香りの献身 Ωの香水

鳩愛

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再会編

従兄弟の帰郷3

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 父とカイとが話を済ませて伝統の家を後にしてから、ヴィオは何食わぬ顔をして遅れて戻り、何とか皆との食事の席についたものの、内心穏やかではいられなかった。

(いつからそんなことが決まっていたの? 僕がオメガだったらカイ兄さんと結婚するなんて。そんなこと……)

 自分がベータであるならば、何の問題もない。アルファであってもきっとたいした問題はない気がする。
 いいように周りを説得して、とにかく中央に出てしまえばこっちのものだ。
そこからは一人でも強く生きていこうと思う。里のことは中央に住んでいるはずの、長男と次男を探し出して彼らと共に話し合うべき問題だ。今解決せねばならぬ話ではない。

 ヴィオは色々なことを学び、非常に思考が開けた思慮深い青年に成長している最中だったので、今回の問題をそんな風に分析し考えた。

(でも僕がオメガだったら問題だらけだ)

 レイ先生から中央でのオメガの(特に男性の)生きづらさについてはあれからよく聞かされていた。一人で中央に行き、もしもオメガであった場合、かなりの不都合や苦労に晒されるであろうことは想像に難くない。
 最悪望まない人と番になることを強要されることだってありうる。レイ先生が優美な顔を眼鏡で隠していたように、オメガというだけで言い寄ってくる男も沢山いるということだ。

(まあ、そんなやつらは一撃で倒せる自信があるけど)

 勿論自分がオメガであるかもとの実感があったり、フェロモン的な何かを他人から指摘されたこともない。ただこれまでに気がかりなことはあった。

 それはレイ先生が発情した時、成長期に入っていたヴィオがあれほどの性フェロモンを至近距離で浴びてもその発情に誘引され、引きずられることがなかったということだ。間近にいたアルファのカレブがラットを起こしかけていたほどのフェロモン。

 ヴィオが昏倒した原因はひとえに獣性の力の発現によって瞬間的に強い力を出してしまったことによるものだ。それも父からコントロールする術を学んで今では昏倒には至らないでもある程度制御できるようになっている。

『男性であるヴィオがもしもアルファであったならば、あれが引き金になって初めてラットを起こしても年齢的におかしくなかった。ベータであってもかなり影響を受けたはずだ。だとしたらヴィオはもしかしたら……』



 集会所の上座についている父や里の他の年寄りたちと酒を交わすカイはいつも通りの様子だ。みなと楽し気に談笑している。結婚の申し込みが初めにあると考えていただろうリアは、酒を注いで回りながらも明らかに不機嫌そうで怖いので近寄らないでおこうとヴィオは心に誓った。

 里の中でも年嵩のものたちと混じる堂々としたカイの姿は今のヴィオには眩しく映る。末席にいる未熟者の自分との違いが悔しいほどだ。

 カイは里の外に出て仕事を持ち、自分の力一つを信じて生き抜いてきた。
 地方の基地から各地を回って出世し、ついには中央勤務にまでになった。流石アルファといったところかと皆は誉めそやしたが、努力をすることの大切さを知ったヴィオはそうは思わない。それはカイがこの里の中でぬくぬくと暮らしてはおらず、勇気をもって外の世界に飛び出して苦労と努力を重ねて自分で勝ち取ったからだ。

 ヴィオも誇り高いフェル族の男だという自負が今はある。泣きながらセラフィンに縋り付いていた幼い自分はもういないのだ。
学ぶことで自分自身を奮い立たせてきたのはセラフィンとの約束が根底にあるからだが、やはり外の世界に出ている男たちが里に帰ってくるとき、彼らがいやに輝いて見えた。それが羨ましかった。

 だからヴィオも次の春にはこの里を飛び出そうと思っている。ヴィオにはヴィオの生き方、そして気概というものがある。
 時間は少し多めにかかってしまったが、まだまだ若い。これから努力すればいかようにもなれる。セラフィンも学校長先生たちもいつもそういって励ましてくれた。

 だというのに……。

(アルファだったらここで誰かと結婚して里長。ベータだったら勝手にしてよくて、オメガだったら兄さんと結婚だって? 僕の意志はどこにあるっていうんだよ)

 目が合うとカイはいつも通り優しく緑色の目を細めてヴィオに微笑み返してきた。男らしくて精悍でハンサムな、自慢の従兄。リア姉さんの思い人で、アルファの軍人……。

 不意にレイ先生とカレブさんのあの情熱的なやり取りが頭をよぎった。
 それがいつの間にかカイと自分にすり替わる。逞しいその身体に抱きすくめられている自分を想像すると……。

(ぞっとしない……。いくら大好きなカイ兄さんだからって。番になんて急になれっこないよ)

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