不安Bull《ファンブル》

幽零

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4話

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プライベートルームの呼び鈴を鳴らす。

(……反応が無いな)

ゴンゴンゴン、とノックをしても反応が無い。扉の下からは光が漏れているので、中にいる筈なのだが。

「おーい、居留守か?おーい」

それでも反応が返って来ない。

(……あ、死んだのか)

ガチャッとドアノブを回して入る。


……そこには、ある意味で目を覆わないといけない光景が広がっていた。





「な、な……な……」





そこには、顔を真っ赤にして胸元を隠すリボの姿が。シャワーでも浴びていたのか、身体からは湯気が立ち昇っている。玉のような肌には、まだ拭き取れていない水滴が浮かんでおり、髪の毛は未だ乾き切っておらず、きめ細やかな肌に張り付いている。

涙目でこちらを伺う彼女からは、あの傲慢で幼稚な態度は一才感じられず、ただただ恥じらう乙女がそこにいた。

「おっと、生きてて何よりだ」

バタンと後ろ手に扉を閉める。すると、彼女の下半身を覆っていたバスタオルがバサリと床に落ちた。

「……ッッ!?!?」

リボは反射的にバッと両手で身体を隠す。悲鳴を噛み殺し、臨戦態勢の表情でこちらを睨みつける。


上と下を片手づつで隠す事になり、徐々にその姿勢は前かがみになっていく。


恥じらい、憤り、そして困惑あたりだろうか。恐らくその全てがブレンドされたであろう表情を浮かべていた。


「なに、俺に綺麗で高価なガラス細工を壊す趣味は無いさ。目を引くのは別として」

両手をあげて降参のポーズをするが、乙女の柔肌は見るだけでも借金モノらしい。





「えっちぃぃぃぃッッ!!!」





しばらくリボは暴れていたが、体力が無くなってきたあたりで落ち着いた。

「な、なんの用よ……」

部屋に備え付きのシャツを着て強がるリボ。腕を組んで、プイッとそっぽを向いているが、シャツのサイズがダボダボすぎて、威厳もなにも無い。

「ダミオを知らないかと思ってな」

「は、はぁ?そんな事聞きに来た訳?」

リボは信じられないような顔をする。

「自分で探しなさいよ!なんでアタシに聞く訳!?」

「いいや、手下にでもしてそうだなって思ったんだが」

ベッドに腰掛けたリボの、反対側の椅子に座る。

「それより!何で入ってきたのよ!」

「返事が無かったからな」

「なおさらよ!!」

ゼェゼェと肩を揺らすリボ。

「そんなに見られるのが嫌だったか?」

「当たり前でしょ!!し、しかも……あ、あんな……ほ、ほとんど丸見えな……」

「大丈夫だ、ミロのヴィーナスの方が欲情できる。ま、そんな事より……」

「そ、そんなことですって!?」

荒ぶるリボは無視して、ドアの方へ視線を向ける。そこには、投げつけられてバキバキに折れたレコードディスクの無惨な姿が。

「これ掃除しとけよ。踏むと危ない」

「原因は勝手に入ってきたアンタでしょ!!」

「ノックしても反応が無かったからな」

「そんな事が理由にッ……」



「死体は話せないぞ」



ブツリと言葉を切る。わざとらしく、淡々と。

「な、にっ……を……」

先程までの勢いが消え、彼女の言葉が尻すぼみに細くなる。

「…………」

反論されるとすぐに黙る所を見るに、相当な箱入りだ。

(……部屋に鍵を掛けない警戒心の無さ。着替えも無いな。計画的ではない、衝動的な遠出か)

蝶よ花よと育てられたご令嬢は、どうやら外の世界に興味を抱くのが定型テンプレートらしい。

「家出するなら近場にしないと、パパに見つけて貰えないぞ?」

「……なっ」


分かり易くて大変結構。


「着替えの無いお嬢ちゃんは、備え付けのシャツを着るしか無かった」

視線で、扉を指す。

「部屋に鍵をかけないのは、。旅先での警戒心の無さは、外の世界に不慣れな証拠だ」

「……べ、別に関係ないでしょ」

シャツの裾をギュッと握り、肩を揺らしている。ダミオが居たから保てていたが、この状況なら、ちょっと押せば崩れる。



……主導権を握るのは容易い。



「……そうだな」

椅子から立ち上がる。

「長い髪は乾かしておけ。風邪を引くぞ」

「え、あの……」

「今度は鍵を掛けておけ、じゃあな。もしお嬢ちゃんが髪を梳かし方を知らなくても、

「……あ、あの……ちょ……まっ……」

「風邪を引いて弱った所をスワンプマンに狙われたら……いや、俺には関係無いか、済まんな」

わざと靴底を鳴らして歩く。

「ま、待って!!」

「……」

「待ってってば!!」

ギュゥゥ……と、両手でしっかりと服を掴まれる。


「……お、お願い……」


彼女の目に涙が浮かんでいた。

「か、髪……乾かして……」

普段からそれぐらい素直にしていれば、もう少し可愛げがあるのだろうに。ベーグルを見習え。





「パパが勝手に結婚相手を決めてきて……」

「それで家出?随分大胆だな」

ドライヤーと櫛で、綺麗なブロンドの髪をすく。

「別にパパが嫌いって訳じゃないの……でも、勝手に決められたのがイヤで……」

「ちょっと困らせれば、言う事聞いてくれると思ったか?」

「…………うん」


それにしたって旅客機で家出とは、世間知らず極まれりだ。


「もう14歳だから……知ってたけど……でも、それでもパパは、アタシの好きにさせてくれると思ってた」

ちょうど大人と子供の境界線にいる彼女は、そろそろ世界の中心が自分じゃない事に気が付き始める頃合いだ。


自分と世界に折り合いを付ける。それは子供である自分を失う事になる第一歩だ。自由が無責任に変わる苦しさは、誰しもが通る道だろう。


「大抵の事は、お金を渡せば解決したから。アタシは自由なんだって思ってた」

「そうだな。大人は案外不自由なもんだ」


金に縛られた不自由な大人はごまんといる。逆に金さえあれば、いつまでも自由な子供のままでいられる。


「そういや、聞いてなかったが、お前のパパって何の仕事をしてるんだ?」

「アンタが聞こうとしなかったんでしょ……」

ボソッと呟いた後に、言葉を続ける。

「パパは『ナータ・シンジケート』っていう会社の偉い人なの」

「……そうかい」



『ナータ・シンジケート』

創設者『リオン・ナータ・ヴァルトシュタイン』によって創られた、さまざま分野の複合企業だ。

中でも、強化人間の可能性にいち早く気が付き、業界の先頭に立ち研究を続け、当時どれだけ研究しても成功率が30%未満だった強化人間手術を、95%以上にまで引き上げた功績はあまりにも有名。

そのブランド力たるや、ユニオンラインでも随一である。



(……何の因果か、その名前をここで聞くとはな)

最後にさらりと髪をすいて、終わらせる。

「ほら、終わりだ。今度から家出は計画的にするんだな」

「……うん。うん?」

振り返ったリボは、なにやら顔を見つめてきた。

「おっと、俺の顔に何かついてるかい?それとも一目惚れか?」

「……アンタの顔……どこかで」

「いやいや、俺はお嬢ちゃんに会った事ないぜ?見間違いじゃないか?」

マジマジと見つめていたリボは、ふっと視線を逸らすとまた太々しく笑う。

「そうね。そうかも、良くいる顔だわ」

「……知ってるか?スワンプマンは一番弱いやつから襲うんだぜ?」

「お、驚かせたって無駄よ!!それならあの犯罪者が一番弱いじゃない!」

「そうかいそうかい。じゃあな」

「……あ……ま、待って……」

扉に手をかけたら、背後から呼び止められる。

「何かなプリンセス」

振り返ると、綺麗になった髪を両手で絞るように持って、伏目がちに呟いた。



「その……あ、ありが……と」



生まれて初めて感謝を口にしたような、そんなぎこちなさを感じる。だが正しい言葉には、正しい言葉を返すべきだ。


「どういたしまして」


シンプルで、誰もが一度は言う筈なのに、大人になる程難しくなるそれを。








(さて、ダミオを探すか)

当初の目的を果たす為、ダミオを探す。

「お、いたいた……って」

ダミオは、できる限り背もたれを倒した座席に転がっていた。

「なにしてんだお前」

「いや、なんか誰もいないなら良いかなって……やりたくなったから……」

「ガキか。ま、良いちょっと付き合ってくれないか?」

「え?なに?」

例の件を伝えると、ビビり散らしてワタワタと両手を振る。

「む、無理無理!オレ嘘下手なんだって!」

「安心しろ。お前は聞くだけで良い。別に嘘をつけって言ってる訳じゃないんだ」

「でもよぉ……あ、あの整備士が怪しいって……」

「あぁ、本当に姉と会話してたのか、怪しいところだ」

「……でも、もし本当にスワンプマンだったら……」

プルプル震えるダミオの、懐を指差す。

「『違法ツール』持ってるだろ?もしそうだったら使えば良い」

ダミオが握りしめているそれは、ぱっと見SFチックな拳銃のようだった。

「ついでに気になったんだが、それはどういうモンなんだ?」

「こ、これか?あぁ確か『フリーズガン』っていうモンで……」

「待て待て、そいつはSSSの収容監視官とかが持ってる銃だ。横流し品か?」

「た、多分……で、どんな効果なんだ?」

「何でお前が知らないんだ……」




エレカベーターの元に向かいながら説明した。

「そいつに撃たれると、身体が重くなって止まる。主に制圧用の銃だ」

「え?それだけか?」

「人を傷付けず、人を安全に制圧出来る武器だ。理屈は言っても分からんだろ」

「と、とにかく相手の動きを止める銃って事か?」

「そうだな」


ダミオが持っていた物は『違法ツール』では無かった。そもそも『違法ツール』とは、偶然か故意かはさておき、ユニオンライン社会の公序良俗を著しく侵犯する可能性のあるツールを言う。『遺物』がバグストーム産とするなら、『違法ツール』は人に造られた物だ。

『フリーズガン』は、国家機関であるSSSの警備、それも階級の高い連中が持つ装備だ。


(……まぁ、身体にダミー情報を大量に注入して、処理落ちみたいに意識を切れる。そんなモン無闇に使えば違法ツールと大差ないか)

「しかし、随分危険な橋を渡るもんだ。軍にでも行けば良かっただろう」

「と、とんでもねぇ!零号なんて死んでも嫌だ!」


軍なら、強化人間手術に補助が出る。バグストーム耐性がない人間が適応するには、強化人間化かサイボーグへの改造しかないからだ。


「強化人間なら、とりあえず食うには困らんと思うぞ。空腹には困るかもだが」

人より頑丈で代謝が高い強化人間は、ちょっとした怪我ならすぐに治る。代わりに空腹になりやすいデメリットもあるが。

「そんな度胸あったら……こんな事してねぇよぅ……」

「それもそうだな。忘れてくれ」


人は大きな力の流れに従うものだ。抗う方が、何倍もしんどいのだから。


「さてと、良いか?お前は会話を聞くだけで良い」

「わ、分かった」

コックピットの扉を叩くと、中からエレカベーターが出てきた。

「あれ?何か用事?ダミオさんも一緒じゃないか」

「あぁ、コイツは聞き役だ。話があってな。入っても良いか?」

「……?あぁ、勿論良いよ」


そこまで広くないコックピットに、男三人が入れば狭苦しく感じるのは当然だ。


「それで、どうしたの?ボクが何か力になれるかな」

「あぁ、アンタについて聞きに来たんだ」

副機長と機長の席で、向かい合って座る。ダミオは冷たい床で、落ち着かなそうに正座していた。

「ん?ボク?」

「あぁ」


視線を下げて、肩を落とす。


「アンタ、あの時電話してたよな?」

「ん?あぁ姉さんとね。それがどうかし……」

「本当か?」

「……ん?」

エレカベーターが、笑顔のまま聞き返してきた。

「……どういう事かな?

「アンタ、本当に姉と会話してたのか?」


エレベーターの表情が笑顔のまま固まり、影が入る。まるで貼り付けた笑みのような、気味の悪さが滲み出た。


「デバイスの電源が切れてたよな?通話できる訳がない」

「……見間違いだろう?」

「まさか、俺はしっかり……」


「あ、アンタ怪しいぞ!!す、素直に話せ!!」


途端にダミオが立ち上がって、フリーズガンをエレカベーターに向けていた。

(……思ったより、耐えられ無かったな)

分かってはいたが、ため息が出る。

「……何の真似かな?彼は聞き役なんじゃないのかい?」

「お、おい!これが見えっ……」


ダミオの顔、そのすぐ横にドライバーがぶつかり、キィンと金属音が響く。


「ひ、ヒィ!?」

ドタンと尻餅をつき、カタカタと震えだした。

(余計な事をするからそうなる)

「……ボクは彼に聞いているんだ。黙っていてくれないか」

表情はこちらを向いたまま、鋭利な言葉でダミオを刺す。

「お、お前がスワンプマンなんだろ!?聞いたぞ!」

カンッと、今度はダミオの足の隙間に釘が刺さる。

「……うるさいな」

「~~ッッ!!?」

エレカベーターの片手には、ネイルガンが握られていた。

「……それで?どういうつもりかな?」

片手をひらひら動かし、言葉を返す。

「なに、落ち着けよ。俺はアンタがスワンプマンだなんて言ってないぜ?」

「……彼は君から聞いたみたいだけど?」

会話の矛先が向いて、ダミオの肩がビクンと震える。

「ま、待てよ!確かにお前はコイツを怪しいって……」

「あぁ、確かに言ったな。が怪しいって。誰もスワンプマンだなんて言ってないんだが……あぁ、それとも」

一呼吸おいて、突き放すように言う。



、スワンプマンだと思ったのか?」



手にしたドライバーの先端を向けながら、エレカベーターは笑顔をダミオに差し向ける。

「……そうなのかい?ダミオさん」

「……ち、ちが……そんな……」


ふるふると震えるダミオを一瞥すると、エレカベーターは息を吐き出した。


「……はぁ、まぁ良いさ。これから姉さんと通話するんだ」

手にしたドライバーで、出入り口を指す。

「だが、正直気分が悪い。出ていってくれないか」


言われるがまま、コックピットを後にする。



「な、何で見捨てるような事言うんだ!アイツめちゃくちゃ怒ってたじゃないか!!」

(元凶は、言われた通りにしなかったお前にあるんだが)


ヘイトはダミオに向いたろうが、矛先は俺にも向いているだろう。


「ま、付き合わせて悪かったな。コイツをやるから許せ」

「あん?何だこれ……鉄のカードか?こんなモンが何の役に……」

「プリペイド式のメタルカードだ。額は忘れたが、まぁ1ヶ月は遊んで暮らせるだろうよ。おっと、いらなかったか?」

途端にダミオは両手でしっかりとそれを握りしめ、ブンブンと首を振る。

「い、いや何かあればいつでも呼んでくれ!アンタ良いやつだ!良い奴だよホント!!アレもほら……何かの罠だったんだろ……なんとかコウメーみたいな。あ、頭良さそうだもんなアンタ!じゃ、じゃあな!」

スタコラとその場から離れていくダミオ。単純な奴はとても助かる。



「『大抵の事は、金を渡せば解決する』、まさしくその通りだな。人が人である限り、不変的な世の真理だ」


その点で言えば、彼女は世の中の仕組みを少しばかり早く理解しているとも取れる。





プライベートルームへ戻りつつ、情報を整理する。

(……エレカベーターはスワンプマンよりも、姉について触れられたく無いみたいだ)


ダミオを使って。エレカベーターの闇が露呈した瞬間の目撃者に出来た。それに脅迫まがいな事も直接されている。


……俺が何かしなくとも、ダミオは勝手にエレカベーターを疑うだろう。


ゴロンと横になり、目をつぶる。


(もう一度聞くのは難しそうだが、まぁ何かあれば、命を賭ければ済む話だ)


大抵の事は金を渡せば解決する。そして、大抵の要求は命を賭ければ通るものだ。


命を奪うと言う行為は、普通なら忌避すべき行為だ。賭けられた所で、いざその時になれば臆して奪えない人が殆どだろう。

なのに、『命を賭ける』という言葉には、万人がそこに史上の価値を見出す。



(分からないね。人間ってのは……)



明日生きるか死ぬかも、所詮は5割の賭けだと言うのに。












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