香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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邂逅編

彼の温み2

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「ほら、ジル。お前の分だ。冷えてしまったね。ヴィオ。君はこちらへおいで」
「ええ!!! 先生! ヴィオ君本当にここで寝かすの?」
「いいじゃないか。何か不都合が?」

(そりゃないよ! 先生。この貸しは高くつくからな!!!)

 焦らされた熱が収まりきらぬまま、内心喚き散らすジルだが、流石に清らかなヴィオの前で大暴れするわけにいかずに自分は受け取った毛布も寝具に足すとそれを頭までひっかぶった。

「あったかい。ありがとう。ヴィオ君お休み」

「おやすみなさい。ジルさん。今日は本当にどうもありがとうございました」

 そんな感じで丁寧に礼を言われたら、中央の優しいお兄さん風に接していたジルは今さら悪い人にはなり切れず、今日のところはあきらめて眠るしかなかった。
 明かりを小さくして、枕元のものにだけ切り替えると、ヴィオが目元をこすりながらセラフィンに促されて寝台に上がってくる。長いシャツのような形の寝巻は、袖も短く細くて長い脚も裾から沢山出ていた。彼が今急激な成長期の途中にあると物語っている。それが本当に寒そうで、セラフィンは速やかに寝台にヴィオを寝かせて布団を二枚重ねると自分も隣に潜り込んで横になる。 ヴィオは枕までは持ってこなかったようだが、備え付けてあった枕がなくてセラフィンが譲ろうとしたらふるふると首を振った。

「僕、枕なくても大丈夫だよ。先生が使って?」

「枕がないと寝にくいだろう」

 低く甘やかな声でセラフィンはヴィオの耳元で囁くと、冷えた身体を腕の中に抱き込む。そして自らの腕を伸ばしてヴィオの頭を載せてやった。
 すると嬉しそうにすりすりと柔らかな頬をセラフィンの腕に擦り付けてきたので、今まで味わったことのないような暖かな気持ちが心の中に満ちてくるのをセラフィンは感じていた。

「ほら。これでお眠り。もう遅いのだから」

「うんっ。先生、ありがとう。二人で寝ると、温かいねえ。嬉しい。昔はね。叔母さんに抱っこしてもらったりして寝てたけど、今は小さい従兄弟がいるから、家も別になったし。冬の夜は、少し寒いよ」

 甘えたな台詞だが、嫌味もなく。伸びやかな歓びの声にジルは少しやきもきしながらも、その後すぐにヴィオの寝息が聞こえてくるまで耳を澄ませてしまった。

「その子まだ結構幼いよな。母親がいなくて、こんなに狭い里の中で学校にも行けずに暮らしてきて。寂しいんだろうな」

「そうだな」

 人懐っこさの裏にあるもの寂しさ。自分だけを見てくれる人を独占できず、温めてくれた人のぬくもりを失ったその心は、セラフィンにも覚えがあった。

(この子をみていると、なにか切ない。こんな気持ちになったのは何年ぶりだろう。もう振り切ったと思っていたけれど、ソフィアリ。君と温めあって眠った冬の夜を思い出す)

 生まれた時から片時も離れずに傍にいた双子の兄、ソフィアリ。
 セラフィンが一方的に恋情を募らせ、番にしようと画策し、そして引き裂かれ、彼は自分の意志でセラフィンの元を去っていった。

  思い出すと自分の人生を投げ出したいと思うほどの傷として疼く記憶だった。
それでも生きてきた。あれからもセラフィンはしぶとくも生き続けてきたのだ。その中で、他にも多くの出会い、そして別れも経験してきた。

 しかしヴィオほど掛け値なくセラフィンのその行いに対し、好意を寄せてくれた存在がいただろうか。セラフィンは自分がなぜこんなにも昨日まで見知らぬ他人であったこの子のことが気になるのか、自分自身の気持ちを分析してみようとした。何が違うのか。この子が他の人々と何が?

(ヴィオは。ただ、俺が行った行為に対して。俺に好意を持ってくれている)

 ことさら人から褒められることの多い人生だった。
 持って生まれたものを褒められることは悪いことではないが、そればかりでは自分の手柄でも何でもない気がしていた。

 美しい容姿でも明晰な頭脳でも実家の権力でも軍医というステータスでもないく、利用できそうな存在、というのでもない。
ただひたすらに、セラフィンの行動を評価してくれた存在。

 すりっと冷たいヴィオの足が温もりを求めてセラフィンの足に寄ってきたから、セラフィンは足の間に彼の細い脚を挟んで温めてやった。
 腕に伝わる幸せな重み。しなやかな身体が全身の力を抜いてセラフィンに全身全霊すべてを預けてくれる。全幅の信頼感。
 ふわりと漂う子供らしい甘い香りをセラフィンは知らず吸い込んでいた。

(温かい。ヴィオ、お前は温かいな。……手放しがたくなりそうだ)

 身体だけでなく心にもじわじわと広がる温みに、セラフィンは身体の力を抜き、自分も眠りの淵にゆっくりと落ちていった。


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