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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ
《no side》
しおりを挟む青年は逸る心臓を落ち着かせるように深呼吸した。肺の中を空気一杯にし、吐き出す。
閉じていた瞼を開ければ姿見に映る自身の姿が見える。
醜い姿。
焼き爛れた顔、身体
色を失い白濁した見えない右目。
自身の醜さになんど打ちひしがれたか。
だがこれでもマシになったほうだった。子供の頃に負った火傷がここまで癒せたのはある人物の協力あってこそのもの。
火傷のせいで生えてこなくなった毛髪は今や肩口まで伸び。焼け溶け、削げたように失った肉は再生し。皮膚がひっつき、開くのが困難だった唇も会話がスムーズになるほど普通に戻った。
そう、今の青年の姿は幼少期に比べればマシなのだ。このぐちゃぐちゃの皮膚も、開いていながら光を映さないこの白濁した右目も。
''幼少期に比べればマシなのだ''
――しかし青年にとってはまだ足りない。まだ自身の価値は落ちたまま。醜いままである。
「でも、それは今日で終わり!!!」
青年は声高らかに宣言すると、姿見の前でくるりと回る。踊るように、舞うように焼け爛れた身体を自身の目に晒す。軽蔑するように冷めた目で自身と対峙する。
「この忌々しい傷ともおさらばだ。僕は価値ある僕に戻る」
先程のことを思い出す。暗い廊下、月明かりに照らしだされた''美しき神''のことを。
キラキラしていた。ぱちぱちと色が弾けていた。造形美について語ることができても、彼の持つ''美''については何一つまともに語れない。
あれが、あれが自身の求めた美。
「ふ、ふふ、フフフ、ふふふふふっははははははハはははハハハ!!!─────始動『ナイド』」
『ギャハハ!機嫌がいいなぁマスター』
「登録名''神''だ。再現」
『....気が逸ってるなァ??ま、いいぜ了解だマスタァ』
仮面を被る。瞳を閉じ、そして再び目蓋を開けば姿見に醜い自身は映っていなかった。
映っているのは恋焦がれ、
求め続けた究極の─────
「あ....ぁああああああああああああああ!!!違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うチガァァァァァァァウッ!!!」
怒りに叫び、目の前の姿見に拳を振り下ろした。
割れるように鏡面にヒビが広がる。
青年はわなわなと震えながら、夢ではないのかと自身の顔を確認するように恐る恐る触れた。
だが夢ではなかった。
「何だこの姿は!?こんなもの神でもなんでもない!!ただの顔の整った人間じゃないか!?」
青年は憤怒に顔を歪める。求めていたものがガラクタに変わったのだ。上げて落とされたような結果に声も荒らげたくなるというもの。
「なぜだなぜだなぜだ.....あの時は確かに神を視た!僕は視たんだ!!.....っゴホン。『そう、君は醜くてくだらない存在なんだ....。あれ、おかしいな。そんな人間が僕に顔を向けるだなんて不敬だね。──────頭を垂れろよ』」
ヒビ割れた姿見の前で神が口にした言葉を再現する。見下すように、嫌悪するように、睥睨するように。
だがどうだろう?
神は名前の通り神々しい威光を纏いながら人に頭を垂れさせたのに対し、自身はまるで道化のように滑稽に見えた。
「~~~っ!!!何が違う!?!?この顔この身体!!口調も再現した性格も再現した!!なのにどうしてこうも違う!?――ナイド!!」
「俺は何も知らねぇー。まぁ原因を上げるとしたら中身か?」
「中身!?僕は性格も再現できていただろう!?あの''人に無関心''な性格!!それは口調にも滲み出ていたはず!.....誰の血を引いていると思っているんだ!僕の再現は完璧だ!!」
「つっても細部までは知らないだろ?信念、価値観、譲れないもの。....詳しく言えるか?」
「ぐっ....!!」
「他にも死生観、善悪への基準、自身への理解.....全てを知らなきゃ無理なんじゃねぇの?アレはそんな簡単に手に入る''美''じゃないだろ」
「.....」
青年は考える。
全てを知らないがために不完全だった。
なら、完全になるにはどうすればいい??
そんなの決まっている。
──────知らないなら全てを知ればいい。
とすれば、することはひとつ。
「お茶会だ。お茶会に燈弥君を招待しよう。そこで全てを手に入れる」
青年────比良山 美笹は凄絶な笑みを浮かべると、不完全な美しい顔に手をかけ、その仮面を外した。
《side end》
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