香りの献身 Ωの香水

鳩愛

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再会編

過去の疵2

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 セラフィン首を巡らせるとやや下を向き、結ばれていないくせのない黒髪が揺れ、肩口からジルの腕を撫ぜる様にさらりと落ちていった。
立ち昇る彼自身の香りに、アルファ同士であるとか関係なくジルは欲をそそられる。

「身体の自由を奪われたまま、意に沿わないセックス。お前の言葉を借りるなら……、あれは凌辱っていうのかもな」

 そう言って振り返りジルと目を目が合うと、自嘲するように嗤った顔が痛々しく見えて、ジルはなおさら抱きしめる腕に力を込めた。

「いえよ。そいつの居場所。俺が殺してあんたを解放してやる」

「いいんだ。あの女に縋ったのは若かった自分の過ちだ。自業自得。一時の快楽に身を投じてそれに溺れた。あの人は俺に従順ですべてを受け入れあの人を愛するように仕向けられたけど、俺には無理だった。俺にとってもあの人にとっても一番大事なものの代わりにはなれなかったってことだ。聞いて楽しい話じゃないだろ? すぐ忘れてくれ」

「俺はずっと、あんたの全てが知りたかった」

 いいしな、再び音を立てて唇を奪うと、セラフィンは目元を細め嫣然とした仕草でジルに笑いかけてきた。

「物好きな奴」

「どんな暗示がかけられてたんだ?」

「暗示でセックスの最中はあの女がソフィに見える様にされてた。ほんと、おぞましくて軽蔑するだろ? 紫の小瓶を振りまかれてソフィーのフェロモンを感じながら、あの人の思うままに動くよう操られた。若い俺はそういう倒錯的な快楽に溺れきって、どんどん深みに嵌った。彼女は彼女なりに俺を気に入ったんだろうな。我ながら使い道が多いから。一応アルファだし、軍や議会に親類がいる、母方も有名だ」
「それに美人だしな」
「……よせよ。それで彼女は俺をまるごと支配しようとした。その反面、保護者面して色々なことも教えてくれた。ある意味、人生の師みたいなものだな」

 そこまで聞いて、ジルはなんとなく直観的に、セラフィンがヴィオにしてやろうとしていることはその女の動きを無意識になぞっているのではないかと思った。癪だが。

「あんな魔性みたいななりで、情が深いところがあったから。でもまあ……。互いに愛し方が色々相容れなくて結局、思う通りにならないならいらないって言われたのは俺の方なんだけどな」

「一度手放したのに、またあんたを手に入れようとしに来たのか? 逃がすには先生って魚は惜しすぎたんじゃないか」

「わからない…… いやそもそも彼女が俺に関わってきたこと自体が元を出せば別の意図があったから、それが本命だろう。俺の持ってる資料を欲しいのだろう。それが俺が無視したからあっちも意地になったんだろ。俺たちどっちも素直じゃないから」

 素直かどうかで片づけられるような問題なのかジルには複雑なセラフィンの感情が理解できなかったが、資料というのが気になった。

「資料?」

「そう、資料。俺に彼女が近づいたのもそれが目当てで、でもあの頃は持っていなかったから。それよりも、ジル。頼みがある」

「オレに頼み事したら高いですよ。キスじゃ足りないな」

「直ぐに里に帰るだろうと思ってたんだが……。ヴィオはこっちで少し頑張ってみたいらしい。俺はその気持ちを大切にしてやりたい。だから俺に何かあったらヴィオの手助けをしてやってほしい。ベラがうろついているうちはヴィオをずっと手元に置くのが心配だから、近いうちに……いや、明日にでも、うちより環境の良いモルスの本宅に連れて行こうと思う。進学のことで母に相談させ援助させる名目でそのまま住まわせてもらうよう頼んでみる」

 それにはジルも瞠目した。セラフィンはいまでも頑なに実家に近寄ることを毛嫌いしているからだ。
「近くに住んでるのに全く寄り付きたがらない家族にも、セラはヴィオの為ならいくらでも頭を下げるんですね。……ヴィオは本当に、先生の特別だ。わかりました。でも俺も力を貸しますから、その女とのトラブルを解決しましょう。俺に貴方を守らせてください。そもそもひったくり犯も案外つながってるかもしれないし、一石二鳥だ」

 その時、寄り添う二人の隣にあった扉が大きくノックされたのだ。
 そして廊下中に響き渡るのではないかというほど元気なヴィオの声がした。

「先生お仕事終わりましたか~? 看護師さんがこっちに来てるよって教えてくれました! 一緒におうちに帰りましょう!」

 セラフィンがジルから身を離すと、ジルは少しだけ不満げな顔をして扉を開ける。

 
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