ミモザの恋が実る時

天埜鳩愛

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ミモザの恋が実る時

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 ああ、もうこんなん。頷くしかないじゃん。ぽろっと涙が零れてしまった。情けない俺を瑞貴は背中に手を回して抱き寄せてくれた。

「はい、とかいっちゃったよ」

 照れ隠しでそんな風に言って、涙を見られたくなくて瑞貴の襟の間から覗くセーターにごしごしと顔を押し付けて拭いたら、瑞貴は後ろに回していた手をほどいて、俺の両頬に手を当てぐいっと顔を上向かせた。

「今更、嫌とか言わせないよ」

 屈んだ瑞貴の端正な顔に影が落ちる。なんだか魔王様みたいな妖し気な風情だなって俺がほへぇってボケ顔で見上げていたら、あれよあれよという間に瑞貴の顔が近づいてきて、唇にふにゃ、と柔らかいものが当たった。

「みずっ」

 慌てて口を開いたところにもう一度角度を変えて唇が押し当てられる。あったかい唇、柔らかい。吐息が熱い。何より俺の顔は耳の先まですんごく熱い。何度も押し当てられるような口づけ、当然俺は初めてだ。当然っていうのは情けないけども。
 瑞貴も初めてなんだろうか。顔が離れる寸前にちらっと盗み見た顔は、頬を真っ赤に染めた可愛い顔だった。可愛いけども、強引な力は男らしくてすごく悔しい。
 俺は無性にからかってやりたくなって「おい、お前顔真っ赤だぞ」なんて胸を張ったら、瑞貴は綺麗な眉を片方上げた。

「そっちこそ耳まで真っ赤だよ」

 じゅわあああって、水が掛かったらいうんじゃないかぐらいに余計に頬が熱くなった。

「くそう、瑞貴のくせに生意気だぞ」

 涙目で見上げたら瑞貴はそれはそれは色っぽい顔をしてきた。

「そんな顔しないでよ。映画じゃなくて二人っきりになれるとこ今すぐ探したくなるから」
「ふ、ふたりっきりとは……」

 瑞貴はくすっと笑う。いつもみたいにふんわり甘くて柔らかいかき氷みたいに儚い笑顔じゃない。なんだろう、こう。今まで隠していた熱い塊みたいなやつを覗かせるような情熱的な顔。端正だからこそ余計に凄みがある。言うなれば綺麗な天使の背中から悪魔の羽が生え直したみたいな感じ。なんかそうだな、こいつからは逃げられないって感じ。だって俺もう身体が操られるみたいに、瑞貴にしがみ付いちゃってるし、情けないけどちょっと身体がぶるって震えてしまった。
 怖いんじゃないぞ、こういうの。武者震いっていうんだろ。

「まあ、いいか。映画館も暗くなったら周りなんてみんなみないだろうし」
「ええええ、なにすんの。怖いんだけど」
「なんでしょうか。そろそろいこうか」

 そう言って憎たらしいぐらいにいつも通りの涼しい顔でにこって笑ってから、瑞貴は先に階段をすたすた上る。なんか鼻歌でも歌いそうな足取りの瑞貴に、俺は手を引かれてその後をついていく。
 映画館の方に渡るアーチのブリッジから下を見下ろすと、さっき告白イベントをしていた広場はいつも通りの噴水ショーが始まって、光と水の飛沫が上がったり下がったりしているところだった。
 こんなのじっと見つめてるの、暇なカップルぐらいだろうって良く揶揄してたわけだけど、今まさに二人して噴水を見下ろしている。夕焼けに近づいた空の下、瑞貴の顔が急に俺に急接近してきた。そうは何度もやられてたまるか。
 今度はこっちからやってやる。俺は瑞貴のシャツを首元を掴むと、自分から背伸びして唇をくっつけてやった。
 焦った顔で目の下あたりの頬をさっと赤らめて、瑞貴が驚いて一歩引いた勢いで小さなミモザの花のブーケが瑞貴の指先を離れて宙を舞う。

「「あっ!」」

 慌てて手を伸ばしたけど橋から下に向かって落ちていった。
 軽いブーケはふわふわと下に落ちて行き、覗き込んだら小さな女の子が拾っていた。上を見上げたから俺たちは逃げるように後ろに引っ込んで、悪ふざけで倒れ込んでお互いに抱き着いて笑いあう。

「あーこれ、あれだな。ブーケトスみたいだ」

 そんな小洒落た台詞を言えるのは、俺の幼馴染じゃなくて、できたてで湯気が立ちそうな俺の恋人。坪井さん、俺もうシフト変わってあげらんないかも。 
 好きな奴が幸せそうに俺の手を握って笑ってる。ああ何ていい日だろうなあって俺は薄オレンジとピンクに色づいた雲を見上げたんだ。

※※※     
              
 たんまりポップコーンを買い込んで、コーラをぐびぐび。
 暗い上に公開から日が経ってる映画なせいか、劇場の座席の周りは隣も前も人がいない。一番後ろの席だからって、瑞貴がずっと手を繋いでくるのは卑怯だと思う。でもなんかちょっと、この席、策士のなこいつからの謀ごとの香りがする。

「八広、眠たい?」
「うん……、ちょっとな」

 顔がくっつくんじゃないかって位置で囁く瑞貴の声は、心なしかいつもよりずっと甘くて身体にゾクゾク響くほどに低い。
 たまに俺の手をひじ掛けから勝手に持ち上げて、手の甲にまでキスをかましてくる。なんだこいつ、俺の知ってる瑞貴じゃないぞ。どうしちゃったんだよ。頭にミモザの花でも詰まってるのか? ふわふわでキラキラで綺麗なやつ。なんて考えてしまってる俺も大分きてる。
 なにしろ映画の内容なんて全然頭に入ってこない。そんな風に考えている傍から、瑞貴が俺の耳元に形のいい唇を寄せてまた囁いて来た。

「次、映画見るときはこっちの映画館じゃなくてさ、ショップモールの方行ってみる? カップルシートあるから」
「ま、まじか。瑞貴なんか浮かれてない?」
「そりゃ浮かれるよ。物心ついた時から好きだった人と恋人同士になれたんだよ」
「え、お前ずっと俺の事好きだったの?」
「……ずっと好きだったよ。むしろ好きじゃなきゃ、学校離れた幼馴染にここまでしつこくしないだろ」
「そうかあ?」
「はあ、八広のそういうとこ、本当に心配なんだよなあ。鈍感で」
 小さい声でなんか言ってるけど、ちょうど映画のアクションシーンが始まって流石に聞こえない。
「なんかいった? 悪口だろ」
「共学の高校だし、バイト先も女の人が多いし。こんなに明るくて楽しくて可愛いんだ。みんな好きにならないはずがない」
「……あとでゆっくり聞くからな」

 しんっと静かなシーンになった。主人公たちのシリアスなシーン。字幕に目を凝らしていたら目の前を腕が横切った。

「え、なんだよ……。んっ」

 またもやキス。キャラメルポップコーンの甘い味。美味しくて、思わずペロッと瑞貴の唇を舐めたら、うっと唸って動きが止まった。

「……この、八広お前」
「なんだよ、仕方ないだろ。美味しいんだもん。お前のキス」
「あーもう、どうしよう」
「なんだよ」

 クリーンが昼間の情景になって、背もたれに脱力するように凭れた瑞貴の顔も明るく照らされる。なんか照れて照れて仕方ないみたいな、珍しく落ち着きない動きをしててこっちもそわそわしてしまう。

「八広可愛すぎ……。あーもうどうしたらいいか分かんないな。好きすぎて、休み以外もずっと毎日会いたい。なんで俺たち、同じ高校じゃないんだろう」

 ちょっと悔しそうな顔でぎゅっと目とか瞑ってるから、俺の方から手を握り返した。

「……じゃあさ、俺が毎日早起きするから、駅で会おうよ。ちょっとの時間だって、顔見たらさ。多分、毎日、楽しいよ」
「……それ名案。八広最高」
「だろ」

「ブレスレットつけて学校いってね」

 今度はブレスレット事、手首の内側にキス。なんかくすぐったいし、ちょっとぞくっとくる。笑い出したくなって口元を押さえたら、余計にキスしてくるから、こいつほんと悪い奴。

「くすぐったいからやめろって。……まあ、うちの学校はゆるゆるだからブレスレットつけるぐらいいいけど、お前んとこは厳しいだろ?」
「まあそうだね。胸ポケットにいつもしまっていくよ。あーあ。本物も小さくしてポケットに入れて持ち歩けたらいいのに。そうしたら今日だって家に持って帰って、学校にも隠して連れて行くよ」
「なにそれ、瑞貴、面白すぎる」

 なんて茶化したつもりだったのに、瑞貴は本気だったみたいだ。

「ホムンクルスっていうのがあって。人造人間なんだけど、人も小さく作り替えられないのかな」
「お前また、とんでもないことを言い出したな」
「小さくなったら、いつでもお前と一緒に居られるから、まあ、悪くないかも」
「でも大きな瑞貴にこんな風に触れられるだけで、嬉しいよ。夢みたいに」

 優しい手つきで瑞貴が髪を撫ぜてくれる。ほっとしたら睡魔が襲ってきた。やっぱり夜更かしは良くない。ふわっと身体の上にあったかいものがかけられた。多分瑞貴のコートだ。もう一回、唇がふわふわっと甘くて柔らかなもので包まれる。

「おやすみ、八広」
「おやすみ」

 お休み、瑞貴。夢の中でもお前に会えたら、俺の今日一日はずーっとずっと。幸せだって言えるよな。
 短い間だけど、瑞貴と満開のミモザの木の下を散歩して歩く夢を見た。
 幸せな夢だった。目が覚めたら周りはもう明るくって、みんな静かに劇場の出入口に向かって階段をおりている。

「楽しかった? ラストどうなった?」

 瑞貴は肘掛に置いた腕に頭を乗っけてさ、小首を傾げてこういうんだ。

「さあ、どうなったんだろ?」
「え?」
「ずっと八広の寝顔を見てたから、俺も結末がわかんない」

 そんなうっとりした顔で言われたらあーもう恥ずかしい。俺は両手で顔を覆って、でもなんか無性に嬉しくって、くすぐったいこの気持ちをとても落ち着けることが出来なくって。脚をジタバタさせることしかできなくなってしまった。

                                     終
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