらひら動かし、言葉を返す。
「なに、落ち着けよ。俺はアンタがスワンプマンだなんて言ってないぜ?」
「……彼は君から聞いたみたいだけど?」
会話の矛先が向いて、ダミオの肩がビクンと震える。
「ま、待てよ!確かにお前はコイツを怪しいって……」
「あぁ、確かに言ったな。本当に姉と会話してたのかが怪しいって。誰もスワンプマンだなんて言ってないんだが……あぁ、それとも」
一呼吸おいて、突き放すように言う。
「お前は、スワンプマンだと思ったのか?」
手にしたドライバーの先端を向けながら、エレカベーターは笑顔をダミオに差し向ける。
「……そうなのかい?ダミオさん」
「……ち、ちが……そんな……」
ふるふると震えるダミオを一瞥すると、エレカベーターは息を吐き出した。
「……はぁ、まぁ良いさ。これから姉さんと通話するんだ」
手にしたドライバーで、出入り口を指す。
「だが、正直気分が悪い。出ていってくれないか」
言われるがまま、コックピットを後にする。
「な、何で見捨てるような事言うんだ!アイツめちゃくちゃ怒ってたじゃないか!!」
(元凶は、言われた通りにしなかったお前にあるんだが)
ヘイトはダミオに向いたろうが、矛先は俺にも向いているだろう。
「ま、付き合わせて悪かったな。コイツをやるから許せ」
「あん?何だこれ……鉄のカードか?こんなモンが何の役に……」
「プリペイド式のメタルカードだ。額は忘れたが、まぁ1ヶ月は遊んで暮らせるだろうよ。おっと、いらなかったか?」
途端にダミオは両手でしっかりとそれを握りしめ、ブンブンと首を振る。
「い、いや何かあればいつでも呼んでくれ!アンタ良いやつだ!良い奴だよホント!!アレもほら……何かの罠だったんだろ……なんとかコウメーみたいな。あ、頭良さそうだもんなアンタ!じゃ、じゃあな!」
スタコラとその場から離れていくダミオ。単純な奴はとても助かる。
「『大抵の事は、金を渡せば解決する』、まさしくその通りだな。人が人である限り、不変的な世の真理だ」
その点で言えば、彼女は世の中の仕組みを少しばかり早く理解しているとも取れる。
プライベートルームへ戻りつつ、情報を整理する。
(……エレカベーターはスワンプマンよりも、姉について触れられたく無いみたいだ)
ダミオを使って正解だった。エレカベーターの闇が露呈した瞬間の目撃者に出来た。それに脅迫まがいな事も直接されている。
……俺が何かしなくとも、ダミオは勝手にエレカベーターを疑うだろう。
ゴロンと横になり、目をつぶる。
(もう一度聞くのは難しそうだが、まぁ何かあれば、命を賭ければ済む話だ)
大抵の事は金を渡せば解決する。そして、大抵の要求は命を賭ければ通るものだ。
命を奪うと言う行為は、普通なら忌避すべき行為だ。賭けられた所で、いざその時になれば臆して奪えない人が殆どだろう。
なのに、『命を賭ける』という言葉には、万人がそこに史上の価値を見出す。
(分からないね。人間ってのは……)
明日生きるか死ぬかも、所詮は5割の賭けだと言うのに。
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