上 下
9 / 18

お母さんの気持ちと、ケンカの理由②

しおりを挟む
「え? よ、よよよ、よる! どうしたの? もう遅い時間だよ。明日は林間学校で早起はやおきなんだから、もう寝ないと!」

 和樹があわててる。わたしもよるの表情に和樹のシャツをぎゅうってつかんだ。

 しまった。
 しまった!

 ここのところずっとこの話をしてた。アツくなってムキになっちゃうこともあったけど、よるに聞かれてないと思ってた。バレないようによるが寝た後に話してたつもりだったけど。

 くちびるをアヒルにして。
 目をウルウルさせて。
 しょんぼりとわたしたちを見あげてくる、よる。

 これは、今日はじめて聞いた、の顔じゃない。

 体がふるえる。

 わたしは、こんなに何かを言いたそうにして、何も言わないよるを。

 こんなに悲しそうな顔をして、わたしたちに抱きついてこないよるを知らない。

「よる? よる! ちがうの!」

 和樹といっしょによるにごめんなさい、しないと!

「……ケンカ、してるの?」
「ち、ちがうよ! お父さんはお母さんといつもなかよしでしょ? でも今は大事なおはなしをしてて、たまたま大きな声が出ちゃったんだ。よるもお母さんも、ごめんね?」
「そ、そうそう! いきおいで『えいやあー!』っておっきな声でお話しちゃったの! ごめんね、心配しちゃったよね。ほらほら! 今日もこんなに仲良し!」

 和樹にしがみついて、よるにむかっていっしょに横ピース。すこしだけよるが、ホッとした顔をする。

 でも。

 わたしたち、何してたんだろう。

 よるのための話とか。
 よるの未来の話とか。

 よるをこんな顔にさせてまで、すること?

 和樹と目があった。
 たぶん、同じことを考えてる。

「大事な、お話……?」
「そう! それでお父さんとお母さん、いっしょうけんめいマジメにお話をしてたから……もしかしてケンカしているように見えちゃったかな、ごめんね。俺がいけないんだ」
「そう、なの?」
「そうそう! でも私もいっぱいいけなかった! ごめんね? 明日は林間学校だからはやく寝ないとね」

 こくり。

 わたしたちをかわりばんこで見て、よるがうなずいてくれた。でも、和樹はわたしのエプロンを、わたしは和樹のシャツをつかんだまま、動けない。

 よる、ごめんなさい!
 よる!

「……よる、も」
「ん? どうしたんだい?」
「なぁに? よるもどうしたの?」

 えんりょしながらはなしだしたよる。

「大事なお話だったら、よるもいっしょに……」

 !!!

 おもわず、和樹の顔を見た。
 まっさおな顔で、和樹も私を見ている。

「……ううん。よるはもう寝るね! お父さんお母さん、おやすみなさい!」

 小走りでリビングを出ていくよるに、わたしたちは立っていられなくて座りこむ。

「和樹……ごめん。全部私のせいだ」
「ちがうよ、俺もアツくなってファルルに話しかけてたからいけなかった」
「よるにあやまりにいってくる!」
「待って! よるは明日の朝早いから、あやまったあとに『林間学校から帰ってきたら全部話す』って約束だけよるにしておこうよ」

 そうだ。

 グランディアやわたしたちのことを説明していたら、寝るのが夜中になっちゃう。それはダメ。

「うん……わかった」
「あとは今、よるが起きてるうちにあやまりにいこう」





「よる、寝たかい?」

 二階にあがって、そっとよるの部屋のドアをノックして、和樹が小さく声をかける。

「……寝たのかな」
「そうかも……」

 ドアをあけてみると、ベッドのよこにリュックを立てかけてよるが寝ている。

「戻ろうか。起こしちゃかわいそうだ」
「うん……」

 ドアをしめ、二人でしずかに階段をおりてリビングに戻った。
 

「コーヒーいれるけど、ファルルは紅茶こうちゃでいいかい? いったん落ち着こう。ファルル、涙をふいてあげるから」
「私もコーヒーがいい……ありがとう、ぐすっ」

 和樹が私の涙を優しくふいてくれる。

 でも。

 泣きたいのはよるのほうだと思うと。
 よるがどんなにツラい気持ちでいたのかと思うと。

 涙がとまらない。
 お母さん失格だよ。

 よる、ごめんね。林間学校から帰ってきたら、かならず全部話すから……。

しおりを挟む

処理中です...