甘い束縛 ~ 薔薇とクレマチス

天埜鳩愛

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「いいえ、僕も今日予約を取られた皆さんが、大学のみんなだって知らなくって。だってみんな昨日そんなこと何も言ってなかったのに」

 学芸員の資格に必要な講義でよく顔を合わせるものの他に、見覚えのない顔もちらほら混じっている。そもそも大場は薔太の学部の教授ではないので少し妙なメンバーといえた。

「驚かせようと思ったのよ。だってこうでもしないと、薔太君飲み会にも来ないし、講義が終わったらすぐに帰ってしまうから、ゆっくり話もできないんだもの」
「え……。ここには僕と話に来たっていうこと?」
「まさか。金蘭亭の予約の枠は希少なんだからしっかり学ばせていただきます」 

 それにしてはみな好奇の目を隠そうともせずに、じろじろと薔太と紫央を見比べてくる。薔太はきまりが悪くなり、そっと紫央の様子を窺った。 
 紫央はいつも通りの怜悧な美貌を崩さず落ち着き払った様子でいるが、薔太は気が気ではない。
 頻繁に大学まで薔太を迎えに来ては攫うように車で連れ去る目立つ美男の話は。学部を超えて常に噂に上っているなど、当の本人は知る由もないのだ。
 薔太たちは自分で思っている以上に周りにとっては注目の的だった。  

(しぃちゃんごめんなさい。普段はみんなきちんと学んでいる学生だから、浮ついた気持ちでここに来てるわけじゃないと思う)

 そんな風に言い訳したかったが、皆の前で言えるはずもなかった。

「初めまして近藤です。薔太くんと同じ学部なのは私とそちらの二人です。紫央さん、ですよね? 薔太君の後見人の方だって伺ってます。何度か大学でお姿をお見かけしてて、その……」
「近藤、カッコイイって大騒ぎしてたな」
「もう! 恥ずかしいっ! 私だけじゃないからね。女子はみんなそういってたもん」

 学生たちは教室内にいるかのようにわっと沸き、日頃閑静な金蘭亭が別の場所のように賑やかになった。

「みんな、仲良くしてくれているんです」

 つられてニコニコっと、微笑む薔太に紫央は頷いた。

「そうですか。薔太は私にとって家族のようなものです。みなさん、彼と仲良くしてくれてありがとう」

 薔太があどけなさの残る顔で親しげに紫央を見上げる様は、周りがみても仲睦まじく好ましく映ったのだろう。
 初め紫央の前で緊張した面持ちだった別の学生も一歩前に進み出てきた。

「せっかくの機会だから、一言いいですか? 薔太が金蘭亭の手入れを一日も欠かしたくないから、研修旅行にはいけないと言うんです。折角皆で交流もできる旅行だから葛城さんからも説得して頂けませんか?」

 彼に馴れ馴れしく肩に腕をかけられながら、薔太は「お前だって行きたいよな?」と同意を求められた。続けて背丈が勝る彼から、髪をくしゃくしゃっと撫ぜられる。

「お前、遠慮しちゃ駄目だぞ。皆で後押ししてやるから」 

 ぴくりと紫央の形よい片眉が吊り上がるように動いたが、慌ててその腕を退けた薔太の目には入らない。

「やめて。みんな、そんなことを言うために来たの?」
「薔太、本当なのか?」
「研修は任意参加だから……。俺は……」
「研修旅行の数日ぐらい、ここを開けることは構わない」
「でも……」
(それじゃ、俺がここにいる理由が……)

 誰より大切な紫央に、自分の存在意義を否定されたような気がして胸が苦しい。日ごろ朗らかな薔太がみるみる顔を強張らせたので、近藤が慌てて間に入った。

「違うよ。驚かせようと思って薔太君に内緒で押しかけちゃったけど、代表で予約してくれた彼女はね……」
「予約した杉田です。『片桐鉄線』の作品の中で、『甘い束縛』を卒論のテーマに据える予定なんです。なかなか取れない金蘭亭の予約ができて、ここで鉄線と暮らしていた方に先生のお話を直接聞けるなんて、幸せです」
「……『甘い束縛』を、ですか」

 普段は物静かだが人当たりは良い紫央が、明らかに低く重苦しい声で呟いたので、薔太は驚いて周りの目を気にせずに紫央をまじまじと見上げてしまった。
 だが興奮から頬を染め嬉し気に訴える女性には、紫央の僅かな変化は分からないようだ。

(なんだか、紫央さん、さっきからずっと怒ってるみたいに見える。どうして? 葛城紫仙の絵画作品を見に来たお客様じゃないから?)
「薔太……、ちょっといいか」

 紫央は友人たちに囲まれていた薔太の腕をすっと引く。薔太に何か言いかけた紫央へ、やや鼻にかかった甘ったるい女の声がかかった。

「紫央さん、そろそろ出ませんと、お約束に間に合いません」

 ちらりと外の柵の前を見ると、紫央の秘書である女性がじっとこちらを見つめていることに気が付いた。
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